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魔術結晶とムクモゴリス




一つ目の祝祭が明けると、ハルフィリアの朝がやってくる。


ハルフィリアはリベルフィリアの前祝祭の二日目にあたり、親しい人と過ごす安らかな日だ。

昨年までのディアは、リカルドの弟王子達とその伴侶や、王女達の婚約者も交えた賑やかなお祝いの席にいた。


朝から髪を結い上げて重たいドレスを着ると、静かに飾り木を眺めていたいディアには、いささか荷の重い一日が始まるのだ。




そして、そんな重責から解放されて最後のハルフィリアを迎えたディアは今、人生で初めての衝撃の朝を迎えていた。




(……………む)




ディアはまず、むくりと起き上がり眠たい目をこしこし擦っていたところで、シーツの上にこぼれた水色の髪に気付きおやっと眉を持ち上げた。


まさか本体がそこに設置されているとは思わず、最初は、寝ぼけて、ちょっぴり思うところのあるノインの髪の毛を怒りに任せて毟ってしまったのかなと考えたのだ。



(……………え?)




そして、本体ごとそこにあると知ったディアは、ますます困惑した。


このような状況を経験するのが初めてなので、ちょっぴり甘酸っぱいどきどきなどを感じる余裕は勿論なく、脳内が大混乱の警報を発令する。



「……………不法侵入者を見付けた場合は、どうすればいいのでしょうか。まずは、抹殺し…………中庭の井戸に捨てる……………?」

「……………おい、煩いぞ」

「乙女の寝台を占拠する悪者から、なぜに本来の持ち主が叱られるのでしょう?」



余談だが、ディアの睡眠にかける執着は強い。


上質な眠りの為に様々な拘りがあり、枕元にはお城の庭園からこっそり盗んできたラベンダーなどを使ったサシェがあり、それも季節に応じて香りを変えるなどの工夫を惜しまない。


サシェは、これまでに随分と作りなかなかの自信作揃いだが、全てがディアの大切な財産なので、誰かにあげるようなことはせずに部屋に隠してある。


一度、婚約者殿に作りかけのものを発見されてしまい、お納めしなければならない展開にされた時には、ちくちくと刺繍を刺しながら、美麗な王子の頭髪が滅ぶよう呪いをかけ続けた。



つまり、それだけディアにとっては大事な時間なので、全力で堪能してしまうのだ。



ゆっくりたっぷり眠れると寝台に入る夜から、ぬくぬくと過ごす夜明けの時間までを人生における最大の娯楽とするのであれば、それを楽しまない手はない。


ましてや昨晩は素晴らしい晩餐をいただき、これはもうその余韻がお口に残る内に眠りにつくしかないといそいそと寝台に入ったのだが、おや、侍女がいないとこのドレスは脱げないのかなという試練に見舞われた際には、折よくその場にいたノインに手助けを要求し、お前には恥じらいがないのかと荒ぶるのを乗り越えての就寝だ。



(………くたくたでぱたんと寝てしまって、その後の記憶がない………。ノインを部屋から出さないで寝てしまったのかしら?)




寝る前に髪を梳かされたり、部屋の温度を調節されたりと世話を焼かれ過ぎてしまい、すっかりノインが乳母か何かのように思えたのが敗因だろうか。



然しながら、昨晩の妖精との密談も聞いてしまえば、やはり彼は人ならざるものなのだ。

あの会話から垣間見えた人ならざる者達の世界を思っても、人間であるディアとは住む世界が違う人なのだろう。


お住まいは森の筈なので、森の生き物であるムクモゴリスの基準に当て嵌め、いっそうに種族性の違いなどをしっかりと理解してゆく所存である。



ディアは、美しい人外者に恋をしていても、このような場面では冷静に判断出来る人間だった。



「…………夜中に暴れたのはお前だぞ。ったく、手間をかけさせやがって」

「まぁ!私は、ぐっすりお行儀よく眠るのですよ。そんな筈はありません」

「ほお、真夜中に妖精を捕まえると大暴れしたのは誰だ?」

「淑女としての評判にかかわりますので、そこは断固として戦います!」

「それから、顔を洗ったら何かをつけろ。髪もしっかり乾かしてから寝ろ」

「……………乳母のようです」

「やめろ」



体を起こしたノインを見るに、どうやらこの精霊は、ちょっぴりお邪魔しましたという感じではなく、本気でディアの寝台で寝ていたようだ。


精霊も寝台で眠るのだなと驚きつつも納得し、けれども、淑女たるもの、いかに広い寝台とは言え気安く隣で精霊にご就寝されては困る。


低く唸って威嚇していたディアは、何やら疲れたようなノインの様子に、ふと、昨日この精霊は腕に怪我の痕を残していたことを思い出した。


会話の中で触れられた様々な人外者達の存在は、ノインが夜の一つの資質の王であっても、彼にも色々なしがらみがあるのだと教えてくれる。

特に死の精霊とのものらしいやり取りを聞けば、ファーシタルの民を従者にするまでの経緯もきっと、簡単なことではなかったのだろう。



(でも、その頃は前王様が対処されたのかしら…………)



ノインとこの王宮で再会した時に、彼が夜のひと柱の王である事を聞いて驚いた事を思い出した。

ディアが出会ったときにはノインは王子だったので、この再会までの十年でディアを取り巻く環境が変わったように、彼にも色々な事があったのかもしれない。


こんな風に疲弊した姿を僅かにでも見せるからには、王としての責務を負った上でここにも顔を出しているのか、それとももっと気楽なもので、遊び疲れただけなのかもディアは知らないのだ。



(…………あの怪我は、大丈夫なのだろうか)



すっかり心配になってしまい、ディアはそろりと手を伸ばしてノインの手首を掴んだ。


いきなり腕を掴んだ人間に、襟元を寛げたシャツの姿の美麗な男性は、どこか愉快そうに眉を持ち上げる。

しかしそれも、ディアがおもむろにその袖を捲り上げるまでであった。



「……………おい」

「昨日の袖が切れていた部分は、怪我をしていたのではありませんか?もし怪我をそのままにしてあるのでしたら、せっかく薄着の間に手当してしまいましょう」

「受けた傷を、そのまま残しておくような趣味はない。そもそも、お前に傷の手当なんぞ出来るのか?」

「本で読んだことがありますので、知識は充分に持ち合わせております。血が出ているところを、ぎゅっと縛るのですよね?」

「……………いいか、二度と傷の手当てに手を出すな。傷口に紐を当てて縛りかねないからな」

「…………あら、違うのですか?」



溜め息を吐いたノインが無言で短く首を振り、ディアはいい加減な手当の方法を記載してあった本を恨んだ。


なぜだか、この精霊の前では色々なことが上手くいかず、いつもこうなってしまう。

本当はもっと、ノインが感心してしまうくらいにきりりと澄ましている筈なのに。



(そして、やはりノインは精霊でいいのだわ。………否定しないもの)



精霊の与える食事を食べる事は、あまり望ましくなかった筈だと少しだけ落ち込み、ディアはおやっと首を傾げた。


部屋を訪れた第二王子の言葉を反芻すれば、まるでノインが精霊だという事を知っているかのような発言ではないか。

この国の人々の気質を思えばまさかとは思ったが、ジルレイドは比較的心の柔軟な人であるし、偶然であの会話の内容が揃う事はないだろう。



(……………つまり、ジルレイド殿下は、ノインがどのような存在なのかを知った上で、私が心を傾けてしまわないように忠告をしてくれたのだろうか………)



だとすれば、そこでディアの身を案じてしまう彼は、自分の兄やこの国がディアを殺そうとしている事は知らないのかもしれない。

ディアは、もはやどこか他人事のような気持ちで、後でジルレイドが真実にどれだけ衝撃を受けるだろうと考える。



窓の向こうには淡い夜明けの光があり、カーテンに映る影を見れば雪が降っているようだ。


ディアが目を覚ます時間は、王宮で傅かれて暮らす者としては随分早い。


本当はもっとゆっくり寝ていたいのだが、やはり眠っている時間は無防備である。

そうなると、夜明け前に目を覚ましていた方が、格段に心に優しいのだった。




「…………もう少し寝ていたらどうだ。まだ、夜が明けたばかりだぞ」

「侍女達が来る迄に、顔を洗ってしゃきんとしておかなければなりません。毒などの入っていない、自分で淹れたお茶も飲んでおきたいですし…………」



ディアがそう言えば、ノインはぞんざいに片手を振るとそのまま前髪をくしゃりと掻き上げた。

指先からこぼれる水色の髪の美しさに、ディアは思わず見惚れてしまう。



こんな風に近くにいるノインは、ディアを見捨てるよくないものの筈なのに、どうしてだか寛いでいて穏やかで、あまりにも心臓に悪い無尽蔵さではないか。




「今日から、お前の世話はこちら側の者がする。漸く魔術的な条件も整ったからな。それに、余分な人間を部屋に置いておくと、話の途中であれこれと術式を展開することになって面倒だ。………であれば、予め書き換えて遠ざけておいた方が手間が少ない」

「……………彼女達に、何かをしてしまったのですか?」



ぞっとしてそう尋ねると、ノインがこちらを見た。


互いに深くまでは踏み込みはしなかったものの、ディアは、自分に付けられた侍女達の事が嫌いではなかった。


それでも、彼女達のこれからを思って復讐をやめることはないし、部屋の水差しに毎日入れられるようになった雪水仙の蜜の毒は、その中の誰かの手によるものかもしれない。


それでも、所詮顔の見えない他人でしかなかった見知らぬ騎士のように、損なわれてしまう事を受け流せるだけの冷静さは保てなかった。

そして、そんな愚かなディアに、ノインは少しだけ呆れたような顔をしただろうか。




「魔術による書き換えで、適当な部屋付きの侍女にしてある。お前の婚約が解消されたことを機に、部屋付きではなくなったと思っているだろう」

「……………そちら側のお部屋で、これは誰なのだという事にもなりませんか?」

「意識の書き換えは、王宮ごとのものだ。妖精は浸食と書き換えには長けているからな」

「……………まぁ」




これまでにも、人外者の存在の一端をその身で感じたことはあった。


だが、このような形で人ならざるものの可能な事を知るのは初めてで、ディアは呆然としてしまう。

少しだけ、それが可能であるのならばディアをここから逃がすことも出来るのではないかと思いかけ、慌てて無意味な問いかけに蓋をした。



(…………逃がして貰えたところで、私はこの国からは出られない。この国の中で生活してゆくのであれば、どれだけ多くの人達の意識を書き換えなければならなくなるのだろう。侍女の配属を変えることとは、訳が違うのだから……………)



だから、こんな事で心を痛めるのはやめて、不都合な悲しみはぽいっと投げ捨ててしまおう。




「……………今日からは、どなたが私のお世話をして下さるのですか?自分の身支度を整えるくらいの事は出来ると思いますが、舞踏会がありますので、ドレスの着付けや髪結いは、その方に頼まなければなりません」

「言っておくが、お前は日常の生活に於いても、自分の身支度は出来ていないからな?」

「まぁ、顔を洗って髪を梳かすくらいの事は、私でも出来ますよ?」

「ほお、それなら顔を洗った後の工程を説明してみろ」

「……………タオルで拭きます」

「その後だ」

「……………そ、その後?」



さっぱり思いつかずにディアが視線を彷徨わせると、ノインはわざとらしく溜め息を吐くではないか。



「失格だな。鏡台の前に並んでいる小瓶は、何の為にあるのかを考えておけ」

「……………レミアリアが……………侍女が、顔を洗った後もそのままでいると、何かを塗ってくれるような気がしますが、あれはお化粧なのではありませんか?」

「化粧水かクリームだろうな」

「……………化粧水かクリーム」



ごくりと息を飲み、ディアは、それは洗顔後に必要なものであるらしいと小さく頷いた。

という事は、毎朝すぐにお化粧されてしまうのだなと考えていたあの儀式は、実際にはそうではなかったらしい。


なお、夜は彼女達の退出の前に着替えさせて貰い、一人になった後で入浴や就寝前の洗顔をしていたので、勿論、顔には何も塗らずにいた。

冬場にかさかさした時には、ちょいちょいっとお湯を塗り付けておいたくらいだ。



「て、手に塗るクリームは知っていますよ?!」

「化粧水も知らないのなら、何の自慢にもならないからな?」

「むぐぅ……………」



ディアは、この世界にはまだまだ自分の知らない複雑怪奇な儀式があることを憂い、ますますこの先というものを考えるのが煩わしくなってしまった。


ただ暮らす為だけに良く分からない手続きがこれ以上あるのなら、ディアがうんざりしている以上に生きてゆくことは難解であるらしい。




「……………それと、実は先程から気になっているのですが、窓辺で死んでいるのはどなたなのでしょう?」

「あれがお前の世話をする妖精だ。言っておくが、お前が羽を掴んだせいでああなったんだぞ」

「……………妖精さん?」



ここでディアは、夜明けの淡い光ではよく見えないものの人には違いないなと思っていた塊を、慌てて近くで見てみようと立ち上がりかけ、冷たい冬の朝の冷気にぴっとなった。



(せっかく、この王宮の人ではない方が支度をしてくれることになって、もう少しだけ寝ていられるのなら……………)



暖かな布団の外の世界に出て、その時間を無駄にする必要があるだろうか。


若干、隣でもう一度寝ます風のノインがとても気になるが、ここはもう、ムクモゴリスを抱き枕にした時のことを思い出し、これも同じようなものだと思えばいけなくはない。



「では、私はお言葉に甘えさせていただき、もう一眠りしますね。妖精さんは、起きた後で確かめることにしました」

「……………その情緒で、よくこれまで生きてこられたな」

「まぁ、幸せな二度寝は、人類の至宝といっても過言ではありません。それに勝るようなものなど、この世界のどこにあるというのでしょう?」



ディアはその主張ばかりはしっかりとさせていただくと、暖かな毛布の中に戻り、幸せな気持ちでぬくぬくと丸まった。



こんなに穏やかな目覚めは久し振りだ。

ノインがどうであれ、床にくしゃくくしゃになって落ちていた妖精がどうであれ、今だけは自分の重さを誰かに預けて安心して眠る事が出来る。




(今日と、明日と、明後日と……………)



明後日は殆ど残り時間のようなものなので、まぁいいかと投げておき、大事なのは明日のリベルフィリアだ。


ノインから部屋を出ないという対価を取られたので、中庭に立てられた大きな木の祝祭飾りを見に行けるのは今日までだろうか。


そう思うと少しだけ寂しかったが、せめて最後に美しいものをたっぷり見て旅立てるのであれば、それなりに上々と言えるのかもしれない。

当日はどこで観覧しているのか知らないが、ノインもきっとどこかに居てくれるだろう。




そんな事を考えながら幸せな朝を過ごしたディアは、目を覚ますと、腰までの黒髪を持つ美しい妖精に、妖精の羽は無造作に掴んではいけないし、広げて調べようとしてもならないと、こってりお説教されてしまった。


どうやらディアは、この妖精を寝惚けて捕まえてしまったようなのだが、何も覚えておらず、記憶にございませんと言うしかない。

そう言えば、こちらを見る妖精の眼差しは完全に犯罪者をみるそれになったが、ディアは初めましてとごめんなさいを繰り返すしかなかった。



妖精の羽に触れるという行為は、種族的な作法としてとてもまずいことであるらしい。




「……………妖精さんに羽がないのは、も、もしかして私がもぎ取ってしまったのですか?」

「擬態魔術をかけ、しまっております。このような所有値の低い人間達が集まる場所で、妖精の羽を出したままにしておける訳もないでしょう」

「……………羽。羽がないなんて…………。触った記憶がないのですから、せめて一度見せてくれたりは……………」

「いいですか、ディア様。妖精の羽に触れる行為は、作法的には求婚に値します。こちらの許可なく触れた場合は、その場で首を掻き切られても文句は言えません。子供のしたことですから大目に見ますが、今後は二度となさいませんよう」



そして、ここにもう一つ落とし穴があった。



ディアは、この国の住民の中では魔術の所有値が高いが、国外に出るとそうはならない。

そして、ファーシタルのように所有値が低い人間ばかりが集まる土地でなければ、人間の成長具合はその所有値で測るのが常なのだそうだ。



(そう言えばあの絵本でも、所有値の高い子供が学院で働いていたし、お父様もそのようなことを仰っていたような…………)



王宮内ではそれなりに自立した女性であるという評価だったことからも、ディアは、自分を立派な淑女として認識している。

しかし、目の前の妖精にとってのディアは、成人が持ち得る魔術の所有値を下回る数値しか持たない、お子様相当の人間であるらしい。


そのお陰で羽を掴んでしまったことで首を切られずに済んだのは幸いだが、子供扱いされてしまうと何だか解せない気持ちになる。



そして、そんな黒髪の妖精は、ディアに向かって優雅なお辞儀をした。



「ディルヴィエとお呼び下さい。従僕としてこちらにおります以上は、仮初とは言えこのように対応させていただきましょう。しかし、ひとたびこの役目を外れれば、私はあなたよりも遥かに長くを生き、魔術の階位も高い。あくまでも、この場限りのことだと弁えることをお忘れなきように」

「はい。そのように心掛けますね。ディルヴィエさん、宜しくお願いいたします」

「おい、触る必要はないだろうが」

「よ、妖精さんなのですよ?見えない羽がどこにあるのかが不思議でならないので、背中の後ろあたりの空間をぺたぺたしてみますね!」

「……………王、そのような目で私を見られましても、ご不快ならば、彼女の方を躾けて下さい」

「妖精さんとお喋りするのは初めてなのです!今日は、何て素敵な日なのでしょう……………!!」



ディルヴィエは、黒髪に水色の瞳の美しい青年だった。


美しい女性のようでもある嫋やかな美貌は想像した妖精そのもので、けれども彼は、夜明かりを司る妖精種の中でも王族位にあたる妖精なのだという。


凄い妖精に出会えてしまったとすっかり感動に打ち震えるディアにノインは不満そうだが、人間目線で言わせて貰えば、実は、身体的な特徴に差異のない精霊というものはよく分からない。

その点、妖精には羽があるのだ。


妖精は可憐だったり美しかったりするものの、人間にとっては最も近しく最も悍ましい生き物だと言われている。

おとぎ話の中でも、人間の内側に巣食っているのは大抵悪い妖精であるし、夏至祭の夜や時間のあわいに隠れていて人間を食べてしまうのも、殆どが妖精ではないか。


ただしその一方で、異国では、人間の暮らしには欠かせない存在として、妖精達が王族や貴族達の従者の肩書きを与えられ重宝されているそうだ。

ひとたび従える事が出来れば、その忠義に於いて妖精程に頼もしい生き物はいないという。



「……………妖精さん」

「おい、見つめ過ぎだぞ。………ディルヴィエ、お前もさっさと働け」

「この子供が、追いかけてくるんですよ。やれやれ困りましたね………。ディア様、王をこちらに置いておきますから、暫くはこちらで我慢して下さい」

「羽がないノインです…………」

「おい………」



ノインには綺麗な羽はない。

ディアにとって、種族性があまり明確ではない精霊よりも、物語で慣れ親しんだ妖精の方が特別なもの感が強いのも仕方のない事なのだった。



加えて、ディルヴィエの淹れてくれた紅茶はとても美味しかった。


ディアの為に元々用意されているものを食べさせる訳にはいかないと、部屋に届けられた朝食は、ディルヴィエの影の中に住んでいるという夜雲雀に与えてしまい、別に用意したものを出してくれる。


ノインがこうして系譜の従者を王宮の中に招くことが出来たのは、ディアが人外者への耐性を強めたことと、祝祭の魔術が敷かれてゆくことで人ならざる者達が現れやすくなっているからなのだそうだ。


専門的なことはよく分からないが、ノインとの契約は佳境に入ってきた頃だと思うのでそんなものなのだろうかと頷き、ディアは、あたたかなジャガイモのポタージュを幸せな気持ちで啜る。



ただし、夜雲雀は、ディアが期待していたような可愛い小鳥ではなく、よれよれの細長いタオルのような姿をしていて、食べ物を与えるとにゃーと鳴く奇妙な生き物だった。

どこに翼や嘴があるのかは謎めいているが、ぶーんと空を飛び、冬には食客の祝福を持つ生き物なのだそうだ。


呪われないように沢山の食べ物を与え続けなければいけないというのが果たして祝福なのかは兎も角、何でも美味しく食べてしまうので、邪魔なものを処分するのにはうってつけの使い魔であるらしい。


春には再生を、そして夏から秋にかけては放浪の祝福を得ると聞いたディアは、捕まえるのなら春だなと考えながらきりりと頷いた。




(そういえばノインは、何を司る夜の精霊なのだろう……………?)




彼は恐らく真夜中に属する人だ。

しかし、その上で夜の何を司る王を任されているのかを、ディアはまだ知らない。


人外者は、同じ一族であっても属性や系譜を変えるとまるで気質が変わると聞いてしまえば、何を治める人なのかが気になって仕方なかった。




「妖精さんは、ムクモゴリスを食べてしまったりはしません?」

「……………なぜこのような魔術の希薄な土地に、モゴリス種の王がいるのかは知りませんが、ムクモゴリスは妖精種ですからね。食用にすることはないでしょう」

「ファーシタルのムクモゴリスは、獣の側の生き物なのだそうです。元々この土地に住んでいたものが、魔術が薄くなり退化してしまったのだとか」



そう事情を説明すれば、妖精は狩りを好むので、獣の区分の生き物であれば狩ることもあるだろうが、ファーシタルのムクモゴリスのように独自の生態系から生まれたものは、固有種として大事にすると教えてくれた。


妖精は環境に優しい生き物なのだなと目が覚める思いで頷いたディアは、中庭を散歩する許可を取って外に出ると、ディルヴィエにも王宮の裏庭に住んでいるムクモゴリスを紹介してやった。


このムクモゴリスは大変人懐こい生き物で、仲良くしている人間を見付けるとしゅばっと駆けよってくる。

しかし、なかなかに巨体の毛皮生物にそれをやられると、ディアくらいの大きさの人間は吹き飛んでしまうので、可愛がり方の作法がある。



「このビスケットが欲しければ、お座りですよ!」

「キュムグゥ!!」


いつものように、隠し持っていたビスケットをさっと取り出し、荒ぶるムクモゴリスを上手に牽制しながら撫でているディアを見て、なぜかディルヴィエは遠い目をしていたようだ。


「……………あなたは、この生き物と王を同じように扱おうとしたのですね」

「ムクモゴリスも、森に住んでいるのですよ。因みに、この子は最近、お座りを覚えました!」

「……………お労しい」

「おい、こっちを見るな」





ハルフィリアは、友や恩師と過ごす祝祭だ。


ディアは、当たり前のように隣を歩くディアだけが正体を知る人ならざる者達の気配に、ほろほろと解ける心を抱き締めた。

まるで、もう一人ではなくなってしまったような言葉に出来ない喜びに心を弾ませ、にやけてしまう口元をそっと手で隠す。




今この瞬間こそが、この王宮に来てからの一番幸せな瞬間だと言ったのなら、彼等は信じてくれるだろうか。



この滞在が、舞踏会の夜に殺されるディアを眺める為だけの観光のようなものだとしても、それでもディアは幸せだった。













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[一言] 王が不憫!不憫可愛いからの、ディアの独白が辛すぎて1pあたりの感情の振れ幅が高過ぎます。幸せになってほしい…
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