09.駆け出し冒険者、領主と面会する
ギルドの地下訓練場に現れた仮面の男はオレだけにわかるよう、口を動かした。
(かっ・て・こ・い)
オレは体軸を倒して一瞬のうちにベイダーの懐に入り込んだ。いわゆる縮地と言うやつだ。
ベイダーの下あごに木刀の切っ先を突き付ける。
「詰みです」
「なんだとー!」
ベイダーは顔を真っ赤にすると、一歩下がって模擬刀を力任せに振り下ろしてきた。
オレは木刀でそれをパリィすると、今度は体を回転させながらベイダーの後ろに回り込み、その首筋に刀の刃に当たる部分を押し当てた。
「これで2回死んでます」
「ぐっ!」
ベイダーはゆっくり両手を上に上げた。
「・・・参った」
オレが木刀を下ろすと、ベイダーはくるりと回転し、その太い両腕でオレを担ぎ上げた。
「ち、ちょっ」
「悪かったなボーイ、嫌な思いをさせちまったな。おーい、皆、見ての通りだ、こいつは大したゴールデンルーキーだぜ、このベイダー様に勝っちまうんだからな。今後この少年にちょっかい出す奴はこのベイダー様が相手になってやるぜー!!」
「「うぉー、いいぞー!!」」
どうやらいい方のかわいがりだったようだ。なんかちょっぴりうれしい。
「ボーイ、昼飯は食ったのか?オレのおごりだ、がっつり食っていいぞ」
「え、いいんですか!」
オレはベイダーさんと話をしながらも、仮面の男を目で探していた。
(ミーナ、あの変な男どこ行った?)
(わかんない、すぐにいなくなっちゃった)
確かに仮面はアレだったが、間違いなく人の上に立つ器だ。現にオレもいつの間にかあの男の言う通りに動いていた。一体何者なんだろう・・・
「あのー、ボーイさんすみません」
受付嬢が声をかけてきた。
「ギルドマスターがお呼びです。北方騎士団長がボーイさんに会いたいそうです」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「失礼します」
ギルドの応接室に呼ばれたオレは、2人の男に迎えらえた。
1人は以前ミカミの冒険者ギルドで何回か見かけたことのあるスキンヘッドの大男、ジハーダの冒険者ギルドマスターのカーンさん、そしてもう1人が先ほどの仮面の男だった。
「ボーイ君、だったよね。紹介するよ、こちらシンカータ領の領主で北方騎士団長でもあるデューク・フォン・シュナイダー伯爵」
(は、伯爵~!?)
たぶん相当なイケメンと思われる容姿に、領主で騎士団長で貴族様ときたもんだ。どんだけスペック高いの、この人。
「ボ、ボーイです。冒険者です、シュナイダー伯爵」
「よろしく、ボーイ君」
仮面の男、シュナイダー伯爵はニコりとほほ笑むと握手を求めてきた。オレは素直にそれに応じた。うん、よかった、特に力任せに握ってこなかったよ。
「カーン君、ちょっと外してくれないか」
「は、はい!」
カーンさんはシュナイダー伯爵に言われると、大きな体を小さくしてそそくさと退出していった。
「緊張しなくてもいい、楽にしてくれ。それから私の事はデュークでいい」
「はい」
デュークさんは仮面越しにオレの事を値踏みするようにじっと見つめた(ような気がした)。
「ふむ、銀狼を従えているとは聞いていたが、まさか精霊まで連れているとはな」
「なっ!」
(こいつ)
(ボーイ、こいつ私の見えてるわ!)
ミーナは警戒してオレの後ろに回り込む。
オレもロングソードの鞘に手をかけた。
「おっとすまない、警戒させてしまったかな。」
デュークさんはゆっくりとその仮面を外した。
「!!」
仮面の下には想像通りのイケメンがいた。ただし、その両目は刀傷のようなもので傷つけられ、完全にふさがれていた。
「デュークさん、その眼・・・」
「ちょうど君くらいの時に不幸な事故にあってね。だから君の精霊が見えるのではなく、感じることができる、と言ったほうが正解かな。あっ、このことは誰にも言わないでおくれよ」
「でも、どうしてその事をオレに・・・」
「これで君の精霊、私の眼とお互いの秘密を共有する仲になった訳だ。その方が面倒な事でも頼みやすいだろ?」
デュークさんは、再び仮面を付けると、ニヤリとしながらそう言った。
((うわっ、こいつ面倒くさい奴だ・・・))
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌朝8時、ギルドの中は北方騎士団2個中隊64名、冒険者18組48名、100人余りの人いきれで埋まっていた。みんなプロだけあって依頼当日はさすがに酒臭い奴はいない。オレは新人らしく、部屋の隅っこでコロをモフモフしながら騎士団長の話に耳を傾けていた。
「我々はあのブッチャー盗賊団がセイローの迷宮跡のほら穴をアジトにしているという情報を入手した。しかも本日昼過ぎに全国に散らばっている幹部がそこに一堂に会するという事も。そこで今回の私、シンカータ領主であり北方騎士団長からの依頼は、この千載一遇のチャンスに盗賊団を一網打尽にする、というものである」
「「「うおー!」」」
久々の大型依頼にギルド全体が盛り上がる。デュークさんの脇では、ギルド長のカーンさんがうんうんとうなづいている。
オレはといえばデュークさんの話に興味がないので、あいかわらずモフモフしていた。
(あれ?)
コロの眉間に小さな角がポコッと頭をのぞかせているのに気が付いた。そういや銀狼は一角獣なんだっけ。そんなくだらない事を考えていた。
デュークさんは続けた。
「作戦を繰り返す。まず10時前に冒険者諸君の少数精鋭と2個小隊が手薄のアジトを急襲、確保する。残りのメンバーは迷宮の領都側とジハーダ側の二手に分かれ、アジトに来るものは捕縛し、アジトからの逃走者はその退路を断つものとする。幹部を2、3人生け捕りにできれば、残りの盗賊の生死は問わない。盗賊のお宝については個人で持てる範囲については好きにしていい。早い者勝ちだ。」
「「「うおー、やってやるぜー!!」」」
少数精鋭とやらに選ばれた10名余りの冒険者達が、我先へとギルドを飛び出して行った。
ベイダーさんもメンバー に含まれていて、オレにチラッと 目配せすると巨体に似合わない俊敏な動きでギルドを出て行った。16人の騎士達が後に続く。先発隊が出て行ったのを確認すると、デュークさんは一息ついてから続けた。
「先発隊の冒険者パーティー『紅の赤鯱』のメンバーの中には、盗賊団の内通者がいることがわかっている。」
「「マジかよ!」」
「つまりここまでの作戦は奴らにも筒抜けとなっている訳だ」
「「あちゃー、どうすればいいんだ」」
「たぶん罠がしかけられているだろうが、すべて計算に入れているので心配は無用。騙されたフリをして、我々本隊は逆にこれを利用し、奴らの本当のアジトを殲滅する」
「「よーし、やってやるぜー!!」」
「奴らの本拠地はジハーダ郊外にあるフェルナンデス男爵の別荘だ」
「「やべーよ、貴族来たよー!!」」
「フェルナンデス男爵は実はブッチャー盗賊団の幹部の一人だ。臆する必要は何もない」
「「よっしゃー!!」」
オレとミーナはあきれてこのやり取りを傍観していた。
(何、この茶番?)
(冒険者ってバカか?バカなのか?)
だいたい『紅の赤鯱』ってパーティー名だって完全にかぶってるし。




