無自覚 セオドア視点
「なぁ、カヤ、入れ込み過ぎじゃねぇ?」
何にとも誰にとも言わず、強い酒を舐めるように飲みながら、ラジィが問いかけてくる。
ラジィから見て、カヤ様のアメリアへの入れ込みようは、不思議に感じるのだろう。
「過去の自分と、重ねているのだろう。恋人と実の母に裏切られて、カヤ様は命を落とすことになったようだから」
何でもないことのように軽く話していたけれど、カヤ様の心の傷なのだと伝わってきた。
ただでさえ母親に対しては色々と鬱屈した思いを抱えていたようだったのに、更に死ぬ原因となったので更に拗らせてしまったようだった。
「カヤみたいないい女の恋人になれた幸運に、感謝もせずに浮気するとか、あのクズ男並みの馬鹿だな」
吐き捨てるように言いながら、ラジィはグラスの酒を煽った。
強い酒なのに無茶な飲み方をするから、少し咽ている。
馬鹿のために水を出してやりながら、カヤ様の憂いをなくすいい手段がないかと思いを巡らせる。
「アメリアが幸せになり、アメリアを貶めた者たちが断罪されるよう、協力するしかありませんね。アメリアの父からアメリアを解放するには十分すぎるほどの代価をいただきましたから、既に彼女は奴隷ではありませんし、特別扱いすることにはならないでしょう」
既に奴隷契約は破棄したので、アメリアは客人ということになっている。
今まではカヤ様のメイド件教育係ということで、こちらの貴族の常識を教えてもらっていたけれど、カヤ様は優秀だからすぐに教師は必要なくなった。
メイドの仕事に関しても、元々貴族令嬢であるアメリアにできることなど限られているし、エイミーやベラがいれば十分なので、今までもほとんど名ばかりのメイドだったから、立場が変わったところで何ら問題はないだろう。
「ここのダンジョンの安全性が知れ渡った後なら、セオドアが記憶をなくしていたアメリアをダンジョンで匿っていたとか、適当な話を作れば、悪い噂も払拭できるんじゃないか? ついでに、このダンジョンとシルヴァ王国を繋ぐ役割を与えれば、貴族社会でも地位を保てるだろ? カヤのユニークスキルで作る物は、どれも貴族女性がこぞって欲しがるような物らしいから、アメリアを通してそれを手に入れられるとなれば、社交界でアメリアは一目置かれるはずだ」
人間社会で長く生きているラジィが、酔っている割にまともな意見を口にする。
確かに、アメリアを通して国の上層部と取引ができるのは悪くない。
カヤ様は6層以降に風光明媚な別荘地を作っているから、ダンジョンマスターのスキルによって建てられる別荘を、将来的には売りに出すことになるだろう。
魔物の危険がまったくなく、療養に適した気候の別荘など、いくら貴族でも、外では簡単に手に入るものではない。
それが手に入れられるとなれば、ダンジョンコアを壊される危険がほぼなくなる。
何年先の話になるかわからないが、このダンジョンが各国の交流の場になる可能性もある。
もっともその前に、不帰の森を抜けるための街道を整備しなければならないだろう。
馬車の通れる街道ができれば、今は徒歩で3日かかる道のりを、1日~2日で移動できるようになる。
最初は、街道を通っているときに魔物に襲われることがないように、結界の魔道具のようなものを作れないかと考えていたが、ろくな守りのない村などで魔物避けに植えられている樹木を、ギルベルトが品種改良してくれた。
ギルベルトの話では、魔物の嫌う臭いを発する樹木なので、魔物が近づいてこないらしい。
不帰の森の魔物にどの程度の効果があるのかわからないが、品種改良済みの魔物避けを街道沿いに植えれば、危険の少ない街道ができるだろう。
まずはダンジョンの入り口を少し切り開いて、魔物避けの木を植えてみた。
しばらく様子を見れば、どの程度の効果があるのかわかるはずだ。
開けたスペースに、将来は馬車や馬を預かる施設を作る予定だ。
ダンジョンの外なので、一から建物を建てなければならないのが面倒だが、商人などを呼び寄せるために必要な施設だから仕方がない。
街道以外の場所でも使える貴重な魔物避けの木だから、取引材料としても有効活用させてもらうつもりだ。
ギルベルトの努力を、決して無駄にはしない。
「偶然、騎士団の任務でダンジョンにやって来た兄と再会して、その時に記憶を取り戻したとなれば、まるで小説のような美談になりますね。アメリアに橋渡し役を頼むにしても、カヤ様のスキルで作られる品には限りがありますから、少し出し渋って、価値を高めなければなりません。特に化粧品は、かなりの高額にしても問題ないでしょう。購入するのはお金の有り余っている富裕層でしょうから」
カヤ様が自らお作りになった品というだけで価値があるのだから、手に入れられるだけでもありがたいと思ってもらわなければ。
事実、カヤ様の作られる化粧品は、この世界で出回っているものとは比べ物にならないくらいに優れている。
美に執着する淫魔族が飛びつくくらいだ、その効果も知れようというものだろう。
私やラジィがダンジョンから出られないカヤ様の代わりに表に立ち、カヤ様の有利になるように交渉を進めなければならない。
貴族として生まれ育ったアメリアは、今後とても役に立つだろう。
アメリアの兄を介して、シルヴァ王国の王子をダンジョンに連れてくることができたのも、アメリアがダンジョンにいたからだ。
「吟遊詩人に歌ってもらうか? 女の好きそうな波乱万丈の物語になりそうだな。更に恋愛要素が入れば完璧なんだが、助けたのがお前じゃなぁ。ヒーローにはなれねぇな」
からかうような笑みを浮かべたラジィの額を、軽く小突く。
大げさに痛がっているのを横目で見ながら、カヤ様が教えてくださったカクテルという飲み物を口にした。
あまり酒にいい思い出のない私でも、飲みやすいカクテルなら楽しめる。
中には口当たりがいいのに強いものもあるようだけど、カヤ様は私のために酒に弱くても楽しめるカクテルを教えてくださった。
私の主は心優しく気遣いに溢れていて、とても素晴らしい最高の主だ。
「私はカヤ様のヒーローにしかなりたくない。私がお助けするのはカヤ様のみで、他を助けることがあったとしても、助けることがカヤ様のためになるときだけだ。ラジィもそうだろう? 誰にも縛られない野良ドラゴンが、カヤ様の屋敷に巣を作って、まるで宝を守るようにカヤ様を守ろうとしている。宝を巣に隠すのは、ドラゴンの習性だからな」
住む場所なら、カヤ様の屋敷じゃなくても、このダンジョンの中にいくらだってある。
けれど、私を呼びつけて居住区に転移させるという面倒な手段をとってまで屋敷に戻ってくるのは、既にあの屋敷の客間がラジィの巣だからだ。
図星をつかれたのか、それとも自覚がなかったのか、そっぽを向いているラジィの頬が赤い。
馬鹿め、お前の気持ちなど、とっくにお見通しだ。
カヤ様に惚れるのは勝手だが、妨害はしても協力は一切しないから覚悟するがいい。




