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異世界の使者

作者: Mms

段落が変になっていますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

   

プロローグ 

 

小鳥が空を舞う。

ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえる。

同時にまがい物の小鳥のような声が鳴る。

 スマートフォンがアラームを鳴らし、早く起きろと騒いでいる。

遠見優梨愛は手探りでアラーム音を止めると、目を擦りながら欠伸をした。

「ふあ~あ」

大きく腕を上げる。

ベッドからおりて、すぐ隣の窓のカーテンを開けるとまばゆい朝日が差し込んでくる。

手のひらで光を遮りながら外を見た。

上空に浮かぶ不自然な鉱石がいつもに増して光を強めているが、空は雲ひとつなく晴れ渡っている。

「よかった」

優梨愛は思わずそう呟いた。

今日は特別な日だ。祝日のおかげで学校が休みということもあるが、それとは別に零士と一緒に初めて出かける日なのだ。

「さて、なにを着ていこうかな……でも、制服でいいかな……この制服、けっこうお気に入りだし……」

あれこれと思考をめぐらせ、ぶつぶつと呟いていた優梨愛は、クローゼットの扉を開けて何着もある服を順々にふれていく。

フレアーがたくさん入ったスカートや、フリルのついたブラウス、控えめで上品なデザインの服など、様々な衣装が並んでいる。

もちろん安売りで買ったセール品の衣服などもあるが、その大半は事故で亡くなった父母のお古やお土産物である。

「うん。でも、やっぱりこれでいいか……せっかく新学期にもなるし、今のうちに着慣れないと」

優梨愛は制服を手にとって、品定めするかのように眺める。

「よし!」

素早い動きで制服に着替えると、脇にある鏡を覗いた。

「こんなものかな」

こげ茶色の長い髪をくしで毛を整えて、部屋を出て行く。

 部屋を出て小走りでいくと、真っ先に足元からチャリと音が鳴り、足を少し上にあげた。

「また落としたの?」

地味に足に痛みが走るが、またか、といった感じで優梨愛は肩を落とした。

「もう……」

優梨愛が短いため息をすると、正面の扉が開く。

目線は扉の方に向ける。

「朝からうるさいな……」

弟の修一だ。

姉の優梨愛より、多少身長の小さい男だ。

今年になって、急に姉の優梨愛に対する態度が変化した。理由はだいたい察しがつくが、正確なところ、明確な理由がわからない。

修一は空いた片方の手で寝癖の髪を掻き毟る。

無論、もう片方の手には手放さずに持っているのはスマートフォン。

修一は目の前に優梨愛がいることを気にしないかのようにスマートフォンの画面をずっと眺め、そして指でなにやら打ち込んでいる。

きっと今流行のインターネット電話やテキストチャット機能を有するインスタントメッセンジャーアプリの類だろう。

「はい、これ」

「あっ?」

「だから、これよ!」

優梨愛は修一にぐいっと鍵を見せる。

「なにそれ?」

修一がようやく見上げると、優梨愛は軽くため息をした。

これで何度目だろうと思いつつも、修一の視線を防ぐくらいにまで鍵を見せつけた。

「何回落としたら気が済むのよ。いつも私の部屋の前に落として……そんなに私のこと恨んでるの?」

「別に家族を恨む理由なんて無いよ。っていうか早くよこせよ」

修一は、優梨愛の手から無理やり鍵を奪った。

少し前までは怒っていたのかもしれないが、自然と修一のこういう態度に慣れてしまったのかもしれない。優梨愛は咄嗟に思ってしまった。

だが、いつまでもこんなことに慣れてしまっては駄目だ。

「あまり言いたくないけど、スマホばっかりやってると疲れるよ?」

優梨愛がそっと修一の癇に障らないように言っておくと、修一が不機嫌な顔つきにまた変わった。

やはり、そういう年頃なのだろうか。

優梨愛は内心、疲れ果てていた。

「さっきからうるさいな。姉さんは何もかも時代の波に遅れてるんだよ。スマホ持ってる割には機能を活かさないし、正直コミュ障とかそういう類のものじゃないのか? もう少し世間を考えろ」

修一は口をへの字に曲げて、カグヤを見る。

優梨愛から見てもわかるような、気に入らない態度をあらかさまに見せつけている。

「そんなのどうでもいいでしょ?」

「だから姉さんはこうなるんだよ……変な奴連れてくるし……」

修一がぶつぶつと呟いて、そそくさとスマートフォンを見続けながら、消えかかった声と共に部屋に戻っていった。

「……なによ、あの言い方……」

いつものことだと思って八割は聞き逃していたが、やはりというべきか、どうしても無視しきれない。

「……はぁ……」

優梨愛は不機嫌な気分になった。

先程の朝起きたときの心地よい気分が、少し消えていった。

弟とはいえ、嫌気がさす。

「忘れよう……」

優梨愛は頭を振るった。

もやもやしても何も始まらない。

「早く学校行かないと」

 優梨愛は急ぎ足で家を出る。

その瞬間。

一つの黒い光が走った。

「きゃっ!」

 優梨愛は爆風を避けるために咄嗟に家を離れるが、微かに体に振動を受ける。

地面から体を突き放つように、地面から体が離れる。

小規模の爆風だったためか、それとも最新兵器の類の爆発だったのか理解できない状態だったが、周辺だけが焼き焦がれていた。

まるで狙って攻撃をしたかのようだった。

「うそっ……そんなっ!?」

 優梨愛は目の前に家が焼かれているのを目視する。

「大丈夫か!」

 男が駆け寄る。

「零士……弟が……修一が……」

 涙声の優梨愛は、零士の胸元に飛びついて顔を隠すように埋める。

「一体、どうなっているんだ……」

 優梨愛を軽く抱きしめたまま零士は、空を見た。

「あれは……」

 零士はその時、もう一つの正体不明の光を目撃した。




地球から遠い星の話。

 はるか昔、大陸全体を脅かす邪神を倒した巨人がいた。

古代竜族と人間の力によって生まれた巨人は天空に剣を掲げた。これは勝利の証であり二つの種族の協定の証でもあった。

 それは古代竜族と人間の信頼であった。




 厚い書物を閉じて、少年は机を離れて本棚に向かう。

「この続きはあるのか?」

 目線は本棚に、近くの少女に話かける。

 だが、少女は目を細めて窓を見上げていた。

「聞いているのか? 続きはあるのか?」

 少年は本棚から目を離し、少女に目を向ける。

「聞いているわよ」

「だったら返事ぐらいしてよ……まったく……」

 少年が呆れると再び本棚に体を向けて一冊の黒い本を取り出した。

埃かぶっていたためか、少年は咳きこんだ。

「ちょっと大丈夫なの?」

 少女が振り返って少年に声をかけた。

「う、うん……平気だ」

「本当に?」

「ああ、本当だ」

 心配性な妹だ。少年はふっと心の中言う。

 その場で座り込む少年は、本を一ページめくった。

タイトルは『星の海』と書かれたていた。

 そのページには黒と赤の色彩で描かれた竜と青い巨人。

巨人というにはまるでゴーレムを描くような感じの絵で、具体的なディティールは施されていなかった。

 巨人だけではない、色々とほのめかされているのかあるいは誤魔化している。

次のページを開くと黒を背に、青い球体と巨人の手に青年が立っている。そして黒と赤の竜は無残に倒れこんでいた。

この地に無縁の本だった。竜の話はよくあるが、何か色々とこじつけ感のあるイラストである。

「変わった絵本ね」

 少女が後ろに立ってのぞき込んでいた。

「そうか? いや、そうだろうな」

「もう、勝手に一人で解決しないでよ」

「まあまあ、気にするな。今日はここまでだ」

 下から漂うスープの匂いが漂うと、少年はぱたんと本を閉じた。

「夕飯か……行くか?」

「そうね。カミュ兄さんも……って、どこにいったの?」

「兄さんは今どこかで馬を走らせているのさ」

「いいなぁ」

 少女は羨ましそうに少年を見つめる。

「俺をそういう風に見るな。きっといつかお前も馬に乗れるさ」

「ちがうよ」

 少女は頭を振るう。

「外の世界に出てるんでしょ? きっと私たちの知らないところで知識を得て国のために戦っているのかしら」

「ああ……たぶんな。なんだ? 戦いがしたいのか?」

 少年は冗談半分に冷たい眼差しで見つめる。

「人を戦闘狂みたいに言わないでよ。ただ早く外に出て色々な世界を見たいの」

「そうか」

「なにか言いたげな口ね」

 少女が不機嫌にならないうちに少年は話題を変える。これ以上の話を続けても埒が明かない。

「ご飯、早く食べないと冷めるぞ」

「まっ、まったく兄さんは……」

「ほら、さっさとご飯食べるぞ」

 少年は少女の背中を押す。

「わっ、わかったわよ」

 少女が先に扉に向かうと、立ち上がった少年はもう一回本の表紙を一瞥する。

「なんだが微妙だな」

 正直、この時の少年はそう思っていた。




一人きりなら、団を率いる立場になかったら、今直ぐにでも馬を走らせて一刻も早く王都へ戻りたい。

王都を発ったときからカミュは思い続けた。

早く王都へ、家へ。

待つ人の下へ帰りたいという兵士や同僚の気持ちが理解できなかった。というよりはそういう思いが出てこなかったが、今ならその気持ちがわかる。

その根底にあるものは全く自分とは違うだろうが、二人の顔を一刻でも早く見たいという焦燥感にかられなど思いもしなかった。

二人の弟と妹を置いて行った一介の兵士から騎士へ、そして騎士から騎士団の団長へ。

月日が経ち、立場が変わろうと王城よりも緊張に満ちた戦場にいるほうが気が楽で妙に心地良かった。

だが、今はそういう気分では無い。

 いつも甘い薔薇の香りを後ろから漂わせている王女を王都アカネアに送るまで生き延びなければならない。

「遅いがあの装甲、侮れん」

後ろから現れる機械の巨人を相手に、一発の槍を投げつける。

背後から迫る機械の巨人はびくともせず、こちらに狙いを定めて動く。

「ええい……」

疾走する馬に目掛けて銃弾が放たれる。

「やられたのか……!」

 銃弾は、馬の脚を掠ると共にカミュも草原の地に落ちる。

カミュの肩から血が滲みだす。

「やっぱり駄目だったか」

「もうよろしいのです……これ以上カミュ様の手を煩わすわけにはいきません!」

 エリアル王国の王女、メリアは涙をこらえて言葉を出す。

「しっかりするんだ! 君を王都アカネアに届けるまでは死なせはしない! 君がいなければ国は救えん!」

「そうですね……私がしっかりしなくては……両国を救わなければいけません」

「そうだ。君には国、いや大陸を救う鍵を持っているのだ」

「わかっています。少しだけですから、じっとしてください」

 治療道具を持ったメリアは、カミュと馬の手当てをする。

「急いでくれ!」

「はい……!」

 急いで消毒液をかけて包帯を巻く。

包帯に血が滲み出るが、贅沢は言っていられない。

「助かった。急ぐぞ」

「わかりました」

「待て」

 立ち上がったメリアとカミュは、男の声に振り向く。

「傲慢だな女! カミュ、そこの女を引き渡せ」

「アルベルトか!」

 若くして剣星の異名を持つ帝国の男、アルベルトは鞘から剣を抜き取る。

「退いてくれ! お前と戦う気は無い」

「黙れ、貴様の首を取って帝国に捧げるとしよう」

「仕方あるまいな」

 怪我をした馬が近づいてくるタイミングを見計らって、カミュはメリアの手を引っ張り再び馬に乗る。

「逃げる気か!」

「こんなところで道草食っている場合ではない」

「何故その女に拘るのだ!」

「必要だからだ」

「くそっ……!」

 アルベルトはその場で剣を地面に叩き落とす。

「隊長!」

 白の鎧を着けた男が駆けつける。

名はアレス。噂通り実直な男だ。

「アレスか。なんの用だ……!」

 アルベルトは部下のアレスに振り向く。

「歩兵部隊の攻撃停止命令が下りました」

「いつまであの玩具のテストに拘っているのだ」

「如何なさいますか?」

「帰還する」

 アルベルトは剣を拾い、カミュを向こうに背を向けた。




冷たい雨の中、馬が草原を駆け巡る。

服はもうずぶ濡れだった。

「寒いな」

「ええ」

 メリアが頷くと、しばらく黙り込む。

そんな空気の中、沈黙を破るように、

「……よろしいのですか?」

 メリアが訊く。

「何がだ?」

「ですから……」

 困った顔でメリアは口ごもると、カミュは笑う。

「冗談だ。聞こえている」

 カミュは続ける

「いいのさ」

「えっ?」

「ああ。彼もわかっている。それに……」

「それに?」

「……彼は若い」

カミュは、甘い香りと共に黒いマントと整った金髪を靡かせて華麗に馬を操る。




 20xx年。

これはこの世とはほど遠い話である。

二つの銀河が衝突した。

青白く輝く光。

これは、銀河衝突をきっかけに爆発的に星が生まれた。

 現在、宇宙には多種多様な形をした銀河が存在されている。

最初の宇宙には小型の不規則銀河しかないと考えられ、地球を代表に様々な調査や地球の環境に似せたテラフォーミングなどの活動が行われている。我々一般人には知れ渡ってはいないが。




 そして、日々は経つ。

 当然、地球や一部の銀河系での調査は難航していた。

余りにも足りない時間と費用や人材、言ってはきりがない。

調査隊は苦肉の策として未調査の銀河系にデータを送り届ける。

現状のデータを送るにはこの方法でしかないのだ。

人々はデータディスクを宙域に手放した。

宇宙の粒子に沿って、未知の惑星に流れていく。その様は神秘的で美しかった。




 それからまた月日が経つ。

 時間が流れると一緒に、さらなる技術が生み出される。

 地球だけではなく様々な情報を獲得し生命体(本質的には地球人とは変わらない体質)が独自の調査を始めた。

昔とは違い、スカスカの宇宙も時間が過ぎては変わる。それに伴い環境も変わっていく。技術の進歩のあってのことか、調査の仕方も変わっていくというものだ。

 そんな中、宇宙を観測する中で渦巻きが現れた。

白と黒が特殊に色が変わっていく領域。

初めて見る世界だった。

よく見ると、さまざまな形態が見えている。

きっと惑星に違いなかった。

 渦巻きを調査していく中、宇宙の裏側にあると仮定されている未知の世界が発見され、新惑星の内部を少しだけ特殊カメラで抑えることができた。

黄金に輝く海。

燃えさかるような大地。

アメリカで見たグランドキャニオンに似た大渓谷。

他にも映像は映っているが、それ以上のものは映し出されなかった。

そして化石と化した竜と巨大な手。

 それはあまりにも未知の世界であり、未だ見ぬ世界であった。



















 

   













  

 第一章 巨人

 

 地球からもっとも遠い、数光年以上離れている惑星エデン。

 月や火星レベルまでに発達した惑星だ。

だが、同時に広大な宇宙空間の中でもっとも孤独である。それは太陽よりも。

太陽というよりは地球の環境と似ているのかもしれない。エデンには海が存在する。地球の表面で暮らす人類の感覚からすると、エデンには地球と同じ、大量の水が存在するように感じている。

あくまで外宇宙から来た者の話だ。


 オデュッセイ大陸。

 かつて高度な文明を持ち、栄えていた巨人のような機械『エーテルモジュール』と邪神の戦いにより一度崩壊された大陸である。

 一度は人間たちと古代竜族が協力し持ち直した大陸であるが、古代竜族という種族は永遠なる眠りを求め自ら滅びの道を辿る。

そして、残された人間はもう一つの大陸、イーリア大陸に移り住む者も現れたが一方オデュッセイ大陸では邪神の復活を目論む人間が現れ、二つの大陸別れた。

東の聖グラン王国、西のエリアル帝国。

 同じ悲劇を起こさないため、イーリア大陸、聖グラン王国がオデュッセイ大陸、エリアル王国に宣戦布告。

 イーリア大陸とオデュッセイ大陸で新しい風が舞い起こる。

 



 青空が広がっている。

 青年の目に映るものが、全てぼやけるように見える。

「……大丈夫か?」

 目の前に男が立っていた。

声が耳に入るが、虫の声だと認識して青年はまた目を閉じた。

 どうして目を閉じたのかはわからない。きっと現実を受け入れたくないのかもしれない自分がいるかもしれない。

そう思うように、しばらく体を硬直した。

 男は頭を振るった。

「もう駄目かもしれないな」

 男は女性に声をかけた。

「なに言ってるのよ!」

 少し距離を取っていた女性は慌ただしく青年に近づいた。

「駄目って……まだ息があるじゃない」

「いや、もう……」

「兄さんいつからそんな薄情になったの?」

「そんなことは……って近づくんじゃない!」

 そんなやり取りを耳に、青年は体を震わせた。自分の感性が気まずいと判断したからなのか、体と同時に息も吐きだした。

「待っ、待て! 近づないほうがいい。敵かもしれない」

 女性を制した兄と呼ばれた男性は、青年から距離を取った。

「俺から離れるな……いいな」

「え、ええ……」

 青年から距離を取る二人。

さすがに限界を感じだのか、青年はゆっくりと起き上がった。

「何者だ!」

 男は声を荒げた。

「すまない、驚かせて。俺は……」

 咄嗟にひどい立ち眩みが生じた。

最初から素直に身元を証明すれば良かったと後で考えが過る。

目の前の視界が狭くなっていく。

一体、どうなっているのだ。

意識が飛んでいく。

力が抜けて、その場で体が崩れていく。

「おい、どうした? おい!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 警戒を解いて、二人が駆け足で青年の近くにいく。

「近くの宿で止まったほうがいいんじゃないかな」

「そうだな……責任もってこいつの面倒を見よう」

 その言葉を聞いた女性は頷く。

「さすがね。兄さん」

「まったく……お前が薄情なんていうからだ」

 男性が、倒れこんだ青年を担いで平原を歩く。

 

 目を覚ますと男性の顔がアップに映る。

「……うわっ!」

 驚いた青年はベットから体を離れようとする。

「ちょっと落ち着いてよ」

 女性は、ベットから落ちそうになる青年を両手で支えた。

「すまない……ここはどこだ?」

「宿のベットだ」

「見ればわかるが……」

 確かに木製の棚に花瓶といかにも枯れそうな一輪の花。そして木製の至ってシンプルな作りのベット。

如何にも普通の宿っといた感じだ。

「ま、そういうことだ」

 男性は青年の肩に手を置く。

「それにしても……いや、助けてもらったんだ……」

「うん? まあそういうことになるな」

 取り合えず、と言った感じで言葉を返したカリオン。

 体を起こした青年が一息吐いて、

「俺はレイジという……さっきは驚かせてすまない。敵対の意思は無いし別に好きで死んだふりをしたわけでない。許してくれ」

 名を名乗って頭を下げる。銀の頭髪と瞳、髪は少々長髪だが、比べて揉み上げと後ろ髪は長い。爽やかな印象を与えるジーンズに袖を捲ったジャケット、ブーツを着用している。

「そうか……いや、いいんだ。俺はカリオン。そして、こいつはちょっとした用事でついてきたメリエルだ」

 中世的で端麗な容姿である青髪のカリオンは、風で靡く青いマントを小さく翻して隣のメリエルの頭をぽんぽんと叩く。

「ちょっと!? その紹介の仕方はないでしょ! ……ごほん」

 ロングヘアのメリエルは、話を切るように軽く咳きこむ。

透き通るような赤紫色の髪が特徴的な可愛らしい少女だ。カリオンとは余り似つかない小柄で繊細な雰囲気を醸し出していた。男と女が違うのは当然だが。

「まったく、面倒な性格してるな」

 カリオンをよそに、メリエルの視線はレイジに注目する。

一呼吸して、

「わたくしはメリエル。よろしくお願いしますわ」

 行儀良く挨拶するメリエル。

身に纏っている優雅なイメージを演出させる淡いピンクのロングブラウスに、シンプルなスカートと肩に羽織る水色のコートが際立っている。

「えっと……これはご丁寧な挨拶で……」

 レイジはあっと言葉に詰まった。

先程の親しみやすい態度と違って、また別の女性らしい優雅さや上品さを感じさせる挨拶だ。

可憐にコートを翻したためか、一層高級感が美しく見える。

「俺たちはこんな身なりでも王族の者だ。あまり大きい声では言えないがな」

 カリオンがよそよそしくレイジに言った。

「そう、私もその一人。兄さん……カリオンの妹でイーリア大陸の次期王女。でも正直王女というほどの立場じゃないけどね」

 口調が戻ったメリエルはレイジに声をかけた。

「ところで君はあの平原で何をしていたの?」

「ええっと……」

「正直に言ってくれると助かる。あまり疑いたくないからな」

「ちょっと兄さん!」

「いや、本当の話だ。後で後ろから刺されるなんて勘弁だからな」

 カリオンは真剣な表情で話す。

「それはちょっと言い過ぎよ!」

「いや、君の兄さんは本当のことを言ったんだ。だけど、すまない。はっきり言うけれどわからないんだ」

 レイジは、メリエルを落ち着かせてカリオンに振り向く。

「わからない?」

「ああ」

「……いつからだ?」

「全部だ。何故あのような場所にいたのかさえわからないんだ。名前と……二人が俺を

拾ってからの記憶しかない」

 レイジはベットから降りて棚に置いてあるパンフレットを手に取る。

ページを開くと、丁度レシピが書かれていた。中身はごく普通の宿にあるレシピであるが、無いよりはましだった。

料理の絵を見ていると、どんな素朴なレシピでも、腹が減ってはどれもこれもすべておいしそうに見えるものだ。

「……すまない、腹が減った」

 腹をすかせたレイジはお腹を抑えて恥ずかしそうに言う。

「そうだな。話なら食べながらでもできるだろう。いいよな?」

 カリオンはメリエルに振り向く。

「私たちも丁度お腹すかせたところだし行きましょ」

「そうと決まれば行くとするか。食堂は直ぐ近くだ、飯なら奢ってやるさ」

「いいのか?」

「ああ、いいさ。どうせ寄る場所だったんだ」

「そうなのか。俺も何故かお金は持っている」

 レイジは上着のポケットから財布を取り出す。中には十と書かれた数字のコインや百と書かれたコインが入っている。

 おまけに、一枚の紙幣が独りぼっちに折りたたんで入っている。

「これは……なんだ? 変わった服を着た男性が描かれているな」

「そうね……」

 歩きを止めた二人は、財布に夢中だった。

「はは……あまり気にしないでくれ」

 ここのお金では無いらしい。それに、他にも入っていないのが残念だ。自分の身分を証明するような物が一つでも混入していれば嬉しかったのだが、文句は言ってはいられない。

 自分の名前を覚えているだけで、良かったのかもしれない。

「おいおい。そんなコインじゃ換金も物も買えないぞ」

 カリオンは、レイジの手に持っている皮の入れ物を物珍しそうに見入る。

「なんか人の財布をまじまじ見られると、そんなにいい気分じゃないな。というより微妙な気分だ」

「すっ、すまない。それにしても一体どこから来たんだ……この周辺じゃ見ない荷物を持っているようだが……」

 それでも、カリオンがじっと財布から目を離さない。

物珍しいから仕方ない、とレイジは割り切った。

「だがこのような物しかない。すまない」

 これを機に何かわかればいいと思っていたレイジは、少し肩を落としてポケットの中に財布を入れて向き直った。

何故か、心細く感じる感情が出てくるが、今は気にしない。

「いや、気にするな。わからないものはわからないものだ。これから知っていけばいいさ。俺たちもまだわからないものはある」

「まぁ、まあな」

 レイジが苦笑する。隣のメリエルはカリオンの発言を聞いてため息をこぼした。

「何言ってるのよ」

「気にするな。そんなことよりも飯だ飯」

「ああ」

 レイジは、食堂に向かう二人の後についていく。




 家族連れと夫婦が数名、食堂に残って雑談している。

 レイジたち三人のテーブルには食べ終えたポトフや野菜サラダ、三人分のコーヒーカップが置いてある。

三人で囲む食事が、レイジにとっては豪く斬新に感じた。

 食事を終える途中、カリオンは最後の残りのサラダを口につけて、フォークを置く。

「ところで……お前はこれからどうするんだ?」

「そうだな……」

 レイジは、冷たいコーヒーカップを片手に眉間を掴む。

「考えて無かった」

「おいおい。何も考えて無かったのかよ」

 カリオンが半ば呆れると、砂糖入りの紅茶を啜っていたメリエルは、レイジに身を乗り出す。

「だったら、私たちと一緒に来ない? ねぇ、いいでしょ? 力になってくれる人が一人でも増えると助かるかも。それにこれから先、大変になるでしょ? オデュッセイ大陸でエーテルモジュールのテストしてるみたいだしね」

 前のめりになってレイジに言うと、髪を揺らしてメリエルは視線を変えてカリオンに振り向く。

「そうだな……いや、だがな……」

「いいじゃない」

「まあ……」

 妹の頼みに断りづらいカリオンは、一瞬頷くところだったが頭を振るった。

妹に弱い自分を押し殺すのに精一杯だった。

「駄目だ」

「どうしても?」

 メリエルは弱々しく見つめる。

「どうしてもだ」

 きっぱりとカリオンが言った。

「これから行く大陸はこことは違うのだ。まだ踏み入れていない土地だ。それに本人はまだ何も言っていないだろ? 寧ろ、記憶喪失なら王国で預かった方がいいのかもしれんな」

「それはそうだけど……」

 メリエルはレイジに視線を送る。

「レイジ君はどうする?」

「どうするか……」

 レイジは一瞬だけ上を向く。

思いついたのは、この二人に付いていくか、付いていかないか。

寧ろ、現状それ以外に選択肢が無かった。

「えっと……その前に一つ聞きたい事がある」

 真っ直ぐな眼差しのメリエルの顔がアップに映って少々照れくさくなってしまったが、カリオンに視線を移す。

「君たちはもしかして王都アカネアの使者なのか?」

「ああ。間違ってはいないが、そういうもんだ。聖グラン王国に逃亡したメリア王女から頼まれてな。我が国のエーテルモジュールを受け取りに行く最中だ」

「そのエーテルモジュールってなんだ?」

「何だろうな。人が操れる武装した巨人みたいなもんだ。はっきり言って俺たちにもわからん。ついこの間までは俺たち……いや、皆驚いていたからな。俺も正面で見たことないからどういった物かまでは想像できん」

「そ、そうか」

 レイジは、ふっと脳に情報が流れるように不思議な文字が流れ込んできたが、すぐに脳が勝手に情報を遮断した。

「つまり二入は、そのエーテルモジュールとやらを取りに行くんだな?」

「そうよ。少し付け足すのなら、この世界の技術と宇宙の技術を足したものよ」

 エーテルモジュールは、古代竜族の化身を元にを帝国が開発した人の形をした万能マシンであり、外宇宙から落ちて来た『天の衣』と呼ばれるオーパーツの技術を解析して作られている。

「そのエーテルモジュールでオデュッセイ大陸に向かって王都エンデュミオンに行く」

「そしてエリアル帝国の王、バイロンに会うの」

 カリオンの話に、メリエルが割って出る。

エリアル帝国の後世の歴史伝承において、始祖バイロンがオデュッセイ大陸に勢力を確立し新政権の王位についたとされる男の名前だ。

「バイロン? 死んだのでは?」

「いや、それが生きているんだ。この大陸に住んでいる人達はあまり知られていないがな」

 カリオンは一息いれるように、ガムシロップをカップの中に混入させて甘口のコーヒーを口に入れる。

「話を聞くによると、エリアル帝国建設時の帝国の領土拡張のために戦っていたバイロン王ではなく、今では無意味に権力をかざし、女、子供を容赦なく奴隷として扱うろくでもない男だ。最近、人が変わったようにますます凶暴になったらしいがな……すまない、お替りを頼む」

 カリオンは飲み切ったコーヒーカップを持って、宿の主人が手に持っている片づけ終わった皿やコップの隣に置く。

「まったく、まだ片づけの途中なのに……まぁいつもこうだからいいけどさ。新顔の君とメリエルちゃんはお替りいいのかい?」

「いえ、大丈夫です」

「では、俺の分もお願いします」

 レイジはコーヒーを一気に飲み干す。

「レイジ君、ゆっくりでもいいのに」

「それじゃ、お願いしますね」

 断ったメリエルは、レイジのマグカップを代わりに主人のお盆の上に乗せた。

「はいよ」

 主人が返事して動いた途端、物凄い振動が地を揺らす。

上にぶら下がる照明の光は消えて、部屋一体は暗闇に包まれた。

 お盆に置いてある皿やコップは全て地に叩きつけるように落ちていき、カウンターに置いてあるグラスや瓶が倒れていく。

地震のような振動は数分間続き、長い揺れが続いた。

「一体何が起きたんだ!?」

 主人が地面に膝をついて振動の静まりを待っていた。

「暗くて何も見えないよ」

「安心しろ。いずれは落ち着く。レイジ、お前は大丈夫か?」

「ああ。だが、一体どうなってるんだ。ここはいつも地震が起きるのか?」

「いや、この一帯は字地震なんて滅多に起きないぞ」

「他の人は大丈夫なのか?」

 レイジは見渡すが、やはりといった感じか暗くて何も見えない。影一つ無く、カリオンとメリエル、宿の主人が近くにいるとわかるのが限界だ。

 八分強の振動は長く続く。

やがて、少々の光が現れて照明が回復すると、立ち上がったレイジはもう一度辺りを見渡した。

「皆、無事か?」

 レイジの言葉に、返事は無かった。

 照明が落ちたとき、客人の物音が一切聞こえなかったことを考えた。

「……本当にいないのか?」

見渡すが、三人の姿以外は目撃されなかった。客人の食べ残りの料理だけが散らばっていた。

もう既に、この場所にはいなかったのだ。

「一体、どうなってるんだ?」

「もしかして急いで避難でもしたのか……」

 目を細めながらカリオンが、腕に擦り傷を負った華奢なメリエルを支える。

先程までにいた人が一瞬にして消えるのは不自然だが、この宿自体に来客していた人数は手に数える人数しかいなかった。

当然、ここにいる三人よりも早く宿を出たに違いない。

「そんな馬鹿な。この暗い中、全員短時間で避難できるわけない……普通悲鳴ぐらいは聞こえるはずだ」

「可能性としては人攫いか……」

「そうみたいだ。気付いているかわからないが、腕に血が出ているぞ」

「これぐらいは……っておい!」

 レイジは割れた窓ガラスの破片を見て、駆け足で割れた宿の窓から飛び降りて、草原の外に出る。

草原の地面には、人の足だろうと思われる数名の足跡が残されていた。それに人の気配が感じられた。

「おい、待て。っとその前に早く宿を離れたほうがいい。お前は早くレイジを追ってくれ。嫌な予感しかしない」

「わかった」

「待て。傷はいいのか?」

「これぐらい大丈夫よ。それよりも兄さんは大丈夫なの?」

「ああ。いいから行け」

「もう……それじゃ、いくよ?」

「頼む」

 こくっと頷いたメリエルがカリオンの腕から離れ、外へ向かった。カリオンは宿から飛び出す前に、主人に向き直って金貨袋を渡す。

「こっ、これはお金ですか?」

 主人は驚いた。

「このお金で王都アカネアに向かってくれ。修理の変わりと言っちゃなんだが、これで宿を立て直してくれ」

「で、ですが……」

 遠慮がちな主人の言葉に頭を振る。

「いいんだ。受け取ってくれ。足りない分は今直ぐとはいかないが聖グラン王国から直々に支給する。魔物が来ない結界もつける。すまないがこれで勘弁してくれ」

「ああ……ありがとうございます」

 主人は金貨袋を受け取って荷物を整理し、宿を離れた。

「さて、ぐずぐずしてはいられないな……」

 そうつぶやいたカリオンは、二人の行先に向かう。

 

 宿から数メートル離れた場所、パルテノ神殿付近。

昔アテナイの守護神である、とある神話の女神アテーナーを祀る神殿と逸話がある。過去に補修され、腐賃を防ぐために鉛のコーティングされているが、今は整備されているような気配は無い。

 今は放置された何の意味も持たない神殿だ。

「お出迎えに上がりましたよ。レイジ殿」

 ローブを深く被る顔が見えない男が、神殿の階段元に立っていた。

「誰だ! お前は!?」

 レイジは声を荒げる。

「私は教団の者です。あなたのことを一番知っている人物にぜひ会わせたいのです」

 ローブの男は階段をゆっくりと足音を潜めて近づく。

「合わせたい?」

「ええ。あなたに似た人に」

「何を……ふざけるな。そんな怪しい団体さんには興味がない」

「そうは行きません。一緒に来ていただかないと事が起きないのです」

 ローブの男は密かに笑みを浮かべると、一つの光がローブの男に向かって歩く。

光は男の足元に掠るが、効果は絶大だった。

「邪魔者が現れたのか……」

 余裕の笑みは消え、ローブの男が怯むと、目の前に片手に分厚い魔導書を持ったメリエルが立ちはだかる。

「い、いつの間に……」

「レイジ君は私の後ろに下がって!」

「ああ。だが、どうして……」

 レイジは唖然とする。

「当たり前でしょ? もっと私たちに頼りなさい」

 メリエルはそう言い切ると魔導書から新たな光の球体を作り出した。

「レイジ君に手出したら容赦しないわ!」

 同時に光の球体はローブの男に向かって走る。

「人質を早く解放しなさい!」

「こんなところにいるわけがなかろう……!」

 ローブの男は目の前の景色を手で遮る。

辺りは眩い光に包まれる。

「小癪な真似を! 図に乗るな!」

光から逃れたローブの男は距離を取って黒の魔導書を開くと、背中から一突きの剣が刺さる。

「なんだと……」

「悪いな。血も涙もない悪党には容赦はせん」

 駆けつけたカリオンは剣を引き抜く。

「馬鹿な……」

ローブの男は断末魔の前に、その場で倒れた。

 カリオンは血のついた剣を払い、鞘に戻す。

「最近は物騒だ。まったく……教団の連中はきっと人質を遠くへ飛ばしたのだろう。流石に今からでは間に合わん」

 カリオンが晴れない顔で周囲を見渡す。

「カリオンなのか」

 レイジはしばらく棒立ちする。

「おい、大丈夫なのか?」

「ああ。二人のお陰でな。しかし、また二人に貸しをつけてしまったようだ」

 レイジは申し訳なさそうに二人を見つめる。

「なに、気にするな」

 カリオンは満更でもない様子で答える。

「ねぇ」

 メリエルはカリオンに目を向ける。

「なんだ?」

「レイジを一緒に連れて行ってもいいよね。教団に狙われているみたいだし……一人でいるよりはいいよ」

「そうだな。いいか? レイジ?」

「ああ……」

 頷くと一間置いて、

「それに……流石に迷惑をかけすぎた。お礼も兼ねて力を貸す。これでも剣の心得はある。それに人質のことが気になる」

 レイジが言う。

「では、改めてよろしく頼む」

「よろしくね」

「よろしく。早速で悪いが少し寄りたいところがある」

「寄りたいところ?」

 メリエルは首を傾げる。

「直ぐそこだ」

 レイジはパルテノン神殿の入り口に指をさす。

 現状のパルテノン神殿の入り口は封鎖されていた。もう誰にも触れられないようにロックが仕掛けられている。

 当然、中はただの空洞だ。

 レイジの指先を追って、二人は視線を合わせる。

「パルテノン神殿には入れないはずだ」

「そこはもう鍵が掛かってるんだよ?」

 二人に言われるが、レイジは真っ直ぐに神殿へ進んだ。

「呼ばれている気がするんだ。それに神殿の中に巨大な気が感じる」

「気?」

 カリオンもレイジの後を追い、階段を上る。その後をついていくようにメリエルも一緒に歩幅を合わせる。

「それって何か占い師的なもの?」

「まあ、そういう解釈でいいかな」

 レイジは言葉が思いつかず、できる限りの範囲で答えた。

 この世界の占いというものは今一実感できないが。

知っている限りでいうと、風水や手相・人相占い、姓名判断の類しか頭に浮かばないのだ。この世界にその常識が当てはまればいいのだが。

そうでなければ嘘をつくことになるから。正直あまり嘘に恵まれてない感覚が残っている。記憶が無いから尚更微妙な気分だ。

一体何を考えているだ、レイジは頭を振るった。

「もしかして変なこと言った?」

 隣からひょっこりと顔を出したメリエルは、レイジの顔を窺う。

「いや、何でもない」

「そう? だったらいいけど」

 少し遅れて歩くカリオンは、神殿の天辺を見上げる。

「もしかしたら女神アテーナーに呼ばれたのかもしれんな」

 そこには女神アテーナーを形取った像が掲げられていた。

「でも、それって何年も前の話だよね」

「まあな。それにあれはただの噂だ。本当にいるかどうかもわからんさ」

「ここでいい」

 二人は足を止め、レイジはパルテノン神殿の入り口にたどり着くと、右側にある古めかしい台座に手をかざす。

「一体、何が起きるんだ……?」

 カリオンとメリエルは後ろに待機し、静かにレイジを見守る。

手をかざすと同時に、神殿の入り口は開いた。

開いた先には、銀色に輝く巨人、エーテルモジュールがそびえ立っていた。

「これは……凄い……」

「レイジの意思に答えてくれたのか……まるで星の海に出てきた巨人みたいだ。」

「確かにすごいかも……でもあの本に出てきた巨人より断然頼りになりそうだよ」

 三人は驚いて銀色に輝くエーテルモジュールを見上げた。

「これにレイジ君が乗るんだね」

「俺に乗りこなせるかどうかわからないが、努力する」

 レイジはエーテルモジュールの膝に手を差し伸べる。















   






第二章 襲撃

 

 レイジ達はパルテノン神殿からさらに奥地に進み、カリオンとメリエルのエーテルモジュールを受け取りにヘスティア社に向かった。

ヘスティア社は、電子・この世のマナの粒子をつかった電気機械の製造販売を中止とする軍産複合企業であり、アカネアを主な拠点として業績をあげていた。

 現在は帝国のエーテルモジュールの残骸を集め、独自の技術を取り入れてアカネア製のエーテルモジュール開発にシフトした。

最近ではマナと融合した電子兵装の大幅な強化とともに、万物の力のマナを併用した異世界の宇宙から得たサイバーエネルギーを使用した強化を図った節が見られている。

サイバーエネルギーは通称、ダークマタと呼ばれているが、まだ未知数で不確定なエネルギーである。

 だが、サイバーエネルギーとマナがなければ基本巨大な物は動かせない。どれだけ改装した最新の民間船や一般のエーテルモジュールでもだ。

サイバーエネルギーとマナがあってこそヘスティア社は、必要最低限の電気と上記の二つに適用した施設が開設されて、エーテルモジュールの開発に集中して専門の設備が設けられてた。

「武装はそれでいい。が、マナ不足に陥らなければいいが」

「ですので追加の燃料タンクを……」

「そんなもん追加したら重量が掛かる」

「ですが、この問題を解決したらすぐにロールアウトできますよ」

「だがらって、妥協していいもんか」

 奥でエーテルモジュールの話で口論している。

「それにしても広いな。ここは」

 白い壁に背を貸したレイジは、ガラス窓からエーテルモジュールが見える中央ロビーを見渡した。

「ここ数年の間、エーテルモジュールの開発に専念しているんだ。自然と広くなってしまったんだろう」

 カリオンとメリエルのエーテルモジュールが完成するまで、カリオンは手すりに寄りかかって待機する。

「それにしても……いつ完成するんだろうね」

 落ち着きのない様子で動くメリエルは部屋の中を一周歩くと疲れたのか、部屋の中央の黒く少し硬めのソファーに座る。

「待ってるだけでも疲れるね」

「ああ、早く俺たちの機体をもらって早く行きたいのだが……この巨大な機械だ。それに二機分もあるとすると時間がかかるのだろう」

「そうよね。レイジの機体はちゃんと整備されてるの?」

 メリエルは立ち位置をそのままに、ぼうっと窓を眺めるレイジに振り返る。

「レイジ?」

「あっ、ああ……すまない」

 名を呼ばれたレイジは、はっとした顔でメリエルが座っているソファの向かいのパイプ椅子に座る。

「それがいらないんだ。全部自動でやってくれるんだ、口で上手く言えないがそういう仕組みになっている」

「うん? つまりどういうこと?」

 メリエルが首を傾げると、後ろの扉が開く。

「それについては私が説明します。全てナノマシンの影響ですよ。まだ研究の余地がある目に見えないサイズの機械装置です」

 白衣を身に纏った科学者気質の男性が現れる。 少々優男であり、紫色の髪が際立っていて、右手に眼鏡を握っている。

「えっとあんたは誰だ?」

 カリオンは振り向く。

「すみません」

 白衣の男は手に握っている眼鏡をポケットにしまう。

「二人の話は他の者から伺っています。私はシュウイチ・キタムラと申します。以後お見知りおきを」

「よろしく頼む」

 早歩きで出迎えるカリオンは手をさし伸ばす。

「ええ。そちらの方は私の顔に何かついているのですか?」

 シュウイチはレイジの顔を見る。

「……日本名なのか」

「二ホンメイ? それはどんな意味なのですか?」

「気にしないでくれ。それで……機体は完成したのか?」

 レイジは頭を振るって話題を変える。

「もう完成していますよ。さすがにレイジ君の機体と違って少々勝手は違いますが、他の機体よりは数倍パワーは持っているはずですよ。機体のデータはすべて入っていますので後でご確認してください」

 シュウイチは、一昔前のフロッピーディスクのようなものをカリオンとメリエルに手渡した。

 二人は顔を見合わせ、

「ありがとう」

 渡されたディスクを受け取る。

「一体、どうやって使うのかしら」

 メリエルはディスクを覗き込む。

「簡単ですよ。単にコックピットの空いた隙間があるのでそこに入れると情報が画面に映し出されますよ」

「おいおい。なんだか適当だな……まあ、いい。これで帝国に行けるはずだ」

 カリオンはそう言う。

「しかし、残念です」

「残念?」

「レイジ君の機体を参考に貴方達のエーテルモジュールにもナノマシン技術を取り入れたかったのです。この程度のサイズになると、切削加工などで部品を製造することは不可能ですし……必要な元素の養成も困難で材料元素を一から必要なんですよ。無から有を作り出すだけに残念です」

 シュウイチはため息をこぼす。

「いや、気にする必要はない。例えなくても何とかなる」

「そうね。私たちの腕でカバーするしかないもんね」

 メリエルは頷く。

「まあ、気を付けてくださいよ? あまり過信して壊されたらどうしようもないんですから」

「わかっているさ」

「では、私はまだ仕事があるので……もし、ここにまた寄るのでしたら優先的に整備しますので遠慮せずに来てください」

「助かる」

「それでは」

 シュウイチは眼鏡をかける。

「ああ、あと一つ。レイジ君の機体は特殊なので注意してくださいよ」

 レイジはシュウイチの言葉に耳を傾ける。

「あの機体が特別なのは知っている」

「今のところは異常は無いのはいいんですが……まあいいでしょう。何かあったら報告してくださいよ。特にナノマシン固有の危険というのがありますから」

「ああ、わかった」

 レイジは返事すると、部屋の照明がぴかぴかと光りだした。

「うん? なんだ?」

 カリオンは上の照明を見上げる。

途端にカチッと音が鳴る。

ブレーカーが落ちる音だ。電源供給が絶たれるのだ。

 中央の部屋を照らす光が次々と消えていく。窓から覗くエーテルモジュールが並ぶ部屋も光が消え、ヘスティア社全体が闇に包まれていく。

「一体、どうしたっていうんだ!?」

 レイジは驚く。

瞬間に建物は激しく揺れる。

中央ロビーにいる四人は体制を崩す。

「ただの停電じゃないな」

 カリオンは、体制を崩して床に膝をつける。

「ええ。私は今直ぐ予備電源を繋ぎます。君たちは早速エーテルモジュールで出てくれ。もしかして帝国の連中かもしれない」

「わかった。だが、不都合だ。ここで戦闘になると街まで広がるぞ」

「ここから離れた場所に海があります。そこに敵をおびき寄せて迎撃してください。その後は私がなんとかします」

「もし、失敗したら避難してくれ」

「そうならないように願っていますよ」

 言葉を残して、シュウイチは中央ロビーを出て階段を下りる。

「よし、これから帝国の兵士を叩く。これがエーテルモジュールの初陣かもしれんな。行くぞ」

「研究所を護衛しないとね」

「恩を仇で返すなんてことしたくないからな」

 暗いブリッジが照らし出され、予備電源が接続されることを確認すると、レイジ達は駆け足で非常階段をおりる。

非常灯がぼんやりと階段の道を作り出した。

 三人はエーテルモジュールデッキに急ぐ。

「待つんだ! えっと……メリエルさんだったかな?」

 エーテルモジュール開発の人だと思われる男が呼びかける。名はアサクラと名札に表記されていた。

「ごめんなさい! 今時間が無いの!」

 メリエルはそう言い放つが、足を止めて背中を振り向いた。

「これを見てくれ。先程君の機体に異常があってだな……」

「異常? 少しぐらい大丈夫よ」

「いや、駄目だ」

 アサクラは機体の設計図のような紙を見せつけるように、左手で束ねられた紙をひらひらさせた。

「危険な機体を預けるほどここは馬鹿じゃない。まあ整備不足なのはこちらの責任だからなんとも言えんが……とりあえず我慢してくれ」

「我慢? つまり私は出れないってこと……?」

「まあ…………」

 メリエルは眉毛を潜めた。

「……そうだな……今直ぐ出撃が出来ないということだ」

 アサクラはバツが悪そうに、そうこたえた。




 レイジの操る銀色の上に何層にも重ねたアイスシルバーの輝きを放つエーテルモジュール『スノーシルバー』は先行する。

飛行能力を有したスノーシルバーは、後ろの鳥の羽を模した四枚羽バインダーを広げて飛翔した。

続けて、カリオンの操る指揮汎用型で様々な指揮管制が可能なパープルに近いブルーの『ツバキ』が先行した。

 よく花屋で見かけるアジサイの色に似ているが、どうしてツバキという似つかない花名にしたかは不明である。

「そっちはどうだ?」

「良好だ。我が妹が来るまで先に海に向かうぞ」

 レイジの通信に、カリオンはこたえる。

「本来、こういうのは男の役目だからな。きっと」

「そうだな。本当は俺一人で来る予定だったがな」

「勝手についてきたって感じか?」

「まあな……あながち間違ってはいないが……着いたか。やはり徒歩と違って目的地に行くのも早いな……お前もそう思わないか?」

「これなら帝国に行くにもそう時間が掛からないな」

「だな」

 二人は話を打ち切って、スノーシルバーとツバキは目的の光輝く海の上で待機する。人の気が無く、格段に綺麗な海の景色だ。

 よく隠れた絶景スポットに認定されていただけはある。

「海の上とはいえ、人がいたら満足に応戦できん。センサーを切り替えてくれ」

 熱源センサーに切り替えて感度を強めに設定し、予備に小型カメラも利用し二人は近くの人の熱源を確認する。

「ここなら人に被害が及ばずに済むだろう。そっちはどうだ?」

「大丈夫だ。それにしても綺麗だ……」

「あまり気を抜くな、レイジ」

 カリオンは無線で言った。

「すまない。だが本当のことだ」

 レイジは改めて海の景色を目の辺りにし、海の美しさに圧巻する。

「本当はここで戦いたくないのだが」

「人がいないのは丁度この海の上だからな。流石に工場を巻き添えするわけにはいかないしな」

 モニターを眺めながらレイジはそう言う。

「それにしてもこの機体は色々と便利だが、何だか重いな」

 機体の動きが鈍い感覚が、肌に伝わっていく。

気のせいだと思いたいが、スノーシルバーの動作がツバキの性能に追い付いていないのは確かだ。

「機体に負担が掛かっているのか? やはり、ちゃんと見てもらった方がいい」

「だが、異常はなさそうだな」

 機体のせいにしても駄目だ。

もう少し、この機体を扱えるようにしなければならない。

 そう考えてしまうレイジはメインコンピューターを開いて、機体の安定性のチェックを行う。勿論、武器のチェックも必要だ。

パネルの表示に剣、牽制用のライフル。後ろ越しに装備されているマナを最大限に転用した巨大なランチャーが装備されている。

 パネルの表示を進めると、エラーが掛かって機体のデータが不明という文字に埋め尽くされていた。

最初から内蔵されていたナノマシンと、標準装備されている武器がわかっているだけでまだ良いと判断するほか選択肢が無かった。

 (訳の分からない機体じゃ無理は禁物といったところか……それにしても解析不能ってなんだ? やはりどこぞのわからない機体を使うのは少々無理あったか……)

 ディスプレイを眺めていると、レッドアラームが鳴る。敵が現れた証拠だ。

「やはり帝国の奴らか!?」

 無線でカリオンが語りかける。

「ああ、三機だ」

「気をつけろ」

「わかってる!」

 レイジは機体の操縦桿を握る。

初めてのエーテルモジュール戦だが、何故か緊張しない。はるか昔に触ったような手触りだ。いくら記憶喪失になっているからってスノーシルバーを知っているということは無い。

 もし、知っているのなら、スノーシルバーの誕生と自分の今の推定年齢とかみ合ってないからだ。いくら正体不明な機体でもそれぐらいは計算できる。

(それじゃ、俺は一体何者なんだ?)

この状況下で、今更何を思っているのだろう。

敵は近づいてきたのだ。

タイミングの悪い状況で考え込むのは悪い癖だ。

 自分の癖って一体どういう癖なんだ。

まるで前から知っている癖みたいだ。

俺が小さい頃だ。きっと。

そもそも俺はどうしてくだらないことばかり考えているんだ。自分のことなんて、後で考えればいいだろう。

「おい、どうした!? ぼうっとするな!」

 レッドアラームを鳴りやまぬコクピットで、男性の声が聞こえる。

「…………おい! レイジ」

「レイジ! 聞こえているのか!?」

 カリオンの言葉に、レイジがはっと目を見開く。

 操縦桿のコントロールを制御し、機体の姿勢を取り戻した。

「すまない。敵はどこだ……」

「後ろだ!」

 レイジは、ライフルで迎撃するカリオンの言葉に反応する前に、黒く塗装された三機の敵がライフルをこちらに銃口を向ける。

「しまった……!」

「動くな!」

「なに……!?」

「動くなと言っている……抵抗すると仲間を撃つ」

「撃つだと……!」

 通信をオープンに、敵の指揮官らしき声が聞こえる。

スノーシルバーはその場で抵抗をやめた。この状況で下手に機体を動かしてもまず不利だろう。

汗をぬぐうレイジは、センサーで敵を確認する。

左に一機、右に一機。

そして中央に悠々と立つ指揮官機。

おそらく中央の指揮官機が声の主なのだろう。

ひどく冷静な男性の声。

男でありながら気品のある声。

「あんたは……カミュ。カミュ兄さんなのか!?」

 通信から聞こえる声を期に、カリオンは声を荒げる。

「お前は……そうか……アカネアの王子か」

 カミュと呼ばれた男は、仮面の下でそう口走った。

一瞬だけ、二人の子供姿が脳裏に浮かぶ。

 角付きの黒い指揮官機『アイン』の青いカメラアイが、ライフルの銃口を構えたまま微動だにしないツバキを睨む。

ツバキは時間が止まったように、姿勢を維持したまま飛翔し続ける。まるであの指揮官機にびびっているようだ。

「帝国にいるのか!?」

 カリオンの言葉に、カミュはこたえる。

「そうだ。自分の意思で帝国と教団を作り上げている」

「何を言っているんだ。今の帝国を知っているのか、兄さん」

「知っているさ。俺がこうして築き上げたんだ。知っているのは当然だ」

「人を家畜にしてか!」

「家畜? あの無能なパイロンは酒に溺れて死んださ。聖グラン王国出身の私に政治や実権と共に全て擦りつけてな」

「なんだって!? 人質はどうした? あんたの仕業なのか?」

「そうだ」

 カミュは黙って頷く。

「兄さん! あんたは一体、何をやっているんだ! メリア姫が泣いてあなたを待っているんだ!」

「そうか……無事だったか。だが私にはやることがある」

「この野郎……!」

 カリオンは声を荒げて操縦桿を握りしめる。

額に汗が流れる。

緊張が体を強張らせ、思考を焦らせた。

「冷静さを失うとは……それでは私を撃つことはできんさ」

 姿勢制御を保ったままのアインは、空いた左手で剣を構える。

 ツバキのライフルを銃口がやや上方に傾ける。

部下と思わしき残りの二機が、レイジが操るスノーシルバーのヘッドカメラにライフルをぶつける。

「それ以上動くな! こいつを撃つぞ!」

 カミュとは違う品性のない声が聞こえる。

 あまり聞きなれない声が、通信越しカリオンの耳に流れる。

「やめろ! それは規則に反する」

 カミュは部下に攻撃を停止させる。

「しかし、奴は子供ですぜ」

「こうでもしないと言うことなんて聞かないぜ。まさかと思うが、未練があるとかじゃないだろうな」

「いや。ただこいつには利用価値があるだけだ。この特別なエーテルモジュールを捕獲しない手はないさ」

 二人の部下の声に、カミュは応答する。

「まあ、どちらでもいいんですがね」

 二機の黒い機体は、そのまま体制を変えずにスノーシルバーを捕捉する。

「カリオン、俺たちと一緒にこないか……?」

「断る。兄さんの方こそ、考え直してくれないのか」

「交渉決裂という感じか……いいだろう、私は帝国に信念に基づいて行動している。ここでお前たちを逃がすわけがない! 攻撃を開始しろ!」

 カミュは部下に指示を出す。

「待ってたぜ」

 二機は、スノーシルバーのヘッドにライフルを撃ち続ける。

 コクピットが激しく揺れる。

ライフルの銃撃の音がコクピット内に響き、一向に鳴りやまない。

「くそっ! 俺のミスだ! ここで反撃しなければ……!」

 レイジは機体を動かし、スノーシルバーが反撃動作に移る。

手に持っていたライフルを捨て、左腰の鞘から剣を抜き取る。

「こいつ! 抵抗しやがった!」

「ああ。殺っちまうぞ」

 左の『ツヴァイ』、右の『ドライ』が集中的に攻撃を続ける。

 攻撃を止める気配が無い。

 弾を弾く音が鳴り響く。

「いったいどうなっている!?」

 ツヴァイのパイロットが言う。

ツヴァイは一瞬だけ、ライフルを止めた。

「攻撃が止んだのか……!」

 レイジは試行錯誤して被弾箇所をモニターで確認し、手探りで機体データが書かれたコンピュータをあらかた調べる。

「他に無いのか!? 強力な武器とかさ!」

 調べた結果、結局、前と同じ内容が書かれているだけだった。

「くそっ!」

 やけくそに操縦レバーと足元のペダルを踏む。

 スノーシルバーはぎこちない動きで、敵を振り払う。

「下がれ!」

距離を取った二機は、ライフルの弾数が切れていることを知ると、腰に着けているカートリッジを付け替える。

そして、目標に再度撃ち続ける。

「やめろ! 無暗な攻撃は避けろ!」

 カミュは二機に通信を送る。

「いや、まだ攻撃を続けろ!」

 カミュの指示を無視し、ドライのパイロットが叫ぶ。

「しかし、あの機体は攻撃が効いてないのか……!」

 カミュは仮面の下で驚きを隠せなかった。

「効いてるのか!?」

「わからん。だが、怯んでいるさ。それにしても反応が鈍い」

「はは、相手は素人ということだ」

「そうじゃない。俺の機体だ。それに九時の方向に反応をキャッチした」

「どうする隊長……」

 ツヴァイの通信音が途切れる。

「おい、どうした? おい……!」

 同時にツヴァイに通信に、呼びかけたドライの声が切れる。

「馬鹿な奴だ……」

 カミュは二機の爆発を見ては呟く。

 二機は通信を繋げている途中、撃ち放たれた二発のミサイルがツヴァイとドライに直撃した。

 爆風がスノーシルバーを巻き込む。

「くっ……!」

 振動が機体に通じて流れる。

 幸い最小限には抑えられたが、普通のエーテルモジュールだったら爆風と一緒に爆破されていたに違いない。

そう考えると、恐ろしくなるので考えるのを止めた。機体のおかけで助かったことを忘れないように考えた。

「通信か?」

 コクピットが揺れる中、レイジは通信回線を開く。

 相手はヘスティア社のシュウイチ・キタムラからの通信だった。

どうやら先程のミサイルはヘスティア社の援護だったらしい。

この回線はカリオンにも届いていた。

「二人とも無事か!?」

「お陰で助かった」

「すまない」

 レイジちカリオンはそう言い、シュウイチは眉を顰めた。

「メリエルさんの機体に少し不備が出来てな……もう少し時間がかかりそうだ」

「メリエルはいるのか?」

 カリオンは、カミュを相手にしながら通信に応える。

「いるよ。兄さん」

 モニターにメリエルが顔をのぞかせる。

メリエルの安否を確認すると、モニターのスイッチに手を伸ばす。

「すまないが、切るぞ。後で連絡する」

「ちょっと! 兄さん……!」

「じゃ、切るぞ」

 カリオンは通信を遮断すると、レイジのモニターも同時に通信が切れた。

「どけっ!」

 スノーシルバーから敵を離すように、ブーストをかけて急接近したツバキは剣を振り払う。

「やるな……だが!」

 アインは後ろ腰に備え付けられたヒートサーベルに持ち替えて、ツバキとスノーシルバーを同時に狙う。

「やらせるか! このエーテルランチャーで対応する」

 腰に装備されたエーテルランチャーをサブアームで固定。

エーテルランチャーは両方のマニピュレータに装着し、スノーシルバーのサイバーエネルギーを集めた。

「いけるか! そうじゃないとやられてしまう」

 エーテルランチャーから収束されたエネルギーが放射される。

「やられるのか!?」

 火花を散らしたアインは、回避行動に移るも左腕を損傷した。

アラーム音が鳴り響く。

アインは爆炎をかき分け、空を舞う。

「頭に血が上ってしまったか……」

 アインは二機から離れる。

尚、迎撃が続く。

攻めるゆとりがなかった。

アインは少しずつ距離を離す。

「このままではやるせないな。だが仕方あるまい」

 距離を取るように、ライフルを撃ち続けながら少しずつ後ろへと後退する。

 カミュが操るアインは場を後にして、鮮やかな動きで撤退した。

「退いたか……動けるか!」

 カリオンはレイジに通信機を通じて言った。

「なんとか」

「それに戦闘中にぼうっとするな。命がいくつあっても足りはしない」

「すまない」

 レイジは少しへこんだ様子で返事する。

「一端、着陸して機体のチェックだ」

「了解」

 レイジは陸のある地を探すため、優先の小型カメラを下に送り込む。

熱源センサーに六、七人確認された。

集団で固まっていたが、なにやら脅えているように見える。

「あれは……人?」

「見つかったのか?」

「いや……人だ」

「人? 先程確認したんじゃないのか?」

「だが、今、確認した。取り合えず行って様子を見るしかない」

 音声を一時的に切ってモニターを見つめる。

「あれは……」

 見え覚えのある人がそこにいた。宿で連れ去られた人たちが救援を乞うようにこちらに手を振りかざしていた。

「人質が解放されたのか。しかし変だな……」

「きっと兄さんかもしれない」

「どうして戦ったやつのことをそういって言い切れるんだ?」

 レイジは疑問をぶつける。

「あの人は昔からこういうやり方は嫌っているさ」

「そうか……そうかもしれないな」

 スノーシルバーは着陸の準備を始める。

人質とされていた人々は一つの希望を見たかのように、機体の足元に近づいた。まるで銀色の天使が下りたかのように。

「一体、兄さんは何が目的なんだ……尚更兄さんとの戦いは避けられないな」

 カリオンは心の中で苛立ちを感じた。


 アインは火花を散らす。

機体自体はまだ辛うじて動くが、しばらく無理はできない状態だった。

着陸の位置を確認するが、思わず頭に血がのぼってしまっていた自分に、不甲斐ない感情が芽生える。

非常に悔しさが残る。

普段味わっていない経験だったのか、負け続ける人の気持ちというのはこういう気分に陥るのだろう。そう勝手に解釈した。

自分が未熟なのは承知していたが、まさかこれ程とは思わなかった。

「やるようになったな……!」

 カミュはコクピット内部の窓を叩く。

 口から吐き出る地をぬぐい、パネルを開く。

そのデータには機体の詳細が表示されていた。

旧名、ブラッドアイン。

基本構造は他のエーテルモジュールとは変わらないものの、搭載されている一丸五エンジンは単体の出力が高く、この機体のみである。

全体に同じ出力を出せるように『ドライバーエンジン』を搭載されている。

その他に複数のレーザーや魔法を応用した誘導ミサイルなどの射撃武器が副兵装として各所に装備されている。

これは来るべきときに使う代物だ。

そうそう手の内を見せるわけにはいかないのだ。

カミュはモニターの表記を変える。

「この機体、まだ扱えるかもしれん……補給が済み次第、向かうとするか」

 カミュはデータを見ると、次の針路を固めた。

 アインのデータには謎の竜が表記されていた。

初期からインストールされていたデータだ。誰が何を意図していれたのかわからないが、いずれ重要な手がかりになるだろう。

「私はまだやるべきことある」

 アインは北の化石と化した竜と巨大な手のある場所へと進んだ。
































   第三章 援軍


数か月が過ぎた――

 物資を整えたレイジ達はイーリア大陸の国境線を超え、オデュッセイ大陸のアメリカのグランドキャニオンに酷似した渓谷に向かった。

カリオンの妹であるメリエルはここで合流するよう指示を貰い、二人は周囲を警戒しながら機体を動かした。

その周囲はまるで荒野に近いものだ。

「まるでグランドキャニオンだ」

「グランドキャニオン?」

「ああ。アメリカ、アリゾナ州北部にある場所だよ。コロラド高原がコロラド州に削られた大渓谷のことだ。似ているっていうだけで全部がそっくりってわけじゃないけどね。不思議な気分だよ」

 レイジは頭に浮かんだ文章をただ口を走らせた。

「さっぱりわからん。しかし……」

 カリオンは機体の操縦を止めて、レイジが操るスノーシルバーに機体の方向を向けた。

「記憶が戻ったのか?」

「どうだろうね。でも……」

 レイジは一呼吸して、

「漠然とここで生まれた奴じゃないってことだけはわかった気がするよ。きっと遠いところ……そう、地球とかいう星で生まれたような気がするんだ。外から見ると青くて綺麗なんだ。緑の自然に囲まれて風も心地よくて……まあ、ここの星よりは劣るけどね。何たって人が増えすぎて環境汚染や何やら色々と解決しなければならない問題が山積みなんだ。きっといつかはこの星みたいになればいいと思ってるのさ。流石に争いごとは勘弁だけどね」

 立て続けに言葉を走らせた。

正直、言葉を発してストレスを解消したかったのかもしれないが、カリオンに伝えておいて損は無いだろう。

そんな考えが、頭によぎった。

「ああ。だが……悪いんだが正直まったく持ってわけがわからんな。とりあえずわかったのはお前がここの人間じゃないってことだな」

「きっと前に襲われたのは、その理由だろうね」

「あの教団の連中か?」

 カリオンが操るツバキは膝を下て、待機状態に移行した。

「奴らも俺にそう言って教団に引き入れようとしたのかもしれないな」

「心配いらんさ。その時は俺が何とかするさ。何がどうあろうと、俺たちは全力でサポートする。死ぬときも一緒だ」

 カリオンは言い切る。

不思議とその言葉を聞いたレイジはほっとするのとは違う、うまくは言えない誇らしい感じが心に感じた。

実に不思議な言葉だった。

カリオンから発した言葉だからなのか、それはよくわからない。

でも、悪い気分では無かった。

友人にとってこういう気持ちは非常に大事だと自分の感性では思っている。そうでも考えなければ人と人を信頼するのは難しいと考えてしまう。

「それは嬉しいよ」

 レイジは照れ臭そうに応えてスノーシルバーも続いて、動きを止めてその場で待機行動に移行する。

「それにお前が例え誰であろうと関係ないさ」

 カリオンはそう告げた。

「本当か?」

「疑ってどうする」

「それは……そうだな」

 レイジは目に入りそうな前髪をいじる。

一種の照れ隠しみたいなものだった。

「それだけで十分だ」

 レイジはゆっくりと頷いた。

なんだか痒い気分になったためか、それ以上の会話はしなかった。




日が暮れてきた頃合いだ。

仮眠を取っても疲れが残っていた。

レイジは体を起こした。

レイジがモニターを見開き状に表示すると、マップの上に、虫が巣から旅立つように赤いマークが散らばっている。

 モニターに大勢の機体が映し出されていた。

黒い機体『アイン』と似た形状の機体が飛翔する。

恐らくカリオンの兄、カミュが登場する『アイン』の正式配備された量産型にも見える。角付きの機体の姿を見せていないため、まだ彼はこの地に表れてはいないだろう。

だが、きっと来る予感がする。

ここにはレイジと、カミュの唯一の兄弟である弟のカリオンとこれから合流するメリエルがいるのだから。

「おい、なんだあれは!?」

 カリオンはレイジに通信越しに言う。

「敵だ。きっと君の兄の兵だと思う」

 レイジは冷静を保つように言葉を返した。

そう言葉を発したほうがいいと判断したからだ。

あまり感情的言うと、カリオンを刺激する。

人間にはニュアンス的なトーンが必要なのだ。そうでもしなければ様々な誤解が招かざるを得なくなる。

「本当か!」

 カリオンは声を荒げる。

ツバキを立ち上げるのに時間が掛かっている。

「反撃体制に移る」

「まだエーテルランチャーは使えないが……」

「仕方ないさ!」

 スノーシルバーは駆動音を鳴らして機体を起こした。

敵は軽く見積もって二十五機だ。

敵の隊列に役割を感じさせる。攻撃的な構成に違いないと感じさせるのだ。おそらく増援はあると考えていいだろう。

きっと現状の数より、それ以上の数になるに違いない。

だが、今の敵機の数でも想像以上の数だ。

これでは圧倒的にこちらが不利だ。

「接近はしないほうがいいだろう。敵に囲まれる」

 レイジは忠告する。

「わかっている。この場で迎撃するぞ!」

 ツバキは腰に装着されている拳銃をアームに装備して、敵の攻撃のタイミングと同時に発射する。

弾は直線に進む。

が、一行に敵が減る気配は無い。

この武装ではあまりに貧弱である。一対一ではまだしも多数の部隊ではただの牽制にしかならない。

無いよりはマシなのだが。

「降伏しろ! さもなければ撃ち落とす!」

 敵機からの通信の言葉とともに虹色のエネルギー弾が流れる。

敵のライフルから流れる魔法弾は、独々の金属音が機体越しの装甲を通り越して耳に鳴り響く。

弾は、スノーシルバーとツバキに向かって次々と発射される。

一向に攻撃が止まない。

二機は後方に下がりながら迎撃行動を保つ。

ライフルを持って、着実に牽制を続ける。

「レイジ気をつけろ! 地形が悪いから足元が救われるかもしれん」

「わかっている……あれは!?」

 スノーシルバーの頭首が右に動く。

瞬間。

赤い輝きがスノーシルバーの眼に映った。

「降伏しろって言って、攻撃されては世話ないよ!」

 魔法の銃弾の音をかき消すように、少女の声がコクピットに鳴り響く。

「メリエルか!?」

「まかせて!」

「無茶するな! お前はほとんど戦闘実績が無い。後方に下がっているんだ!」

「せっかく来たのに酷いなぁ……でもそれは兄さんもでしょ?」

「それは……そうだが……」

「今回はわたしたちに任せなさい」

 メリエルは笑顔で言い張る。

「待っ……待て!」

「行くよ! ガーベラの能力をテストするには十分よ!」

 赤とピンクが混じるカラーリングの機体『ガーベラ』とそれを率いる十五機の集団が敵機に向かって迎撃を始める。

敵機をガーベラのスピードで翻弄した。

「何故当たらん!?」

「しっかり見ろ!」

 エリアル王国の兵士は怯えて、無我夢中に攻撃を仕掛けた。

エーテルマシンガンの弾が、火種のようにツバキに流れ込む。

微動だにせずに回避する。

「まったく……」

 カリオンは頭を抱える。

「元気な妹さんだ」

 呆れたカリオンの声に、レイジは笑って見せた。

「そういう問題じゃないだろう……」

 そう言っている間に、見慣れない機体がすれ違う。

品位のあるエーテルモジュールだ。

まるで整ったエメラルド鉱石が動いているようだった。

「カリオンさん、レイジさん。メリエルは私がしっかり援護します。だから安心して目の前の敵に集中してください」

 聞きなれない声が耳に届く。

とても戦士としてありえない綺麗な声をしていた。まるで雪のように溶けるような澄んだ声だ。

聞いていて不快にならない、美声だ。それにこんな戦いの中、癒しにもなるような、非常に心地よい声だった。

戦闘中に何を考えているんだと、レイジはその邪な考えを振り切る。

「メリエルは私が守ります!」

 女性は、エメラルドグリーンの輝きを放つ機体『フリージア』を操って、二丁の魔法銃を敵の密集地帯に攻撃を放つ。

続けて、メリエルが操るガーベラが簡易型のエーテルランチャーを構える。

「撃ちます!」

 一発、二発と三秒ごとに撃ち続けた。

当たれ――当たれ。

そう念じるように撃ち続けた。

デタラメな念じ方だが、ただ目標に撃つよりは何かと心持がよかったのだ。

被弾した四、五機の量産機が地上に墜落していく。

「やったわっ!」

 乱れる呼吸を整え、感情を露にした。

「やりましたよ!」

「よし! この調子だ」

 他のパイロットも続けて喜びを露にする。

いけない――女性は自分の肌をびしっと両手で叩いた。

気合を入れなおした。

「まだ調子に乗ってはダメ。全機!敵機に集中して!」

「了解」

「腕の見せ所ですね」

 フリージアとともに後方の機体は魔法弾が装填された長距離レールガンで、ガーベラと同時に攻撃を再び仕掛ける。

虹色の光弾が間も無く撃ち続けられている。

アインも対抗するも、術無く攻撃を貰い続けている。

弾を避けるのが精一杯といったところだ。

「くそっ……!」

 一機のアインは空中で分裂するように爆発する。

「隊長の……指示は……?」

「撤退するしか……!」

 号令をかける前に、複数のアインは次々と撃墜される。

数分に渡り、先ほどの大群が嘘のように消え去った。




昼になる頃合いだ。

結局カミュは戦闘に参加しなかった。

それだけ、まだ余裕があるのだろう。

すぐに動けるような体制を作るよう野営地を選んで、適当な寝所を見つけては地上に腰を落ち着ける。

機体の調整をしてコクピットを開ける。

目の前におかっぱ髪の少女がいた。

「これからよろしくですわ」

 表れたのは可憐な少女。

とても戦いをしていた女とは到底思えない。そんなこと言ったらメリエルもその『女』と言えてしまうが。

「…………」

「?」

 首を傾げ、レイジの顔を覗き込む少女。

可愛らしい小動物のような顔立ちだ。

メリエルと一緒で、どうして女一人で無謀備に近づくのか不思議でたまらない。こんなことを言ってしまうと確実に嫌われるが、とりあえず対応するように心がけた。

「よろしくお願いいたしますわ」

 復唱するように挨拶した少女は、レイジに手を差し伸べる。

「ああ。よろしく。君の名前は?」

 レイジは名を訪ねる。

「私はユリア。自分で言うのも少し変ですが、メリエルの大切な親友ですわよ。今後お見知りおきを」

 ユリアという女性はロングスカートの先を摘まむように、一生懸命に上品な雰囲気を醸し出して、レイジににこっと笑顔を見せる。

「ああ。よろしく頼むよ。ユリアさん」

 レイジは仏頂面であいさつをすると何故かユリアは頬を赤くして、手で顔を隠すような仕草をした。

理由はわからないがあまり触れないようにした。

「レイジさん。何度もよろしくって言われると……照れますわ……」

 何を勘違いしているのか、それとも自分が変なのか、その時わからなかったがとりあえずユリアは誤解していることなのは確かだ。

レイジは心の中で慌てて、「それじゃ整備があるから」とか適当に言ってその場を離れた。

このままだと、気が狂いそうだと感じたからだ。




 数時間が経つ。

 もう空が真っ暗になっていた。

「…………」

「……ジさん……」

 レイジは目を瞑って夢の奥へ進もうとしていたが、何か邪魔が入ったようだ。

だが、それほど嫌というような声でもない気がしないでもない。

よって、邪魔者ではないと頭の中で勝手に判断してしまっていた。

色々な世界を見させてくれる良くも悪くも素敵な夢から追い出され、レイジは眼を開けるのに必死だった。

「…………」

「レイジさん……!」

「…………」

「レイジさん!」

「うわっ!」

 レイジは声を上げる。

「レイジさん。聞こえていますか?」

 目の前に少女――ユリアが映っていた。

どうやら無理やり起きて悪い気分では無かった。が、当のユリアは頬を膨らませて怒っているように見えた。

きっと中々起きなかったからだと、推測する。

「どうしたんだい?」

 ぼけっとした口調でレイジは右手で目をこすって問いかける。

こんな時間に二人きりなんて、スノーシルバーのコクピットの中だからとはいえ、人目につかれたら只事ではないはずだ。

それに誤解されるに違いない。

内心もやもやと邪な考えが頭の片隅に過ったが、心の中でそういう感情を消すように頭を振るった。

そして頭の中のスイッチを入れ替えるようにした。

「どうしたのですか?」

 レイジの顔を覗き込むような姿勢を取ったユリアに不信がられていたが、すぐさまに「何でもない」と言って誤魔化した。

「話があります。少しお時間貰っても……よろしいですか?」

 至って真剣な表情で問うユリア。

「そのために起こしたのだろ?」

「そうですね……」

 ユリアはレイジの様子をうかがっていたのか、内心怒っているのだろうとびくびくしていたのかわからないが肩を震わせて「すいません」と付け加えるように謝る。

レイジはそういうつもりでは……と言う感じで手を振って意思を伝えた。

頭の中に言葉が浮かびあがらないのだ。

「まぁ、意図あって言ったわけではない。いいよ」

 内心慌てたレイジは頷く。

「近くの湖でお話したいです」

「わかった」

 ユリアは先にスノーシルバーを降りて行った。

「さて、俺も行くか」

 ユリアが下りたのを確認して、レイジもコクピットを降りる。




 近辺の湖は少し濁っていたが、まだ他の場所と比べるとましと言えるだろう。

ユリアとレイジは、比較的綺麗な草の上に腰を下ろした。

「それで話ってなんだい?」

 レイジは水面の中にいる魚を見ながら言う。

そう言うと突然、ユリアはレイジの頬を両手でつかむ。

「どっ、どうしたんだ急に!」

 当然、額に汗を浮かべたレイジは慌てた。

「私の顔に見覚えありませんか?」

 ひどく真面目な顔でレイジの眼を見つめた。

「俺が君を知っていると言いたいのか?」

「はい……」

 ユリアはゆっくりと頷く。

「とは言っても……なぁ……」

 レイジは必死に過去のことを思い出す。

頭の中の記憶をあれこれ呼び起こすように、無い知恵を振り絞った。

「うん……」

「思い出してくれましたか?」

「いや……思い出せっていわれてもなぁ」

「お願いです! 思い出してくれないとっ!」

 ユリアの握力が強くなる。

か弱そうな白い手の割に、かなりの力強さだ。

「痛っ!」

「す、すみません」

 ユリアは手を放す。

「思い出して……頂けたでしょうか?」

 ユリアは視線を落とす。

レイジはわからないと言おうとしたが、その様子を見て言うにも言えない状況になってしまっていた。

「…………」

 二人は沈黙が続いた。

レイジが先に口を開く。

「君は俺の何かを知っている様子だけど……メリエルから聞いたのかい?」

 素直に疑問になっていたこと問う。

先にこちらから質問すればよかったのだが、今さら言っても仕方ないことだ。

「あなたと私は、あちらの世界では恋人同士だったのですよ」

 暗い湖の場で視界が悪いが、もじもじしているユリアの頬が赤く染まっているのがはっきりとわかった。

「本当なのか!?」

 またレイジは声を上げた。

ユリアと話をしているだけで随分と調子が狂う。

「嘘ではありません。まぁ少し恋人と言うには少々言い過ぎかもしれないですけど……それでも仲の良い友人、みたいな感じですよ」

「そ、そうなのか」

「ええ」

 ユリアはこくっと頷く。

 そして、また沈黙が続いた。

「……レイジさんは本当に記憶が戻ったのですか? 先程カリオンさんからその話を耳にしてしまいましたけど……すいません。盗み聞きしたわけではないのですが、どうしてもその……聞こえてしまったのです」

 続けてユリアは話す。

「そうか……」

レイジは応えることを賢明に考えた。

「ああ。本当は全部じゃないけどな。ここの星の人じゃないってことだけはわかる。そして日本という場所が俺の生まれた場所だというのはわかったさ。だが、すまない。まだ君のことを思い出すことはできない。ただ君と一緒にここに連れてこられたのは確かだというのはよくわかったよ」

 現時点で、レイジは彼女を思い出すには限界だった。

その言葉を聞いて、ユリアが落とす。

「私のことは……」

 ユリアは小さい声で語りかける。

その後、草を踏む足音が聞こえた。

「あっ!」

 髪をポニーテールに纏めていたメリエルだった。

「こんな場所で何をしているの!?」

 ムスッとした雰囲気で歩いたメリエルは、肩をびくびくとしたレイジと凛として立っているがどこか落ち込んでいるユリアに近づいて前のめりになる。

「何もしてないぞ」

 前置きを入れて、レイジが先に言う。

「嘘ついて! レイジがそんないやらしい人だと思いもしなかったよ。ユリア、大丈夫? 変なことされてない?」

 メリエルは心配そうにユリアを見つめる。

ユリアは苦笑して首を振るった。

「私は大丈夫ですよ。メリエル」

 ユリアは少し涙ぐむ感じな声で言った。

「ほら!」

「ほらじゃないよ! まったく……」

 レイジは自分の髪をくしゃっとさせる。

せっかく話をしているのに、話の腰を折られては続きはできないなと判断した。まだ聞きたいことが沢山あるが、メリエルの性格上、諦めるしかないのだ。

ユリアは誰にも聞こえないように、そっとため息をこぼした。

「ほんとのところ、どうなの?」

 メリエルが少し怒鳴った口調で言った。

「どうって?」

「どうなのって聞いたらわかるでしょ!」

「発言が滅茶苦茶だ」

 レイジが困ると、少し冷静に頭を冷やしたメリエルは、

「だから……」

 メリエルは言葉を探す。

「だから……ね……」

「だから?」

 レイジは首を傾げた。

その姿を見たメリエルは、妙にストレスというものを感じた。

レイジに初めて苛々したのだ。

まだ会ってもない男女二人慣れしたんでいるのだ。

ユリアに悪いが、不思議と苛々せずにいられないのだ。

「もういいわよ!」

 バツが悪そうに、メリエルはそう言ってレイジの腕をぎっと掴む。

離してほしいと言いたいとところだが、口で表現はできなかった。とりあえず腕の神経にピリッと来るぐらいの痛みがきたので伝えておくことにした。

「痛いって! 腕が麻痺するって!」

「ちょっと! そこまで力入れてないわよ!」

 失礼だと言わんばかりに、メリエルはむっとした。

「ご、ごめん」

 渋々謝るしかなかった。

こういうときって、意外に言葉を選ぶのが大変だ。

「ほら。もう遅いんだから帰る。ユリアも帰るよ。明日でも話はできるわよ」

「……ええ……そうね」

「行きましょ!」

 レイジを掴んだままメリエルは、ユリアに向かって言う。

「はい……」

 ユリアは内心、メリエルを羨ましそうに後を追った。

仲の良さそうな二人を見て。


























  第四章 決意


 野営地を撤収し、カミュの居場所を突き詰めたレイジ達はエリアル帝国の秘境と呼ばれる天空の鏡に訪れた。

天空の鏡とは呼ばれているものの、誰かが勝手に名付けた観光地名義であって正式にはヴァルハラ塩原である。

山脈の隆起によって閉じ込められた海水が後の極端な乾燥気候により、干しあがって作られている。

そのため四月以降になると、塩によってまるで雪原のように一面真っ白な景色となっていた。

確かに窓ガラスから覗く外は絶景と言っていいほどの景色だ。

正直、こんなところでカミュが潜んでいるとは思えなかった。

近くの補給ポイントのエーテルモジュール工場の中央ロビーのパイプ椅子に寄りかかるカリオン。

エーテルモジュール工場の人達は中立の立場だったためか、快くレイジ達の機体を補給することができた。

ヘスティア社とは違う企業だったが、根本的な構造はあまり変わらない。

少なくても信用できる場所に違いない。

「おい」

パイプ椅子から離れたカリオンは、奥で優雅に椅子に座って紅茶を啜るユリアに向かって言った。

「なんでしょ?」

 紅茶カップをテーブルに置いて、右手で髪をかき上げる。

「こんな観光地で兄さんは本当にいるのか? 偽情報とかじゃないよな?」

 ユリアはムスッとする。

「まあ。私の情報が正しいとは言いませんが、嘘つき呼ばわりされるのは勘弁ですわ。これでも情報網に関しては自信がありますの!」

 顔をしかめるようにユリアは、何故か興奮気味にカリオンに向かって口答えした。

「まあまあ。少し落ちついたほうがいい」

 椅子から立ち上がったレイジは、ユリアの肩に毛糸のコートをかける。

「あっありがとうございます。レイジさん」

 好意に甘えるように毛布をレイジの手と一緒に掴み、顔を赤くするユリア。

「ちょ、ちょっと何してるのよ!」

 メリエルは缶コーヒーを握りつぶして、ユリアを睨む。

対抗するようにユリアも上目使いに睨み返す。

「まあ落ち着け」

 カリオンは複雑な心境で言葉を走らせた。

言うかどうか悩んでいたが、自然と口走っていた。

絡みたくなかったが、妹の様子が気になって仕方かったのだ。

(まさかレイジに気があるんじゃないか)

 カリオンは内心、色々な感情が湧き上がるが、あえて心の中にそっとしまうように心がけた。

「どうしたの? 真剣な表情して」

 メリエルがカリオンに視線を移した。

「あっいや。なんでもない」

 しばらく様子を見るため、これ以上追及は止めた。

同時にメリエルも言葉を止めて、レイジ達から少し離れる。

「あのさ……」

 先程の雰囲気とは打って変わって、今度はメリエルが真剣な顔つきでみんなに聞こえるような声で切り出す。

「帝国にカミュ兄さんがいるって、本当なの? わたし今でも信じられないよ。あの温厚で優しい兄さんだよ!?」

「信じられないのはわかっているさ。だが、現に俺たちに攻撃を仕掛けたんだ」

「ああ。嘘は言っていないよ。それに……彼はとうの昔に自分の過去を捨てているみたいだ」

「そうだな。手加減なしだからな」

 二人はそうメリエルに言い聞かせるような形になったが、そう言ってのけた。

「それでも……もしもってあるんじゃない? ほら敵の振りしてとか、さ」

「いや。君の兄はそんな半端な覚悟で戦いを挑んだりはしないさ。それに対して君たちは武力で対抗する他ないさ」

 ユリアの席から左奥に座っている人物が口がひらいた。

「誰よ!?」

「落ち着け!」

 カリオンは咄嗟に言う。

「うるさいわね!」

「少し疲れているんだ。冷静になれ!」

「その男の言う通りだ。少しは頭を冷やせ」

 二人の言い合いに、男は割って入る。

中ぐらいのグラスの中に入っている酒を一気に飲み干した。

 立派な髭を生やした中年の優男が席から立ち上がって、立ち往生しているかのようなメリエルにゆっくりと近づいた。

「! ちょっと近寄らないでよ!」

「アルベルトという名の元騎士様だ。覚えなくてもいいがな」

 アルベルトと名乗った男はすまんと言ったかのように少し後ずさりして、手を金髪の上に置いて笑って見せた。

「す、すみません」

 どうかしていると自分で思ったのか、気を落ち着かせたメリエルはアルベルトに向かってお辞儀する。

「わたしはメリエルです」

「これはこれはご丁寧に。でも紹介はいらんよ。だいたいわかる」

「わかるって俺たちのことを?」

 レイジは驚く。

「ああ」

 アルベルトは辺りを見渡す。

「どうやら俺たちの兄を知っているようだが、知り合いか何かか?」

 椅子から立ち上がったカリオンは問う。

「昔、勝手にライバル意識を燃やして無暗に敵対心を燃やして幾度も戦いを敗れた悲しい男さ。それでも俺は昔は好青年な男だったんだ。よくチヤホヤされたよ。真面目だのカッコいいとかさ。それも奴と出会ってからだ。あの男と関わると良いことが全くなかったなぁ。彼女は逃げるわ踏んだり蹴ったりだ。それはそうだ。奴の上だからな。だから俺はこんなだらしない男になってしまったんだ」

 少し酔いが醒めたのか、饒舌なアルベルトは笑って話す。

「そ、そうか」

 レイジは呆気にとられるのと同時に返事する。

「それに俺は昔、エーテルモジュールというのが嫌いだったんだ。人殺しを機会に頼って楽にしようとする姿勢がな。その木偶人形を立案した前国王バイロンって奴はホント迷惑な奴だったさ」

「もうバイロンは亡くなったんだ。それに俺は戦争目的で使っているわけではない」

「わかっている。だがこいつの目的はその戦争とやらだ。それにここはエリアル帝国、お前たちの敵国」

「それはわかっている」

「わかっているのなら帰れ! と言いたいが正直今更だ」

 左右に首を回したアルベルトはカリオンに近づいて、顔を覗き込む。

「ほほう……」

「おい! これ以上近づくな」

「変な気を起こすなよ。俺は男には興味がない。ましてあいつの兄弟と聞くだけで不愉快だがな」

「それはこっちのセリフだ。というより酒臭いな……!」

「すまん」

 アルベルトはカリオンの距離から顔を離す。

少しの間、カリオンは鼻をつまむ。

「それにしてもあまり似ていない」

 アルベルトは、カリオンとメリエルを交互に見渡す。

「顔も性格も口調も……奴とは違うな」

「そうか? 初めて言われた気がする」

「まあ、たまにこういうこと言うおっさんがいるということだけ覚えてくれればいいさ。さて、話を戻すが……」

 アルベルトは顎髭を弄って、近くの空いた席に座る。

「お前たちは一体何しに来たんだ? まさかとは思うが、天空の鏡の情景を見に来たわけではあるまい」

「カミュ……兄さんを止めに来ました」

 カリオンは言った。

「甘いな」

「甘い?」

「ああ。だが、あいつを止めると言ったからには本気で殺しに行ったほうがいいぞ。でなければこっちが殺られる」

 アルベルトは酒を飲んだグラスに水を灌ぐ。

「あんたの言う通りだ。倒す勢いがないとこちらがやられるのがオチだ。それにこれ以上俺たち親族の問題を巻き沿いするわけにはいかん」

「でも……」

 メリエルが割って出る。

「わたし……わたしたちの兄さんだよ?」

「だからといってレイジとユリアたちを巻き添いにするのか?」

「それは……」

 視線が定まらないまま言うメリエル。

その間に、紅茶をくいっと飲み干したユリアがカリオンを見定める。

「カリオンさん。私のことはお気になさらず。メリエルの為でしたら私は全力で協力しますわ。それに……」

 ユリアは一瞬だけ後ろにいるレイジを一瞥した。

「?」

 不思議な顔つきのレイジを見て、

「いいえ……」

 視線を合わせたユリアは悪戯気味に目をそらして、お代わりした紅茶をユリアの口の中に運ぶ。ハーブの香りが部屋に漂う。

「ふふ……なんでも」

 不敵な笑ったユリアはカリオンにそう告げる。

不思議な奴だとカリオンは、レイジを見る。

「お前はどうなんだ? 記憶戻ったのならやることあるはずだ」

「それがまだ完璧じゃないんだ」

「つまり前話ことは嘘だって……」

「そうじゃないよ!」

 カリオンの疑いの眼差しに、レイジは全力で否定する。

「まだ大事な記憶を思い出してないらしい」

「大事な記憶?」

「ああ。とても大事な記憶がね」

 先程のわざとらしいユリアの視線を気にして、応えるように、

「だから俺も付いていくさ。それに二人には世話になったし、貸しを作りっぱなりというわけにはいかないしな」

 レイジが話終えると、メリエルは一瞬だけ目を潤わせて見つめるがすぐに視線を下に落とした。

それに気づいたか、カリオンは眉間に皺を寄せて、

「確かにそうだな。うちの妹にはちゃんと感謝しないといけないな」

「おいおい。さすがに兄としてなのかわからないけど甘いだろ」

 レイジは冗談交じりに言って笑う。

(お前が気づいていればこんなセリフ言わなくてもいいんだがな)

 カリオンは内心そう思いながらも心の中で感謝した。

「わたしもカミュ兄さんと戦う!」

 メリエルは潤った目を擦ってはっきりと言った。

「いいのか?」

 レイジは心配そうに見つめる。

彼女のことだ。きっと無理して言っているに違いないと考えていたが、どうやら過剰に思い越していたのかもしれない。

「ええ。わたしだけ楽しても仕方ないもの。それにみんなの戦いをただ見てるだけが一番つらいわ」

「そうか……」

 レイジは続けて何か言おうと言葉を探したが、これ以上は言わないほうがいいだろうと口を止めた。

「本当にいいんだな? できれば城に戻って休んでほしいというのが俺の本心だ。無理強いさせたくない」

 カリオンはメリエルにそう告げた。

「邪魔だって言いたいの?」

「そうじゃない……だがな……」

 言葉が見つからず、カリオンは髪をくしゃくしゃと掻く。

「本人が言ってるんだ。連れてってやんな」

 グラスをテーブルに置いたアルベルトが口をはさむ。

「女一人守れなきゃ男は廃るってよく言うだろ? 彼氏さんよ」

 椅子から立ち上がるアルベルトは、ユリアの後ろに立ち竦むレイジの左肩に手を伸ばして笑い始める。

その姿を見て、メリエルは顔を赤くする。

「な、なに言ってるのよ! もう!」

「そうだ! 俺はまだいいと言っていないぞ」

 カリオンが反論する。

「そうですよ」

「まあそんな細かいことはどうでもいい。細かいこと気にするのは大事だが時に大胆さも必要だ」

「は、はい。あなたの言う通りですね」

 レイジは苦笑して応えると、ユリアは自然と頬を膨らませたが、メリエルのことを思ってか、今回は大目に見ることにした。

メリエルは大事な友人なのだから。

そう自分に言い聞かせた。


 


数時間が経過した。

エーテルモジュールの整備が終わるまでどこも行く当てもない。レイジ達は中央ロビーの食堂(バーのようなもの)で腰を落ち着かせていた。

空が暗闇に包まれ、エーテル工場全体に照明が点灯し始めた。当然中央ロビーにも明かりがつき始めた。

「皆さんの機体にシュテインス社が開発した最新型のエーテル抗体装甲を転用させました従来の装甲とは異なり装甲に流すマナの量を変化させることが可能なのです。これによって装備や状況ごとに装甲へのサイバーエネルギー配分を調整・最適化することで魔力(マナ)の余分な消費のロスを抑えることができるのです」

「そいつはすごい!」

 カリオンは驚きを隠せなかった。

だが、工場員は後に苦虫を?み潰したような顔で、

「ただしレイジさんの機体、スノーシルバーはナノマシンと融合してしまいまして……その上手くはいったのですが、原因が不明で……」

「おい! 手抜いてんじゃないよな!」

 アルベルトが研究員に襟元を掴む。

気の弱そうな研究員はおどおどし始めた。

「ちょっと! 言い出したのはあなたでしょ?」

「社長に向かってその言い方はなんだ!」

「あんただったのか……?」

 全員がアルベルトに視線を移す。

「そうです。このお方がシュテインス社の社長アルベルト」

 奥のエレベーターから白衣の顔立ちの良い優男が現れた。

「よう。アレス。騎士団を辞めてどこにも行く当てがないお前を見込んでここに配属させたっていうのに……なんだこのザマはよ。もう少しうまくやってくれるとは思っていたんだが」

「何を言ってるのですか。成功ですよ。それにしても騎士団時代のあなたと今のあなたはどうしてこんなに変われてしまったのか……昔はもっと真面目で知的で好青年だったというのに……」

 アレスが口を開くと、アルベルトは手を振るう。

「昔の話はいい」

「そうですね」

 ごほんと咳き込んでからアレスは口を開く。

「先程言った通りスノーシルバーの装甲も強化はされたのですが、ナノマシンが全てモノ言わせたといっても過言ではありません」

「つまりなんだっていうんだ?」

 レイジは質問をぶつける。

「つまりあの機体の信頼性というものがないのです。ですから取り扱いには充分に気を付けてください」

 アレスはそう言ってのけると、アルベルトがレイジの肩を掴む。

「俺たちができるのはここまでだ。もう一度カミュの野郎と戦いたいがもう引退した身だ。あとはお前たちでなんとかしろ」

「わかっているさ。このご時世、条約やらなんとやらで動きづらいのにここまでしてくれて感謝するよ」

「くれぐれも死ぬな」

 アルベルトは手を差し伸べる。

「死なないさ」

 レイジはそれに応えた。

「あと一つ。これはレイジとその……」

 アルベルトは一瞬だけユリアを見るが、はっとした顔つきでユリアは首を振るった。

「……まあいい。期待させるような感じで言ってしまうが、場合によっては元の世界に帰れるかもしれない」

「本当ですか!?」

 レイジは未知の世界に期待を持つような眼差しで言う。

 もし本当に元の世界帰れるとしたら今度こそ本当の意味で記憶が戻るかもしれない。そしてここでの体験も貴重なものになるだろう。

戻れるのなら戻りたい。

早く地球とやらに戻って今の自分を知りたがっている自分がいる。

自分が自分である根拠が欲しがっているのだ。

「ああ。木星という星に似た形状を持っている。丁度この時期だ。一年に一度に現れる星空リングが天空の鏡の中央部の上に出没するはずだ」

「もし出会えるのでしたらそれに縋ります」

「そうしろ。ここで暮らすのもいいが、やっぱり地元が一番かもしれないからな。もしかしたらお前の家族と恋人が待っているかもしれん」

 一瞬だけユリアに目を配らせたアルベルトだが、不自然に見られたくないという理由でレイジに視線を戻した。

「それじゃな」

 アルベルトは後ろを振り向こうとすると、一つの剣が鍛えられた体に突き刺さる。

「……やはり……あの儀式に手を出したのか……」

 アルベルトは地に這いつくばる。

「いつも感謝はしてますよ。おかげで人柱が見つかったさ」

「……何をふざけたことを……」

 アルベルトが弱体することを失笑するように笑う。

「ふざけてるのあんただ。敵に塩を送るような真似をしてさ。そういうところは正直好きにはなれないな」

「……そんなに憎いのか……!」

 力を振り絞って言葉を吐く。

「そこまで特別な感情はもっていませんよ。ただ博愛主義なあなた達とこれ以上一緒にいても意味がありませんからね」

 アレスは失笑する。

「ちょっと!」

「どうなっているの!?」

「おい、おっさん!」

 ユリアとメリエルは悲鳴を上げ、青ざめた顔のカリオンが近づくと、一人の男が前に立ちはだかる。

「あまり調子に乗られると困るからな」

 アレスは口元を歪ませ、魔法で作られた槍を手に持つ。

「なんだと!? お前、自分で何をしているのかわかっているのか!」

「少なくてもわかっているさ。だから詰めが甘いんだよこの人は!」

 先程の紳士の雰囲気が一つも感じられないアレスは、地に這いつくばるアルベルトに槍を突き刺す。

まるで態度が豹変したようだ。

「お前は教団の者なのか?」

 レイジが割り込む。

「気づくのが遅いな。まったく……」

「どうして」

「どうして僕を狙ったのか? と言いたい口ぶりだね。生贄がほしいからだよ。そうメリアとカミュともう一人。君だよ。宇宙の果てから来訪した君が欲しいのさ」

「教団というものはどいつもこいつも気持ち悪いな……目的はなんだ?」

 レイジはアレスを睨みつける。

「ありきたりな話かもしれないが、黒き竜の復活だ」

「まるでファンタジーな話ですわ」

 ユリアはレイジの耳元でつぶやく。

「簡単に言うと君を使って黒き竜を復活させたいんだ。そして権利も尊厳もない世界を一旦リセットしなければならない。人間の力ではもはや限界だ。人は一生争い続け誰かが上にならなければいけない世界の構図を作ってしまっている。

「だがそれで第三者が世界を壊しては意味がない。結局人間も生まれてきたからには自然の一部だ。結局人間が何とかしなければらないさ」

 レイジはアレスに言う。

「確かに君は正論を言ってるのかもしれないが、もはやそれは無意味だこの世界、いや世界は大きい、小さい国でさえ立て直しできない人間が世界を立て直すことは不可能だ」

「典型的な悪役みたいな話だ」」

「別に善悪からモノの見方はしていない。まあそれはそうと……」

 アレスは手に持つ槍を握りしめる。

「何をする!?」

 カリオンは剣を抜き取る。

「ここにいる男にはもう用が無いからね。処分させてもらうよ」

「待て!」

「エーテルモジュールの失敗作ばかり作ってるから……」

 歯ぎしりしたアレスは、アルベルトの心臓に槍をもう一度抉るように捻じりこむ。そして間髪無く切り刻む。

歪んだ行動にしか見えない。

一瞬だけユリアとメリエルは目を閉じた。

普通の女性だったら悲鳴を上げるものの、悲鳴を上げる気にもなれないかった。

 レイジも見えないように彼女たちの目の前に立つものの、正直アレスの行動は見るに堪えない行動である。

正直、人の死体を傷つけるなど、誰が見たいものか。

「なんと破廉恥なことをっ! はしたないですわ!」

 ユリアが叫ぶ。

「こんなことして……どうするのよ! 一個教団がどうしてエリアル帝国に加担しているのよ!」

続いてメリエルは魔導書を持ち、魔法の詠唱を始める。

「貴様は許せん! 俺は人を虫けらのような扱いされるのは好きではない」

「非人道的よ!」

 アレスに向かってカリオンは剣を振りかざし、左手を上に翳したメリエルは光の魔法を撃ち放つ。

「気が短いですよ」

 アレスは剣を弾いて、光の攻撃を簡易型の魔法陣を正面に作って受け止める。

「私も続きますっ!」

 ユリアは氷の魔導書を取り出して、アレスの足元に巨大な氷の柱を次々と作り出していった。

だが、アレスの槍によって柱は壊される。

「ここであなた達の体内のマナを消費してはエーテルモジュール同士の戦いができませんからね。さあ自分の機体に乗ってください」

「貴様っ! 目的は何だ!?」

「いいですね?」

 アレスは言葉を残して、魔法の力を使ってその場から姿を消した。

「奴はまるで多重人格だな……どうする?」

 一呼吸したカリオンは、レイジを見る。

「行くしかないさ。どうやら彼を倒さないと君の兄もメリアも救えないさ」

「だが、あれは罠だ。それに個人の意思で兄が動いているとも思える。メリア王女は城に残っているはずだ」

「いや、それは違う」

 レイジは首を振るう。

「どうしてそう言い切れる?」

「勘だ」

 レイジは真面目に言った。

「勘?」

「ああ」

「ふざけているのか」

 カリオンはレイジの胸元を掴む。

どこか惨めに感じる自分がいたのだ。

思わず手が伸びる。

「ふざけてはいないさ。だがそういう感覚が脳に押し込まれていくんだ。メリア王女はどこかに軟禁されているはずだ」

「なんだと?」

「軟禁?」

 カリオンとメリエルの声が被る。

「そう」

 レイジは縦に首を振るった。

 そして立て続けに話す。

「今、未来が見える……」

「未来? そんなもん魔法でも見えんぞ」

 カリオンは素っ気なく応える。

「だが、俺の頭に叩き込まれるんだ」

「いい加減なことを言うな」

「だが本当なんだ」

「……お前は何を言っているんだ……?」

 カリオンは目を細める。

「でも見えるんだ。宇宙の景色を想像するのと一緒だ。うまくは言えないけど未来予知された内容が頭に無理やり訴えかけるような感じだ」

 まるで自分が人知を超えた力を持っていると言いたげな雰囲気を醸し出していた。

常人には不可解な、現在の科学、もしくは今のこの世界でも解明できない特殊な力をよく超能力と呼ぶ人がいる。あるいはサイキックと呼ぶ。

この超能力について研究し、科学的に解明しようとする学問は超心理学と呼ばれている。地球のアメリカという国でデューク大学に超心理科学研究室が設立されて調査がはじまっているらしい。

俺も一度調査されたほうがいいだろうと内心考え込んでいた。

この世界に来てからか理由がはっきりしないが、通常ではありえない五感では知覚できない刺激が伝わってくるのだ。

こんなことを急に説明しても誰にも理解はされないが。

「理解はしなくていい」

 レイジが話すと、カリオンは頭を左右に振るった。

「すまん。お前の言っていることははっきり言って、さっぱりわからん」

「だろうね」

 自分で何を言っているのだろう。

まるで頭おかしい奴だ。

そんなことが過ってもすぐに超能力というものにかき消されていた。

「だろうねって……おい……」

 カリオンは話半分に聞いていたが、どこか上から目線の物言いだったためか異常に苛立ちを感じた。

だがここで怒りを示すと先天的な力を持つ超能力者に対し嫉妬する無力な凡人の構図ができるために怒りを抑えた。

同時に、カリオンは頭を抱えた。

いったい何の話をしているのか、わからないからだ。

いい加減、この話を終わりにしよう。そう考えた。

「だが……」

 カリオンは口を開く。

「はっきりいって今のお前は頭がおかしい。だが信じるさ。もしそのチョウノウリョクとやらの当てが外れたらその時は――そうじゃなかったときは俺の好きにさせてもらう。いいな」

「ああ、それでいいさ」

 レイジはそう応えた。


































   第五章 空


暗闇で目を開けたら、まぶしい光が目を通して飛び込んできた。

背中にはやわらかいベッドの触感。

「そうか……寝ていたのか……」

 寝室にいたレイジが起き上がると、扉からノックの音が聞こえる。

「レイジさん。起きていますか?」

 透き通った声――ユリアだ。

「待て。今開ける」

 レイジはドアのロックを解除した。

目の前に気まずそうに横目で見るユリアが立っていた。

「…………」

「…………」

 気まずい雰囲気を醸し出した二人。

「突然ですみません。一つ聞きたいことがあります」

 ユリアが口を開いた。

「聞きたいこと?」

「ええ」

 ユリアはレイジの顔を見る。

「私の弟……シュウイチという人物を知っていますか?」

 どうやらその話しぶりから、ヘスティア社に所属していたシュウイチと彼女が言っている同一人物と確信した。

「もしかしてシュウイチ・アサクラのことかい?」

「アサクラ? そうですか……彼はその……元気でしたか?」

 家の名を捨てていた。

そう理解したユリアは恐る恐るレイジに尋ねた。

「元気だったよ。短い期間で機体の整備も万全にしてくれたしね」

「弟が……」

 ユリアは目を閉じる。

「わかりました……では」

 少し曇った表情のユリアはそれだけ言い残すと、くるりと背名を向けた。

「待ってくれ!」

 レイジは呼び止める。

同時に、ユリアは歩みを止める。

「君の弟なんだろう? 手紙でも送ったらどうだい?」

「手紙?」

「最後になるかもしれないしな」

「別に死ぬつもりで戦うわけではありません。それに最後ではありませんよ。私はレイジさんを見届ける理由があります」

「ああ。そうだよな……」

 言い方がまずかったのか、何か誤解を招く言い方をしてしまった。

まだまだ勉強不足だ。

そう思ったレイジは別の言葉を考える。

「……うまくは言えないけど……弟の分まで俺は君を支える」

 レイジの咄嗟の言葉に、ユリアは頬を赤くする。

言葉足らずだが、十分告白に聞こえていたユリアは首を左右に振ってあたふたする。

「ダメなのかい?」

「そんな……そんなことないです! 今とっても嬉しいです!」

 ユリアは赤面を隠せずに、笑顔がこぼれた。




翌日の朝。

 改修されたエーテルモジュール。スノーシルバー、ツバキ、ガーベラ、フリージアは先行して天空の鏡の中央部に向かった。

スノーシルバーは青く輝く装甲が各所に追加されている。おそらく希少で高価な金属のレアメタルとナノマシンの突然変異で、追加された装甲部分だけ色が変わってしまったのだろう。

スノーシルバーの頭部カメラは景色を捉える。

一面に広がった水面が太陽光で温められると水の中で対流が生じる。おかげで四角形や六角形などのさまざまな多角形の模様が奥へと続き形成されていた。

「しかし黒き竜が復活すると資源の枯渇の道へと辿ってしまいますわ」

 ユリアの操るフリージアの新型追加バックバックからレーダーをキャッチする大型センサーを起動させる。

「そうならないように奴を止めなければならない」

 レイジが言うと、ユリアから通信が鳴る。

「ユリア、どうしたんだ?」

「あの歪んだ空間は何ですの?」

 高レベルのエーテルがフリージアの大型センサーを通じて反応を示していた。

まるで、超高速航法の一種で空間を歪曲させる方法で瞬間移動を実現するワープ航法と同一だ。

この世界にも近いマナとエーテルを膨大に使った空間の距離を短縮する瞬間移動があるが、その分類とは違う、上手く表現できないが凄く現代的でSF的なワープホールに近い分類だ。

地上に亜空間がある事態、現エーテルやマナを駆使してもできないものだ。

 フリージアは先頭に進み、歪んだ空間のポイントを映像出力化してデータ化したものを全機に送り込んだ。

「耐えられるのか……このエーテルモジュールは……!」

「データ上大丈夫みたいよ。それにエーテル抗体もあるみたいだしね」

 メリエルは送られたデータをモニターで確認する。

「この奥に奴がいるかもしれん」

 カリオンはコクピットの窓越しから見える空間を見据えた。

「でも罠かもしれないって言ってもしょうがないか……この空間を乗り越えても命の保証はできない。それでもいいのかい?」

 レイジはメリエルとユリアに言った。

「ええ。今さら引くわけにはいかないんだから」

「そうですわね」

 二人の女性はそう答えた。

「よし。では行くとしよう」

 レイジ達は奥の歪んだ空間に入る。


空間は薄暗いトンネルのようだったが、それは一瞬の出来事だった。

一瞬、機体がねじ伏せられそうになったが、エーテルモジュールの頑丈さに助けられたのだった。

エーテル抗体のおかげかもしれない。

「まるで違う世界だな……」

 空が突くような高層ビルが立ち並び、ネオンサインの広告がけばけばしく光り輝く。

それはまるで香港や日本街の風景に近い、テラフォーミングされたかのような背景だった。

見るからにはまだ未完成のようだ。

近いと言っても、日本と香港の間というほどでもなく、似ているもののそっくりとは言い難い不思議な感じだ。

無機質な雰囲気が漂っている。

何となく違和感が感じる。

宇宙空間で見られるようなガスに近い、希博なガスが視覚で確認できるレベルに充満している。

この世界とは別次元であり、隔離されている。

だが、新しい生存園として考えるにはある意味理想的ななのかもしれないが、理想と呼ぶには程遠い。

悪く言えば薄気味の悪い空間だ。

「気に召したか……」

 黄金の機体が、レイジ達を立ち塞がるように光を照らすドームの頭上に威厳を出すように飛翔していた。

傷一つない黄金の装甲が、威厳を醸し出していた。

「あの機体は……遅かったのか……」

 カリオンはコクピットのモニターを叩く。

「奴を……奴のエーテルモジュールを知っているのか?」

 目の前の黄金の機体に、カリオンは目を配らせた。

「ああ。既に黒き竜を目覚めさせている……そしてあの機体の素体は黒き竜だ。昔よく伝わっている伝承だ」

「伝承?」

「ああ。実際本で見たことあるが、見たのは初めてだ」

 カリオンは黄金の機体を見て、確信する。

「つまりあれはエーテルモジュールであって、エーテルモジュールでは無いというのか?」

「そういうことだ。サイバーエネルギーの技術を使用した黄金の鎧は飾りにしかすぎん」

「アレスという男……こんなことしても無意味だというのに」

 レイジは操縦レバーを握りしめる。

「私と戦え」

 黄金のエーテルモジュール『アマテラス』は百五十メートルの火炎放射器課(旧名エーテルフレイム)をスノーシルバーに向けて発射する。この装備から発射する炎は目に見えない魂(霊魂)などの非科学的な存在をも焼き尽くすと伝われている。

「来ます!」

 熱源反応をキャッチしたユリアは、改修されたコクピット内部のコンピュータを使用して敵の位置を送る。続けて全機にエーテル軽減する補助フィールドを空間で自由自在に操れる花びら状のビットを張る。

人間の超能力で機械を思考制御するシステムであるが、彼女もまた、レイジと同じくサイキックの持ち主である。

「二時の方向から!」

 ユリアが発すると同時に、右にカーブするように炎が勢いよく吹き荒れる。

回避する間もなく、全機ありったけのシールドをフルに展開する。

炎が機体を舞う。

シールドは耐えているが、今にも焼き切れそうな感じだ。

だが、そうでもしなければコクピットの中は蒸し焼きだ。

「エーテル抗体とビットが無ければ焼かれていたな」

 レイジは心の中でほっと溜息するが、そんな余裕をくれる相手でもなかった。

アマテラスは二回目の攻撃を開始する。

「レイジ! 後ろ!」

 後ろから流れる二回目の炎は、メリエルの操縦通りにガーベラがシールドで援護する。

防ぎきれたものの、ガーベラの赤とピンクの装甲の色が剥がれていく。

「大丈夫か!」

 レイジは額に汗がにじみ出る。

「えっ……ええ……なんとかね。それにしてもこのままじゃお得意の接近もままならないわよ」

「ではお望み通りに接近しようじゃないか……」

 アレスは口元を歪ませてアマテラスを接近させる。

噴射した状態で砲身を操り、巨大な炎の剣を作り出して振りかざす。

標的をガーベラにセットする。

(しまった!)

 レイジは機械の軋む音を気にせずに、スノーシルバーを旋回する。

続いて、カリオンの操るツバキが殺人的なスピードでアマテラスのカメラアイを右手で握りつぶすように掴む。

ツバキの右腕でカメラが塞がれたアマテラスはスカートカバーに内蔵されている隠し腕を用いて右腕を引き裂く。

「お前は邪魔にしかすぎん!」

 アマテラスは左側のテールユニットからエーテルライフルを取り出す。

「なんの!」

 ツバキは引き裂かれた右腕を左手に持ち、その右腕をアマテラスの左腕関節を狙うように殴りつける。

エーテルライフルは地上に落下し、アマテラスはツバキを振り払う。

「邪魔をするなと言ったはずだ」

 アレスは苦渋な顔でツバキが落下する様をモニター越しで見下ろす。

「さて」

 アマテラスは全身に粒子を放った。

黄金の鎧が輝き、傷ついた箇所を修復されていく。

「私が開発したバイオエーテルさえあれば貴様など!」

 アマテラスの輝きが止まると、ガーベラに急速接近する。

「許せない!」

 対応するため、ガーベラは併せて接近対応に応じた。

「危険です!」

 ユリアの声が届く前にメリエルのガーベラは、アマテラスにエーテルライフルで牽制して後腰の小型ダガーを投げつける。

「仕留める!」

 アマテラスは剣をガーベラに突き刺す瞬間。

黒い閃光が走る。

「貴様っ!」

 アレスは歯ぎしりする。

 急加速した黒いエーテルモジュールがガーベラの正面に現れて、アマテラスの炎の剣を受け止めていた。

「兄さんなの……」

 メリエルは黒きエーテルモジュールをコクピット越しから見る。

「すまない。メリエル……」

 黒いエーテルモジュールのパイロット、カミュがガーベラのモニターに映る。

隠密行動を前提に開発された機体である『ミラージュ』がいた。他のエーテルモジュールよりも全高は低い。次世代を奮闘させるようなデザインだ。

「私が黒き竜の復活を防いでいればこんなことには……」

 渋い表情で、カミュは眉間を掴む。

「どういうことだ……兄さん……」

 目の前にいる兄に、驚きを隠せなかったカリオン。

「すまないが今は話している暇はない。ただこれだけは伝えておく。メリアは私が救い出した」

「つまりあんたは敵じゃないってことだな」

 レイジは通信を割り込む。

 怯んだアマテラスを脚部のスラスターでゼロ距離で噴射させ、スノーシルバーは最新型のグレネードランチャーを連続で撃ち放った。

アマテラスはその場しのぎに張ったバリアで、流れ弾が円形状のドームのガラスに撃ち込まれていった。

ガラスの破片が次々と飛び散っていく。

作られた店の看板が崩れ落ちていた。

「くそっ!」

 レイジは舌打ちする。

スノーシルバーは背後に装備されているプロペラントタンクを外して、機体の重量を軽くした。

「レイジというのか……少なくとも今は敵ではない。信じてくれとは言わないが、ここにいるメリアには」

「お願いします。彼を……彼を信じてください」

 カミュに割り込んだメリア。

モニターがカミュからメリアに移り変わる。

凛々しくも、美しい顔立ちをした女性だ。整った顔が王女らしい気品と素質があふれ出ている。

レイジは初めて顔を見た。

「メリア王女。よくご無事で」

 カリオンは言うと、メリアは頭を振るう。

「全て私の責任です。黒き竜を復活させてしまったのですから……」

「そんなのはどうでもいい。カリオン達に心配させていい訳が無い!」

 レイジは憤りを見せる。

「すみません……」

「レイジ……いいのよ……それよりもカミュ兄さんは脱出して! メリア王女を王都アカネアに送るのでしょ!?」

 メリエルは言った。

 だが、カミュは否定した。

「私は……私たちはもう戻れんよ」

 カミュは視線を落とす。

「どうして!」

「暴走しかけた黒き竜の復活を止める際に大量の放射線を浴びてしまったからな。もう前の生活には戻れんよ」

「そんな……」

 メリエルは言葉が出ない自分に苛立ちを感じる中、アマテラスが再び起動する。

「呑気に話している場合ではないはずだが……な」

 アマテラスは頭部の機関砲を乱射する。

廃熱線から出た焼けた匂いが、空間に匂いを残す。

「戦闘中に話なんて……隙だらけだ」

 アラームが鳴り響く。

 立ち上がったアマテラスは巨大な炎の剣を出力最大にして、ミラージュのコクピットを突き刺す。

「嘘……兄さん!」

 空中爆発したミラージュを目に、メリエルはショックを隠せなかった。

「しっかりしてください! 二人は後方に下がって!」

 ユリアは機体を前衛に出る。

「おい! 俺たちはまだ戦える! こいつを止めなければ兄さんは報われないさ」

 ツバキはガーベラを支える。

同時にメリエルも目が覚める。

ここで死んでも意味がない。もう一人の兄、カミュが死んだことによってよりそう思えるようになったのだ。

「……そうね……」

 速度が低下していたガーベラは立ち上がる。

「兄さんの仇を打たせてもらうわ!」

 全方位のスラスターを展開させ、ブースター出力を最大したガーベラはアマテラスに接近する。

ガーベラは腰に装着している二本のレーザーブレードをマニピュレータに装備する。

アマテラスは火炎放射器を捨て、後ろに装備されている一本の巨大なレーザーブレードの柄を掴む。

「死にに来たのか? 女!」

「そんなわけないでしょっ!」

「なら!」

 直線的なレーザーブレードが、ガーベラに襲い掛かる。

「ええい!」

 メリエルは操縦桿を握りしめる。

辛うじて、二本のレーザーブレードで受け止める。

だが、時間の問題だった。

 アマテラスのレーザーブレードによって、出力で押し負けるガーベラは右腕を弾き飛ばされる。

「メリエルを護衛して!」

 ユリアに叫びに反応した二機は、再び剣を振り翳すアマテラスに、改修されたエーテルランチャーで波状攻撃を仕掛ける。

「俺の妹には手出しさせん!」

 ツバキの腕部から氷の槍、グングニルを矢のように発射させる。

アマテラスの脚部にかすり程度だが、ダメージを与える。

「くっ……!」

 アマテラスは後方に距離をとってドームの内部に隠れ潜む。

「逃げたのか!? 追うぞ!」

「ああ」

 二人はドーム内部に進もうとすると、ユリアから通信が送られる。

「待ってください! カリオンさんはメリエルを連れてここから脱出してください!」

「ふざけるな! 俺は奴を……仇を取らなければならない!」

「あなたの妹さんは放っておいていいのですか!? それに……敵討ちなんて無意味とは言いませんけど……カミュさんに救ってもらった大事な命をここで散らしては意味がありませんわ!」

「ああ。それは俺も賛成だ」

 レイジが同意する。

「お前、何を言っている!?」

 カリオンは怒りを示す。

「君の機体もそろそろ悲鳴が上がっている。無理はしないほうがいい」

 レイジがそう言うと、メリエルは頷く。

「そうね……私たち足引っ張っても仕方ないよ」

「……そうだな……」

 渋々そう答えるカリオン。

正直、別の惑星である他人に任せるのは屈辱でしかなかったが、現状足手まといなのは目に見えてわかる。

本来、自分たちで片づけるべきなのだが、仕方なき事実だ。今の状態で付いて行っては相手も思うつぼであり最悪全滅し兼ねない。

「わかった。だが気をつけろ。二人とも生きて帰るんだ」

 カリオンは傷だらけのガーベラを引き上げ、継続的に張られている空間の裂け目に向かってブーストをかける。

「わかってますわ」

「了解」

 二人の声がカリオンとメリエルの耳に届く。

「……もう会えないね」

 メリエルはぼそっと聞こえない程度につぶやいた。

いずれこうなる日がくるだろう。

それは内心そう思っていたが、気づかない振りをしていた。気づかない振りでも心が耐えられない衝動になるからだ。

それにこれ以上レイジの近くにいると、辛くなる自分が存在していた。

「ああ……そうだな。」

 カリオンは静かに頷いた。


ドーム内部。

先程の戦闘で内部がもうすでに原型が留まっていなかった。地面に窓ガラスの破片や鉄の塊が形を崩して散らかっている。

ユリアはコンソールパネルに目を落としていた。

正直気分が悪った。

理由が違うとはいえ、メリエルからレイジを引き裂いた気分に陥たのだ。最低に違いない。

後で謝らければならない。

だが、そういう謝りすれば許してくれるだろうという癖が、自分の中に残っているのがある。それを考えるだけで自分が許せなくなる。

そういう考えが頭の中を支配する。

コンソールパネルのモニターにはマナの粒子が粉のように点滅している。

「ここ一帯はマナの粒子が充満している。コクピットから出ないように気を付けないといけないな……」

「ええ……そうですね」

 ユリアは歯切れの悪い返事をすると、魔法陣のような円形が地面に張り巡らせていた。

「なんだこれは……しかも未完成の魔法陣じゃないか……」

 レイジは周囲は警戒した。

「きっとこの建造物……いえ、この空間自体を作るための儀式だったのではないかと思われます。黒き竜を呼び起こすにはどこか次元の違う場所の確保が必要だったのでしょう」

「ということはこの魔法陣が消えると、俺たちもどこか消えるってことだな」

「そういうことになりますね。無暗に触れないほうがいいかもしれませんね」

「だな」

 レイジは天井の上を見上げる。

(本当に帰れるのだろうか……)

 レイジがゆっくりと考えるのはほんの数秒の間。

 上から瓦礫が落ちる。

「ユリア、上だ!」

 一発の魔法弾が流れる。

そして立て続けにもう一発。

低誘導の弾が落下するように爆撃する。

同時に無数の鉄骨とパイプが、機体に襲い掛かる。

 スノーシルバーとフリージアは後ろに下がる。

「いつ敵が来るかわかないからな」

 アレスは不敵な笑みを浮かべた。

「ふざけた真似を!」

 スノーシルバーはエーテルライフルで攻撃を仕掛ける。

重い一撃を相手にお見舞いする。

「無駄な抵抗だ」

 アマテラスはすぐさま粒子を放って装甲の回復を図った。

「この場で死んでもらう!」

 アマテラスは全方位の発射工を開いて、スノーシルバーとフリージアを羊を狩るように捉える。

「くっ!」

 アマテラスの全方位の魔法弾を必死に伏せぐしかなかった。

「相手の弾がなくなるまで耐えましょう」

「だが、それで本当に相手の魔法弾はなくなるのか!?」

「ですが、ここのまま突っ込むわけにもいかないですわ」

 二機は必死に防衛に回る。

「手も足もでないというのか……」

 アマテラスは尚撃ち続ける。

攻撃が出来る隙がない。

「このままでは押し切られる!」

 崩れた向こうの壁から黒いエーテルモジュール『ミラージュ』がブーストから火花を散らしてアマテラスに突撃する。

ショルダーで体当たりして、アマテラスを怯ませた。

コクピットに振動が生じた。

アレスは口から血を吐き出した。

「貴様! まだ生きていたのか!」

「皮肉にも生きていたさ!」

 カミュは血を吐き出しながらそう言った。

「レイジ、その機体にはある特殊な装置が施されている」

「特殊な装置? そんな都合のいいものなんてあるのか?」

「ああ。その都合のいい装置がスノーシルバーに備わっているんだ。念じて攻撃を仕掛けるんだ。そう、相手を倒す、憎い、どんな感情でもいい!」

「そんな非現実的な……」

「現に君とユリアはサイキックの持ち主だ」

「サイキック?」

「私も? ですが、私はただの魔法使いみたいなものですよ。現にここに来る前は普通に中ぐらいの学校に通っていたただの学生ですよ」

「俺もどうやらユリアが言った通り、その経緯は一緒だ」

「だが、現に君たちにそういう力があるのだ。だからこうしてこちらの世界に流れ来たのではないのか?」

「確かに偶然にしては出来すぎていますわね」

「それはそうだが……」

 レイジは一旦、頭の中をリセットする。

正直自分でもわからない。

頭に誰かが訴えかけている。その誰か、がわからないが使い方が脳を通して体に伝わっていく。

あながち超能力と魔法では違うのかもしれない。

だが、その力、超能力があるのなら使わない手はない。

そう考えるしかなかった。

いや、それしか縋るものが無かったと言ったほうが正しい。

「やってみる!」

 レイジは思いを念じるため、瞼をゆっくりと閉じた。

この世界では魔法が使えるのだ。それと同じだと考えるべきか。

超能力を利用した能力などふざけた原動力ではあるが試すほか方法がないようだ。

スノーシルバーの装甲が開き、フレームが剥き出しになる。スノーシルバーの青と銀が粒子によって光り輝いているように見える。

「これならいける!」

 レイジは操縦桿をしっかりと握る。

「……しっかりと当ててくれよ……」

 スノーシルバーは、エーテルランチャーを構えてセンターを中心にセットする。

発射――

 当たってくれ、そう念じるしかほか無かった。

破壊――

命中――

被弾したアマテラスは、足場を崩してよろける。

「よし! もう一度!」

 操縦桿を掴み、もう一度中心の装甲を狙い撃つ。

弾は直進に走る。

弾が発射される間隔が、スローモーションに流れる。

それだけあまり心に余裕が無かったのだ。

間に合ってくれ。

それだけを念じる。

「いけっ!」

 大量のエネルギーが放出する。

命中。

アマテラスを直撃する。

アマテラスの電気系列が焼かれ、装甲がバターのように溶かされていく。

被弾した装甲から爆風が起きる。

「ここまでなのか……」

 アマテラスの黄金の装甲が剥がれ、禍々しい闇を放つ黒き竜の本体が倒れては地に這いつくばる。

その様は、まるで力を失ったウナギのようだった。

「ユリア」

「ええ」

 ユリアは首を縦に振るう。

「後は私の出番ですね」

 ユリアは瞳を閉じた。

 フリージアの各箇所から有機物の小羽根が生える。

「この世から消え去りなさい」

 フリージアから解放された粒子が、黒き竜の周りに幻想的な光の玉が集まっていく。光は強まり、辺りを照らし始める。

光は黒き竜の体内に吸収される。

黒き竜は雄たけびを上げることもなく、光を受け入れていた。

ファンタジックな光景だった。

魔法の火力を上げるため、最大出力のマナを消費したフリージアは力なく膝をつき、黒き竜を浄化した。

黒き竜は粒子として、この世から消え去っていた。

きっと黒き竜は疲れ切っていたのだ。竜もまた一つの生物だから。

「これで終わったのですね」

 ユリアは肩を落とす。

「ああ……終わったんだ」

終わってはひどくあっけないものだった。

この戦いに何の意味があったのか、正直わからなかった。

スノーシルバーは力尽きたフリージアを支え、ドームから脱出を試みる。

「ありがとうございます」

 ひどく疲れた顔つきで、ユリアはお礼を言う。

「気にするな……」

 レイジはそうつぶやいた。




























エピローグ


オデッセイ大陸 某所


誰も立ち寄らない霊園。

そこには二つの墓が立てられていた。

そして、墓には名前が刻まれていた。

カミュ。

もう一つの墓にはメリアと刻まれている。

奥にはアルベルト、アレスの墓が置かれている。

できることなら話し合いで解決できれるのが一番良かったのだが、今言っても仕方ないことだった。

「すまない……」

 二つの墓に言葉をかける。

そして、墓の場所には到底似合わない甘い紺スープの香りが漂い、風に乗って匂いが流れてきた。

きっと近くの家の窓から流れた匂いだ。

すごく家庭的な香りだ。

「昔、あの二人の好物だったスープの匂いと一緒たな……」

「そうなのですか?」

 女は隣の伸長の高い男性を見上げる。

「ああ。いつも取り合いしていたんだ。自分の分もあるのにね……」

 男は懐かしそうに空を見上げた。

いつも空を見上げるような姿勢は、昔からの癖だった。

「まあ。まるで父親のようですね」

「俺がか?」

「ええ」

 女はくすくすと笑う。

「前に出会ったときは、そのナルシストのような仕草、あまり好きではありませんでしたのに……時間を立つとこうして隣に立っているのですのね」

 女は眉をひそめて悪戯に言った。

「ナルシストか」

「ええ」

「そうか……」

 男はその言葉に響いたのか、少し気まずい表情を表した。

自分の行いを思い出したのだろう。

「冗談がうまいな」

「冗談じゃありませんよ」

「そ、そうか」

 男は一瞬おどおどして見せたが、すぐに姿勢を正して隣の女性に視線を合わせた。

「ゆっくりと暮らそう。メリア」

「ええ。あなたと一緒ならどこでも」

 墓を目の前にして、姿を消した。

 



草原の風が靡く。

「もう帰るのか?」

握手した手を離す。

「ああ」

 レイジの返事に、カリオンは「そうか」と頷いた。

「……いいのか?」

 カリオンは、レイジから握手された際に鍵を渡された。

それはスノーシルバーを起動する際に必要とされる鍵だ。

「もういいんだ。元の世界に開ける俺たちのはもう必要のないものだ。そうだよね? ユリア」

 レイジは隣の美白の女性、ユリアを見つめた。

「そうですね。私たちの世界に持っていくにはちょっと躊躇いがありますわ」

「それに色々面倒になるからね」

 レイジはラフに言う。

「私たちの世界では魔法や人型の機械などはありませんからね」

「本来、俺たちも使えない人種なんだけどな」

 レイジとユリアが言うと、カリオンはふっと笑みがこぼれる。

「お前たちは凄い奴だよ。本来使えない力を自由に使えてさ。チョウノウリョクとかなんとか言うのだろ? 俺には真似できんさ」

「正直自分でも驚いたよ。でも魔法と何が違うのか、今のところは理解できないよ。たまに脳が弄繰り回されている感じして嫌な時もあるけどな」

「そうだな。俺から見ても何が何だが……少なくても魔法よりは負担がかからなそうだがな。魔法は何かと疲れる」

「確かにね」

 レイジが応えると、隣でユリアが笑う。

「そろそろ星空リングが現れる頃合いだ」

「そういえば、メリエルはどこに?」

 レイジは話題を変えた。

さっきから姿を見ていないメリエルが気になって仕方ないのだ。

「来ていないのですか?」

 ユリアもレイジと同時に周りを見渡す。

「あいつは……そうだな……アカネアで宿屋の仕事しているさ」

「そ、そうなのか」

「仮に王族なのでしょ?」

 ユリアは不思議そうに言った。

「その……なんだ……奴にも色々事情みたいなものがあるんだ。許してくれ」

「許してくれなんて……そんな……」

「ではもうあれきりなのですね?」

 ユリアの声が下がる。

ちゃんとお別れをしたい。

そしてレイジと一緒の世界から来たことを黙っていたのを謝りたい。

そう思っていたが、願いは叶わなかった。

ここに彼女はいないのだから。

「そう……ですか。なら伝えておいてください。ありがとう、と」

「そうだね。俺かもお願いするよ。彼女がいなかったら俺は死んでいたさ」

「ああ。伝えておく」

 カリオンはバツの悪い表情で返事した。

色々話しこんでいる間に、空中に漆黒の闇に白い煙のような環がぽっかりと浮かび上がっていた。

ラグビーボール状の希博ガスが視覚でもわかるように現れる。

きっとあれが星空リングというものなのだろう。

一瞬だけ、アルベルトの顔が浮かんだ。

アルベルトが教えくれたものだ。

感謝してもしきれないものだ。

「それじゃ頼むよ」

「よろしくお願い致します」

「それじゃ、そろそろさよならだ」

 スノーシルバーを含めたエーテルモジュールの力を用いて、円形状の魔法陣を展開させる。

そしてカリオンは口を閉ざし、集中して念を念じる。

 その瞬間、レイジとユリアは一瞬にして姿を消した。

言葉をかける時間もなく。

「終わったのか……」

 カリオンはマナを使い果たしたのか、力が抜けたように膝をつく。

「出てきていいぞ……メリエル」

 後ろの木の影から、のっそりと出てくるメリエル。

「…………」

「…………」

 二人はしばらく沈黙を続けた。

「……よく我慢したな……」

 ゆっくりと立ち上がったカリオンは、メリエルの頭を軽く撫でる。

「……何するのよ……」

 満更でもない様子でメリエルは言った。

照れ隠しするように。

「挨拶ぐらいしても良かったんじゃないのか?」

 カリオンは青空を見上げてそうつぶやいた。

メリエルも一緒に空を見上げた。

そこにはもう星空リングは形成されていなかった。

もうすでに閉ざされていた。

「俺たちも行ってみたかったな」

 カリオンは空を見つめたままそう言った。

「行きたかったの?」

「まあな。あいつらがこちらに来たんだ。俺たちが行っても罰はもらわないさ」

「でも、まだここでやるべきことがあるでしょ?」

「そうだな。問題はまだ山積みだ」

「…………」

「…………」

 再び沈黙が走った。

「途中で話を止めるな」

「だって……」

 メリエルは考えなしに言葉を残した。

「……寂しくはないか?」

「別に……大丈夫よ……」

 メリエルは素っ気なく言った。

 涙ぐむ目を何度も擦る跡が、目の下のクマと一緒に深く残っていた。


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