109.運命の冒険者、誰が為に戦う 1
「これって氷魔法、だよな」
「どんだけ魔法使いがいるのよ」
天井からはまるで剣山をひっくり返したように1メートル級の氷柱がいくつもぶら下がっている。通ろうとすればあれが落ちてくる、ってベタ過ぎるトラップだな。
オレは無理矢理進もうとする奴らを制した。
「アスリー、頼む」
「了解ダ」
アリスの別人格、アスリーは両腕をムチのようにしならせると、ガシャンガシャンと目に見える氷の柱を次々と打ち砕いていった。
「すげーな、お前の従魔」
「どうだね、やっぱり彼女を売ってくれないかね?」
「別に従魔じゃないし、売る気もありませんから」
ヒルトン子爵は相変わらずアリスをイヤらしそうな目つきで見ている。いや、確かにアリスはかわいいけど、腕が伸びてるの見て興奮するってどうなの?
「まだ何かあるかも知れません、オレの後からついて来て・・・うわっ!」
1歩進んでオレはツルッと滑ってすっ転んだ。そうだよね、床だって氷で出来ているよねー。
「お先にー」
「ボーイ、オレ達にも仕事させてくれ」
砂上の楼閣の2人は滑る床をスケートリンクよろしくスーッと行ってしまった。
「「お、おい、オレ達も行こうぜ」」
「お前ら、ワシを置いていくのか!」
主に愛想を尽かしたのか、子爵のお付きの2人も颯爽と滑っていく。
「待って、まだその先は・・・」
ドドドドドッッッ!!!
「「「うわーっ!!!」」」
何かが崩れる大音響とともに悲痛な叫び声が響き渡った。通路の角を曲がったその先だ。
「バカか、柱の向コう側にもトラップがある事くラい考えりゃわかるだロウが」
「ヒルトン子爵は私が。先に行って下さい」
「はい」
子爵をスヌーカさんに任せると、オレとアスリーは先へと急いだ。
「あちゃー、こいつはヒドいわ」
「大丈夫かな」
そこにあったのは巨大なクレバス。4人とも止まり切れず滑落したんだろう。
「見てくるね」
「先に行くな、ミーナ」
オレとミーナはクレバスをそーっと覗き込んだ。
「うっ!」
滑落したところにご丁寧にも氷柱の雨が降り注いだようだ。ヒルトン子爵のボディガードのハーローとスコットは串刺しになって既に絶命していた。残る2人、マニエルとハドラー痛そうに呻いてはいるが氷柱攻撃の直撃は避けたようだ。腐ってもC級冒険者ってか。
「た、頼む・・・引き上げてくれ・・・」
オレが魔界ちゃんのワイヤーロープをクレバスに飛ばすと、2人はロープを伝って這い上がってきた。幸い傷は浅いようだ。
「だから言ったろ、どうしてそう先走るんだよ!」
「オレ達はボーイみたいに強くないからな。抜け駆けしないと勝てないんだよ」
「何それ?どー言う意味だ・・・」
マニエルはオレをトンと押した。氷の床の上ではそれだけで十分だった。
「うわっ!」
オレはツルッと滑ると(本日2回目)そのままクレバスに転落した。
「ボーイ!」
「くっ!」
氷面に斬月を突き立てると、ガリガリと音を立てながらゆっくりとクレバス底面にたどり着く。深さは5〜6メートル程度か、この位なら脱出可能だけど・・・
「ちょっと、何すんのよ!」
「悪いな。後で借りは返すから」
マニエルとハドラーはオレを置いて行ってしまった。
「何なんだよ」
傍らにはハーローとスコットの死体。即死のようだ。
「ナマンダブナマンダブ・・・」
そーいや口もきいた事ない連中だったけど、こんな串刺状態のままほっておく訳にはいかないよな。
オレは死体を床に横たえると、改めて手を合わせた。
「ボーイ、これ見て」
「ん?」
ハーローが握りしめていたのは1枚の紙片。そこには走り書きで次の文章が書かれていた。
『願いが叶うのは1人だけ』
「そーいうコと」
「アスリー」
クレバスの上からアスリーがオレ達を見下ろしていた。
「お前、それを何処で・・・」
「こんなモん見せられたんジゃ、みんな我先にと上に行きたがる気持ちもワかるな」
アスリーはオレの質問には答えずそう言った。
「運よく最上階にたどり着いたとシても、そこから必ず潰しアいが始まる。ボーイ、アンタは強過ぎるが為に警戒サれたんだよ」
「オレはそんな事しない」
「どうカな?ま、オレも先に行かせてもらうわ。添乗員のダンナと強欲子爵も行っちマったしな。ボーイがいなければ勝つのはオレだロう」
「おい、アスリー、おい!」
結局置いて行かれた。オレはツルツル滑りながらもクレバスから自力で脱出した。すっかり足止めを食らってしまい、この階にはもう誰もいなかった。
「ボーイ、私達も急ごう」
「ああ、そうだな」
先行しているのは5人、もう犠牲は出したくない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
4階。
「これは・・・」
1メートル四方の水槽がいくつもある水族館のような空間、その中の1つにヒルトン子爵は苦悶の表情を浮かべて浮かんでいた。水魔法なんだろうけど、どうしたそうなったのか見当もつかない。
「あいつら依頼主も見殺しにしたのか」
塔にたどり着くまでの護衛が今回の依頼だから、正確には元依頼主だ。クソ野郎ではあったけどそこまで非道なヤツではなかったのに。せめて奥さんに形見をと思い水槽を壊そうと試みたが、蹴っても叩いてもビクともしなかった。
「ボーイ、早く行こう」
「わかった・・・おっさん、帰りに出してやるからな」
オレ達は更に上階へと続くと思われる階段を見つけ、駆け上がった。
5階。
重い扉の先は巨大な吹き抜けになっていた。またしても幻覚なのだろう、壁に沿った螺旋階段は遥か上方まで続いていて全く先が見えない。高所恐怖症ではないけれど、あんまり行きたいとは思わないな。
「これを登ればゴールか」
途中で敵と遭遇したら逃げ場がないよなーとか考えていると
「ボーイ、上!」
上から人間大のナニカが落下してきた。グシャっと鈍い音で床に叩きつけられたそれは、人間だった。
「ハドラーか・・・」
落ちてきたのは『砂上の楼閣』のハドラーだった。既に絶命している。小生意気なヤツだった(おまゆう)けど、冒険者って人種は大抵そんなもんだ。トラップに引っかかったのか、それとも・・・
「ックソがっ!」
オレは全力で螺旋階段を駆け上がった。こんなん希望の塔な訳ないだろ。他人の絶望の上に成り立つ希望なんて、そんなもんクソ喰らえだ。
階段を2段飛ばしでぐんぐん登っていくと、小さな踊り場があった。そこに倒れているのは2人、商業ギルドのツアコンのスヌーカさんと『砂上の楼閣』リーダーのマニエルだ。スヌーカさんは頭から、マニエルは腹から血を流している。生死は不明だ。
「大丈夫ですか?」
「うう・・・ボーイさんか、君の人造人間にまんまと出し抜かれてしまったよ」
よかった、スヌーカさんは生きていた。
「アスリー、いやアリスは?」
「1人で上がって行ったよ。君も気を付けて、あいつは少女の姿をした殺人鬼だ」
アスリーはアリスを守る為以外で人を殺めた事はないと言っていた。信じて助けたオレが間違っていたのか。
「必ず戻りますからここで待っていて下さい」
2人を残し、再び階段を登ろうとした時、
「ボーイ、危ない!」
「!」
振り絞るようなマニエルの叫び声。振り返ったオレが見たのは、オレの背後からロングソードでまさに斬りつけようとしていたスヌーカさんの姿だった。
「死ね!」
「うわっ」
辛うじてかわしたがバランスを崩し、階下に落ちそうになった。
「ボーイ!」
「危っぶね」
「ガキが!邪魔すんな!」
「ぐわーっ!」
スヌーカさんはマニエルに馬乗りになると、ロングソードで滅多刺しにした。
「やめろ、スヌーカさん!」
やがて痙攣していたマニエルの体がピクリとも動かなくなった。
「マニエル、オレを、助けてくれたのか・・・スヌーカさん、あんたどうしてこんな・・・」
「よっ、また会ったな。まさか奈落から生きて脱出するとは思わなかったぜ」
「キサマっ!」
そこにいたのは見知ったスヌーカさんではなかった。いや、オレはもっと前からこいつの事を知っている。北欧風の彫りの深い顔立ち、ニヤけた口元。元勇者第32席にして素晴らしき再生の会幹部
「キサマだったのか『偽りのフレアー』!!」
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