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楽しい日々の終わり  クライヴ視点

『暁』のサブリーダーのクライヴ視点です。



「ご歓談中失礼いたします。クライヴ様、こちらを我が主から預かってまいりました。お受け取りください」



 ダンジョンの中だというのに、我が国の王都よりも綺麗に整った街に辿り着き、パーティメンバーと一緒に夕食をとっていると、不意に従業員の一人に声を掛けられた。

 貴族でも、懐に余裕のある上級貴族しか使わないような上質の白い封筒を差し出され、何の警戒もなく受け取る。

 このダンジョン内で危険なことはないと、ここまでの道のりで思い知っていた。


 ダンジョンの攻略というよりは、まるで休暇を楽しむかのような日々を思い出して、頬が緩む。

 子供だった頃だって、こんなに思いっきり遊んだことはない。

 最初の迷路こそ苦労させられたが、命の危険がないとわかってからは、思う存分楽しめるようになった。

 草原の落とし穴でスライムの上に落ちるのは、不思議な弾力があって面白かったし、採掘になど初めて挑戦した。

 3層目では、初めて雪遊びを経験し、精霊達に習ってスキーという遊びも覚えた。

 次に行ったときは、もっと上手に滑ることができるだろう。

 温泉もロッジで出される酒も料理も極上だった。

 公爵家にいるときでさえ味わえないような酒は、さっき街中を歩いているときに見つけて、魔法鞄の容量が許す限り大量に買い込んできた。

 きっと父も兄達も喜んでくれることだろう。

 何より凄かったのは4層だ。

 4層は娯楽施設だらけで、何に挑戦しても楽しかった。

 塩辛い海水に驚きながらも初めて水泳に挑戦して、日焼けで苦しむことになった。

 水着は最初こそ下着姿のようで破廉恥だと思ったが、水の中に入ってみれば、服を着て泳ぐことが難しいのだと理解できたので、すぐに慣れてしまった。

 アニスのビキニとかいう水着姿を見て、ベイルの鼻の下が伸び切っていたが、あれはいつものことか。

 いつか親の決めた相手と結婚することが当然だと思っていたのに、相思相愛の二人が少し羨ましかった。

 心底惚れた相手と一緒に、このダンジョンで過ごせたらどんなに楽しいことだろうと考えてしまった。



「お手数ですが、すぐにご確認いただけますか?」



 ダンジョンに入ってからの日々を思い起こしていると、手紙を持ってきた従業員が、控えめに声を掛けてくる。

 ここだけでなく、どこにいっても、ダンジョン内で働く者たちの教育は行き届いていた。

 アイテムバッグからペーパーナイフを取り出して封を開けると、封筒と同じ上質な便せんが折りたたまれて入っていた。

 綺麗な透かし模様のある便せんには、短いメッセージが書き連ねてある。

 どうやら、このダンジョンの一層に、我が領の騎士団と王国の騎士団がやって来ているらしい。

 これからダンジョンを攻略するのだろうから、入り口に滞在している間に逢いに行けば、以前ラザールに預けた手紙に書いたよりも更に詳しい情報を伝えられる。

 どうせ危険はないのだから、先に一人だけ入り口に転移するのもいいだろうか。

 この層にある転送陣で入り口に戻れることは、既に調べてあった。

 それにしても、この手紙の主は親切なことだ。

 私が騎士団とすれ違ったとしても、手紙の主には何の影響もないだろうに、わざわざこうして教えてくれた。



「すぐに行くと伝えてほしいと、言伝を頼めるか?」



 銀貨を一枚チップ代わりに渡して伝言を頼むと、変に遠慮するでもなく、かといって媚びるわけでもなく受け取って、「畏まりました」と、礼儀作法の見本のような礼が返ってくる。

 我が家にスカウトしたいほどに、よく教育された従業員だ。

 宿などで働く従業員のほとんどが奴隷のようだが、聞いた話によるとほとんどが平民で、しかも貧しい農村の出が多いのだという。

 平民でも教育次第でこれほどまでに変わるのかと、話を聞いた時には驚かされた。

 しかも彼らの主に対する忠誠は、疑うところがない。

 気安く会話の相手も務めてくれるようでいて、このダンジョンやダンジョンマスターに関しては口が堅かった。

 出していい情報とそうでない情報がしっかりと選別されていて、それを徹底して守っている。

 主である猫精霊様から口止めされているというのもあるようだが、それがなかったとしても口を割ることはなかっただろう。

 誰もが奴隷としてはあり得ないような好待遇に感謝して、精一杯働いているようだ。



「なんで、リーダーのベイル宛じゃなくて、クライヴ宛なの?」



 黙ってやり取りを見ていたビアンカが、不思議そうに尋ねてくる。

 彼女は時々、わざと空気を読まない。

 以前から想いを寄せられているのに気づいていたが、同じパーティのメンバーを遊び相手にするわけにもいかず、気づかない振りをしていた。

 今は自由に冒険者をやらせてもらっていても、私はいつか公爵家に帰り、貴族としての務めを果たすことになる。

 貴族の世界に戻る以上、結婚相手を自分で選ぶことは多分できないし、ビアンカは結婚したいような相手ではない。

 冒険者としては一流だが、気が強くて一緒にいると気が休まらないし、もしも結婚相手として連れていくことを認められたとしても、平民として生きてきて、自身の能力で今の地位を得た我の強い彼女が、貴族社会に馴染むのは難しいだろう。

 だから本音としては、いい加減に私のことは諦めてほしい。

 恋愛沙汰で揉めたりすると、思わぬ災いを招くこともある。

 特に命の危険と隣り合わせの冒険者がパーティ内で揉めたりすると、いざという時に命取りになりかねない。


 そろそろ、潮時なのだろうか。

 1年ほど前にチェルシーがパーティに加入してから、チェルシーに私を取られないよう、ビアンカは牽制するようになった。

 チェルシーの性格がのんびりとしていて、笑顔で受け流していたから問題にならなかっただけだ。

 結婚したベイルが、危険な冒険者業から手を引くことを考えているのも、何となく伝わってきていた。

 ベイルが引退するならアニスも引退するだろうし、二人がいなくなったパーティに残りたいとは思えない。

 私が公爵家に帰るときは、同じパーティにいるダグラスも一緒に帰るから、残るのはビアンカとチェルシーだけになる。

 ダグラスは元々公爵家に仕えている暗部の者で、私の警護もかねて一緒に冒険者として活動していた。

 このダンジョンの迷路の罠では苦労していたが、ダグラスは優秀な男で、毒などの取り扱いには特に詳しいし、情報収集も上手い。

 夜這いを掛けようとする女がいた時、さり気なく邪魔してくれるのもダグラスだった。



「それは、『暁』に用があるんじゃなくて、俺に用があるからだ。悪いが、俺は用事ができたから、しばらく別行動をとらせてもらう」


「何言ってるの!? しばらくっていつまでよ? 来る時と違ってラザールはいないんだから、クライヴ抜きじゃ、不帰の森を抜けられないじゃない」



 残っていた酒を飲み干して立ち上がると、まだしっかりと説明していないのに、ビアンカが感情的な言葉を発する。

 一層に行くと言えば、間違いなくついていくと言い出すだろう。

 だから行き先を言わず、数日後に入り口で待ち合わせをした方がいい。

 ベイルを見ると、俺の言動で公爵家絡みの用だと理解してくれたようだ。

 後はベイルとダグラスに任せて大丈夫だろう。



「ビアンカ、ここではクライヴがいなくったって命の危険があるわけじゃないんだ。だから好きにさせてやれよ。別にクライヴが、一人で帰るとか言い出したわけじゃないんだからさ」



 やんわりとベイルが窘めると、それ以上は何も言えなくなったらしい。

 ビアンカが黙っているうちにと、店を出ることにする。



「3日あれば片付くはずだ。3日後に入り口の宿で逢おう」



 一方的に約束を取り付け、さっさと外に出た。

 ビアンカが追いかけてくる前に、転移陣に向かい、さっさと入り口に転移する。

 一方通行だから、ここから5層に戻ることはできないが、幸い、魔法鞄いっぱいに買い物は済ませてあったので、問題は何もない。

 転移した先は、入り口にある宿の前だった。

 宿に入るとすぐに、ラザールにリタと呼ばれていた赤毛の娘が気づいてくれて、宿の一室に案内される。

 王国騎士団も滞在しているので、念のため、私の姿が見られないようにと気遣ってくれたのだろう。

 私が冒険者をしているのは有名な話で、王国騎士団と特別確執があるわけではないけれど、まずは私設騎士団の団長と話をしておきたいので助かった。



「お待ちしていました、クライヴ様」



 部屋で待っていたのは、バシェリー公爵家の私設騎士団団長のイアンだった。

 公爵家の分家の三男である彼は、私の剣術の師匠でもある。

 私の父よりも祖父に近い年齢の彼は、私にとって厳しくも温かい師だった。

 私が短期間でAランクの冒険者になれたのも、幼い頃から彼が鍛えてくれたおかげだ。



「団長自らやってくるとは思わなかったよ。いい酒を手に入れたんだ、一緒に飲まないか?」



 魔法鞄から、コメという穀物で作られた珍しい酒を取り出して、美しいガラス製のテーブルの上に置いた。

 この宿には私も泊まったが、置かれている調度も素晴らしく、珍しいものの多かった。

 下が透けて見えるほどに透明なガラスを使ったテーブルもその一つで、手に入るのならば購入したいほどだ。

 粗野な冒険者相手の宿に置いてあるのはもったいないような逸品だった。



「この宿の食堂にあった酒とはまた違うようですね。ご相伴に預かりましょう」



 私の対面のソファに腰掛け、従者にグラスを用意させる。

 背が高く体格のいいイアンでもゆったりと座れるソファは、寝椅子にもできそうなほどに座り心地がいいものだ。

 しばらくの間贅沢な暮らしをしていたので、ダンジョンから出た後は色々と不便を感じそうだ。

 まず、ベッドの寝心地からして違うのだから、ダンジョンに戻りたいと思ってしまうかもしれない。

 もうすぐこのダンジョンを出ることに名残惜しさを感じながら、酒の封を切り、人払いをした。

 どうせダンジョンを攻略すれば知りえる情報だけど、部下に知らせるかどうかを判断するのはイアンだ。

 次期団長に決まっているとはいえ、今の私は騎士団とは無縁の冒険者なのだから。



「随分面白いダンジョンのようですね。クライヴ様の手紙を読んで、年甲斐もなくわくわくとしてしまったので、仕事を副団長に押し付けてやって来たのですよ」



 団長が自由奔放だと、補佐する副団長は苦労性になる。

 苦労しているせいか、副団長はイアンよりも20は若いというのに、頭髪が寂しくなっている。

 事前情報でダンジョンに辿り着きさえすれば危険はないとわかっていても、今回は王子を含めた王国騎士団も同行しているようだし、メンバーの選別だけでも一苦労だっただろう。

 雑事を投げられたに違いない副団長に同情してしまう。

 多分、この自由奔放な団長よりは、私の方がまだ常識人なはずだけど、今はまだ団長になりたくない。

 まだもうしばらくは冒険者でいたい。

 自由な時間の終わりが見えてきたけれど、できるだけ先に延ばしたいと思うのは、往生際が悪いだろうか?

 でもできるなら、自由でいられるうちに、『冒険者の俺』と『貴族である私』の両方を受け入れてくれる人と出逢いたいのだ。

 結婚は自分の自由にならないと思いつつも、どこかに私のすべてを受け入れてくれる人がいるのではないかという希望を捨てきれない。

 父を説得してでも迎え入れたくなるような女性と出逢いたい。

 


「老体には厳しい場所もあるかもしれないが、中々楽しいダンジョンだったよ。といっても、私が辿り着いたのは5層までで、そこから先に進む道は見つけられなかったのだが……。ダンジョンの情報をくれる従業員の話では、6層以降はまだ解放されていないそうだ」



 一つの層がかなり広かったので、攻略にはあり得ないほどに時間がかかった。

 かなり長くダンジョンに籠っていたのに、到達したのが5層までだと知って、イアンは驚きを隠せないようだ。



「心して攻略に掛からなければならないようですね。命の危険はないと聞いていますが、代わりに誘惑が多そうです」



 ニホンシュというコメでできた辛口の酒を一口飲んで、イアンが目を瞠る。

 この酒一つでも、酒好きを惹きつけてしまうだろう。

 ここには、外で手に入らない魅惑的なものが多すぎる。



「誘惑は確かに多かった。心弱い者ならば、外に出るのを嫌がるかもしれないな」



 ダンジョンに入ってからの楽しいとしか言いようがなかった日々を思い出すと、自然に笑みが浮かぶ。

 そんな私の表情に気づいたイアンは、好奇心を隠しもせずに質問を重ねてきた。

 イアンに尋ねられるまま、私はダンジョンで過ごした日々を話していく。

 一から話をすることで、その時々の驚きや喜び、楽しみなどが蘇ってきた。

 多分、私の人生で一番楽しい時間だった。

 事前に情報を得ていても、きっとイアンは何度も驚くことになるだろう。

 その様子を見られないのが少し残念だった。




できるだけこまめに更新したいのですが、お盆休み前ということもあって忙しく、自分の時間がなかなかもてません。

もう少しストックはあるのですが、一区切りつくところまで書き上げて、矛盾点がないか読み返してから投稿したいので、しばらく投稿はお休みします。

あまりお待たせすることのないように頑張りますので、また読んでいただけると嬉しいです。


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