第1話 ヤスとタヌキの神隠し
時は元和2年(1616年)4月17日。
駿府城にて戦国時代最大にして最後の巨人がその生涯を終えようとしていた。即ち江戸幕府初代将軍・徳川家康である。
嘗ては天下人・豊臣秀吉と覇を競った覇気も、最期の時を迎えた今は見る影もなく。起き上がるどころか、瞳を開く力すら残っていない。それでもかろうじて音は聞こえた。
周囲の者たちのすすり泣く声。それは紛れもなく徳川家康という人間の死を悲しむものであった。
(この身は戦場で野垂れ死ぬか、周りからさっさと死ねと思われながら死にゆくものと思っておったが、こうやって死ねるのか。悪くないな)
ぼんやりとそう思った家康は、最期に微かな微笑みを浮かべ、ゆっくりと覚めない眠りについた。
享年は75歳。
「嬉やと 再び覚めて 一眠り 浮世の夢は 暁の空」
「先にゆき 跡に残るも 同じ事 つれて行ぬを 別とぞ思ふ」
それが辞世の句であった。
~完~
ところがどっこい覚めないはずの眠りは、あっさり覚めた。
「……は?」
呆然とする家康。
家康は間違いなく人生を終えたはずだった。大河ドラマの主役を三回は張れそうな濃密な人生をである。だがその人生は終わった後にまだ続いていた。
驚きながら周囲を見渡す。家康がいたのは【1D10:9】であった。
1.草原
2.村の外れ
3.牢屋
4.村の外れ
5.草原
6.牢屋
7.村の外れ
8.牢屋
9.玉座の間
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
家康に突き刺さる視線という視線。嘗て見た西洋人が着ていたそれと似たような衣装の服装をした、明らかに高貴であろう身分の者たちが【1D100:43】人。それが自分を取り囲んでいる。
よくよく観察すれば西洋の甲冑を装備した戦士(確か西洋では騎士というのだったか)もいて、油断なく家康の様子を伺っていた。あれはきっと家康が妙な動きをすれば、即座に飛び掛かってくるだろう。
そして一段高い玉座に座るのは【1D10:3】だった。
1.女王
2.不在
3.王
4.幼女
5.不在
6.王
7.女王
8.王
9.幼女
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
王冠をかぶった王らしき男が立ち上がる。
その態度は【1D100:42】(100ほど歓迎)だった。
「よく来たな、異世界の英雄よ。余はこのミハイル王国の王、レオナルド・ミハイルだ」
レオナルドと名乗った男は偉そうに言った。
家康には新鮮な感覚である。天下人・豊臣秀吉が死んでからは、殆どの人間は自分に媚を売ってきた。例え敵対する者であってもである。例外は筋金入りの忠義者で偏屈者の石田三成くらいであった。
家康は【1D10:5】
1.慎重に下手に出ながら事情を探る
2.オーノー! 私、日本人、日本語しか分かりませーん!
3.オーノー! 私、日本人、日本語しか分かりませーん!
4.王? そんなものより女騎士だ!
5.慎重に下手に出ながら事情を探る
6.一度死んだ人生、なるようになれと尊大に返答
7.慎重に下手に出ながら事情を探る
8.一度死んだ人生、なるようになれと尊大に返答
9.オーノー! 私、日本人、日本語しか分かりませーん!
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
少々どころではなく怒りっぽいところがある家康であるが、これでも75年を生きた爺である。
一回りくらい年下の王に尊大に振る舞われたくらいで激怒するほど大人げなくもない。状況が分からないのでここは下手に出て、様子を伺うことにした。
「王直々にお声かけを頂き光栄の至り。が、わしは駿府の城にて正に死んだはずなのですが、なぜこのような場所で、異国の人間故に恐らくですが……『高貴な身分』の方々に囲まれておるのですか?」
「ほほう。それなりの礼儀は弁えているようだな」
「いえ、当然のことでござる」
「ふん。【1D10:4】年前に召喚した者ときたら、王に対する礼儀も弁えぬ上に役に立ちそうにない者であったから、直ぐに処分することになったが、どうやら今回は少しは期待ができそうだ」
王を始めとして居並ぶ群臣たちは機嫌をよくしたようだ。
どうやらわざとらしく『高貴な身分』と言い加えてやった効果があったらしい。しかし『処分』とは、どうも油断できなさそうだ。
「して……えー、王陛下とお呼びしても?」
「うむ、許す」
「では王陛下。わしは日ノ本という国の駿府の城で、病で死ぬところだったのです。それがどうしてこのような場所におるのですか? 病の気怠さも綺麗さっぱりと消えておりますし、まったく狐に包まれた気分です」
狸狸と揶揄された身としては、まったく洒落にならない事態である。
レオナルド王はにんまりと笑いながら答えた。
「召喚の儀だ。我がミハイル王国には異世界より勇者を召喚することができる、四年に一度しか使えぬ大秘術がある。それを使ってお前を呼び出したのだ」
「……!」
さっきから異世界異世界と言っていたが、とうとう確信がもてた。
どうやら自分は海を超えるどころか、世界を超えてしまっていたらしい。
「なぜわしのような老骨を?」
「別にそなたを選んだわけではない」
王は忌々しそうに言った。
「この『召喚の儀』は国を救いうる英雄をランダムで呼び出す。そこに余の意思は介在しない、完全な運任せだ。故に四年前のような外れが出てくることもある」
「らん、だむ?」
「規則性がないということだ」
何故か異世界なのに言葉は通じるが、一方で理解できない言葉もあるらしい。
この国独自の単語なのだろうか。
「陛下。国を救いうると仰られましたな。それはまるでこの国が危機にあるようです。もしそうであるならば、どうかわしにその危機を教えては頂けませんかな? 陛下には病で死ぬはずだったわしを、救っていただいた恩があります。ほんの僅かでもご恩返しをしたいのです」
「そなたはよく弁えておるな。さっき『駿府の城』と言っていたが、元の世界ではそれなりの身分の勇者であったのか?」
「既に隠居した身でしたが過去には征夷大将軍を勤め、死ぬ一カ月前に朝廷よりら太政大臣の職を得ました」
「……なんと!」
将軍と大臣という単語から、なんとなく家康が途轍もない身分の人間であったということが伝わったらしい。
王以外の群臣たちからも、
「あの風格と礼儀正しさは道理で」
「いや、口から出任せということもありうるぞ」
「しかし纏っているあの服は、我が国の意匠とは違うが、どことなく高貴さを感じる」
などという言葉が漏れる。
王がわざとらしく咳払いをすると、群臣たちが黙る。王は【1D10:9】
1.相手が将軍で大臣ならば、相応の礼節をもって待遇しなければならない
2.将軍だろうが大臣だろうが、この国では己の家臣に過ぎん
3.相手が将軍で大臣ならば、相応の礼節をもって待遇しなければならない
4.ペテン師である可能性もあるので、一先ず話を流しておく
5.将軍だろうが大臣だろうが、この国では己の家臣に過ぎん
6.ペテン師である可能性もあるので、一先ず話を流しておく
7.相手が将軍で大臣ならば、相応の礼節をもって待遇しなければならない
8.将軍だろうが大臣だろうが、この国では己の家臣に過ぎん
9.ペテン師である可能性もあるので、一先ず話を流しておく
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
群臣たちを黙らせた王は、家康の言ったことはさらりと流して先を続けることにしたらしい。
どうやら大臣や元将軍という話は、置いておくことにしたようだ。
「それではこの国の危機についてであったな。これ」
王が指をくいくいっと動かして合図をすると、侍女が地図を広げてみせた。
空白の中心部と四つの国で大陸が五分割にされている。が、なにぶん文字が読めないせいでどこにどの国があるのかが分からない。それを察した侍女が、
「ここがミハイル王国でございます」
と、『Michael』という文字が書かれた国を指さして付け加えた。
王の側に仕えるだけあって、中々に気の利いた侍女である。あれで経産婦なら妻の一人に欲しいところだ。きっと利発的な子供を産んでくれるだろう。
「このセラフィム大陸には我がミハイル王国を筆頭にガブリエル王国、ラファエル王国、ウリエル王国と四つの国がある。だがこの大陸はお前も察した通りの危機に瀕している。それは【1D10:1】よりオークが現れたからだ」
1.海
2.中央の聖地
3.ラファエル王国
4.ウリエル王国
5.海
6.中央の聖地
7.海
8.ガブリエル王国
9.ミハイル王国(お前の国からかーい)
10.!1D2(1.クリティカル 2.ファンブル)
王は海を指さした。
そこは東のラファエル王国の近海だった。
「オークとは何ですかな。わしの国にはないものですが、現れたという表現から推測するに異国人かなにかで?」
「あれが人のものかっ!」
そうやって怒りに満ちた声をあげたのは王ではなく、白と青を貴重とした礼服に包んだ騎士だった。
すらりとした体はよく引き締まっていて豹を思わせる。目は海の光を集めたように深い碧で、髪は黄金を溶かしこんで作り上げた芸術品のようであった。そして胸元がたわわと実っている。家康にとって驚くべきことに、その騎士は女であった。
「奴等は貪り、喰らい、犯すことしか知らない野蛮な獣よ! 断じて人なものですか!」
「……陛下、彼女は?」
「すまぬな、娘が余計な口を挟んだ。シルヴィア、今は余はこの者と話しておるのだ。少し静かにしておれ」
「も、申し訳ありませんでしたお父様。つい」
シルヴィアと呼ばれた少女の騎士は、顔を赤らめ恥じ入るように下がった。
信じがたいことに、この国では王の娘が騎士をやっているらしい。
「陛下。話の続きを。オークとはなんなのですか?」
「シルヴィアの言った通り『獣』だ。ただし人と同じく手足があり、人語を解する。成人は2mから3m。特に強力な個体は4mに達する。腕力は人の三倍だ」
「めー、とる?」
「そこなシルヴィアが160cm故、3メートルはシルヴィアの二倍の大きさよ」
「なるほど」
家康は親指と人差し指でシルヴィアを挟みこみ、倍くらいに伸ばしてみた。なんとなく大雑把に1mがどれくらいなのかを頭に入れる。どうやら他にも覚えなければならないことが沢山ありそうだ。
「だがオークが恐ろしく忌まわしいのは、はなによりも繁殖力とその方法よ。いいか? 奴等には雄しか存在せんのだ」
「…………!」
当たり前のことだが生物というのは雄と雌がいて、初めて数を増やすことができる。それは人間だろうと犬や馬だろうと同じだ。
だが雄しかいないのであれば普通に考えれば数を増やすことは不可能だ。
そう『普通に考えるならば』である。既に家康はこの世界には自分の考える普通が通用しないことを察していた。
「雌の存在しない奴等は、かわりに人間の女を犯し孕ませる。オークに精を注がれた女は、半年で急速に腹が膨れ、五人以上のオークの子を生む。奴等に襲われた街は悲惨だぞ。男と子供と老人は皆殺しにされ、女は攫われる。女は奴等の『牧場』に連れていかれ、そこで死ぬまでオークの子を孕まされ続けるのだ」
「聞いているだけで、吐き気を催してきますな」
野蛮な異民族の野蛮な逸話など、それこそ隣の大陸は幾らでも転がっている。漢史を学んだ家康は匈奴、金、元などによるその手の逸話を聞いたことがあった。
だがここまで酷い例は流石にちょっとしか聞いたことがない。
「無論、我ら人類の四大国もオークに対抗したが、既に大陸の八割が奴等の支配下にある。四大国も既に過去のもの。我がミハイル王国だけが残り30年。どうにか持ちこたえているが、いつ限界がくるか分かったものではない。我が国も、人類も崖っぷちにあるのだ。もう希望は異世界の勇者たるそなたしかおらん! ミハイル王国のため、いや人類のため戦ってくれ!」
王は口調だけ強く、どこか空虚にそう言った。群臣の一部も余り期待していなさそうな顔だ。
けれどシルヴィアという姫だか騎士だかは、期待に満ちた輝く顔を浮かべている。
暫しの思考。
「……わしのような老骨が、役に立つでしょうか?」
「それならば問題はない。これ、鏡を」
王が言うと先ほどの侍女が巨大な鏡を持ってきた。
そこに映った自分を見て家康は仰天する。そこには二十代前半の若々しかった頃の自分が立っていた。