10.駆け出し冒険者、黒執事をシカトする 1
フェルナンデス男爵別荘への突入作戦で、オレは主力の突入メンバーから外された。と言うよりピンの冒険者と15歳前(15歳から成人とされている)の冒険者は、盗賊の逃亡を警戒して騎士団員とペアを組んで町の警備にあたらされていた。かく言うオレも20歳くらいの気の良さそうな騎士、カールさんと一緒に割り当ての町長邸前の巡回をしていた。
「へー、ようやく冒険者になれる年齢になったから世話になってるおばあちゃんに恩返しをしたいってか。いい話だねー。で、肝心のおばあちゃんはボーイの事なんだって?」
「もう教える事は何もないから、村を出て自由に生きて行けって」
「それもありかもねー」
お互い障りのない会話をしていると、ジハーダ町長の豪邸の中から凛とした執事風の男が顔を出すと、こちらに挨拶をしてきた。
「騎士様、冒険者様、お勤めご苦労様です。私は当町長邸で執事長をしておりますハンクスと申します」
(残念、セバスチャンじゃなかったわね)
(でも掛かったな)
オレは内心ニヤリとした。
オレがデュークさんから受けた特命は『盗賊討伐依頼の遂行中に、町長邸に潜入し地下の隠し部屋から秘密の商品を奪取せよ』と、言うものだった。まるで見てきたような話だが、あの騎士団長の事だ、確かな情報なのだろう。つまりはジハーダの町長も盗賊団と一枚かんでいるわけだ。
「どうも。その執事さんが何かご用でしょうか?」
カールさんが聞き返した。
「当主のクリス・フォン・アダムス男爵がお二人をお茶の席に招待したいと申しております。警備も大変でしょうが軽い休憩のつもりで少々お時間いただけないでしょうか?」
((うさんくさ!))
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アダムス男爵は50歳くらいの神経質そうな優男だった。応接室を見る限りそんなに成金っぽくはない。おそらく世襲で爵位を受けた類なんだろう。ただ女性の趣味はなんと言うか・・・
(何、あのメイド?メイド服がパツンパツンしてるじゃない、いやらしい)
ミーナは体型にコンプレックスがあるのか、ナイスバディには辛辣だ。
(何よボーイ、ケンカ売ってんの?)
(いや、別に)
オレとカールさんはアダムス男爵に言われるがままに、町長邸でのお茶の接待を受けていた。ギュピちゃんは入室を許可されたが、さすがにコロは玄関で出待ちだ。
「へー、男爵は騎士経験も冒険者経験もお有りなんですね〜」
「若い頃は結構無茶もしたもんでね。それで今も君たちのような若者を見るとつい声をかけてしまうのさ」
貴族の三男坊だと言うカールさんは話しを合わせるのがうまい。部屋の隅ではナイスバディのメイドさんがお代わりの紅茶の準備をしている。
「すみません、トイレお借りしてもいいですか?」
オレはアダムス男爵に言った。
「おお、気がきかなかったね。おい、誰かボーイ君をトイレまで案内してやってくれ」
「はい、かしこまりました」
「うわっ」
どこからともなく別のメイドさんがシュタっと現れた。しかしやっぱり・・・ナイスバディだ。
メイドさんに連れられて行ったがらんとしたトイレで用を足しながら、オレは考えていた。
(なんか、見た目タダのデカいお屋敷なんだよな。隠し部屋なんて見つかるかな?見張り付きじゃ邸内をうろつくわけにもいかないし)
(私そーっと中見て回ろうか?)
(助かるけどミーナはすぐ迷子になりそうだからなー)
(失礼な!でもこのお屋敷、ちょっと変なのよね)
(そう、)
((静かすぎる!))
外部の音がこもって聞こえるのは、屋敷のまわりに何らかの防護結界が張られているからなのだろう。これはわかる。ただ、こんなに広いのに当主と執事、それにメイドさん2人以外の気配が全く無い。
(やっぱり私ちょっと見てくるね)
(お、おい!)
ミーナは勝手にトイレから飛び出して行った。
(あんまり無茶すんなよー)
(は~い)
「カ、カールさん・・・」
応接室に戻ると、カールさんはいびきをかいて眠っていた。
「いやはや、どうやら紅茶に入れたブランデーに酔われてしまったようですな」
アダムス男爵はニヤニヤしながらうそぶいた。
オレはロングソードの鞘に手をかけながら、自席にドカッと腰を掛けた。
「それはそうと、男爵、あなたはどこまでご存じなのですか?あと、ギュピちゃんは?」
「すべて知っていますとも。シュナイダー伯爵が私の尻尾を捕まえて、今回の依頼のどさくさであれを奪取しようともくろんでることまでね。」
盗賊の間者は騎士の中にもいたようだ。情報戦は敵に分があった?いや、デュークさんにとってはそれすらも想定の範囲なんだろう、たぶん・・・
「さすがですね男爵。で、ギュピちゃんは?」
「話は最後まで聞くもんですよ。いいかい、ボーイ君、我々ブッチャー盗賊団は、君の魔物使いの異能を高く評価している。そこで君に選択肢を与えてあげよう。シュナイダー伯爵から寝返って我々ブッチャー盗賊団の一員となってやりたい放題の人生を歩むか、魔物を奪われ今日ここで死ぬか、だ」
だんだん本性をあらわしてきやがった。
おそらく見かけない使用人たちはアダムス男爵の表の顔しか知らない人たちで、おおかた下手なところを見られないようにあらかじめ暇を出していたのだろう。
「・・・」
「・・・」
「ギュピちゃんは?」
「・・・」
「ギュピちゃんやコロにもしもの事があったら、今日ここで死ぬのはあんたの方になる」
「・・・」
「・・・」
会話が微妙にかみ合っていない。というより、お互い何かを待って時間稼ぎをしている感じだ。その時、
ウ~~~~!!
外から防護結界越しでもわかる大音量で、けたたましいサイレンの音が響いてきた。
「どうやら突入作戦が始まったようですね。」
アダムス男爵は言った。
「あのくそいまいましいシュナイダーが出撃する時はいつもこうだ。アレを聞いたら町中の人間はたとえどこにいようとも屋内に入らなければならない」
「・・・」
「でないと奴の『氷結の魔槍』の効果で、血液まで凍りつくらしいからな」
どうやらデュークさんは伝説の宝具のひとつを持っているようだ。男心をくすぐるネーミングに興味を惹かれたが、アダムス男爵の誘いには引っかからない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なぜだ、確かに飲んでいたハズなのに、なぜしびれ薬が効かない?」
しばらく沈黙が続いた後、しびれを切らしたアダムス男爵は自分から手の内を明かした。しびれ薬だけに。
「もしかしてオレがしびれて動けなくなるのを待っていたんですかー?だとしたらムダムダ。オレ、小っちゃいころからばあちゃんにいろんな毒薬を飲まされ続けて、すっかり耐性ができてるんで。」
「どんなばあちゃんだ!」
どうやらオレにとって当たり前の日常も、世間の常識からは外れていたらしい。
「しかたがありませんね」
しびれ薬作戦が失敗と見るや、アダムス男爵はテーブルの下から黒く光る何かを取り出した。
(なんかヤバい!)
パンッ!という音と共に、その何かから鉛の弾が打ち出されてきた。
オレは間一髪それをよけると、居合斬りで何かごとアダムス男爵の手首を切り落とした。
「ぎゃっ!!」
「ぐわっ!!」
オレがよけた鉛の弾は、運悪く背後からナイフを構えていたメイドAの心臓をぶち抜いていた。メイドAは即死、アダムス男爵は手首を抑えその場にうずくまった。床に転がったアダムス男爵のエモノは・・・勇者がこの世界に持ち込んだと言われている拳銃だった。
「ぐっ、キサマ・・・」
オレはこっちを睨みつけているアダムス男爵を残し、応接室を飛び出した。急いで地下の隠し部屋にある商品を奪取しなくては。




