第14話 I.T.
王都の監獄に収容されている囚人を、免罪のかわりに兵士として徴用する。
この案を出したところ王太子アレクサンドルは相当ごねたが、軍師に加わったエカチェリーナとそれを上手く纏めたレイチェルのこんこんとした説得で、遂に許可を出した。
牢獄から解放した囚人を集め、家康は彼らの前に立つ。
免罪し徴用する罪人の条件は唯一つ、兵士として働けるだけの体力と気力があること。そのためいるのは十代後半から四十代くらいの者の男女だ。若くても病気もちで兵士として役に立たない者や、兵士として働けない老人などは対象外である。
集められた罪人の中にいる『何人かの女』を見て家康はにやりと笑った。彼女たちは『聖痕持ち』だ。
聖痕持ちの女も全員がエヴェリナのように司法取引で釈放されるわけではない。
一度女騎士になっても再犯した者や、司法取引に値しないと判断された者は例外なく死刑となる。彼女たちは死をただ待つはずだった死刑囚だ。
「お前たち罪人共も話くらいは聞いとると思うが、この王都にオークの軍勢が迫っておる。故に今、副都への避難で民衆はてんやわんやの大騒ぎの最中じゃ」
集められた罪人たちの中の【1D10:2】割がざわついた。オークの接近を知らなかった者たちだろう。
家康は構わず続けた。
「だが市民全員を避難させるのは、かなりの時間がかかる。そこで避難の足を引っ張る恐れがあり、死んでも心を痛まぬ者達は王都へ置き去りにすると王政府は決定した。つまりお前らのことじゃ」
家康の発言がよっぽど衝撃的だったのか、罪人たちが静まり返る。
だがそれも一瞬のことだった。次には爆発的な怒号が響き渡った。
「ふざけるんじゃねぇ! 俺たちを見捨てるってのか!!」
「俺たち罪人だってまだ生きてるんだぞ!」
「お、俺はちょっと人から物を盗んだくらいだ! 死刑になるほど悪いことはしてねぇ!」
「あと半年で懲役が終わって釈放されるはずなんだろ! 死刑囚はともかく俺みたいなのは恩赦をくれよ!」
「はっ、ざまぁないねぇ。小悪党も大悪党も、悪党は皆纏めて道連れってわけかい」
「なんだ婆! 死刑囚だからって気楽そうにしやがって! ああくそ、こうなりゃ死ぬ気で暴れて脱獄を……」
家康が護衛として連れてきた女騎士たちが、罪人の暴走を危惧して前に出ようとするが、それを手で制した。
罪人たちがこういう事になるのは想定済みである。寧ろそのくらいの気概がなければ、兵士として徴用する意味がない。
「静まらんか!! 話はまだ途中じゃ!! 置き去りにして終わりなら、ここに集める必要ないじゃろうが!!」
家康が鍛え上げた肺活量を全解放して、罪人たちのざわめきを吹っ飛ばす。
その間に家康は捲し立てるように続けた。
「これを見よ! 王太子アレクサンドル殿下、王女シルヴィア王女殿下ご両名による直筆のサインが施された命令書じゃ!
迫ってくるオーク軍との戦いに参加し生き延びた者は、全ての罪を恩赦し釈放! また戦死した者は罪人としてではなく、戦死者として扱いこれに報いる!! どうじゃ!?」
さっきまでの怒号は完全に掻き消えた。かわりに困惑が罪人たちを支配する。
家康は罪人たちを見渡し、一番体がデカくて悪そうな顔をした男に歩み寄った。
「お前、名は?」
「も、モリックス! モリックス・ミュート!」
「懲役何年じゃ?」
「し、死刑だよ……来週執行される……」
「ほう、何をやらかした?」
「強盗だよ。一家皆殺しにして金を奪った。娘のほうは犯した」
「死んで当然の鬼畜生だな!」
「け、喧嘩売ってんのか!?」
「いや。じゃが他の者もわしと同意見のようじゃぞ」
家康の言う通り罪人たちを引き連れてきた兵士たちは勿論、同じ罪人たちすらモリックスに軽蔑の視線を向けている。
罪人たちの中でも序列というものがあるのは、どの世界でも同じだった。
「だが許そう。兵士として戦って生き残れば、お前は自由だ」
「ほ、本当なのか……? 俺みたいなのが自由……?」
「おう。戦って生き残れば自由、死んだとしてもお前は死刑執行ではなく戦に出て戦死したことになる。遺族がいれば金がいくし、いなくてもちゃんとした墓に埋葬される。モリックス、家族は?」
「息子と……妻がいる……まだ離婚は、してねぇ……」
「夫が死刑囚になって妻は苦労したろうなぁ。息子は親が死刑囚なのを気に病んだことだろう。だが報いる方法が一つある。分かるか?」
「戦って……生き延びるか……死ぬ……?」
「そうだ。モリックス以外、お前たちもじゃ! どうせここにいても全員死ぬ! ならわしと一緒にいっちょ夢を見てみんか!? オーク共を倒して、国を救う英雄になるんじゃ! 働きぶりが著しいもんは、そのままわしが兵士として雇ってもよい!! そうすりゃお前らは罪人から一転兵士じゃ!」
罪人たちの見る目がみるみるうちに変わっていった。牢獄に囚われ抑圧されていた欲望に、火が着いたのだ。
家康は自分に太閤豊臣秀吉ほどの魅力がないことを理解している。この世界風に言うならカリスマ性がないのだ。そんな自分が人々を惹きつけるには、恩賞をぶら下げて自分についてくれば利益があると思わせるしかない。
「最初で最後に問うぞ。わしと共に夢を見る者以外はここを去れ!」
五分待った。広場から出ていく者は一人もいなかった。
一仕事終えた家康は、宰相の執務室にいた。
応接間の向かいの席には灰色の衣を纏った宰相パトリックが、厳めしい顔でカップを啜っている。
家康も出されたカップを一口飲んでみた。コーヒーという飲み物を家康は【1D100:70】(100ほど気に入る)。
未知の苦味を感じる飲み物だが、家康は中々に気に入っていた。
「上手く罪人共を焚きつけましたな」
「なぁに。これで漸く『すた~とらいん』じゃ。ま、後は死ぬ気で戦うだけじゃよ。精々勝利を祈っておいてくれい」
「私の祈りなどに大した意味などないでしょう」
「意外じゃな。この世界の人間はシルヴィアのように信心深いと思っておった」
「神を信じてないわけではありません。だが神に祈るは万事を尽くしてからでいいでしょう。やるべきことをやらずに、神頼みなど神を愚弄している」
「もっともじゃ」
うんうんと頷いてみせるが、パトリックはにこりともしない。
「それでまさか世間話をしに私を訊ねてこられたのではないのでしょう。本題はなんなのですか?」
「一つ確認しておきたいことがあってな。ハマザーニー城塞陥落からの一連の動きはオークの総意か、それともゴグリッブグの独断専行か?」
初めてピクリともしなかった眉が動く。眉間にしわを寄せ、全身から殺気を滲ませ始めた。
パトリックは戦士ではない。聖痕の補正なしでも戦えば家康が勝つだろう。だがそんな力量差を覆すほどの威圧がパトリックから迸っていた。
「オークの事情など、私が知っているはずがないと思われませんか?」
「知らぬなら知らぬと答えればよい。だがわしはお前なら知っておると確信している」
「…………」
「答えてくれ。もしオークの総意だというのなら、勝ち目が皆無の作戦を中止せねばならん」
家康とパトリックの視線が絡み合う。最初に目を背けたのはパトリックだった。パトリックは諦めたように溜息をつくと、口を開く。
「後者だ。全てゴグリッブグの独断専行、オーク王の意思ではない」
「恩に着る。ではわしはこれにて」
「…………私は、オークより貴方が恐ろしい。一体どこまで見透かしておられるのです?」
「今回に関しちゃわしが凄いわけではない。単に前提知識があっただけじゃ」
「知識?」
例えば本能寺の変で織田信長を殺害したのか誰かと問われれば、家康の世界の人間なら誰もが『明智光秀』であると答えることができるだろう。
しかしその常識的なことを、この世界の人間は答えられない。それは織田信長や本能寺の変のことを、この世界の人間が知らないからだ。
「四年前に死んだわしの前任者の『山本淳也』なる者のことは知らん。わしと同国の生まれだと思うが、たぶん生まれた時代も違うじゃろう。しかしそのまた前任者の名前をわしは知識として知っておる」
オークの侵攻で三大国が滅ぼされたのに、なぜミハイル王国だけが生き残ることができたのか。どうして二十年間もただ一国でオークの侵攻を防ぎ、領土を守ることができたのか。
二つの城塞の守りだけでは説明がつかない。まだ何かが足りていない。
その何かを埋めるのが前々任者の名前だった。
その男はわしの隣の国に生まれ、敵国との講和を唱え、抗戦を主張する名将たちを不当に弾圧し、19年間宰相の地位で専横を振るった。
その男は25年前にこのミハイル王国に召喚され、その6年後に宰相となってから19年間その地位を独占し続けた。
その男の名は――――
「秦檜」
それが25年前に召喚された前々任者の名前だった。