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常識や感覚の擦り合わせ




「私のことはセオドアと、呼び捨ててくださって結構です。貴女は私の主なのですから」



 落ち着いた耳に心地いい声に聞き入りながら、猫の顔でも意外に表情があるんだなぁと見入ってしまう。

 私は犬と猫なら完全に猫派で、基本的にもふもふは大好きだ。

 


「年上の方を呼び捨てするのに慣れていなくて」



 呼び捨てにできるかなぁと、少し困っていると、セオドアさんの目が微笑むみたいに細まった。



「それでは、セオと愛称でお呼びください。私はカヤ様とお呼びします。長い付き合いになるのですから、お互いに歩み寄りましょう。こうして召喚されたのですから、カヤ様と私は運命共同体です。全身全霊をかけてコアを守り、カヤ様を守ります」



 力強い言葉を頼もしいと感じた。

 もしかしたら、環境が変わったことによる軽い興奮状態で気づいてなかっただけで、ダンジョンマスターとしてやっていくことに不安を感じていたのかもしれない。



「ありがとう、セオ。セオが来てくれて、すごく心強いです」



 心からそう言いながらセオを見上げると、ピンクの肉球のついた手で、ぽんぽんと頭を撫でられる。

 それが心地よくて、思わず笑みが零れた。

 この癒し効果だけでも、召喚した甲斐があったかもしれない。



「違う世界とおっしゃいましたが、カヤ様は異世界のお方ですか? 数十年ぶりのダンジョンマスターの誕生ですので、精霊界では誰が呼ばれるか、どんな方がマスターなのかと、噂で持ち切りだったのです。ダンジョンが誕生して、まだあまり時間が経っていませんので、登録が間に合わずに悔しがっている精霊もたくさんいると思います。私も先ほど登録したばかりだったので、カヤ様の召喚に間に合ってよかったです」

 


 まさか召喚できる精霊のリストが、精霊側の登録制だとは思わなかった。

 登録してくれたってことは、新しいダンジョンマスターに仕えたいって思ってくれたってことだよね?

 セオの意志で来てくれたのだとわかって、すごく嬉しくなった。

 もし精霊だからと、ランダムで召喚されていたのだとしたら、申し訳ないと思う気持ちがずっと消えなかったかもしれない。



「登録とか、あるのね。私の生まれ育った世界には、精霊がいなくて、魔法やスキルもなかったから、色々と教えてくれると嬉しいです。……向こうがリビングになっているので、お茶を飲みながら話しませんか? セオのことも色々教えてほしいの」



 ずっとセオを立たせたままというのも落ち着かないので、ノートを持ってリビングに誘ってみた。

 作りたいダンジョンの説明をするにしても、お茶くらいは欲しい。



「お茶でしたら私がお淹れします。どうぞ、カヤ様」



 私が立ち上がるのに手を貸して、優しくエスコートしながら扉を開けてくれる。

 セオはすっごく紳士的だ。

 くすぐったいような気持ちになってしまいながら、まずはセオをキッチンに案内した。



「私の世界のキッチンだから、もしかしたら使いにくかったり、使い方がわからなかったりするものもあるかもしれないので、その時はなんでも聞いてください。一応説明書もあるので、活用してくださいね」



 こちらの世界の一般的なキッチンとは違うのか、セオが少し戸惑った様子だったので説明すると、次第に目をキラキラと輝かせ始めた。

 好奇心を刺激されたようだ。



「綺麗で使いやすそうなキッチンですね。カヤ様の世界の文明の一端に触れられるだけでも、嬉しいことです。召喚していただけてよかった」



 大げさなくらいに喜びながら、どう見ても猫の手でセオは器用に茶器を用意する。

 茶葉は最初から数種類用意してあったし、棚に焼き菓子も入っていたので、今日はそれでお茶にしよう。

 珈琲は見当たらなかったので、ポイントと交換するしかないのかもしれない。



「すぐに用意しますので、カヤ様はあちらでお待ちください。カヤ様に心地よく過ごしていただくのも、私の仕事の一環ですから」



 リビングに促されて、大人しくソファに腰掛けて待つことにした。

 ソファの置いてある場所からは少し離れているけれど、ダイニングの向こう、対面式のキッチンに立つセオの姿が見える。

 機嫌よく尻尾が揺れているのに気づいて、微笑ましいような気持ちになった。

 見たことのない珍しいキッチンに心が浮き立つ様子なのが、見ているだけでもよくわかる。



「お待たせしました、カヤ様」



 ワゴンに乗せられて、ティーセットとお茶菓子が運ばれてくる。

 とても綺麗な所作でカップを置いて、セオはそばに控えるように立った。



「セオ、一緒にお茶しましょう。私の世界では主従関係というのはあまりなかったから、そばに控えられるのは慣れないの。だから、できるだけ家族みたいに過ごせたらって思うんだけど、ダメですか?」



 一人でお茶を飲んでも寛げない。

 対面で顔を見ながら話をしたい。



「執事としてはよくないのでしょうが、私はカヤ様の精霊ですから、カヤ様のお望み通りに」



 にこりと笑みを浮かべて、セオは予備のカップにお茶を注ぎ、向かいのソファに座った。

 顔を見て話ができるようになって、ホッと息をつきながらお茶を飲む。



「美味しい……。セオは紅茶を淹れるのが上手ね」



 同じ茶葉のはずなのに、私が家で飲んでいた紅茶と味が全然違う。

 感心してしまいながら、もう一口紅茶を飲んだ。



「主人に心地よく過ごしてもらうためのスキルは、一通り持ち合わせておりますから。何なりとお申し付けください。主人に喜んでもらえるのは、精霊にとっても喜びなのです」



 言葉通り、セオはとても嬉しそうだ。

 セオのような優しい精霊に来てもらえるなんて、幸運だったんだろうな。

 


「頼りにしてます。……それでね、セオ。私があなたを召喚したのは、私がダンジョンを作るにあたって、助言が欲しかったからなの。ダンジョンが発見されるまで2年の時間をもらったから、私は2年かけて、人が死なないダンジョンを作りたいの」



 私の言葉を聞いて、セオは驚いたように私を見た。

 やっぱり、人が死なないダンジョンというのは異質なようだ。



「ダンジョンマスターに召喚されたのですから、ダンジョンを作るお手伝いをするのだろうとは思っていましたが、人が死なないダンジョンですか? そんなダンジョンはどこにもありません。面白そうなので、カヤ様がどんなダンジョンを作ろうとしているのか、是非聞かせてください」



 最初は驚きを隠せなかった様子のセオは、どんなダンジョンの構想があるのかと興味を引かれた様子で目を輝かせる。

 人を殺せば簡単にポイントが手に入るのに、それをしないどころか、人が死なないダンジョンを作るというのは、ありえないことなのだろう。

 こちらではきっと人の命は軽く、人が死ぬことに対しての感覚が私とは全然違うのだと思う。

 だから、ダンジョンで命を奪うことが当然のこととして受け入れられている。

 外に魔物がいて、危険と隣り合わせの世界では仕方がないことなのかもしれない。



「まず、私の世界では、人を殺すことも傷つけることも、法律で禁止されていたの。私が生まれ育ったのはとても平和な国だったのよ。殺人が全くないわけではなかったけれど、ほとんどの事件の犯人は捕まっていたし、普通に生きていれば、そうした事件に遭遇することもなかったの」



 まずは倫理観や価値観が根底から違うということを理解してもらわないと、私が人を傷つけることを躊躇う理由が理解できないだろうから、いくつかの例をあげて、私がどういう生活をしていたのかを説明した。

 夜でもか弱い女性が独り歩きできると聞いて、セオはとても驚いていたし、こちらの人族よりも平均寿命が長いことにも驚いていた。

 武器を持ち歩くと法律違反で捕まってしまうというのも、信じられないようだ。

 そのほかにも医療制度や、学校の仕組みなど、セオが興味津々といった様子で尋ねてくるので、詳しく話し込んでしまった。



「カヤ様の今までの暮らしぶりを知ることができて、本当によかったと思います。家畜が死ぬところすら見たことがないのでしたら、本当に荒事には無縁の生活だったのですね。こちらの世界でそのような生活ができる女性は、王族や一部の貴族の姫君くらいです。ですが、そうした方々でも、魔物と戦う騎士を見たり、暗殺者に狙われることがあったりと、荒事と無縁というわけにはいきません。カヤ様が生まれ育ったのとは全く違う世界なのですから、価値観の違いを理解しきるまでは、行き届かないところもあるかもしれません。私もできるだけ気を配りますが、カヤ様も我慢なさらずに、無理なことは無理とおっしゃってください。カヤ様の心を守ることも大事なことですから」



 私を気遣って、心まで守ろうとしてくれるセオの気持ちが嬉しかった。

 自分の気持ちや、嫌だと感じていることを口にするのは苦手だけど、これからはお互いに理解を深めるためにも、できるだけ言葉にするようにしよう。


 それにしても、この世界のお姫さまって、暗殺者に狙われたりするのか。

 今までよりもずっと物騒な世界みたいだけど、私はダンジョンの外に出るわけじゃないから大丈夫かな?

 強い魔物だらけの森が、今は私を守る要塞みたいに感じる。



「ありがとう、セオ。私もできるだけ荒事に慣れるようにするわ。ダンジョンマスターだから外には出られないけれど、コアまで辿り着かれたら、冒険者と対峙することになるんだろうから。もっとも、コアまで行きたいと思わせないくらい、居心地のいいダンジョンを作るつもりなんだけど」



 目標は、ダンジョンコアを狙ってたことなんか忘れさせるようなダンジョン作りだ。



「そういえば、セオは、他のダンジョンの宝箱から、どんなアイテムが出るのかを知ってる?」



 一般的なダンジョンのことを知るのは大事なので、セオに聞いてみると、記憶を探るように視線を巡らせた。



「そうですね。私が最後にダンジョンに入ったのは、数十年前ですから少し古い情報なのですが、ダンジョンの宝で冒険者達に当たりと言われるのは、武器や防具類です。ダンジョンの外では手に入らないような性能のいいものが手に入ることもあるので、ダンジョン専門の冒険者もいるくらいです。浅い階層の宝箱にはポーションなどが入っていることが多いですね。簡単な傷なら治る程度の物から、どんな病気やケガもたちどころに治す万能薬まで、種類は様々です。毒消しや麻痺消しのような薬が出ることもあります。ダンジョンマスターの立場から考えると、ポーションなどの薬類はダンジョン内で育成した薬草で作れるので、ダンジョンポイントを消費せずに済む、お得なアイテムなんです」



 最新の情報が数十年前って、セオはいくつなのかなぁ?と、ダンジョンと関係ないところが気になってしまった。

 二足歩行の猫だから、見た目では年齢がわからないし、精霊の寿命もよくわからない。

 私はダンジョンマスターだから、コアが壊されないうちは生きているんだろうし、セオも長生きしてくれると嬉しいなぁ。

 

 宝箱の中身は、どれだけ人気があっても武器は却下だ。

 人を殺さないダンジョンなんだから、人を傷つけるようなものは宝箱に入れたくない。

 身を守る防具なら、あってもいいかもしれない。

 ポーション類はあってもいいけれど、先に薬草を育てられる場所を作らないといけなさそうだ。



「私はね、宝箱にポーションじゃなくて、化粧水とかシャンプーとか、この世界ではあまり普及していない美容用品とか、他では手に入らない珍しいものを入れたいと思っているの。高価な布とか、砂糖やはちみつみたいな甘味とか、後は私の世界のデザインを使って、宝飾品のようなものを作るのもいいかなって。他には、迷路に使う薔薇を利用して香水を作ったりとかね。広いフロアを丸々使って、巨大な迷路にして、罠に嵌ると入り口に戻すようにしたりして、ダンジョンに滞在する時間を増やすことで、ダンジョンポイントを稼いで、人が死なないダンジョンを作れないかと考えているの。冒険者を侵入者じゃなくてお客様だと思うことで、今までとは違う形のダンジョンが作れるんじゃないかなって。だから人を傷つけたり殺したりするための魔物を召喚するつもりはないの」



 化粧水なんて聞いても、精霊だからか、それとも男性体だからか、セオにはピンとこないみたいだった。

 けれど、甘味や布や宝飾品の価値はわかるらしく、何やら感心したように頷いている。



「とても興味深いお話です。でも、そのけしょうすいやしゃんぷーといったものは、どうやって手に入れるのでしょう? そして、それらは何に使うアイテムなのでしょう?」



 あれ? もしかして、この世界には化粧水とかシャンプーがないのかな?

 バスルームにシャンプーもトリートメントもボディーソープも置いてあったし、洗面所に化粧水や乳液も置いてあったから、普通にこちらでも使われているのだと思ってた。

 家の中のことを取り仕切る執事であるセオが知らないのなら、ないのかもしれない。



「化粧水は、顔専用で、毎日の肌の手入れに使うものなの。日々手入れすることで肌がきれいになって、化粧の乗りがよくなるのよ。シャンプーは髪を洗うための液体状の石鹸のようなもの。シャンプーの他にも、洗った髪をしっとりと滑らかにする効果のあるトリートメントもあるの。私はこの世界に来るときに、私の欲しい美容関連の品物を作るユニークスキルをもらったの。魔力の消費が大きいから、一日に作れる量は限られるらしいんだけど、素材はこちらの世界で手に入るもので作れるわ。砂糖はダンジョン内でサトウキビを栽培して、はちみつや絹は、蜂や蜘蛛の魔物を育てることで、手に入れられないかと考えてるのだけど、無理かしら?」



 魔物じゃなくて、普通の蜂を使った方がいいのかな?

 魔物なら召喚できるから、捕まえに行く手間がかからないと思ったのだけど。

 宝箱のアイテムをダンジョン内で生産できれば、その分、ダンジョンポイントの消費量が減るはずだから、できるだけ生産できるものを増やしたい。



「ユニークスキルをお持ちでしたか。高値で取引されるアイテムが手に入りやすいならば、コアを狙われる確率も減ります。迷路も、カヤ様がお作りになりたいのがどういうものなのかわかりませんが、冒険者を留め置く手段としては有効だと思います。それに、カヤ様が目指すダンジョンならば、手伝ってくれる精霊も多いでしょう。精霊の中には争い事を嫌う者も多いので、そういった精霊はダンジョンと聞くだけで嫌がるのです。ただ、2年の猶予があるとはいえ、冒険者が入ってこないということは、ダンジョンポイントを手に入れる方法が、ほぼ周囲の魔力の吸収でのポイントになってしまうわけです。ここは不帰の森の中ですから、手に入るポイントも王都などと比べればかなり多いと思いますが、円滑なダンジョン作成のためには、他にも何かポイントを増やす方法を考えた方がいいでしょう」



 きりっとした顔で考え込むセオが、何だかとってもかっこいい。

 争い事が嫌いな精霊もいるとか、セオがいなければ、本を読むだけではわからなかった。



「今は、吸収で1日に5千ポイント増えるみたいなの。他だとどれくらい入るのか知らないから、比較しようがないんだけど、やっぱり多いの?」



 5千と聞いて、セオがとても驚ているので、やっぱり破格と言っていいほどに多いらしい。

 不帰の森なんて物騒な名前がつくくらいだから、それだけ周囲の環境が苛烈ということなんだろうけど。



「私の聞いた話ですと、王都のダンジョンが吸収するポイントは一日に3百くらいらしいです。コアの壊されないダンジョンがある周辺には、自然に町ができますから、人が増えることで、吸収される土地の魔力が分散されて次第にポイントは減っていきます。ここも、魔力が薄まれば少しずつポイントが減るでしょうが、人が住めるような環境ではないので、急激に減ることはないでしょう。2年という時間は、きっとカヤ様の助けになります」



 思ったよりもずっと王都のダンジョンの吸収ポイントが少ないけれど、でも、王都と呼ばれるからには人も多いんだろうし、それだけたくさんの人がダンジョンにやってくるんだろうから、ダンジョンポイントが不足するということはないのだろう。

 もし、このダンジョンの周辺にも町ができる日が来るとしても、魔力だまりがなくなって、周囲の環境が改善される、ずっと先のことになるはずだ。

 魔力だまりがなくなるのにどれくらいの時間がかかるのかわからないし、自分がダンジョンマスターになってしまった実感というのが、まだあまりないのだけど。

 お爺さんははっきり口にしなかったけど、コアが壊されたら死ぬということは、壊されなければ死ねないということでもあるはずだ。

 いつか、死にたいからコアを壊してほしいと思う日がくるんだろうか?

 それとも、そんな感覚は鈍って、死にたいなんて思わなくなるんだろうか?

 



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