第5話 タダオキ・ホソカワと短気な意思
テオドリック・カリクラテスはハマザーニー城塞都市の守将を務めてきて十年間、オークの軍勢を幾度となく防いできた。兵士も民衆も無邪気にテオドリックのことを、ミハイル王国の防壁だと称えている。
しかしテオドリックは終わりの見えない地獄を延々と続けることに絶望していた。なのでオークの将の調略に乗るという、傍から見れば正気を失ったかのような判断をしたのも、早く終わりにして楽になりたかったからなのだろう。
「よく決断してくれたな、テオドリック。いや駄目元でやってみたのに、こうもあっさり話にのってくれて意外だぜ」
そう言ってにやりと笑みを浮かべるのは、成人男性である自分の倍ほどの体積をもつ男だった。
腕は丸太のように太く、ぶよぶよとした腹は脂肪だらけに見えて、それは柔らかい筋肉でできている。口元から覗く歯は鋭く尖っていて、動物を生きたまま喰い千切ることだってできるだろう。
これがオーク。東の海より現れ、瞬く間に三大国を滅ぼした、獰猛で野蛮な獣――――ということになっている生き物だ。
(どこがだ)
テオドリックはオークを野蛮な獣扱いしている風潮に毒を吐く。
確かにオークたちで将にあたる存在であるゴグリッブグすらが、上半身を惜しげもなく露出させ、下半身も腰布が一枚で、履き物も履いていない。だがそれはオークの肌が人間より遥かに頑丈なため『必要がない』からそうしているだけだ。彼らに服を作る能力がないというわけではない。
事実としてこのゴグリッブグというオークは獰猛さの中に確かな理知的な光を瞳から放っていた。
「私も、現状にうんざりしていたからな。だが本当にお前は人間を滅ぼす気はないのか?」
「ない」
うんざりしたようにゴグリッブグは言った。
「何度言わせりゃ分かる。人間を滅ぼすだって? 馬鹿言っちゃいけねえよ」
「だがお前たちは一度その馬鹿をしたのだろう?」
「ああ。俺たちの先祖は愚かだった。だから滅びかけた。人間どもは俺たち種族の人間の女に種付けするって性質を脅威に思っているんだろうが、俺から言わせりゃ俺たちは人間の女がいなけりゃ繁殖できねえ欠陥生物だ」
オークは人間の女に種付けすることで数を増やす。だがオークは雄しか存在せず、雌は生まれてこない。そしてオークと人間との間にできた子は必ずオークとなる。
簡単な話だ。オークが欲望のままに人間を殺し、犯していれば、やがて地上から人間は絶滅してオークだらけになる。そしてオークだけでは子孫を作れないため、オークもいずれ滅ぶ。後にはなにも残らない。
「だからこそのアクアカルチャー計画だ」
アクアカルチャー……養殖場。テオドリックは人間としての嫌悪感と、男としての背徳的高揚感を同時に感じた。
「お前はうんざりしているだろうが、もう一度だけ確認するぞ。私の家族……妻と娘には手を出さないのだろうな?」
「何度でも言ってやる、手を出さん。欲望のままに食っていったら終わりなのは俺も分かってる。大事なのは『節制』だよ。仲良くやろうじゃねえか、テオドリック将軍。計画が成就した暁にゃお前が人間の王だ」
「王か。養殖場の管理者に被せるには上等な名前だな」
「それとこの都市の人間どもは【1D10:9】
1.俺たちに協力すれば管理者側にしてやると脅す
2.抵抗したものだから!1D10割ほど殺してしまった
3.女の!1D10割は家畜
4.抵抗したものだから!1D10割ほど殺してしまった
5.俺たちに協力すれば管理者側にしてやると脅す
6.女の!1D10割は家畜
7.俺たちに協力すれば管理者側にしてやると脅す
8.女の!1D10割は家畜
9.抵抗したものだから【1D10:2】割ほど殺してしまった
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
ゴグリッブグの調略を受けオークに城塞を明け渡すことにしたテオドリックだが、部下たちまでそれに唯々諾々と従ったわけではない。
殆どはテオドリックは乱心したと思いつつもオークに対する恐怖から従ったが、中にはオークに対して果敢に挑んできた者たちもいた。
特にこの城塞で副将を務める女騎士のスカーレットは頑強に抵抗して、結果的に城内でオークと人間による殺し合いに発展。軍民問わず二割の人間が死亡する事態となった。
なお捕らえられたスカーレットは【1D10:2】
1.聖痕持ちで頑丈な女騎士はいい家畜になる
2.くっ殺じゃなくて命だけはお助けくだされな于禁系女騎士
3.聖痕持ちで頑丈な女騎士はいい家畜になる
4.犯される前に自害
5.聖痕持ちで頑丈な女騎士はいい家畜になる
6.聖痕持ちで頑丈な女騎士はいい家畜になる
7.犯される前に自害
8.くっ殺じゃなくて命だけはお助けくだされな于禁系女騎士
9.死んだふりからの城内に潜伏
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
「この都市の人間どもは、俺の計画に協力すれば管理者にしてやるさ。あんな女でさえ受け入れてやった俺をちょっとは信用しろよ、人間の友よ」
「……あいつか」
テオドリックにはゴグリッブグの言うあの女が誰なのか一瞬で想像がついた。
思い出すのは捕らえられた女騎士スカーレットを処断する時のことである。
「お、お願いだ……し、死にたくない……命だけは助けてくれ!」
名門貴族出身で15歳の初陣から20年間戦歴を重ね、英雄の一人にも数えられた人物から発せられたまさかの言葉には、あの場に同席していたテオドリックも言葉を失った。
一方のゴグリッブグはといえば、その時はまだ冷静だった。
「くくくくっ。俺はオークの将としてお前らと戦っていて、テメエみたいな奴は何度も見てきたぜ。戦う前は威勢のいいことを言う癖して、いざ負けるとそうやって見っとも無く泣いて喚くんだ。だが安心しな、お前は女だから殺さねえよ。『痕持ち』で頑丈な女騎士はいい家畜になるからな」
「い、嫌だ! わ…私は家畜なんかになりたくない!」
「あれも嫌だこれも嫌だは通じねえし、お前の意思なんか聞いてねえよ。なぁに直に慣れるさ。お前には長く健やかに生きて、沢山の俺たちの子を産んでもらわねえといけねえからな。連れて――――」
「待て待て! 話は最後まで聞け! 私はお前……いや貴方様たちに降る!」
「……は?」
「そうだ! 私は家畜なんかにするより、生かして部下にしたほうが役立つぞ! 強いし、兵を率いた経験もあるし、あと敵対した人間でも従えば許すって生きた証拠にもなるぞ? 他にも他にも……」
それからスカーレットは自分を部下にするべき理由について嵐のように捲し立てた。
周囲ではスカーレットに憧れ彼女のために死ぬことも厭わぬと覚悟していた元部下たちが、台所のスキマにいるゴキブリを見るような失望しきった視線を向けていたが、スカーレットはまったく気にしている様子はなかった。スカーレットの命乞いを最初は嘲笑していたゴグリッブグもこれには真顔である。
そしてスカーレットの命乞いが三十分を超え、遂に根負けしたテオドリックが助け船を出し、ゴグリッブグも監視つきではあるがスカーレットの降伏を認めた。
ちなみにスカーレットの元部下たちは、スカーレットに唾を吐いた後、男は死を選び、女騎士は家畜に落とされた。上司には分不相応な部下たちである。
(まあ人類を裏切ってオーク側についたのは私も同じだ。私がスカーレットに対してとかやく言う権利はないか)
テオドリックが溜息をつくと部屋の扉をノックする音があった。
入れ、と言うと――――噂をすれば影というやつだろうか。入室してきたのは元国の英雄の女騎士で、現裏切りの騎士スカーレットだった。
「失礼します! ゴグリッブグ様! テオドリック将軍!」
後ろめたさの欠片もなさそうなスカーレットを見て、テオドリックはやはりちょっとは何か言う権利があるのではないかと思い直した。
「どうしたスカーレット?」
「報告があって参りました! 王都よりメルヴィン・メルヴィル率いる援軍が城塞に近づいてきています!」
「へぇ……そりゃ好都合だな」
「ああ、まったく……その通り」
ゴグリッブグがにやりとした。テオドリックは笑いもしなかったが、オーク側の将としては同じ気持ちだった。
オーク側に寝返る際、王都に情報が漏れないよう封鎖していたので、王都にこの城塞の陥落も自分の裏切りも露見していないだろう。
のこのこ援軍にきた連中を騙し討ちして軍勢を壊滅させるチャンスである。
「お待ちくださいお二人とも。朗報はそれだけではありませんよ! なんと援軍を率いる副将は王国第一王女で女騎士のシルヴィアだそうですよ!」
「なんだと!?」
「ゴグリッブグ様! シルヴィア王女は妾腹ですが、姫でありながら女騎士でもあるということで民衆の人気があります! 援軍はこの城塞が既に我らオーク側の手に落ちたことも知らないでしょうし、騙し討ちして援軍を滅ぼし、王女の身柄を確保することができれば、王国の心理に致命的打撃を与えることができますよ! その際は王女を捕らえる役割は是非このスカーレットに! 私は王女と面識があります!」
「…………」
「…………」
テオドリックとゴグリッブグは暫しお互いに顔を見合わせてしまった。
生まれも種族も異なるが、今だけは共通の思いを抱いている。不覚にも友情のようなものさえ感じてしまった。
テオドリックから言うと角が立つので、アイコンタクトでゴグリッブグが口を開く。
「スカーレット、お前は恥を知らないのか?」
「はい! 知りません!」
そう力強く断言した後、スカーレットは慌てて「あ、知識としては知ってますよ」と付け加えた。
テオドリックとゴグリッブグがますますげんなりしたのは言うまでもない。