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【いつかのお話】 黎明の舞踏会と魔物のお客




黎明の系譜の舞踏会に出るのは、久し振りのことだった。

頻繁に誘われはするのだが毎回断る訳にもいかず、今回の参加を決めたのは黎明の精霊王の代替わりという慶事であったからだ。



「代替わりを慶事にしてしまうのは、黎明の精霊達くらいだけれどねぇ」

「黎明は、若さや新しさを好みますからね」

「ノイン、顔。顔に出ているよ。ここはにっこり微笑んでおかないと」

「…………兄上は寧ろ、よく笑えますね」

「ああ、先程のことかい?」



そう返すと、弟は僅かに顔を顰めた。


厳密には人間達のような同腹や血縁の弟ではないのだが、真夜中の精霊は系譜の王以下の王族達を派生順に兄弟として位置付けることが多い。

そしてこの食楽の弟は、真夜中の系譜の中でも老獪だとされる一人でありながらも、自分の線引きの内側に入れた者に対しては感情が明け透けになる。


そして、真夜中の精霊の中では、特別に情深い一柱だ。



「擬態していて、美しさしか取り柄のない方の真夜中の精霊だと言われたのは初めてだよ。夜の優雅さを司る王なのだから美しいのは当然なのだけれど、まさか擬態している状態で言われるとはね………」

「不愉快に感じるのはそこですか………」

「便宜上の姿なんだ。不愉快に思うのは当然だろう。本来の僕の方がずっと美しいのだから」

「……………そうでしょうとも。見事な毛皮ですからね」

「おや。僕の弟はなぜ目を逸らしたのかな」

「さて。なぜでしょうね」



今日のリカルは、黎明の精霊達の王宮で悪目立ちしないように人型の擬態を取っている。

夜の優美さこそ賞賛されてしかるべきなので本来の優雅な毛皮姿を見せてやれないのは残念だが、黎明の連中は喧しくて粗雑なので、本来の姿で舞踏会に出るのは不都合の方が大きい。


やれやれと肩を竦めかけ、ふとノインが遠くを見て瞳を眇めたことに気付いた。

視線を辿り会場の一画を見れば、背の高い砂色の肌の男が立っている。

黎明の精霊達は不穏なお客に気付いていないが、それはその男が高位の魔物だからだろう。



「…………妙なものがいるな」

「おや。………あの魔物は随分と殺しているね。足下に怨嗟を引き摺ってこんなところに来るなんて」

「俺の系譜の呪いを持っているな。………見てきても?」

「うーん。どうだろう。……………あの魔物は、この会場に誰かを殺しにきたように見えるけど」

「でしょうね。そうでなければ、あんな目はしない」

「そして、見間違いでなければ標的は真夜中の誰かのようだけれど?」

「俺かもしれませんね」

「……………やめておかない?」

「呪いの代価なのか、貪るように食べているが、食べ方がまるでなっていない。よりにもよって、いまいちのものから食べるとはな………」

「あー、そうなると君は放っておかないのか。困ったなぁ」



顔を顰めてきっと面倒を抱えているに違いないお客の方に歩いて行ってしまったノインを見送り、リカルは小さく溜め息を吐く。



(魔物としての階位は、伯爵から侯爵かな。おまけに、古い魔術の気配があるからきっと長く生きたものだろう。………とは言え、最高位の界隈の連中のような悍ましさは感じられないから、まぁ、ノインでも手に負えないということはないか)



食楽の王は、真夜中の精霊の中で、最も悍ましく恐ろしいと言われる王ではない。


真夜中の精霊の王族が治める夜の資質の中には静謐も終焉もあり、絶望や犠牲といった資質も広く知られていた。

更にはその中に、音楽や優美、享楽に食楽と言った、残忍さや冷酷さとは一見無縁に思える王達もいる。



件の魔物に歩み寄り、話しかけているノインの姿を見てくすりと笑うと、この会場にいる他の兄弟達も同じように微笑んだ気配がある。



(幸運な男だ)



様々な資質を持つ夜の王達が集まる中で、ノイン程にあのような状態のものを救うのに向いた者はいない。

幸運にも食楽の系譜の呪いを背負っていたお陰で、あの魔物は、真夜中の精霊達に排除されるのではなく恐らく食楽の系譜に迎え入れられるのは間違いなかった。



「僕の弟は、すぐああいうのを懐かせるからなぁ。………ああ、僕に用かな?」



微笑んで振り返ると、きゃあっと嬌声を上げてから歩み寄ってきたのは黎明の系譜の妖精達だった。

見目は美しいけれど少しも優雅ではないなと心の中で溜め息を吐き、リカルは首を傾げてみる。



「夜の優美の王に、黎明の城でお会い出来るとは思いませんでしたわ。噂に違わぬ美しさなのですね。一緒に踊りませんか?」

「まぁ。先にダンスに誘おうとしたのは私ですわ。あなたは下がっていらして」

「リカル様。彼女達は礼儀がなっておりませんの。わたくしとあちらに行きませんこと?」



それぞれに話しかけられ、微笑んだまま無言でいると、困惑したように顔を見合わせた妖精達は、なぜか我先にとリカルの手を取ろうとするではないか。



「お美しいけれど、可愛らしいわ。ダンスは私とにしましょう?」

「黎明の城は初めてなのかしら。あちらにケーキもありますわよ」

「もう、あなた達はいい加減にして。リカル様は私に微笑みかけてくださったのよ」



互いに牽制し合う妖精達は、なぜ、つい先程までここにいる真夜中の精霊達が、主催の黎明の精霊達から遠巻きにされていたのかは知らないようだ。

奥にいる黎明の精霊が青ざめた顔で首を横に振っている姿は、残念ながら目に入っていないらしい。



「……………さて、そろそろ離れてくれないか。不作法さにも一種の無垢さがあるものだけれどね、君達の虚栄心や下卑た欲求の気配はとても不愉快だ。僕の名前を呼ぶ許可は出していないし、それ以前に、こちらに近付くことも許していない筈だが?」



にっこりと微笑んでそう告げると、妖精達は一瞬、唖然としたように動きを止めた。

伝えたことが理解出来なかったのかなともう一度首を傾げると、どこからか駆け付けてきた黎明の系譜の騎士達が三人の妖精達をあっという間に連れて行ってしまう。



「自分では理解しないままだったか。早めに黙らせておけば良かったかな」

「……………今度は何をしたんですか」

「やぁ、ノイン。僕はただ、不作法に話しかけてきた妖精達に近付くなと言っただけだよ。……………ああ、やっぱり拾ってきたね」



ちょうどそこに戻ってきたノインは、先程の魔物を連れている。

伴われている魔物は酷く荒んだ目をしているが、同時に困惑もしているようだ。

なぜ自分が、食楽の王に拾われたのかよく分かっていないのだろう。



「獣の子のように言うのはやめて下さい。ひとまず、料理の楽しみ方を覚えさせるまでは手元に置こうと思います」

「そういって君は、いつだって手のかかりそうな履歴の従者を増やしていくんだ。一体いつになったら、僕を弟のお嫁さんに会わせてくれるのだろう」

「お前も未婚だろうが」

「嫌だなぁ。敬語が外れているよ。兄には相応しい敬意を払うようにね。…………優雅ではないから」



少しだけ声音を低くしたが、ノインは意に介した様子もなく振り返り、後ろに立った魔物に話しかけている。


「こういう気質だ。品位を問われるような振る舞いをすると、この顔で微笑んだまま細切れにするから用心しろ。その代わり、子供には甘い」

「僕を何だと思っているんだい。子供には、歳相応の無垢さがあった方がいい。いくら何でも、小さな子供にまで厳しく作法を問う真似はしないよ。目に余るような困った子供は、その親に突き返すけれどね」

「その場合、手足を無くすのは親や教育係だな」

「……………ノイン。もしかして、その魔物に僕への悪印象を植え付けようとしているのかな?」

「いえまさか。単純な危機管理の伝達ですよ」



ちらりと視線を向けると、ノインの後ろに立っている男がこちらを見た。

刃物のような暗い眼差しは階位のある魔物らしい光を孕むような水色の瞳の鋭さで、これは手がかりそうだぞと苦笑する。



「それで、君は誰を殺しにきたのかな?弟の為にも、ここで聞いておいた方が良さそうだ」


しかし、そう問いかけると、男はにっこりと微笑んだ。


「まさか。ただ、祝いの席のご馳走を食べに来ただけですよ」

「……………ノイン。多分かなり面倒な魔物だよ」

「兄上も、そうやって絡まないで下さい。嘘はついているでしょうし、言う気もないんでしょうが、俺としても面倒な話を聞いてやる程に暇ではないんですよ」

「それを聞くと、寧ろ一番冷酷なのは君の無関心さかもしれなかった………」

「料理を取ってくる間、こいつを見ていて下さい。どうせ、標的だったのは夜の享楽あたりでしょう。足下の怨嗟から夏至祭の匂いがする」

「………っ」



ノインの言葉に、魔物は過剰な反応をした。

鋭く息を呑み顔を向けた魔物に、ノインは呆れたような顔をしただけだ。



「言っただろうが。俺は食楽だ。夏至祭の連中とは俺も仕事をするから、その気配ぐらいは判別出来る。直接の個人への恨みじゃないなら、もう享楽にも手を出すなよ。………それと、兄上にはおかしな真似をするな。………この会場の中で一番悪辣な精霊だぞ」

「ノイン?」

「暫く、リーシェックを頼みます」


さすがにあんまりな言いようなので声を低くしたが、ノインは気にも止めずに料理を取りに行ってしまった。

仕方なく、残された魔物を見上げる。



「………はぁ。弟もだけれど、君も背が高いな」

「兄君は、随分と低いようで」

「僕の嗜好の範疇では、性別の特徴が曖昧な少年くらいの姿が一番優美でね。君は、その気配からすると剣かな」

「……………よく分かりましたね」

「他の剣の魔物に会ったことがあるんだ。それに、弟は先程わざと君の名前を僕に預けていった。………あれだけの時間で、ノインに名前を預けたということは、彼に仕えることにしたのかい?」

「かもしれませんね。それと、お喋りを楽しむ気分ではないんですが」

「……………まだ、微笑み慣れてないね」



ふっと微笑んでそう告げると、こちらを見た魔物の眼差しは刃物のよう。

だが、この手の面倒な生き物を誑し込んでくるのは弟の特性なので、今更珍しいものでもない。



(とは言え、今回は、正面からぶつかれば僕でも無事では済まない階位の相手だろう。ノインも、この階位の魔物を拾うのは初めてじゃないかな………)



「慣れて微笑むものでもないでしょう。この通り、俺は舞踏会を心から楽しんでいますよ」

「そのように振る舞うと決めたのなら、今後は、自分自身も騙してしまうことをお薦めするよ。………それと、君はとても幸運だ。夜の中でも、食楽ほどに育み再生させることに長けた系譜はない。君にかけられた呪いはどうやら、ただの災いではなく救いにもなるらしい」



リカルとしては皮肉も込めて言った言葉であったが、なぜかリーシェックは、澄んだ水色の瞳を瞠って立ち尽くしていた。



(おや。………食楽の系譜の呪いには、何か込み入った事情があるのかな)




「兄上。俺の騎士に何かしましたか?」

「ノイン。…………随分と食べ物を持って来たね。別に彼を虐めたりはしていないよ。ただ、食楽の呪いの話をしていただけだ」

「背景が面倒そうなので、触れないで下さい。話し出すと最後まで聞かなければならなくなる」

「やっぱり、君が一番冷淡だったね…………」

「ここで報復めいたことをしでかしかけた理由を聞いて、それだけ捻くれた魔物の相談に親身になって乗ってやっても、俺には何の益もないので。…………リーシェック。舞踏会などの立食の料理は、これが基本系だ。最低でもこれだけの種類は取って来て味を確かめろ。先程のように出来の悪い料理ばかり大皿で食うのは獣以下の愚かさだぞ」

「…………ノイン。仮にもその料理は、黎明の系譜の者達が舞踏会の料理として用意したものなのではないかな」

「あの料理は、奇抜さだけを狙った馬の餌以下のものでしたが?」

「分かった。もう何も言うまい」

「…………それと、これを食ったらその呪いを引き剥がしてやってもいいぞ」



ノインから渡された皿の上に、これでもかと、けれども美しい盛り付けを保って集められた料理を目を丸くし見つめ、リーシェックはおずおずと皿を受け取る。

そして、淡く微笑んだ。



「これが、食楽というものですか。…………呪いについては、以前の主人からの贈り物なので、当分は手放す予定はありません。………それなりに興味深い経験ですしね」

「そうか。勝手にしろ。…………ただし、仕事に支障はきたすなよ」

「やれやれ。俺は何でこんな精霊をご主人様にしたんですかね………」

「その呪いを背負ったせいだろ。…………何だ?」



またどこか途方に暮れたような目をした魔物は、怪訝そうに振り返ったノインに、苦笑して首を横に振る。

リカルは肩を竦め、この皿の料理はどれも美味いですねと呟いている剣の魔物から視線を外した。



「さてと。………ノイン。今夜の舞踏会で、気になるご令嬢はいたかい?」

「面倒な話題を蒸し返すな」

「本当に君は、自分の時間を削られるが嫌いだなぁ。恋はいいものだよ」

「恋かどうかはさて置き、それなりに嗜んでいますよ。兄上が気にかける必要はない程度にね」

「それでも、好みの煩い僕にすら及ばない程度じゃないか」

「………あなたは、女達に人気がありますからね」

「それと、君がいつも選ぶ自立して物分かりの良さそうな女性達は、あまり君には向かないと思うよ」

「手のかかる女は面倒なので。俺の場合、資質上やる事が多いのはご存知でしょう」

「いっそ、ああいうのはどうだ」

「…………よりにもよって、生まれたばかりの子供を指差すな。それが許されるのは、少年姿のあんたの見た目までだ」

「さすがに僕も、乳飲み子を相手にしたら周囲の者達が止めるだろうけれどね」

「ほお。それを俺に………?」

「君の場合は、いっそあのくらい手のかかるものを選んだ方が相性がいいと思ったんだけれどね」



微笑んで見上げると、ノインは顔を顰めた。

とてもうんざりしているが、構わずに微笑んでいると額に片手を当てて溜め息を吐いている。



「幼児趣味は、兄上にお任せしますよ」

「違うと言っただろう。そんな君には、幼児趣味だと誹りを受けるような出会いがあるように祝福を授けておこう。いい出会いがあったら、僕が後見人になっても構わないよ」

「………っ?!本気でやる奴があるか!やめろ!!」

「という事だから、リーシェック。君の主人はいつか、小さな子供に恋をするかもしれないから、その時は諦めて付き合ってやってくれ」

「……………下手に勘がいいのも嫌味ですよ」



話を振れば、先程の皿をすっかり空にしたリーシェックが、僅かに眉を寄せこちらを見た。

だが、己の過去に気付かれるのが嫌なら、子供が編んだような飾り紐の腕輪を見えるところにつけておかなければいいのだ。



「…………俺を巻き込むな」

「ちょうど良かったから、君もそろそろ伴侶探しでもするといい。とは言え、食楽には選択の資質もある。相手が君を選ばないと成り立ちはしないだろうが」

「選ばれても御免だな」

「やれやれ、口が悪いなぁ」




(でも、……………勿体ないじゃないか)



会場に入って来た時のリーシェックが、どれだけの怨嗟や憎悪の気配を纏っていたのかは、記憶にも新しい。

そんな魔物をあっという間に手懐けてしまうこの弟が、どんな相手を最愛とするのかには、大いに興味がある。

そもそも、ちょっと面倒な過去を背負っていそうな魔物を懐かせるくらいなら、そろそろ私生活を充実させて欲しい。



(食楽は、共にテーブルを囲む家族がいてこそ、豊かになると思うのだけれどね)



今でもノインの料理は素晴らしいが、夜の食楽の王を贔屓にする一人の精霊として、大切な者を得た後の弟がどんな料理を振る舞ってくれるのかは、とても楽しみであった。




とは言えリカルも、弟が心を預ける相手がその後百年も現れないとは思っていなかったし、本当に小さな子供を見付けてくるとは思わなかった。


ノインがディアラーシュと出会った頃になると、リーシェックの腕にはもうあの飾り紐の腕輪は見当たらなかったが、相変わらず食楽の呪いは背負いっ放しのようだ。

だが、食事そのものは心から楽しんでいるようなので、ただの悔恨ではなく、かつて心を与えた誰かの遺品のように手元に残すことにしたのかもしれない。




そしてリカルは、そんなシャムシールの剣の魔物の過去をおおよそ推察しているに違いない弟が、彼をディアラーシュの護衛騎士に命じたと知り、あの弟にはそういうところがあるなと苦笑したのだった。










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― 新着の感想 ―
[一言] ダンス好きな黒いもふもふもさもささんは夜の優美さを司ってたんですね。
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