家族
『お兄様っ!』
金髪にアメリアと同じ空色の瞳をした背の高い男性の姿を見た途端、アメリアは瞳を潤ませながら駆け寄った。
今日のアメリアは、久しぶりにお兄さんに逢うのだからと、綺麗にドレスアップして踵の高い靴を履いているのに、苦も無く走るのだから凄い。
『アメリアっ、無事でよかった』
両手を広げてアメリアを受け止めたカミーユさんが、優しい手つきでアメリアを抱きしめて、瞳を覗き込んでいる。
兄妹の再会する様子をモニターで見ながら、溢れる涙を止められなかった。
カミーユさんがダンジョンにやって来ることが決まってから、既に一月経っている。
第三王子もメンバーに含んでいたので、危険な不帰の森に入ることに周囲が難色を示したらしく、説得してダンジョンにやって来るまでが一苦労だったようだ。
クライヴさんの実家のバシェリー公爵家の私設騎士団も同行することで、何とかダンジョンに行くことを認められたらしい。
今日の午後になって漸くダンジョンに辿り着いて、全員がまずは宿に落ち着いたところだった。
一部屋をアメリアのために抑えていたので、その部屋にカミーユさんが訪ねてきて、秘密裏に再会することができた。
カミーユさんの妹がダンジョンにいることは、まだ極秘事項なので、騎士団の他の人達に知られるわけにはいかない。
王子はアメリアさんがいると知っているけど、兄弟水入らずで過ごせるように遠慮しているようだ。
『心配をかけて、ごめんなさい。……それに、家名に傷をつけるようなことになってしまって、申し訳ありません、お兄様』
酷い噂が流れているということは、アメリアには伝えていない。
けれどアメリアは聡いから、自分がどういった状況に陥っているのか、予測がついているのだろう。
『アメリアは何一つ悪くないのだから、気にしなくていい。それにジュリアス様が、必ずアメリアが貴族社会に戻れるようにすると、約束してくださったから安心しなさい』
謝るアメリアを優しく宥めながら、流れるようにエスコートしてソファに腰掛けさせる。
カミーユさんは騎士にしては線の細いとても優し気な人で、顔立ちも美しくて、どちらかというと中性的だ。
アメリアが可愛くて仕方がないのだと、見ているだけで伝わってくるほどに眼差しが優しい。
あんなに優しそうなお兄さんがいるアメリアが、凄く羨ましい。
私は一人っ子だったから、兄弟に対する憧れが強いのかもしれない。
『殿下にまでご迷惑をおかけするわけにはいきませんわ。私は、貴族社会に戻れなくとも、このままここで生きていければいいのです。お父様やお兄様に逢えなくなってしまうのは寂しいですけれど、一度奴隷に身を落とした私に、まともな嫁ぎ先があるとは思えませんし、それならばいっそ、私を買って助けてくださった主に仕えるのがいいのではないかと思うのです。……お兄様、私は、15歳になったら性奴隷として売られることになっていました。騎士団にお勤めのお兄様なら、私が、どういった境遇にあったのか、おわかりになるでしょう?』
青ざめて震える声で、過去の自分がどう扱われていたのか話したアメリアは、それでも気丈にカミーユさんを見つめた。
奴隷として売られていたことは知っていても、アメリアに聞かされたことが思いがけないことだったのか、カミーユさんは酷いショックを受けたようだ。
『あの男、八つ裂きにして殺してやりたい……。いや、私も悪かったのだな。あの後妻がきてから、アメリアは手紙で不安を訴えていたというのに、真剣に取り合わなかったのだから。忙しいなどと言わず、もっと家に帰って、自分の目で様子を見ておくべきだった。父上はまだ元気なのだから、後を継ぐのはずっと先のことだと、自分のことにばかりにかまけていたせいで、アメリアを辛い目にあわせた。すまない、アメリア』
心から後悔しているようで、カミーユさんは床に膝をついて、アメリアに謝っている。
ラザールさんに聞いた話だと、アメリアの悪い噂が流れたことで、カミーユさんも婚約を破棄されたらしい。
自分だって大変だったのに、そんなことは微塵も感じさせずにカミーユさんは妹を気遣う。
話に聞いていた以上に仲のいい兄妹のようだ。
何も悪くないアメリアが辛い目に遭ったことの方が、カミーユさんにとっては辛いことなのだろう。
『……何度も、何度もっ……死のうとしたのですっ……でも、奴隷だから、死ねなくてっ……死のうとするたびに、悍ましい調教を受けなければならなくてっ』
とうとう我慢しきれないように涙を零しながら、アメリアが辛い過去を吐露する。
カミーユさんは何度も何度も謝りながら、アメリアをきつく抱きしめた。
『アメリアっ、すまなかった……アメリアが苦しんでいた時に、助けることもできない兄で、本当にすまない』
『……仕方のないことですもの。今こうして、逢いに来てくださっただけで、十分です。でも、貴族社会に戻るのは、怖いのです。穢れた娘だと、貴族としての誇りをもって死ぬこともできなかった娘だと突き付けられそうで、恐ろしくてたまりません』
私には決して見せない弱い部分を晒しているアメリアを、覗き見ていることに罪悪感を感じた。
アメリアが今もこんなに苦しんでいることに、私は気づかなかった。
段々笑顔が増えて明るくなってきたから、過去は吹っ切れたものだと思っていた。
辛い過去がそんなに簡単に忘れられるものではないと、身をもって知っているのに……。
私は何もわかってなかったのだと思いながら、モニターを切り替える。
これ以上、二人のやり取りを見続けることはできなかった。
騎士団の前にやって来た冒険者達は少しずつダンジョンを攻略していて、一番最初にダンジョンにやって来たベイルさん達は、とうとう街エリアまで辿り着いた。
今は街のあちこちを見て回っているようだけど、ここは商取引を目的として作ったエリアだから、今までの層とも趣が違っていてかなり戸惑っているようだ。
ここでは戦うことも宝を手に入れることもないし、買い物をしたり宿に泊まったりと消費するばかりだから、他のダンジョンと比べると勝手が違い過ぎるだろう。
一応ルールに沿って、宝箱は最低数設置してあるけれど、一般の人が立ち入れないような場所に出現しているので、中身を手に入れることはできない。
ここは外で転売することを目的に、外では扱ってないような商品を仕入れるための場所だから、ある程度の経済力がない人には辛いだけのエリアだ。
他の層に転移はできるから、仕入れた商品や情報を売るために一度ダンジョンを出るのも手だと思う。
今ならば、入り口に転移すればクライヴさんの家の私設騎士団とも情報交換などができるし、タイミングとしては最適なのだけど、私がそれを教えるわけにはいかない。
騎士団を案内してきたラザールさんが入り口の宿にいるから、セオに伝言を頼むべきだろうか?
どうするのが最善なのか、アメリアのことが気になって、上手く考えがまとまらない。
気持ちを切り替えようと、居住区の屋敷に転移した。
出迎えてくれたセオの顔を見た途端に気持ちが緩んで、私の家族もここにいたのだと気づいた。
家族といるアメリアを見て、孤独を感じて寂しかったのだと気づかされた。
突然抱きついてきた私の頭を、セオはいつものように優しく撫でてくれた。
セオがいるから私は一人じゃない、そう感じられて、孤独感は消えてなくなった。




