異世界召喚された勇者だけど最低な世界に辟易して全員魅了して最強の魔王になる決意をする
ある日、俺は足元に現れた魔法陣によって異世界転移した。
溢れる光が眩しく、目を閉じた。そして目を開いたとき、景色は一変していた。
「ようこそおいでくださいました、勇者様。」
目の前の綺麗な女性がそう言って恭しく頭を下げる。
「私はこの王国の姫、あなたを異世界から召喚したものです。」
異世界召喚。俺のいる世界では人気の高い物語としてよく綴られる。自分もその手の物語は大好きで、よく読んでは空想にふけっていた。しかしいざ自分が召喚されてみると、なかなかどうしていいかわからないものだ。
「あの、俺、どうしてここに呼ばれたんですか?」
噛まずによく言えたと自分を褒めてやりたい。
「よくぞお聞きくださいました。実は、この国は今滅亡の危機に瀕しているのです。必要なのは救世主。あなたをお呼びしたのは、異世界の勇者様の特別なお力を見込んでのことです。」
姫はそう答えた。特別な力?そんなものに心当たりはない。自分はいたって普通な高校生として日常を謳歌していたのだ。だが、まてよ、テンプレでいくと、転生するときに特別な力を宿すのがセオリーだが、まさか自分もそうなのだろうか。
「特別な力、ですか……正直、心あたりはありませんが、俺にできることがあるのでしょうか?」
「ふふふ、異世界の勇者様は、自身の力を自覚していないと言い伝えられております。大丈夫です。その力を解き明かす術を、私たちは持っています。」
そう姫が言うと、近くに控えていたローブをかぶったやつが姫に水晶玉を差し出した。怪しいやつだ。
「この水晶は、人の能力を映し出す力を持っています。さあ、触れてみてください。」
言われるがままに水晶に触れる。すると、水晶がまばゆい輝きを放ち始める。
「なんと神々しい光なのでしょう。水晶は触れたものの力が大きければ大きいほど輝きを強くするのです。」
姫が恍惚とした表情で言った。そして輝きが治った時、水晶に文字が浮かび上がった。その文字は自分にも読むことができた。
「魅了?」
水晶には魅了と映し出されていた。
「魅了!なんと言うお力!さあ、試しにこのものにかけてみてください。」
姫が近くにいた人物のローブを剥ぎ取って言った。綺麗な女の人だった。姫に押し出され、しずしずと自分の前に出てきた。
「と言われましても、使い方がわかりません……」
「この者に言うことを聞かせるイメージを強く持つのです。そして、命令してみてください。あなたは何を言われても従わないように。」
姫の言う通りにやってみる。強いイメージ。そして言う。
「ひざまづいてください。」
すると自分の体から何かが出て行く感覚があり、目の前の女性はひざまづいた。
「成功のようですね。」
姫は嬉しそうに言った。
「そのお力で、この国をお救いください、勇者様。」
◆
あれから、豪華な部屋に案内された。
姫と命令した女の人以外には誰ともあっていない。魅了の力を警戒してのことだろうか。
だが、自分に魅了の力を無闇に振るう度胸はない。人の意思を無視して言うことを聞かせるなんて、最低だ。
ーーコンコン
扉が叩かれる。
「どうぞ。」
「ご機嫌いかがでしょうか、勇者様。」
入ってきたのは先ほど魅了をかけた女性だ。
「とてもいい部屋をご用意していただけたので、とても快適です。」
「それはよかったです。私は今日より、勇者様の側仕えとしてお仕えいたします。なんなりとお申し付けください。」
こんな綺麗な女性が自分の世話をしてくれる。恐縮だ。メイドさんの格好をしている。メイドさんだ。
「もういいお時間ですので、お食事をご用意しました。ご堪能ください。」
豪華な夕食だった。元の世界ではとても食べられないような、贅沢な料理だ。
「お風呂のご用意もございます。こちらへ。」
食事のあとは風呂だ。部屋に備え付けの広い浴場に案内される。
「お背中をお流しします。」
「えっ!」
メイドさんは一糸まとわぬ姿で体を洗ってくれた。柔らかなスポンジで、時には手で、そして最後は体全体を使ってくれた。
そして淫らな雰囲気に包まれた浴場で、大人になった。とても気持ちよかった。
◆
そんな贅沢な暮らしを数日間味わった。
こんな生活、元の世界じゃ絶対にできない。もうこの世界にずっといるのも悪くないな、なんて思って過ごしていると、姫が一人の男と一緒に入ってきた。男は縛られていた。
「勇者様、今日はお願いがあってまいりました。」
姫は神妙な顔でそういった。
「この男は敵国の将軍です。先日大きな戦があり、そこで捕虜としました。」
この国は戦争状態だということは事前に聞いていた。そして、敵国がどれほど残虐で非道な奴らか、負けた時、この国がどんなことになるか。なんとかしてやりたいと思った。
「数日後、金銭と引き換えにこの者を敵国に引き渡すことになっております。勇者様には、この者に魅了をかけて欲しいのです。」
魅了をかけてスパイとして敵国に送り返す。要はそういうことだった。
この国には贅沢させてもらっている。この国がなくなれば自分も困るし、なんとか助けになってやりたい。
「私からもお願い申しげます、勇者様。」
メイドさんからもお願いされる。別にメイドさんからお願いされなくてもやるつもりだったが、やる気が出た。そして捕虜に魅惑をかけた。
◆
数ヶ月して、敵国との戦争に勝利したと伝えられた。贅沢三昧で捕虜に魅了をかけた後のことは全然気にしていなかったが、メイドさんがとても喜んでいたので自分も嬉しかった。
メイドさんは妊娠していた。あれだけハッスルしていれば当然だ。
妊娠してそういうことができないメイドさんに変わって、別のメイドさんがあてがわれた。一度は断ったが、誘惑には勝てなかった。自分の力よりもよっぽど女性の方が恐ろしい。
国はお祭り騒ぎで、盛大なパレードが催されるらしい。
自分は出不精で、すっかりこの部屋に引きこもってばかりいたが、パレードには出席して欲しいとお願いされた。
そしてパレード当日、用意された豪華な席から、街の大通りを見下ろす。
敵国の王族を捕虜として縛り、この大通りを進ませて晒すらしい。恐ろしいことだ。
そして現れたのは敵国の王族たち。かつて自分が魅了をかけた将軍もいた。
中でも目を引いたのは、王女だった。とても美しい女性で、ナイスバディ。絶世の美女というやつだ。
「あの者たちはどうなるんですか?」
傍のメイドさんに尋ねる。
「あの者たちは敵国の捕虜。責任をとって、処刑されます。ただこの国との軋轢は相当な者です。処刑の前に、苦しい拷問を受けることでしょう。」
「なんとか助けることはできないでしょうか?」
「無理です。戦争に負けた国は、その代償を支払わなければならないのです。」
戦争。自分の知らないことだ。これは仕方のないことなのだろうか。
だけど、パレードで目があったあの王女のことが、心の中にトゲとなって刺さっていた。なんとか助けられないものか。
「姫、相談があります。」
「なんでしょう、勇者様。」
姫ならなんとかしてくれるかもしれない、そう思って相談してみる。
「敵国の王女、助けることはできないでしょうか?」
姫は一瞬、ものすごい形相をした。びっくりした。こんな綺麗な女性がする顔ではなかった。
すぐに元の顔に戻って姫が言う。
「ダメです。いくら勇者様のお願いといえど、それは聞けません。王女は敵国の責任者。散っていった命に報いるためにも、その死は避けられません。」
そう言われては返す言葉がない。すごすごと引き下がる。
だが、寝ても覚めても王女のことが気にかかった勇者は、こっそりと王女がとらわれている牢獄に侵入した。
「王女様。」
「だ……誰ですか?」
王女に声をかける勇者。だが、王女はひどく怯えていた。そして続く言葉に耳を疑った。
「また私を犯しに来たのですか?いくら私の体を嬲ろうと、心は決して屈しません。」
犯す?犯すってなんだ。あの綺麗な女性に何をした。いくら捕虜とはいえ、人間だ。捕虜なら何をしても良いというのか。
どす黒い感情が湧き出てくる。盗んできた鍵を使い、牢の中に入る。
「大丈夫です、助けにきました。ここをでましょう。」
王女の手枷を外したその時だった。
「残念です。勇者様。」
姫の声が聞こえ、牢の扉が閉じられた。
「姫!」
「本当に残念です、勇者様。こんな薄汚い雌豚のために国を裏切るなんて。ええ、これは裏切りです。」
勇者は信じられなかった。あの清廉な姫がこんな言葉を使うなんて。
「そこの雌豚。さぞかしいい気分でしょうね。その卑しい体と顔で勇者様をたぶらかした気分は。本当、嫌になるわ。」
「姫、俺は裏切ってなんか……」
勇者は狼狽して言い訳をしようとする。だが、王女に遮られる。
「無駄です。どうもそこの女は、私のことが憎くて仕方がないようです。さぞかし私の美貌が羨ましいのでしょうね。私の国に戦争を仕掛けるくらいに。」
戦争を仕掛ける?なんのことだ。
「お黙り、雌豚!あなたがいけないのよ……私の婚約者を誘惑するから!」
なんだ、つまり、そういうことか。勇者はようやく自分のバカさに気がついた。
自分はいいように利用されていたのだ。この女の嫉妬に。そして一つの国を滅ぼす手伝いをしてしまったのだ。
「勇者様、本当に残念です。あなたは本当によくやってくれたのに。このまま死ぬまで贅沢な暮らしができたのに。そこの女の色仕掛けに惑わされなければ。」
「黙れ……よくも騙してくれたな……敵国に攻め込まれたんじゃないのか……残虐非道な連中じゃないのか……全部お前が悪いんじゃないか!」
勇者は叫ぶが何もできない。
「おおこわいこわい。でも勇者様は何もできない。あなたの魅了は相手の姿が見えなければ何もできない。せいぜいそこの女と、残り短い人生を仲良くお過ごしください。あっはははははははははははははは!」
姫は高笑いして言った。そして続く言葉は、勇者を激昂させた。
「そうそう、あなたの側仕えのメイド、名前はなんて言ったかしら。妊娠しているのよね。残念だけど、勇者様に心酔しているようだし、処分するしかないわね。」
処分?何をするつもりだ。メイドさんに。俺の子供に。
「よせ……やめろ、それだけは!!」
「あっははははははは!!御機嫌よう、勇者様。今までありがとうございました。」
姫は高笑いして去って行った。後には勇者の絶叫が残るだけだった。
◆
勇者は叫び続けたが、次第に体力が尽きたのかうずくまって動かなくなった。
王女はそんな勇者に声をかける。
「あなた、この国の勇者なのね。」
勇者は反応しない。
「あなたのおかげで、私の国はめちゃくちゃよ。随分と迷惑なことをしてくれたわね。」
王女はうずくまる勇者を容赦なく追い詰める。
「違う!知らなかったんだ!!あなたの国は悪だと!そう教えられていたんだ!!」
勇者は言い訳するが、王女は取り合わない。
「知らなかったでは済まされないわ!私の国は滅ぼされ、民は全員奴隷に落とされる!私の家族だって、今も過酷な拷問を受けている!!全部、あなたのせいよ!!」
「黙れ、黙れ黙れーー!!」
聞きたくない。勇者は王女に魅了をかけて黙らせた。勇者の心は限界だった。
「どうしてこんなことになった……どうして……どうして……メイドさんは……俺の子供は……俺がバカだった……どうしてこんな……ちくしょう……ちくしょう……」
勇者はひたすらに後悔した。どうしてあんな姫のいうことを信じたのか。自分のバカさ加減が嫌になった。
そしてその感情は近くにいる王女にも向かった。こいつを助けになんかこなければこうはならなかった。騙されたままでも、メイドさんと自分の子供に危害が及ぶことはなかった。
それは八つ当たりだとわかってはいた。だが、その感情は止められず、王女の体を貪ることで苛立ちを晴らした。
◆
どれくらいそうしていたのか。そんなに長い時間は立っていない。だが、勇者の心はこの短時間ですっかり変わっていた。
誰も信じられない。人間はみんな汚い。人を騙し、自分を利用する。
もうバカな自分とは決別だ。幸い、俺には力がある。強制的に人にいうことを聞かせられる力が。
もう騙されない、利用されない。これからは、俺がすべてを利用する。俺が王だ。魔王だ。
勇者は決意した。ここから出たら、始まりだ。まずは姫、お前からだ。俺を利用したことを後悔させてやる。俺が何もできないと思っているなら大間違いだ。お前は知らない、敵はまだ滅んでいない。この王女に命令して吐かせた。敵にも勇者がいて、とらわれた王族を助け出そうと計画している。
勇者は強く、狡猾だ。必ず助けにくる。その時が、お前たちの最後だ。
勇者は待った。勇者を警戒してか、食事も運ばれない牢の中、傀儡の王女の体を慰めに、ただひたすら時を待った。
そして待望の時。牢に向かってくる足音が聞こえる。
待望の時。その時を境に、世界は震撼する。魅了の魔王は、牢の扉が開くのをじっと待っていた。
読んでくださりありがとうございます。
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連載中の「神速の騎士 ~駆け抜ける異世界浪漫譚~」もよろしくお願いいたします。