第3話 穴山梅雪と宇治の葬送
それから家康はシルヴィアから『聖痕』なるものの概要について一通り聞き出した。
曰く、聖痕とは神から授けられた祝福であり、それを刻まれた者は超人的な力を得る。なのでオークが現れる前から『痕持ち』は国によって騎士として徴用されてきたという。過去にミハイル王国以外の三大国が健在だった頃は、お互いの国の『痕持ち』同士が、戦場の主役として戦の度にぶつかり合ってきたそうだ。
オークという存在がいながら、女を騎士とする理由がよく分かった。
聖痕を持つものがそれほど強力ならば、捕らえられオークの苗床になる危険を犯してでも、戦場に送りたくもなる。まして王によればオークは人間の三倍の腕力を持つという。単純な腕力勝負でも、人間がオークに勝つには三倍の数が必要ということになる。
「しかし『聖痕』を授ける神とはなんなんじゃ? そんな力を授けている暇があるなら、さっさと降臨して自分でオークを皆殺しにしてくれれば万事解決ではないか」
「……家康様。神を否定なさる発言はおやめください。不快に思われます」
「お、すまんな。ちょっとした愚痴じゃ。別にそなたらの神を批判したわけではない」
家康は直ぐに発言を撤回する。
一向宗たちの起こした一向一揆に散々散々散々散々、本当に散々なくらい苦しめられた家康は宗教というものの厄介さを身に染みて理解していた。余計な発言で藪をつついて蛇を出すのは御免である。それに家康だって異世界の人間が、手前勝手な理屈で仏教批判を展開したら不快に思う。同じことだ。
宗教関連については、いずれ手にかける必要があればその時にすればいい。
「ただ……神様がおれば、わしらも救われるのにのうと助けを求めたい気分になったのじゃ」
「――――神はほんの少しだけ聖痕という形でお力を授けられる以外は、ただ我らの営みを見守ることを良しとされているのです。それがこのセラフィムを人間へ与えられた神のご意思であり、愛なのです」
「見守るだけか。確かに、その方がいいかもしれんのう」
自分で神に文句をつけておきながら、家康は納得してしまった。
もし大坂の陣で勝利一歩手前という段階になった時、いきなり天上から神が降臨して豊臣方に味方したらなど考えたくもない。人の世のことは人が決めるべきだ。
「そういえば聞き忘れておったのう。『聖痕』とは具体的にどのような力を授けるのだ?」
「【1D3:1】
1.身体能力が数倍になる
2.魔法が使えるようになる
3.両方(豪華だな)
単純なことですよ、とシルヴィアは居室に置いてあるテーブルを人差し指と親指で摘まんだ。
木製だがそれなりの大きさだ。大の大人でも両手で運ばなければ大変だろう。だがそれを、
「はい、こんな感じです」
シルヴィアはひょいとあっさりと摘まみ上げてしまった。
目を見張る。せめてシルヴィアが筋肉粒々の豪傑であったならば単純に驚嘆したが、シルヴィアの細い体でやられると絶句するしかない。同時に理解もした。
「成程のう。これが『聖痕』の力か?」
「はい。聖痕を授かった人間は身体能力が数倍になります。腕力だけじゃありませんよ? 体の丈夫さとか、体の回復力とか含めて全部です」
「文字通りオークを超える『力』だの」
そして今は自分にもその聖痕とやらが刻まれているという。だとすれば今は自分もそれだけの力があるのだろうか。
好奇心にかられた家康は部屋の箪笥を片手で掴むんで持ち上げようとしてみせた。
幾ら二十代の若々しい頃に若返ったとはいえど、箪笥を片手で持ち上げるとなると難儀していたことだろう。だが今の家康は渾身の力をこめるまでもなく、あっさり箪笥を持ち上げることができてしまった。
「わし、忠勝並みになっちまった……人間やめっちまったわい」
「タダカツ? どなたですか?」
「わしの家臣でな。二丈余……この世界の単位で言うと6mの槍を片手で軽々操ってみせる人間やめた男じゃ」
げんなりしながらも家康は嘗ての忠臣を思い、笑みをこぼす。
天下が泰平になってからは、活躍の機会を与えてやることもできず不遇な人生を送らせてしまったが、その忠誠心が衰えることはなかった。もしこの世界にもいてくれれば大きな助けになったことだろう。
(まてよ? 聖痕なしで聖痕持ちくらいの腕力があった忠勝が、更に聖痕なんてもんを刻まれたら……)
山のように巨大化した忠勝が百万の軍勢を踏み潰している終末的景色を想像してしまった。
首をぶんぶんと振るって嫌な想像を振り払う。ないものねだりをしても仕方がない。
「さて、と。それじゃシルヴィア、質問はここまでにして頼みがある」
「なんですか?」
「――――――この王宮に、書物が多く収められている場所はあるかのう?」
これからは他人から聞くのではなく、自分で学ぶ頃合いだ。
それから家康は【1D100:67】日間、ひたすら王宮内の書庫に閉じこもった。
居室に戻るのは食事と寝る時だけ、外へ出て木剣を使った日課の修練をする以外は、一日中書庫で勉強に耽る毎日である。
ミハイル王国国王レオナルドも暫くは様子見という方針らしく、特に家康に干渉したり何かを命じてくることもなかったので、家康も我慢せず好きにしていた。
異世界にきて、学ぶことは多い。
日ノ本という一つの国の中でさえ、地方ごとに文化はがらりと変わった。それが異国どころか異世界。文化は勿論のこと貨幣、言語、宗教、地理、その他にも沢山。あらゆるものが日本とは違う。
オークとやらと戦い、ミハイル王国を救う以前に、
「まず『すた~とらいん』に立たなけりゃならんのじゃ。どうじゃ? この国の言語じゃが、使い方はあっていたかのう?」
家康が書庫に篭れば、シルヴィアも篭る。
茶目っ気を含んだ家康にシルヴィアは微笑みながら「お上手です」と答えた。
「……でもお辛くはありませんか? 家康様は若返っていますが、75歳だったのでしょう。この世界では子供でも知っているようなことを、1から学び直すなんて」
「半々じゃ。例え1からだろうと興味があることについて学ぶのは楽しい。だが逆に興味のないものを学ぶのは辛いのう」
それに幾ら興味があることとはいえ、数十日も書庫に篭っていれば飽きる。
王宮を飛び出して馬で存分に早駆けしたいという欲求にかられたことも一度や二度ではない。
「家康様は、勤勉なのですね」
「わしだけじゃない。前の世界でわしと争った英傑たちは皆が程度の差はあれ勤勉じゃった。そうでなければ天下はとれん」
「天下……今度家康様の世界でのことを、お聞かせいただいても構いませんか?」
「ん、知りたければ今話してもよいが?」
「家康様の勉強のお邪魔はできませんよ。お時間が空いた時でいいです」
「おう、分かった。約束じゃ」
「ところで家康様。お一人で勉強するよりも、教える人がいたほうが効率がいいでしょう。良ければ先生を紹介しましょうか?」
「まことか!」
願ってもないシルヴィアの提案に、家康はにべもなく頷いた。
家康自身、自主学習だけに限界を感じていたところだったのである。
そして先生役とは【1D10:8】
1.普通に偉い先生なオッサン
2.王宮の間にいた侍女
3.普通に偉い先生なオッサン
4.シルヴィア「わ・た・し」
5.王宮の間にいた侍女
6.普通に偉い先生なオッサン
7.王宮の間にいた侍女
8.シルヴィアの教育係の女性
9.シルヴィアの教育係の女性
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
シルヴィアが連れてきたのは、シルヴィアの教育係であるという女性だった。
妾腹とはいえ王女の教育を任せられるだけあって知識量は相当のものだし、最適な人選だろう。
「初めまして徳川殿。シルヴィア様の教育係のレイチェル・バルザックです」
前の世界では見たことのない桃色の髪をした、妙齢の女性は柔和に微笑みながら自己紹介をした。
年甲斐もなくドキッとするほど女らしい色気が詰まった肢体の持ち主だが、瞳には学問を修めた者特有の理知的な光がある。
なおレイチェルの家康への好感度は【1D100:77】だった。
好感度が高い理由【1D10:8】
1.学ぼうとする意欲のある人は好き
2.家康が来てからシルヴィアが元気になったので
3.かつて召喚された色々な英雄を知っていた
4.学ぼうとする意欲のある人は好き
5.学ぼうとする意欲のある人は好き
6.家康が来てからシルヴィアが元気になったので
7.かつて召喚された色々な英雄を知っていた
8.家康が来てからシルヴィアが元気になったので
9.実は嘗てこの国に家康の家臣が召喚されていた
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
挨拶がわりに握手をしながらレイチェルは、口を開く。
「シルヴィア様のこと、ありがとうございます」
「なんのことじゃ? 世話になりっぱなしで礼を言いたいのはこっちのほうじゃぞ」
「貴方が来て話してから、ずっと暗く思いつめておられたシルヴィア様が明るくなられました。私たちがどれほどお声かけしても効果がなかったのに。それがとても嬉しくて、ちょっとだけ悔しいです」
「シルヴィアは果報者じゃのう。あとレイチェル殿が気に病むことではない。あれは異世界の人間であるわしだったから効果があっただけじゃ」
同じ言葉でも語る人間によって重みは変わる。美食の限りを尽くして膨れ上がった腹をした大臣が、戦はもう止めようと叫んだところで誰の心にも響かない。だが戦で家族を失った幼子が、涙ながらに戦はもう止めてくれと叫べば、それは大抵の人々の胸をうつことだろう。
家康がシルヴィアに言った言葉も同じだ。同じことをレイチェルが言ったとしても意味はなかった。この国の都合で異世界に召喚された人間が言ったからこそ、シルヴィアの心の霧をちょっとでも晴らすことが出来たのである。
「そうですね、そうかもしれません。でも形だけの心のない言葉じゃ、きっとシルヴィア様はなにも感じられませんでしたよ」
「おーおー、そんな大したことでもないのに褒めるでない。尻がむず痒くなる。んなことより勉強じゃ勉強! 勉強をするぞ!」
「そうでしたね。では徳川殿、なにから始めますか?」
「じゃあ【1D10:8】
1.なんで他の三大国は滅びたのに、ミハイル王国だけで三十年間も持ちこたえられているのか
2.この国の軍隊
3.創世神話
4.わしの前任者
5.なんで他の三大国は滅びたのに、ミハイル王国だけで三十年間も持ちこたえられているのか
6.創世神話
7.わしの前任者
8.この国の軍隊
9.夫はいるか?(下半身が滑った)
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
自分の当面の目標は、やはりオークをどうにかすることだ。
別に召喚された英雄としての義務感なんてものは口からの出任せ以上のものはないが、今は自分もこの世界に住まう一人の人間である。オークはどうにかしたかった。
そしてオークを倒す力とは、やはりこの国の軍隊であろう。
「この国の軍隊について教えてくれんか?」
「ミハイル王国は嘗ての四大国の中でも第【1D4:1】位の国でした」
「つまり最強だったと」
「はい。四大国で唯一オークに滅ぼされずに耐えているのも、ミハイル王国軍が特に精強だったからでしょうね。今はオークの脅威に対抗するため、嘗て以上に軍事に力を注いでいます。この国は経済から教育まで『軍』を中心に回っているといってもいいでしょう」
それはそうだ。軍隊が弱ければ、オークに男は皆殺しにされ、女は犯され孕まされるのだ。
軍が最優先なことに、王国の民衆全員が納得するだろう。
「兵の装備は長槍や弓が中心ですね。基本的に人間がオークとまともに白兵戦をすれば、三倍の腕力で殺されるだけなので」
「その基本から外れとるのが『痕持ち』か?」
「その通りです」
レイチェルはできのいい生徒の質問に喜び頷いた。
「生まれながらに『聖痕』をもって生まれた者は、一定の年齢になると女騎士見習いとして徴用され、やがて女騎士として叙任されます。オークとの戦いでは女騎士が最前衛でオークと白兵戦を行い、通常の兵士がそれを援護するというのが常道ですね」
「というと女騎士に聖痕を持たぬ者はおらんと」
「それはそうですよ。聖痕を持たない女性を戦場に出すなんて、オークに番を差し出すようなものじゃないですか」
なんとなくだがこの世界の軍隊のことが分かってきた。
他国が悉く滅びたこととオークの脅威とで、軍は対オークのために先鋭化されているのだろう。
それからも家康は元天下人視点から、次々にレイチェルに鋭い質問をぶつけていった。