第2話 ミツナリック
何十年かぶりに若い頃の自分を目の当たりにした衝撃から一時間後。家康は王にシルヴィアと呼ばれていた女騎士に、王宮内の当面の居室に案内されていた。
王に仕える騎士が部屋の案内をするといえばなんということでもないようだが、先のやり取りからして彼女は王の娘、要は王女である。この王国で上から数えて十番以内に入るであろう高貴な存在が、居室への案内なんて瑣末な仕事をやっている理由は、王女本人の希望だ。玉座の間での話し合いという名の質問のし合いが終わった後、
「父上。どうか家康殿の案内は私にさせて頂けませんか?」
と、進言したのだ。
これに王のほうも頷いて、家康は孫か曾孫ほどの年の少女に連れられ王宮の廊下を歩くことになったのである。若返ったことでそういう欲も戻ったのか、悪い気はしなかった。
家康は経産婦が好みだが若い娘も嫌いではない。それはそれで好きだ。
「のう、シルヴィア殿。ちょいと一つ二つほど聞いてもいいかのう」
だがそれはそれとして探りは入れておくべきだ。
この国の王女とこうして二人だけで話せる機会など、ここを逃せばいつ巡ってくるか分からない。
「一つ二つなどと言わずに、なんでも聞いてください。家康殿はこの国の救世主なのですから」
「随分とわし……というか、召喚された英雄とやらに入れ込んでおるのだな」
「【1D10:4】」
1.自分達だけでオークを滅ぼすことを諦めている
2.過去に召喚された異世界の英雄の英雄譚に憧れている
3.自分達だけでオークを滅ぼすことを諦めている
4.地獄のような世界に呼び出してしまった後ろめたさ
5.過去に召喚された異世界の英雄の英雄譚に憧れている
6.地獄のような世界に呼び出してしまった後ろめたさ
7.自分達だけでオークを滅ぼすことを諦めている
8.過去に召喚された異世界の英雄の英雄譚に憧れている
9.全部
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
シルヴィアは躊躇したようだが、家康がじっと瞳を見つめると観念したようだった。
ぽつぽつと語りだす。
「……入れ込んでいるとは、ちょっと違います。きっと後ろめたいんです」
「ほう、後ろめたいと?」
意外な答えに家康は目を丸くする。
「だって、そうでしょう。私の世界は、こんな野蛮で醜悪なオークに怯えて暮らさないといけない地獄のような世界なんですよ?」
「らしいのう。直接この目で見たわけではないが、陛下から聞いた話だけでも禄でもない世界だということは想像もつく」
「そんな地獄に私達の勝手な事情で、何も関係のない人を英雄として呼び出して……どうすればいいのか……どうやって報いればいいのか」
「おい、まさかシルヴィア殿。お詫びに自分の体を、だとか馬鹿みたいなことを考えておらんよな?」
「【1D2:2】」
1.顔を真っ赤にして反論
2.俯く(銃フェラしそう)
半分冗談めかして言った家康は後悔した。なんとシルヴィアは顔を羞恥と恐怖と罪悪感が混じった表情で赤らめ、俯いたのである。
この反応を見れば人の心の機微に疎い石田三成であっても察しがつくだろう。図星だ。
「お前、お労しい性分してるんだのう」
「仕方がないでしょう……私にできることなんて精一杯に貴方に尽くして、貴方が望めばなんでもするくらいしか……」
「なんでもするか」
シルヴィアの反応は家康にとって悪くない話であった。
演技にも見えないしシルヴィアが強い後ろめたさを感じているのは本当だろう。家康が求めれば体だって差し出すに違いない。
(この世界でわしは裸一貫じゃ)
それは金銭的な意味ではない。いや、それもあるがこの世界には家康にとって最大の財産が存在しないのだ。
家康の脳裏に浮かび上がるのは、自分に忠実に仕え続け、遂に自分を豊臣秀吉の次の天下人へ押し上げてくれた家臣たちの顔である。
嘗て秀吉に対して家康は言った。己の財産とは、己のために死んでくれる家臣たちであると。もしもその家臣たちがいなければ、家康は天下人になるどころか、乱世の途中でくたばっていたことだろう。
だが当たり前だがこの異世界にその家臣たちはいない。
もし家康がこの異世界で一角の人物に成りあがろうとするのであれば、前の世界の秀吉がそうしたように、新しく自分のために死ぬ家臣を集めなければならないのだ。
(シルヴィア・ミハイル、か。女であるが王女で騎士……)
最初の家臣候補としては最良を通り越しているくらいの優良物件だ。まだ王位継承関連の話を聞いていないのではっきりとしたことは言えないが、場合によっては彼女を利用し、国を乗っ取ることだってできるかもしれない。
だがしかしだ。それは天下人の王道ではない。
「まあ普通の人間ならば『よくもこんな世界に呼び出してくれたな』と激怒するところではあるのだろうよ。だがなシルヴィア殿。ことわしに関して言えばぜーんぜーんなんも気にする必要はないんじゃ」
「え……でも……」
「シルヴィア殿もわしとお主の父である王陛下との話は聞いておったじゃろう。わしは前の世界で人生でやるべきことは全部やって、布団の上でくたばる五秒前だったんじゃ。それがお前さん方の召喚の儀とやらで召喚されたお陰で、こうして五体満足若い体にもどって生きておる!」
「それは、聞きました! だけどこんな世界なんですよ! こんな世界に呼び出されるくらいなら――――」
「死んだほうがマシってか? ならなんでお前さんは生きておる、何故腹を掻っ捌いて死なない? こんな世界だろうと、生きていたいんじゃろうが」
「……!」
「わしもじゃよ。ここがどういう世界であろうと、わしは生ある限り生きていたい」
結局はそれだ。死んで覚めない眠りにつくより、眠って夢を見るより、家康は生きて夢を見たい人間だった。
だから家康は自分を召喚してくれたこの世界の人間達に感謝をしていた。それは偽りのない本音である。
「めそめそしとらんで胸を張れ。お前たちは徳川家康の命を救ったんじゃ」
「はい……家康殿……家康様……」
やっとシルヴィアは俯いていた顔をあげた。綺麗な藍色は潤んでいるが、曇ってはいなかった。
これでいい、と思う。彼女をもし家臣にするにせよどうにせよ、死んだような面で罪悪感を抱かれながら仕えられるなど御免だ。
そう、
(わしが欲しいのは――――わしのために喜んで死ぬ家臣じゃ)
はにかむシルヴィアに笑みを返しながら、そんなことを思った。
それからシルヴィアから殿づけではなく呼び捨てで呼んで欲しいというやり取りを挟んでから、家康は当面自分が暮らすことになる居室についた。
居室は【1D100:51】(100ほど豪華)。
「普通の客間って感じじゃのう」
この世界の部屋事情に無知な家康だが、玉座の間との比較と、子供の頃に人質として過ごした経験とでなんとなく予想はつけることができる。
過剰な好待遇でもなければ粗雑でもない、無難な部屋であった。
「申し訳ありません、家康様。国をお救いくださる英雄様にこの程度の部屋しか用意できず。ご不満でしたら私が父上に直訴して、もっと良い部屋に代えて頂きますから!」
「よいよい。こんなつまらぬことで親子で争う切っ掛けを作ることもない。この部屋に不満などないから」
そこで家康は先程一つだけしか質問できていなかったことを思い出す。
この分だとシルヴィアとはいつでも会えそうだが、早いうちに聞けることは聞いておいたほうがいいだろう。
「シルヴィア殿は……」
「シルヴィアで構いませんよ」
間髪入れずに微笑みながら言われた。少し怖い。
「う、うむ。シルヴィアは王陛下の娘であるということは、この国の王女なのだろう?」
「はい」
シルヴィアは【1D10:4】
1.妾の子
2.兄と妹がいる
3.姉がいる
4.妾の子
5.三姉妹の末っ子
6.妹がいる
7.兄が二人いる
8.兄がいる
9.兄が二人
10.一人娘(滅茶苦茶VIPやないかーい)
妾の子のシルヴィアには正妻の子である【1D10:2】
1.兄と妹がいる
2.兄がいる
3.姉と妹がいる
4.兄がいたが幼くして死んだ
5.姉二人
6.妹がいる
7.兄二人
8.姉がいる
9.姉と弟がいる
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
「私は妾の子なんです。兄弟は他に父上の正妻であるオードリー様の子であるヨーゼフ兄上が一人いて、兄上がこの国の王太子なんです」
「そうか、兄上とは仲はいいのか?」
「【1D100:75】(高いほど仲がいい)」
シルヴィアは「はい!」と元気よく頷いた。兄のことを語るシルヴィアは本当に嬉しそうで、作為的なものは見受けられない。
どうやら正妻の子と妾の子の不和は彼女には関係のないことのようだ。
「それは良かった。わしの考えすぎじゃったのう」
「考えすぎとは?」
「女で王女でありながら『騎士』をしておるのは、てっきり出自を疎まれているが故ではないかと邪推をな。無礼な考えを巡らせた。すまんすまん」
ところで、と家康が目を細める。ここまでが前置き、本当に聞きたいのはここからだ。
「無礼ついでに聞くが、なぜ女が騎士をしておるんじゃ。オークは人間の女で増えるんじゃろう? ならオークの最前線に女を騎士として送り込むなど、オークに増えろと言っておるようなもんじゃないのか?」
「ああ! 家康様は疑問に思うのも当然です、家康様の世界には聖痕がないのですね!」
「せい……なんだって?」
「聖痕です。この世界で生まれた女の子が1000分の1の確率で神から授かる、神の力を宿した証。聖痕を持つものは人でありながら、オークを超えるほどの力を得る。私も生まれた時、聖痕を授かって……だから騎士になったんです。ちょっとでもこの国の役に立つ為に」
そう言いながらシルヴィアは首筋を見せる。そこには赤い刺青のような文様があった。
これが聖痕なのだろう。この手のことは専門外の家康にも、なんとなく神秘的な力のようなものを感じる。
「そんなものがあるのか。これではどちらが英雄か分かったものじゃないのう」
「家康様にもありますよ」
「え? わし男じゃよ? 若返ったのは最高じゃけど、性別まで変わるのは勘弁なんじゃけど」
「そ、そうじゃなくて! 異世界より召喚された英雄は、その時に神の祝福を受け、聖痕を授けられるんです! たぶん家康様にも体のどこかに聖痕が刻まれていますよ!」
「本当か!?」
家康は自分の腕を回して確認する。聖痕らしきものはない。次に袴をめくって脚を確認してみる。やはり聖痕はない。もしや確認できぬ背中やケツにでも刻まれてしまったのかと胸元を覗き込んでみると、あった。赤い文様が自分の胸板にくっきりと刻み込まれている。
しかもそれは、
「これうちの家紋じゃ」
見慣れた三つ葉葵であった。