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プレゼンテーション




「お爺さん。考えがまとまりました。話を聞いてくださいますか?」



 元のソファにノートを持って移動してから呼びかけると、次の瞬間には、向かいにお爺さんが座っていた。

 指を鳴らして、新しいお茶と焼き菓子を出してくれる。

 頭を使って糖分が欲しくなっていたので、遠慮なく味わうことにした。

 バターたっぷりのフィナンシェは、やっぱり私のお気に入りのもので、慣れ親しんだ味にホッとさせられる。

 決して食い意地が張っているわけではないはず。



「私は、人を殺さずに共存するダンジョンを作りたいと思います」



 お菓子を食べて、美味しい紅茶を飲んでから、姿勢を正してそう切り出した。

 プレゼンテーションしてるような気分だ。

 


「基本的に人を傷つけるための魔物は配置しません。迷路と罠でダンジョンの滞在時間を増やして、冒険者の欲しがるような品を宝箱に配置して、できるだけ奥に誘い込むダンジョンにしたいと考えています。そういったダンジョンを作るにあたって、いくつかお願いしたいことがあります」



 聞き入れてもらえるかどうか緊張してしまいながら、お爺さんを見ると、緊張をほぐすような優しい表情のまま一つ頷いてくれた。

 さっきまとめたノートを見ながら、こちらの要望を一つ一つ伝えていく。

 最低でも、ダンジョンに侵入者がくるまでの猶予は、何とか叶えてほしい。

 私の希望するダンジョンを作るには、下準備が必要だと思うから。

 それに、世界とダンジョンのシステムに慣れる時間も欲しい。



「まず、国を滅ぼすほどに魔物が増えるまでには、まだ最低でも数年の猶予がある。ダンジョンができれば魔力が少しずつ薄まっていくから、その猶予は更にのびるだろう。だから、2年の時間を与えよう。こちらとしてはダンジョンの経営を押し付けるようなものだから、できるだけの便宜を図りたいと思っている。それに、殺さずに共存するダンジョンというのは面白い。世界にあるいくつかのダンジョンは、有益だと判断されて、コアを破壊されずに守られている。中には王都にダンジョンがある国もあるくらいだ。ただ、どのダンジョンでも少なからず人が死ぬ。誰も死なないダンジョンなど、考え付いた者を儂は知らん。どんなダンジョンになるのか、楽しみでもある」



 一通りの要望を伝えると、お爺さんは満足げに頷いた。

 ダンジョンのことなど何もわからない私の空想に近い考えを、認めてもらえたのは嬉しかった。



「異世界に行くにあたって、儂からはユニークスキルといくつかのアイテムを授けよう。まずスキルは、其方の欲しがっている美容関連の品物を作るスキルだ。もちろん、何もないところから作り出すことはできないが、あちらで手に入る素材で、其方が欲しがっているものが作れるようにしておく。消費する魔力も多く、一日に何度も使えるようなスキルではないが、ダンジョンマスターとしてのレベルが上がれば、使える回数も増えるだろう。その他に、システムキッチンとミシン、それからこのタブレットを授けよう。タブレットには、これまで其方が見聞きした情報が詰まっている。料理や菓子のレシピや、衣装や宝飾品のデザインなどは特に役に立つだろう」



 お爺さんが手にしていたタブレットを差し出されて、反射的に受け取ったけれど、もらいすぎじゃないだろうか?

 いいのかな?と、心配になりつつ伺い見ると、お爺さんは可笑しそうに笑った。



「チートな能力をよこせと、際限なく要求する人間は多くいたが、心配されたのは初めてだ。これは償いと、それから、多くの国が滅ばないよう、ダンジョンマスターになってくれる其方への報酬も含んでいる。もちろん、報酬としては足りないから、国が滅ぶ未来を回避できた時には、他の報酬も何か考えよう。それから、和食の食材はあの世界では手に入らない。ダンジョンポイントで交換できるようにしておくから、欲しい分だけ交換して手に入れてほしい。その焼き菓子やケーキ、紅茶類も交換アイテムに入れておこう。これは他のダンジョンマスターも交換できるから、菓子類は特に喜ばれるだろうな」



 もう食べられないと思っていたケーキやお菓子が、これからも手に入るとわかって嬉しくなる。

 充実した食生活のためにも、頑張ってダンジョンポイントを稼ごう。

 まだまだたくさん、冒険者をダンジョンに留めるための方法を考えなければ。

 そう思うと、急にやる気がわいてきた。

 もしかしたら、私のモチベーションを上げるために、好物がダンジョンポイントで手に入るようにしてくれたのかもしれない。



「ありがとうございます。食生活が一番心配だったので、助かります。わからないことだらけなので、本当に私の考えたダンジョンが作れるのか、作れても存続できるのかどうかわかりませんけれど、精一杯頑張ってみようと思います。ゆっくりと考える時間をくださって、ありがとうございました」



 立ち上がり、感謝の気持ちを込めてお辞儀した。

 私は何も知らなかったのだから、償いなどと言わず放置することもできたはずなのに、こうして生きるチャンスをくれた。

 心が折れて、何もしたくなかった私に、生きる目標をくれた。

 私の好きなものを出してくれて、生きたいという欲を引き出してくれた。

 急かさず、私が納得いくまで考える時間をくれた。

 私が死んだ原因になったのかもしれないけれど、お爺さんには感謝の気持ちしかない。


 それに、先のことを考えることで、恋人に裏切られて辛かった気持ちが少しは癒されて、冷静に考えることもできるようになっていた。

 多分、母は私の恋人がどんな人なのか知りたくて、試すように誘惑したのだろう。

 彼は私の母だからという理由で呼び出しに応じて、百戦錬磨の母に手玉に取られてしまったのだと思う。

 もしかしたら、呼び出しすら、私の名前で行われた可能性もある。

 真実は今となっては知りようもないし、どちらも悪気はなかったんだと思いたい。

 許せるかどうかは別の問題だけれど。

 お爺さんに聞けば、もしかしたら真相を教えてくれるかもしれないけれど、聞こうとは思わなかった。

 今更、あの時の経緯を知ったところで、どうしようもないのだから。

 どちらにしても、もう二度と逢うことがない人達だ。

 私が自殺したのだと誤解していれば、多少なりともトラウマになっているかもしれないけれど、私だって好きで死んだわけではないので、それくらいは自分たちで乗り越えてほしい。



「困ったことがあったら、祈るといい。可能な限り助けよう。――これが、ダンジョンコアだ。まずは両手で握って、登録をしてほしい。ダンジョンを設置するのは、ドラゴンや強い魔物の多い危険地帯だから、儂が先に設置して、その後に送り届けよう」



 差し出された淡いブルーの水晶玉のようなものを受け取って、両手で包み込んだ。

 そうすると、手のひらから何かを吸い取られるような感覚がして、目の前に『ダンジョンコアに登録をして、ダンジョンマスターになりますか?』という、半透明の確認画面が浮かぶ。

 了承することを考えるだけで受け付けられて、頭の中に『登録が完了しました』という音声が流れた。

 淡いブルーから桜色のようなピンクに色が変わったコアをお爺さんに渡すと、一瞬だけお爺さんの姿が消えたけれど、すぐに戻ってくる。

 ダンジョンの設置に時間がかからないというよりも、この空間は外と時間の流れが違うのではないかと思う。

 


「では、送ろう。しばらく生活に困らないだけの物資は用意してある。ダンジョンに関する本なども置いてあるから、目を通しておくといい。一冊は共通説明書で、他のダンジョンマスターも同じものに目を通している。わからないことがあったら、まずは共通説明書を見るといい」



 お爺さんが言い終わると同時に空間が歪み、次の瞬間には見たことのない石造りの部屋にいた。

 さよならも言えなかったなと、ぼんやりと思いながら、立派な石の台座の上で、宙に浮くように存在している桜色のダンジョンコアを見た。

 



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