第10話 シバター
スカーレット率いる1000体のオークが、撤退したメルヴィン軍を追撃していると、メルヴィン軍から一人の騎兵がこちらに向かってきた。
いや一騎だけではない。騎兵に【1D100:83】人の兵が突き従っている。その中に女騎士は【1D10:4】(1か10ならいる)
女騎士はいない。人間の男の兵士たちばかりだ。
オーク相手に降伏しにきたとは思えないし、恐らくは殿軍を任された連中だろう。
「メルヴィン……判断力が鈍ったのか?」
スカーレットは怪訝に眉をしかめる。
1000のオーク相手に100にも見たない兵士で足止めをしようなんて、焼け石に水をかけるようなものだ。なんの意味もない。
せめて率いている将が女騎士であればまだしも、殿軍を率いているらしい騎兵は男だ。オーク相手に勝てるはずがない。
「ど、どうすんだスカーレットさん?」
「決まってるだろう」
すっかり卑屈になった副将のバドグジに、スカーレットは剣を鞘から抜いて応じる。
スカーレットが欲しいのは殿軍として切り捨てられた木っ端ではない。
援軍を率いるメルヴィン・メルヴィルの首と、王女シルヴィア・ミハイルの身柄だ。恥も外聞もかなぐり捨てて身の安寧を得たスカーレットだが、これが永遠のものであると楽観していない。
オークという異種族の中で、更には女騎士という立場。一生安泰な裕福な地位を確率するためには功績が必要なのだ。
「一息に踏み潰せ!」
「お、おう! 野郎ども、続けぇええ!」
スカーレットの号令にバドグジが得物の大斧を振り上げながら突進していく。
功績をあげたいと思っているのはスカーレットではない。バドグジだってそうだ。
前の副将であったバドグッブが斬られたことで、臨時で副将を任せられたバドグジ。バドグジはバドグッブが斬られたことでスカーレットに恐怖を抱いているが恨みは覚えていない。傲慢で同胞であるオークに対して暴力的なバドグッブのことがバドグジは嫌いだったし、バドグジ自身も何度も八つ当たりに殴られた。バドグッブが斬られた時は内心すっとしたくらいである。
しかしバドグッブという目の上のたん瘤が消え、かわって臨時の副将となったことで欲が出た。副将に不随している臨時という鬱陶しい字を消してやりたくなったのだ。
今回の大いなる計画を描いたオーク将ゴグリッブグは、オークの中にあって『人間的な』成果主義者である。性格に難があり部下に嫌われていてバドグッブがそれなりの地位にいたのも、バドグッブが成果を出してきたからだ。
故にバドグジがバドグッブの後任として認められるには、死んだバドグッブ以上の功績が必要なのである。
「まずは一匹だ、死ね人間!!」
バドグジが狙うは先頭の騎兵。
人間に詳しいわけではないバドグジだが、纏う鎧の上等さから、それが偉そうな奴かくらいは分かった。
「――――!」
先頭を走る騎兵が、おもむろに馬から飛んだ。
馬の加速と跳躍の勢いとでバドグジを斬るつもりなのかもしれないが、それは命取りである。その程度の小細工で人間の男がオークを殺せるなら、人類は八割の領土をオークに奪われたりはしない。
その時、スカーレットは初めて騎兵の顔を見た。
取り立てて美男子というわけではなく醜男というわけではない。だが年齢に不相応な貫禄と凄味が備わっている。
保身家としての本能というべきものが、オークではなくこの男につくことこそが安泰の道なのではないかと囁き始めた。そしてスカーレットは王宮が『召喚の儀』を執り行ったことと、召喚された者は男女問わず『聖痕』が刻まれるという伝承を思い出す。
「気をつけろ! そいつは――――」
スカーレットの忠告は遅かった。
きらりと光ったのが刃が太陽光を反射したのだと気付いた時には、高速で抜刀された刃によってバドグジの首は宙を舞っていた。
戦国武将・徳川家康に武勇譚は多くはない。
弓術と鉄砲術に関しては戦場で実力を見せつけたという逸話は残っているが、これが槍働きとなると途端にさっぱりになる。家康が戦場において勇猛さを発揮したことは一度としてなかった。
では徳川家康は強くないのか、弱いのか?
――――否である。
若い時から家康は剣術の鍛錬を欠かすことはなかったし、年老いてからもそうだった。一つの流派を極めても満足せず、多くの達人を召し抱えては教えを受け続けた。有名な柳生宗矩も家康の剣の師の一人である。
戦国武将・徳川家康に武勇譚は多くはない。
それは家康が『大将は戦場で直接闘うものではない』と考えていたからだ。
だから家康は一度も最前線で刀を振り回すような、愚かな振る舞いをしてこなかったし、発揮する機会もなかった。
けれど今の徳川家康は大将に非ず、ただの客将である。であれば戦国の世で一度として発揮されることのなかった『武勇』を、披露するのに一切の躊躇いもない。
「――――――ぁ」
断末魔とも言えない呻き声をあげながら、一際デカいオークが絶命する。
女騎士の超人的な力で振るわれようとビクともしない、この世界特有の金属で鍛え上げられた曲刀は、オークの首を刎ねても刃こぼれ一つしなかった。
「良い具合じゃ」
「て、テメエ!」
味方を殺されて激怒したオークが三体家康に突進してくる。家康は慌てず身を翻し、一番右側にいるオークの死角へ躍り出る。そして家康を見失ったオークたちを手早く斬り捨てていった。
具合が良いのは刀だけではない。体もだ。年老いた時は思うように動かなかった肉体が、思うがままに動く。斬りあいの中で家康は確かな興奮を感じていた。
今ならば、いける。
「気をつけろ貴様等! そいつはただの男じゃない! 異世界から召喚された英雄だ! 男だが『痕持ち』だぞ!」
緋色の鎧の女騎士――――スカーレットがオークたちに向かって叫ぶ。
家康もそれに対抗して、仲間のために家康と一緒に死ぬ気でここへきた83人の命知らずに向かって叫んだ。
「お前ら、死ぬ気で生き残れ!」
それからはもう何も考えなかった。家康は思考すら一振りの刀となって、ひたすらにオークを斬って斬って斬りまくった。
オークを率いていたスカーレットとも何度か剣を交えた。英雄に数えられるだけあってスカーレットは強く、剣を弾き飛ばすことはできたが、首を斬るまではできなかった。だがスカーレットと戦いながらオークをざっと5体は追加で討ち取った。
どれくらい戦っていたか分からない。
体はオークの返り血で真っ赤だった。踏み潰す死体にオークのものではなく人間のものが増えていく。
そして気付けば【1D500:254】人を斬り伏せていた。
オークたちが怯え、竦む。その一瞬を家康は見逃さなかった。
「今じゃ! 逃げろ!!」
肺の空気を全て吐き出すように、家康は叫ぶ。
オークたちにも、スカーレットにも家康を追う気力も勇気も残っていなかった。
戦場を離脱して小山まで逃げてきた家康は、満身創痍の命知らずを見回す。
あの戦場を生き残ったのは83人のうち【1D83:67】人だった。
「意外に生き残っとるのう。5人も生きておればいいほうかと思った」
「自分も信じられません。女騎士もなくオークと戦って16人しか死ななかったなんて」
まだ比較的元気さを残してる兵士が、興奮したように言った。
「お前……名は?」
「ぴ、ピエールです! ピエール・エンデ!」
【統率】【1D100:90】
【武力】【1D100:13】
【政治】【1D100:60】
【魅力】【1D100:70】
人の強さは体つきを見れば大体分かる。
はっきり言ってピエールの体は細く、とてもではないがあの激戦を生き抜ける強さがあるとは思えない。よっぽど運が良かったのだろう。
「わりと立派な鎧を着てるのう。士官か?」
「はい、二年前士官学校を卒業しました!」
「んじゃピエール。生き残りの取りまとめはお前がやれ。王都へ帰るぞ」
「え、家康様は……」
「わしは異世界人じゃから王都への道をまだ覚えきれてないんじゃ」
「分かりました! お任せください!」
それからピエールはテキパキと生き残りを取りまとめ始めた。
まだ若いが声はよく通るし、人を動かすだけの能力もある。経験を積めばいい将に成長するかもしれない。
「まずは死線を一つ、生き延びたのう」
安堵することはできない。確かにこの場を切り抜けることはできた。だがハマザーニー城塞は以前としてオーク側のもので、王都までオークの進軍を阻むものは何もないのだ。
家康の野望が潰えるか、羽ばたくか。本番はここからである。