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猫精霊召喚



 

 昨日は軽く確認するだけだったキッチンに行ってみると、電化製品は使い慣れたものと同じに見えた。

 冷蔵庫の野菜室には新鮮な野菜が何種類も入っているし、毎朝飲んでいたオレンジジュースもガラス製のピッチャーに入って冷やしてあった。

 他にも果実水やお茶など、数種類のピッチャーが入っているので、その日の気分で好きなものを選べそうだ。

 卵や牛乳、ハムやベーコンにチーズと、常に冷蔵庫に常備してあったようなものは、すべて揃っていた。

 バスケットみたいな籠があって、中を見ればパンが数種類入っているし、しばらく生活に困らないようにと、本当に色々と用意してくれたのがわかった。

 調味料は、砂糖と塩、コショウ、あとは数種類の香辛料と乾燥ハーブがあって、しょうゆや味噌、みりんなどの和の調味料はないようだ。

 ストッカーの引き出しに瓶入りのケチャップやソースもあったから、この世界では、和食の食材以外はそろっているのかもしれない。



「あ。マヨネーズがない。作らなきゃだめなのか」



 サラダに何を掛けるか迷って、ドレッシングを作る手間を惜しんでマヨネーズを使おうとしたけれど、どこにもなかった。

 さすがにマヨネーズもドレッシングもレシピを見ないと作れないし、今は何もかけずに食べることにした。

 タブレットにドレッシングのレシピが入っているはずだから、後で持ってきて、試しに作ってみよう。

 食材はダンジョンポイントで手に入るみたいだから、ここには用意されていない和の調味料を交換しなければ、一番好きな和風ドレッシングが作れない。

 ダンジョン経営の負担にならない程度のポイントで、交換できるといいのだけど。


 サラダにハムエッグ、軽く温めたクロワッサンにオレンジジュースという、いつもとあまり変わり映えのしない朝食を作って、ダイニングテーブルに運ぶ。

 一人きりで大きめのテーブルを使うのはちょっと寂しいなと感じたけど、一人なのだから仕方がない。

 そのうちに花でも育てて、テーブルに飾れるようにしよう。

 華やかになるように、テーブルクロスを作ってみるのもいいかもしれない。

 ここは自分の好きなように作り替えられる、自分だけのお城なのだから。



「いただきます」



 手を合わせてお箸を手に取った。

 ダンジョンマスターだから、もう人間じゃないはずなのに、今まで通りにご飯が美味しいと感じられるのが幸せだった。





 食事を終えて片付けようとキッチンに行くと、まるで使えとばかりに食器洗い機が鈍く光る。



「さっきまでなかったような……?」



 見落としてただけかなぁ?と記憶を探りながら、素直に食器洗い機に使った食器をセットした。

 洗剤はどうするのかな?と思ったけれど、側面に書かれている説明によると、洗剤はいらないらしい。

 エコだ。

 食器洗い機のスイッチを入れて、ふと目をやると、対面式になったキッチンのカウンターに、冊子のようなものが置いてある。

 手に取ると、『システムキッチン取り扱い説明書』というタイトルが表紙に書いてあった。

 日本語ではない文字で書いてあるけれど、何故か読むことができる。

 もしかして、いつか私以外の人が一緒に暮らすことになった時に、同居人も読めるようにという配慮なんだろうか?

 ダイニングの椅子に座って説明書に目を通すと、キッチンにある電化製品やその他のアイテムの説明が細々と書いてあった。

 それによると、冷蔵庫の野菜室は見た目よりもたくさんの野菜が入るようになっていて、常に新鮮な状態を保ってくれるらしい。

 しかも、毎日一定量の野菜が増えていくようだ。

 ジュースの入っていたピッチャーもパンの入っていた籠も、同じようなアイテムで、中のものが劣化することはなく増えるらしいので、とても便利だ。

 やけにドアの多い冷蔵庫だと思ったけれど、肉専用ドアと魚専用ドアがあって、肉と魚も野菜と同じように毎日一定量を手に入れられるらしい。

 普通に冷蔵庫や冷凍庫として使えるドアもあるので、私の知る冷蔵庫に奇跡のような機能が付け加わっているという状態のようだ。

 システムキッチンは、ダンジョンが広くなってもこの部屋から移動させることはできないけれど、代わりに壊れることもなく永久的に使える。

 どれくらい生きることになるのかわからないけれど、壊れる心配をしなくていいというのはとてもありがたい。

 大切に使わせてもらおう。



「お爺さん、ありがとう」



 すべて用意してくれたのはお爺さんで、これはお爺さんの好意で与えられたものだと思うから、届くかどうかわからなかったけれど、祈るように両手を合わせて、心からの感謝の気持ちを伝えた。

 これだけ住環境が整っていれば、ダンジョン作りに専念できる。

 お爺さんの好意に報いるためにも、頑張っていいダンジョンを作ろう。


 改めて決意しながら書斎に行くと、モニターには外の景色が映っていた。

 昨夜見た時と違って明るくて、周囲の様子がよく見える。

 大型の肉食獣のようなものも徘徊しているし、外はかなり危険そうだ。

 あれが魔物なのだろうか?

 見た目は虎だけど、牙が長くて大きくて凶悪な顔をしている。


 椅子に座って書き込むためのノートを開いてから、まずは共通説明書を最後まで読んでしまうことにした。

 重要な部分はノートに書き出しながら読み進めていくと、初期のダンジョンポイントは、一律5万ポイントだということが判明した。

 私は10万になっていたから、お爺さんが増やしてくれたのかもしれない。

 基本的なパネルの使い方、ダンジョンの広げ方、罠の設置方法、ダンジョンポイントを使う方法など、初心者向けの説明はあるけれど、本当に基本の部分だけで、あまり詳しいことは書いていない。

 ダンジョンポイントを使って、助言もくれる精霊を召喚することもできると書いてあるので、詳しいことを知りたかったら、精霊を召喚しなければならないのかもしれない。


 共通説明書を最後まで読んでから、ダンジョンポイントを確認することにした。

 周囲の魔力を吸収して増えるダンジョンポイントは、一日に一度、日付の変わる真夜中にまとめて加算されるようだ。

 総ポイント数を確認すると、10万5千になっていた。

 ここは魔力だまりだけあって、一日に5千もポイントがもらえるらしい。

 10日で通常の初期ポイント分もらえるなんて、多すぎじゃないかと思ったけれど、多分、それだけ周囲が危険ということなのだろう。

 もしかしたら、2年の隠蔽を頼まなくても、危険すぎて辿り着く人がいなかったかもしれない。

 地図を見ると、かなり大きな森の中の真ん中あたりに、このダンジョンはあるようだし。

 お爺さんの話では、この森は3つの国と隣接しているけれど、森の外周部分ならばともかく、中心に近づけば近づくほど危険だから、3国の話し合いで、森はどの国のものでもないと取り決められているらしい。

 


「もしかして、誰も来ないダンジョンになったりして……」



 本当に隠蔽はいらなかったかもと、作ったものの閑古鳥が鳴くダンジョンを想像して苦笑してしまいながら、ダンジョンポイントで召喚できる精霊の一覧を見る。

 火や水、風などの属性の精霊は、消費ポイントも少なく、2万くらいで召喚できる。

 けれど説明を見ると、意思の疎通はできても、ある程度育つまでは話ができないようだ。

 吸血鬼や淫魔なども精霊のくくりなのか、召喚できるみたいだけど、会話ができても価値観が違いそうで不安だし、種族の説明にも扱いづらいと書いてある。

 召喚ポイントも一気に跳ね上がって6万必要だ。

 6万もポイントを使って、扱いづらくて苦労するのでは割が合わない。



「……あ、これ、ケットシーって、猫?」



 リストにケットシーを見つけて、童話の挿絵で見た二足歩行の猫が頭に思い浮かんだ。

 説明を見ると、猫精霊で温厚と書いてあった。

 こっちだと、猫妖精じゃなくて猫精霊なのか。

 ポイントが8万も飛ぶけれど、8万なら出せないわけじゃないし、相談役は早めに欲しい。

 一人でやって、作りかけたダンジョンを後で手直しすることになるよりは、最初から相談しながら作った方がいいような気がする。

 それに、引き籠りたいって思ってたのに、完全に一人で、まったく音のない世界にいると寂しいのだ。

 気疲れすると感じていても、私は人と接するのが嫌いではなかったのかもしれない。

 接客業だった喫茶店のバイトはとても楽しかったし、初老の喫茶店のマスターと話をするのも好きだった。

 自分で気づいていないだけで、心底人付き合いを嫌ってはいなかったから、バイト先に喫茶店を選んでしまったのだろう。

 

 

「優しいケットシーさんが来ますように」



 心からそう願いながら、8万のポイントを使って精霊を召喚した。

 そうすると、コアのある部屋と繋がっている魔法陣が光って、そこに真っ白な何かが姿を現す。

 


「初めまして、マスター。ケットシーのセオドアと申します。精一杯お仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」



 一歩踏み出して、丁寧にお辞儀をしたのは、執事服を着た真っ白なケットシーだった。

 想像していたよりも大きくて、160センチある私よりも10センチくらいは背が高そうだ。

 細くて長い尻尾がピンと立っていて、優美でかっこいい。

 向けられる眼差しもとても優しげで、一目で好感を持った。



「こちらこそ、よろしくお願いします、セオドアさん。私は香夜といいます。違う世界から来たばかりで、何もわからないので、助けていただけると嬉しいです」



 立ち上がってお辞儀を返すと、近づいてきたセオドアさんが椅子に座るように促してくれた。

 立ち居振る舞いのすべてが洗練されていて、見惚れるほどに綺麗だった。



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