第11話 草履の上の藤吉郎(冤罪)
ピエールと生き残った67人とともに王都へ帰還した家康は、シルヴィアに迎えられた。
シルヴィアは瞳に涙を溜めながら嬉しさと安心の入り混じった顔で、
「よくぞご無事で……!」
「おう、何度目かの命拾いしたわい。そっちもその様子じゃ無事のようじゃのう」
「家康様たちが危険な殿軍を引き受け、追撃をせき止めてくれたお陰です。けど申し訳ありません。本来なら家康様やそれに従った者達は、この国の最高位の勲章を授与されてしかるべきですが今は……」
「そうビクビクするな。今がそう呑気な状況じゃないことくらい分かっとる。のう、ピエール」
「え、あ、はい。僕達は勲章を貰う為に戦ったわけじゃありませんから」
急に話を振られたピエールは、王女を前に緊張しながらも、どうにか笑みを作って答える。ただちょっと残念そうな色は隠せなかった。軍人や兵士だって義務と責任感だけで戦っているわけではない。名誉と年金とを約束してくれる勲章は、貰えるならば貰いたいものだ。ピエールのリアクションはごくごく自然なものである。
「まあ勲章は諸々の問題が片付いて落ち着いたらでよい。落ち着いたら貰えるんじゃろ?」
「はい、それはもう勿論です! 私だけじゃありません、兄上だって家康様たちの活躍を聞いて感激しておられたのですから」
「おう安心したわい。おう皆の衆! 安心してよいぞ! 我等の褒賞はこの国の王子と王女の両殿下が保障してくださるそうだ!」
現金なものでピエールも他の66人の生き残り達は嬉しそうに歓声をあげ、抱き合ったり手を叩きあったりした。
だがあることに気づいたピエールがおずおずと口を開く。
「あの……僕達が勲章を貰えるのはありがたいことなんですけど、死んでしまった仲間達はどうなりますか?」
「安心せい。死者を蔑ろにして戦ができるか。本人が死んだなら生者の倍の名誉を手向け、遺族は厚く報いる。それがわしの世界の作法というものじゃ。例え……」
家康はピエール含めた67人の兵達を見る。
オークという恐怖に追われる中、死を覚悟して立ち向かったのが彼らだ。死を厭わぬ一人の兵士は、三人のただの兵士に勝る。
折角ここで結ばれた縁。これっきりにするのは惜しい。
「例えわしが貰う褒美を全て辞退してでも、報いるよう直訴しようとも」
なのでここは多少過剰に太っ腹な人間っぷりを印象付けておく。
大多数の兵たちは家康のこの言動に感動しているようだった。目をつけていたピエールは【1D10:8】
1.感動
2.なにか縁起臭いものを感じる
3.感動
4.こう見えて出世欲強め
5.感動
6.こう見えて出世欲強め
7.なにか縁起臭いものを感じる
8.感動
9.実は女の子
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
ピエールも純粋に感動しているようだった。
元々一緒に死線を潜り抜けただけあってピエールからは尊敬の念のようなものを感じていたが、それが一段と深まった感触がある。
「安心してください家康様。その作法は家康様の世界だけのものではありません。ちゃんと戦死した兵にも手厚く報いましょう」
「それが聞けて安心した。ならもう一働きするとしようかのう。なにせ……国が滅んじまっては、恩賞どころではないのだからのう」
「っ! い、家康様!?」
「国が滅ぶって! そんな簡単に」
「簡単に国は滅ぶぞ」
どれほど栄華を極めた王国だろうと、滅びる時は一瞬だ。それは一年前に豊臣家の滅亡を、特等席で見ていた家康が一番良く分かっている。
自分が江戸に作り上げた幕府だっていずれは滅亡するだろう。歴史とはそういうものだ。
「ま、国が滅びるだけで済めば御の字かもしれん。なにせ相手はオークとかいう化け物だ。最悪、今日は人類滅亡の前日かもしれんなぁ」
人類滅亡なんて頭の悪い単語を、よもや本気で言うことになるとは思わなかった。
シルヴィアもピエールも青い顔のまま俯いていて否定しない。オークに王都が蹂躙され、女は家畜に男と子供は皆殺しにされる。そういう最悪の光景を想像してしまったのだろう。
(いかん。少々脅しが過ぎた)
あれだけ喜び合っていた67人の決死隊たちが、今やお通夜の有様だ。家康は咳払いを一つしてから、わざと明るく言う。
「辛気臭い顔するな! そうさせんためのわしらじゃろう! 自分が国も人類も救ってやるという気概をもたんか! わしは持っとるぞ!」
気合を入れるようにピエールのケツを思いっきりひっぱ叩いた。ピエールは目を丸くしていたが、やがて力強く「はい!」と頷いた。
どうやらちゃんと気合は注入できたらしい。
「家康様は、秘策があるのですか?」
対してシルヴィアのほうは流石にピエールほど楽観的ではない。
家康の名案【1D100:93】
現状のがけっぷち【1D100:67】
シルヴィアの問いかけに家康は即答できなかった。
現在の状況は絶望的だ。月並みな表現であるがそうとしか言いようがない。しかし打開する策がないかといえばそういうわけではなかった。
あの峡路の戦いで死に掛けた時から、ずっと考えていた策が一つある。だがそれをなすには家康には手札が少なすぎた。
「家康様……」
シルヴィアの家康を見る目がどんどん不安に染まっていく。
そろそろ答えを出さねばなるまい。家康はシルヴィアに【1D10:7】と答えた。
!1D10
1.案ずるな、わしがいる
2.案ずるな、わしがいる
3.天下が欲しい
4.この戦いが終わったら結婚しないか?(大胆な告白は天下人の特権)
5.案ずるな、わしがいる
6.天下が欲しい
7.天下が欲しい
8.シルヴィアが策を言い始める(嘘だろ)
9.この戦いが終わったら結婚しないか?(大胆な告白は天下人の特権)
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
「わしはな、シルヴィア……『天下』が欲しい」
ぼんやりと空を眺めながら家康は、気宇壮大な野望をまるで今日の昼飯について語るような気安さで言った。
いきなり脈絡のないことを言い出した家康に周囲は混乱している。それでも家康は続けた。
「70年以上も抱えとると夢も性になっちまうもんなんじゃな。こりゃもう変えられんわ。わしはどこの世界でも『徳川家康』よ。天下っつう餅があるんなら、それを食ってみたいと思っちまう」
そしてその餅を食えるのはこの時代に一人っきり。その餅が今はオークによって食い荒らされようとしている。
だとすれば家康にある選択肢は二つ。オークにおもねって餅を掠め取る機会を伺うか、オークを滅ぼして餅を奪うかだ。
戦国の世では前者の策で家康は餅を食った。では今回は【1D1:1】
1.オークと戦う
2.オークにおもねる
サイコロを振るまでもない。オークの跳梁跋扈する世に、徳川家康が生きる目はないだろう。
家康が天下を望むならば、とれる選択肢は一つしかないのだ。
「シルヴィア」
「は、はい!」
「オークに勝つためじゃ、わしのために死んでくれ」
峡路での戦で家康の次に早く、脱出する作戦を考え付いたようにシルヴィアは聡明な女性である。
だから家康の見ている先にあるのがミハイル王国の安寧よりもっと進んだものであることを理解してしまった。
家康はミハイル王国にとって将来危険な存在になるかもしれない。
ミハイル王国の王女としてはこの危うさを父や兄に報告するべきなのだろう。だが、
「家康様。天下とはなんなのですか?」
「それは人によって違う。単純に統一された国を天下と呼ぶ者もおるだろう。わりと保守的な信長公であれば五幾内のことと答えたじゃろう、太閤殿下であれば夢と答えたじゃろう」
ノブナガコウにタイコウデンカ。家康の口から度々出る二つの名をシルヴィアも覚えていた。
その二人の名前を口にする時、家康はいつも苦々しそうに笑う。
「では家康様の天下とは?」
「それをわしは物心ついた時からずっと考え続けておった。答えらしい答えが出た時……わしはもう55歳になっておったよ」
こうやって過去を懐かしむように目を細めた家康を見ると、どれほど若々しくとも家康が七十を超える老人であることを理解させられる。
過去を思ってああも深く浸れるのは、それだけの齢を重ねてきた者だけだ。
「わしの天下とは――――――続くものよ。わしが生きている間だけの一時の夢幻ではない。わしが死んだ後も十年、二十年、百年と続く泰平の世……。それを成してこその天下人! 信長公とも太閤殿下とも違う、徳川家康の覇業よ!」
家康の語ることはスケールが大きすぎて話の一割も理解できなかった。
それでもシルヴィアはどうにか内容を咀嚼して一番聞きたいことを聞く。
「それはオークのいない世界をお作りになるということですか?」
「オークがいる限りわしの天下が訪れぬのであれば、そうしようとも」
「ならば――――」
シルヴィアには夢があった。この世界に生まれて、物心ついた時からずっと夢見ていた景色があった。
子供の頃は皆が賛同してくれたけれど、年をとって現実と常識を知るにつれて、曖昧に笑われるようになった。もっと年をとると友人たちは「不可能だ」「妥協しよう」と言ってきた。そしていつからかシルヴィアは夢を誰かに語ることはなくなっていた。
だが家康ならばシルヴィアの夢を、纏めて一緒に見てくれるかもしれない。
「家康様。私の夢はオークを皆殺しにすることです。オークを皆殺しにしてオークのいない世界を作ります。これが私の夢で、私にとっての天下です」
「うん。それも良い天下じゃ」
「私を――――一緒に連れて行ってくれますか?」
「うむ。お前が必要じゃ」
「ならば家康様。私は貴方のために死にます」
気づけばシルヴィアはそんなことを言ってしまっていた。
けど後悔はなかった。




