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マスタールーム



 ダンジョンコアのある部屋は、扉のような出入り口がまったくなかった。

 どうやって外に出るのだろう?と、首を傾げながら室内を見渡すと、部屋の隅に魔法陣のようなものがある。

 近づいて恐る恐る陣の上に乗ると、エレベーターに乗った時のような浮遊感がして、次の瞬間には見知らぬ部屋にいた。

 そこは、さっきまでいた書斎に似た部屋で、がっしりとした重厚なつくりの机と、応接セット、壁際には本棚もあった。

 窓のようなものは一切なく、本棚があるのと反対側の壁に、扉が一つある。

 本棚を見ると、お爺さんの話していた共通説明書などが並べてあった。

 他にも魔物辞典や植物辞典、周辺諸国の地図や、神話を集めた本など、色々と揃っているようだ。

 共通説明書は頻繁に使うだろうと、本棚から出して、机の上に置いた。

 机の上には、あちらで渡されたタブレットと書き込みをしたノート、それから、何かを操作するためのパネルのようなものがある。

 パネルはタブレットよりも一回りくらい大きくて、机の上に固定してあった。

 こういう時のための共通説明書だと思い、椅子に腰かけて本を開くと、パネルの使用方法が書いてあった。

 説明書通りにパネルを操作すると、正面の白い壁がモニターのようなものに切り替わる。

 こちらの世界観にはそぐわないようなシステムに驚いてしまいながらも、説明書を見つつ画面を切り替えると、ダンジョンの入り口らしき場所とコアルームが交互に映し出された。

 大体20秒くらいで画面が切り替わっている。

 パネルを操作して、一か所に固定したり、分割画面に切り替えることもできるようだ。

 コアルームを見ても意味がないので、とりあえずは画面を入り口に固定しておいた。


 見てみると、ダンジョンの入り口は切り立った崖になっていて、崖に何故か綺麗な意匠の白木の扉がついているといった感じだった。

 教科書で見た、エジプトの王家の谷を思い出させるような光景だけど、扉だけが場にそぐわなくて違和感がある。

 森の中だからか、崖の周囲には緑が多い。

 今は夜のようで、外は真っ暗で、それ以上、周囲の様子はわからなかった。ダンジョンの入り口になる扉だけが淡く発光していて、周囲から浮き上がるようによく見えた。

 周りの風景から扉だけが浮いているけれど、入り口だとわかりやすくていいのかもしれない。




 他にもダンジョン内の地図や、現在のダンジョンポイントと、ポイントを使って交換できるアイテムの一覧などの項目がある。

 どうやらダンジョンの拡張なども、このパネルを操作して行うようだ。

 拡張や改造の確定する前に、どんな風に変わるのか、大体のイメージをモニターで見ることができるらしい。

 かなりの親切設計だ。

 現在のダンジョンポイントは10万ポイント。これが多いのか少ないのか今はわからないけれど、明日になれば、吸収した魔力で一日にどれくらいのポイントが増えるのかわかるだろう。

 基本的に画面は起動したままがいいらしいので、そのままにして、これから暮らす他の部屋も見てみることにした。

 ちなみに、椅子に座ると右手に本棚があって、左手に扉がある。

 

 扉の向こうはリビングになっていた。

 リビングとキッチンは間にダイニングルームを挟んでL字型で繋がっていて、その他にもいくつかの扉がある。

 キッチンはシステムキッチンになっていて、見慣れた電化製品が揃っていた。

 多分、お爺さんがくれると言っていたキッチンがこれなんだろう。

 ラップなどの消耗品の他に食材もきちんと揃っていて、食器棚にはお気に入りだった食器が全部揃っているだけでなく、以前から欲しいと思っていたけれど、高すぎて手が出せなかった食器なども収納してあった。


 扉の一つは寝室に繋がっていて、セミダブルくらいのサイズのベッドやドレッサーが備えられていた。

 多分8畳くらいしかないけれど、寝るだけの部屋だから十分だ。

 クローゼットには一通り服や下着が揃っていたので、着るものに困るということもなさそうだった。

 キッチンの更に奥にバスルームとトイレに繋がる扉があって、確認してみると、どちらも使い慣れた形のものだった。

 この世界のお風呂やトイレ事情を考えると、かなり優遇されているのだろう。

 お爺さんに素直に感謝しておこう。


 他にも色々と確認したいことがあるけれど、今日はもう疲れてしまった。

 お菓子のおかげでお腹もいっぱいだし、お風呂に入って寝てしまおう。

 備えてあったバスグッズを堪能しながら入浴を済ませて、まったく音のない静けさに慣れないままベッドに入る。

 シーツはとても肌触りのいい布でできていて、とても心地いいし寝心地もいいのに何だか静か過ぎて寝付けない。

 引き籠りたいと思ったけれど、完全に一人きりになってしまうと、それはそれでとても寂しいものだと感じた。

 日常の生活音が何もない空間は、すべてが揃っていて満たされていても、どこか空虚で冷たかった。





 寝付けなかったわりに、目覚めはすっきりとしたものだった。

 外から入ってくる日差しがないのが落ち着かないけれど、こればかりは慣れるしかない。



「夢じゃなかったんだ……」



 慣れ親しんだ自分の部屋で目覚めることを、心のどこかで期待していたらしい。

 もうどうにもならないことだから、割り切って忘れてしまえと思っているのに、ほんの少しでも夢だったらよかったのにと思ってしまったことが悔しい。

 白熊の抱き枕を抱きしめて、しばらくベッドでゴロゴロとした後、勢いをつけて起き上がった。

 顔を洗ってシャワーを浴びて、やれることをやらなくちゃ。

 ここには説明書はあっても攻略本はないんだから、たくさん学ばなければならない。

 着替えを探そうとクローゼットの扉を開けると、以前から気になっていたブランドの服や、好みにあった靴や小物などが一通りそろっていた。

 ドレッサーには化粧品なども用意してあって、本当に至れり尽くせりだなぁと感心する。

 他のダンジョンマスターの部屋がどんなものなのかは知りようがないけれど、これが普通でないことは何となく想像がついた。



「どれを着ようかなぁ? たくさんありすぎて悩ましい」



 目移りしてしまってなかなか選べなかったけれど、動きやすそうな服にしてみた。

 袖の刺繍が可愛い白のインナーと青に小花模様の可愛いキャミワンピがセットになった服にあわせて、靴は布製のバレエシューズを選ぶ。

 私はこういう乙女チックなかわいい服が大好きだけど、母の好みには合わなくて、一緒に買い物に行くとまず買わせてもらえなかった。

 親にもらうお小遣いとバイト代だけでは、自分好みのものを買いそろえるのは無理だったので、いつか就職したら好きなものに囲まれて暮らしたいと思ってた。

 確かに、母の選ぶ服は私に似合ってた。

 私の外見は母の若い頃にそっくりらしいから、母の選ぶ服を着て、母の勧める髪型で、母の教えてくれた化粧をすれば綺麗になれた。

 でも、自分が母のクローンみたいで、息苦しくも感じていた。

 こうして離れてみるとよくわかる。

 母に対して家族としての情や育ててもらった感謝はあるけれど、私は母が嫌いだった。

 私は貴女の人形じゃないって、反発する気持ちが心の中にあった。

 今、一人になって、寂しいと思う気持ちもあるけれど、それ以上に心は晴れやかだ。

 戒めがなくなったような開放感がある。

 私の中にわずかにある未練は、母に対するものではなく、数少ない友人や日本での生活に対するもののようだ。

 彼のことも、完全に過去にするにはもう少し時間がかかるのだろう。

 消し去りたいような嫌な終わり方をしてしまったけれど、でも、好きになった気持ちまで否定するつもりはない。

 恋人になる前から彼と過ごす時間を大切に思っていたし、他の誰といるときとも違う幸福感で満たされていた。

 人を好きになる幸せを教えてくれた初めての人。

 多分、苦い思いと一緒にずっと忘れることはないんだろうなと思う。

 




 シャワーを浴びて、可愛い服に着替えて、背中の中ほどまで伸びた髪は邪魔にならないようにポニーテールにした。

 伸ばすと緩やかなウェーブがかかるくらいに癖のある髪なので、もつれやすいけれど纏めるときは便利だ。

 ドレッサーに置いてあったブラシがすごく使い心地がよくて、梳かした後に髪がサラサラになって気分が浮上した。

 化粧をしなくてもいいというのも、気分が明るくなる要因の一つだ。

 お嬢様学校として有名だった女子校に通っていた高校時代まではともかく、卒業してからは、外に出るときに化粧をしていないと母がものすごくうるさかった。

 母に言わせると、『化粧もしないで外に出るのは、下着をつけずに外に出るのと同じであり得ない』ことらしい。

 ナチュラルメイクならばまだ許容範囲だったけれど、母の好み通りに化粧をしないといけなかったので、私には苦痛でしかなかった。

 華やかと言えば聞こえのいい派手目のメイクは、言い換えればケバくて大嫌いだった。

 だから、いつも最寄り駅のトイレで化粧を落として、好みにあうようにやり直していた。

 そうすると今度は、母の好み通りの服が浮いてしまうので、アクセサリーを外したり、一部だけ着替えたりすることで誤魔化していた。

 母の言う通りにしていて良かった点を挙げるならば、化粧が上手になったことだろうか。

 中学に上がった頃から、休日に母と出かけるときなどは化粧を強制されていたので、今は手慣れたものだ。

 これからは、その腕を披露する機会はなさそうだけど。




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