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神は此処にありて 7


 その瞬間、大池は()()()()()()と思った。大池をこの場に寄越した連中が、超長距離から砲弾でも叩き込んだと考えたのだ。


 今から変形すると考えていた巨大な世露威(旧型機)が、突然に目の前で爆ぜ散った。そう考えるのも致し方ないことだった。


 そしてすぐに、その考えは間違いだと気付いた。


 爆発したのではない。飛び散るはずの無数の金属塊が空に浮いていた。否、飛んでいた。中央の明滅する赤い球体を中心に、三次元的な円運動を取りながら飛び回っている。


 どう考えても、世露威の変形シーケンスには思えなかった。


 さらに麗奈の身体までもが音もなく浮かび上がり、無数の金属片が飛び交う空間に吸い込まれていった。その直後に全体は黄色い膜に包まれ、内部の様子は全く窺えなくなってしまう。


 黄色い膜、すなわちプラズマで覆われた空間内では、麗奈が中心へと吸い寄せられながら周囲を観察していた。内側からは外の様子も見て取れるし、音だって聞こえている。だが、家に伝わる話に寄れば、外からは中を見ることも、音を拾うことも叶わないはずだ。


《さぁ麗奈、ここまでは伝わってんだろ! ローズ・スティンガーの変形開始コマンド、『開闢(かいびゃく)(うた)』は!》


 麗奈は、静かに頷いた。


 ローズ・スティンガーは、誰もが動かせるわけではない。操縦するためには、いくつかの条件を満たす必要がある。


 一つ目は、ローズ・スティンガーを生み出した獅子王マリアの血筋であること。


 二つ目は、蠍杯(かつはい)を用いて操縦者に登録すること。


 そして最後の三つ目。二つの詩を唱えること。


 その一つは家訓として伝わっている。ローズ・スティンガーが変形を開始する『開闢(かいびゃく)(うた)』。


 問題は残る一つ。歴代の当主のみに口伝で伝えられていた対となる(うた)は、55年前のポツダム動乱が始まったのと同時に失われ―――


《ならば(うた)え! 終わりを告げる詩を! 『劫末(ごうまつ)(うた)』を!!》


 その(コマンド)を設定したマリア(張本人)によって、再び現代に甦った。



《―――天与えぬなら人が為すべし》

 ―――天与えぬなら人が為すべし



 マリアの告げた言葉を、最終承認コマンドを(とな)えた直後、周辺の様子が変化した。


 周辺を移動する体片(パーツ)の中から、何かが麗奈に向けて飛んで来る。コクピットシートだ。何故か市松模様の布で覆われたそれを、麗奈は余り趣味ではない模様だと思いながら、流れに逆らわずに着席する。


 ゆっくりと進んだのはそこまでで、その後は、まさしく一瞬の間に進んでいった。


 中央で鳴動するコア、マンティ=コアが、麗奈の座るコクピットシートの真後ろに移動した。


 コクピットとマンティ=コアを守るように、4対8本のサソリの足が、まるで人の肋骨を模すかのように組み付く。肋骨と言うには少なすぎ、そして長すぎる足は、余った部分が網状に絡み合って装甲と為った。


 サソリの頭部が丸ごと飛んで来る。既に組まれた『胴体』に接続される。


 無数の体片(パーツ)が、金属塊(パーツ)が、部品(パーツ)が、高速で人型を形作っていく。


 巨大なハサミは組み方を変えて黄金色のハイヒールになり、尾の横から生えていた小型ハサミは腕に小型盾として組み込まれ、長い黄金色の尾は形を変えて、サソリ頭の反対側から生えたように結合した。


 周囲を飛び交う全てのパーツが、再びローズ・スティンガーの元へ組み込まれていく。


 いつしか、麗奈の座るコクピットは、そのモニターに外の状況を映しており―――



 そして静かに、(プラズマ・フィールド)は消失した。



 空に、巨人が浮いている。全長は12メートルに及ぶ。だが、その巨体は宙にあるにも関わらず、推進器の類の音は全く聞こえない。


 頭部は地肌が銀の色であることに目をつぶれば、まさしく金髪女性の顔そのもの。


 背中も顔と同じ銀色で、その中央から延びる一本のテールバインダーがオレンジ色の光を放っていた。日食のせいで辺りは暗く、光っているのを見間違えることはない。尻尾(テール)と言うよりは、まるで一本の結った髪のように、柔らかに揺蕩(たゆた)っている。


 豊満な胸を持っているように見えるが、その正体はサソリの頭部だ。


 そのシルエットは、まさしく女性そのものだった。赤い服を着た、金髪銀肌の女性の姿。


 目に見える武装は、両腕にある長五角形状の、赤と金で構成されたスモールシールドのみ。


 そしてローズ・スティンガーは、音も立てず、砂ぼこりの一つも起こさず、実に静かに地上に降り立った。テールバインダーが放つオレンジ色の光が消え、本来の色が金であることを表す。


 そして、



『コロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!!』



 吠えた。人の顔からではない。サソリの顔からだ。


 ―――殺される。


 極一部の例外(五十鈴とアルキン)を除き、誰も彼もがそう思った。一発で本能が死を喚起する、絶対者の咆哮。神の怒りの具現。


 かつて、アメリカ大陸が発見されるまでは現地で大地神として崇められ、


 日本に渡ってからは守護神として敬服され、


 マリウス教からは現界した悪魔と忌み嫌われる、―――超越者。


 神が人の前に(あらわ)れた時に何をするのか。実に簡単だ。


 広く、恐怖を伝えるのだ。


 その存在を周囲に知らしめるために。世界に知らしめるために。



 ―――神は此処にありて、と。



 それ故に、助けが来たという安堵は、即座に絶望に反転した。


 神を前にして、逃げることに意味があるだろうか。


 腰を抜かした者がいた。泡を吹いて失神する者もいた。


 谷口と杉谷と釜原はみんなバラバラの場所にいるくせに、全員が同時にその場に倒れて同時に死んだふりをした。


 箕郷みさとと真美子と明海(あけみ)は3人で肩を寄せ合って震えている。


 黒染めした包帯と黒いコートと眼帯で身を包む1年4組陣之内俊彦(としひこ)は、自身のファッションをもうやめようと失禁しながら考えた。悪目立ちをしてあんなものに目を付けられては堪ったものではない。


 生徒たちを押しのけて逃げていた人気教師の村木は後ろからの咆哮に気を失い、新調したばかりのスーツにクソの色とクソの臭いとアンモニア臭を染み込ませながら地面を転がり、周りの生徒は悲鳴を上げながら村木うんこ爆弾を必死で回避する。


 学園理事長代行、梅崎勝治郎74歳は地に両膝を付き、涙をボロボロとこぼしていた。自分の長きにわたる理事長代行の人生は今この瞬間にあったのだと、再び大地に立つローズ・スティンガーの姿を見るためにあったのだと確信していた。獅子王豪蔵(ごうぞう)が隊長を務めた特殊部隊の元隊員として、その雄姿に向けて震える手で、零れる涙を拭うことなく、大日本帝国式敬礼を取った。


 有栖は獅子王家の()()()()の元気な姿を見て破顔し、


 春光は世界を心胆(しんたん)(さむ)からしめた存在の復活に今後の対応を考え、


 五十鈴は拳を握りしめ、その後ろ姿を睨みつけていた。



《ぶはははははは! おいおい見ろよ! あいつら滅茶苦茶怯えてやがるぜ! さすがは悪役令嬢が乗る機体だなぁオイ! 助けに来た味方が恐怖をばら撒いてやがる! 一年遅れの大魔王かよ、なぁオイ!?》


 コクピットに座る麗奈はマリアの声を聞きながらも、仕方がない子ですわねと苦笑している。胸の下で腕を組み、タイツに包まれた足を組み、


『落ち着きなさいな。うれしいのは分かりますけれどね』


 そして、ようやくローズ・スティンガーは叫ぶのをやめた。


 誰も彼もが、ローズ・スティンガーの動向を注視していた。だがただ一人、大池だけは様子が違う。彼は目の前の脅威ではなく、()()()()()()()()()()


 地面には、重量のある物体を引き摺った2本の線が残っている。バイソンチェストが後退りした跡だ。大池が操縦して作ったものではない。だが、これは紛れもなく大池によって作られた痕跡だった。


 大抵のドール・マキナには、操縦桿やフットペダルによる主操縦器の他に、オモイカネ鋼という操縦補助効果がある金属が採用されている。


 このオモイカネ鋼をドール・マキナ内部に、つまり人型に配置した状態で人が物理接触すると、生体電流を介して、人の脳を機体のバランサーとして利用出来る。ドール・マキナが実に2000年もの歴史を持つのは、電子機器が存在しない時代でも生まれたのは、この金属の持つ特異性に寄るものだ。


 同時にオモイカネ鋼は、ドール・マキナにある副次的効果を与えてくれる。


 実に単純な話だ。機体全体に張り巡らされたオモイカネ鋼というのはすなわち疑似的な神経であり、疑似神経が通っているということは脳や脊椎からの命令を受け取れるということである。


 だからとっさの行動、例えば身の危険を感じ、反射的に取る回避行動だとか、あるいは身に沁みついた癖だとかは、操縦桿を弄らなくても機体が勝手に動く場合がある。特に、ドール・マキナの操縦に成熟していない初心者ほど顕著だ。


 これは本来であれば利点である。なにせ操縦が間に合わない場合でも、機体がそれより先に動いて対応できるのだから。


 そう、()()()()()()


 話を戻そう。バイソンチェストが作った二本の轍に。


 即ちこの跡は、大池がローズ・スティンガーの咆哮に怯んだことの証拠であり、いつも女子供を怒鳴り散らして言うことを聞かせていた大池が、逆に()()()()()()()尻込みしたことの証拠であり、


『おっ、おおおおおおおおおおおおっッッ、女ァァアーーーッ!!!』


 その事実は、大池を激昂させるには十分なものであった。


 怒りがオモイカネ鋼に伝達する。オモイカネ鋼が激憤を代行する。バイソンチェストの背中から延びるテールバインダー、ローズ・スティンガーの生物的に柔らかく揺れるものとはまるで違う、機械的な一本の四角柱が起動する。左右12枚ずつのスリットを解放する。そして『とっておき』を―――合計48発のマイクロミサイルを、一斉射した。


報告(リポート):敵機より攻撃。小型ミサイル斉射。総数は48》


 麗奈の頭の中、ドライコインからの声が聞こえ、



『―――ローズ・スティンガー』



 麗奈は胸の下で腕を組んだまま、足を組んだまま、指の一本も動かさず、ただ愛機の名前を呼んだだけだった。


 ローズ・スティンガーは、それだけで何をすべきかを理解した。


 胸部にあるサソリの頭部、4組8つの眼のうち小型の4つが、それぞれ12発ずつ光弾を放つ。赤と黒が混ざり合ったマーブル模様の光の玉、ビーム弾だ。


 まるで散弾銃のように放たれた48発のビーム弾は、48発のマイクロミサイル一つ一つに、一切のタイムラグ無しに同時着弾した。


 ローズ・スティンガーとバイソンチェストの間で、48の爆発が同時に発生する。


《報告:ビームバルカン全弾、各ミサイルへ着弾。迎撃完了を確認》


《また面倒なことするなぁお前。何発か撃ったら適当に誘爆するだろうがあんなの。ま、試したくなる気持ちも分かるぜ。こいつにとっちゃ、この程度は朝飯前だからな》


 麗奈の考えは、マリアの考えとは違っていた。万が一にも、誘爆させそこなったマイクロミサイルが生徒たちに流れてはならない。麗奈からしてみれば、全部を迎撃出来るのであれば、この対応を取るのは当然のことだった。


 爆炎でバイソンチェストの姿が見えなくなり、麗奈は次の行動を考えた。考えるだけだ。考えるだけでいい。


 ローズ・スティンガーのコクピット内部にある操縦桿もペダルも、その全ては飾りに過ぎない。だが、それでも操縦に支障はない。ローズ・スティンガーも体組織にオモイカネ鋼を含有しているからだ。それも、ドール・マキナに使われているようなものよりも、はるかに高性能なものが。物理接触を介さずとも、人の思考までをも読み取れる、まさしく次元が違うものが。


 だから麗奈は考えるだけでいい。こう動けと思うだけで、ローズ・スティンガーが行動に移すのだから。


 ローズ・スティンガーが右腕を天へ向けて真っ直ぐに伸ばし、眼前に手刀を振り下ろした。凄まじい風切り音と共に、大量の煙が一瞬で消し飛ぶ。


 眼前、バイソンチェストは呆然と立っているままだった。


『何なんだよ……! 何なんだよっ手前はよぉ!?』


 足踏み。


『お前さえいなけりゃ全部うまくいくはずだったのに! お前さえ! あの女さえいなければ、全部! 全部ぅ!!』


『馬鹿ですわね。あなたのやり方では、何をしてもうまくいく訳がないでしょう』


 そう、花山院学園をドール・マキナで襲うなどというテロ行為が成功するはずがないのだ。


 何故ならこの土地は、奥多摩の森こそは、世界で最も安全な場所―――ローズ・スティンガーの、縄張りなのだから。


 わざわざ人型に()()するまでもなく、凡百のドール・マキナ程度であれば、その尽くを容易く蹂躙するだけの力をローズ・スティンガーは有している。


 だからこそ、こんな山奥に花山院学園が建てられることになったのだ。


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? 手前! 今俺を! 俺を笑ったなぁ!! 女のくせに! ガキのくせにぃ!!』


 麗奈は無視した。重要なのは、テロリストがどうしてこんな行動を取ったのかではない。どうやってこんな行動を取れたのか、だ。


 だから、とっ捕まえて白状させる必要がある。


 そして同時に、ローズ・スティンガーの復活を、世に知らしめる必要がある。


『さぁ、―――魅せつけなさい、ローズ・スティンガー!』


 ローズ・スティンガーの背中から延びる金色のテールバインダーが展開し、中から『剣の柄』が生えた。


 その柄を右手で掴み、無造作に引き抜いた。その動作に合わせて残りのテールバインダーも順次展開し、ワイヤーと繋がった刃片を解放する。


 切裂鞭(ウィスラッシュ)、あるいは蛇腹剣と呼ばれる武器だ。それは麗奈が思考するだけで、鞭から一本の長剣へと姿を変える。


 ローズ・スティンガーが構えを取る。剣柄を右肩に、切っ先を真上に。示現流、蜻蛉と呼ばれる構えである。


 剣を排出したテールバインダーが閉蓋し、再びオレンジ色の輝きを纏い、


『―――其の悪行、獅子王の刃金(はがね)にて縦断す』



 直後、大池はローズ・スティンガーを見失った。



 大池の目には残像すら残っていなかった。しかし、残光だけは残っていた。オレンジ色の光が、真っ直ぐ上へと伸びていた。大池は残光を目で追い、すぐに目だけでは負えなくなって首を傾け、頭の動きに顎がついてこなかった。口を開いた間抜け顔で空を見上げ、


 いた。


 日食が作る光輪の中に、ローズ・スティンガーが剣を構えていた。


 目が、合った。大池は確かにそう思った。赤い女の顔ではない。その胸にあるサソリの目と、確かに目が合ったのだ。


 その瞬間、何故か大池は思い出していた。もうずっと昔のこと。誰と話したかも思い出せない程に古い、多分時期は中学生の頃だったと思う、なんてことのない雑談。



 ―――日食とは、不吉の象徴なのだと言う。



 ああ、と大池は思う。きっと自分の人生は、中学を卒業してから天照が太陽を隠すたびに、少しずつ不吉を積み重ねていったに違いない。だから自分はずっと不運続きだったのだ。


 この日食は、死神なのだ。


『チェストォオオオオオオオ!!!』


 麗奈の裂帛と共にローズ・スティンガーが空から降り立ち、バイソンチェストを一刀両断した。


 すぐには爆発しない。爆発するには、余りにも切り口が鋭すぎた。オイルタンクも圧縮水素ボンベもオルタネーターも、既に自身が切られていることを認識できていない。


 ローズ・スティンガーが立ち上がる。一泊遅れてバイソンチェストに縦一文字の直線が入る。


 爆発する直前、ローズ・スティンガーの左手がバイソンチェストの右胸、即ち運転席に突き込まれた。絶賛失禁中の大池をそこから引っこ抜く。


 爆発する。ローズ・スティンガーは背を向けて大池を守り、剣を高速で回して作った即席の防壁で爆風を防ぐ。


 そして爆発が収まってから、ローズ・スティンガーは回転させていた長剣を逆手持ちにして止めた。地上10メートルの高さで、小便でズボンを濡らすテロリストを左手で摘まんだまま。


 これにて、花山院学園を襲った男尊女卑系団塊世代、大池利一(としかず)は無事お縄に着いた。



 ―――善因には善果あれかし。悪因には悪果あれかし。天与えぬなら人が為すべし。



 故に、



『―――人誅!』



 悪因、()くして悪果と為した。


 スパロボならこの直後に日本スーパーロボット軍団かオリジナル主人公機がやってきてローズ・スティンガーが動いているのに驚愕するか警戒するかしたところで、どっかの勢力が敵増援として出てくるタイミング。


 作中でもこの後に敵増援を出してもいいんですけど、どうせローズ・スティンガーが鎧袖一触するだけになるので戦闘終了です。

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