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「やっぱり、カヤの作ったお菓子が一番美味い」



 幸せそうにフルーツタルトを食べながら褒められて、嬉しくなってしまいながら「ありがとう」とお礼の言葉を返した。

 セオもだけど、ラザールさんも料理やお菓子の作り甲斐がある人だ。

 何を作っても喜んでくれるので、色々と作りたくなってしまう。



「お礼を言うのは、俺の方だ。こんなに美味いタルトを作ってくれて、ありがとう、カヤ」



 大きく切り分けたタルトを食べる様は、ちょっと可愛くも見える。

 ラザールさんは超絶美形なのに、中身は結構親しみやすくて可愛いと思う。

 すっかり食いしん坊のイメージがついてしまって、毎回餌付けをしている気分だ。



「どういたしまして。私の我儘で仕事を増やしてしまったから、そのお礼よ。いくらSランクの冒険者でも、騎士団に勤める人と接触するのは手間がかかったでしょう? アメリアのお兄さんは騎士団の寮に入っているという話だったし」



 冒険者もSランクになれば、高位貴族と同じような扱いを受けるらしいけど、自由を愛する冒険者は権力者には近づきたがらない。

 ラザールさんもそういうタイプで、今まで拠点を持たずに旅をしていたのは、一つの国に居つくことで、権力者たちに利用されるのが嫌だったからだそうだ。

 そのラザールさんが、今は私のダンジョンを拠点にして、色んな協力をしてくれている。

 その代価として、街エリアにある家をプレゼントしようとしたけれど、家は持て余すからと言って、居住区にある私の屋敷の客間に居ついている。

 屋敷の中ならいつでもご飯が食べられるし、すぐにセオと打ち合わせもできるので楽でいいそうだ。

 ラザールさんは契約を交わした人ではないけれど、居住区の精霊達にも受け入れられていた。

 セオ以外にも古い付き合いの精霊が何人かいるみたいで、たまに屋敷の外で飲み明かしているようだ。

 


「クライヴのおかげで、面会自体はそんなに手間がかからなかった。その代わりにと、公爵家にお使いも頼まれたけど、セオに転移の腕輪をもらったから、移動は楽だったし。それで、結論から言うと、今はアメリアを家に戻さない方がいい」



 フォークを置いて、真顔になったラザールさんが、少し厳しい表情で断言した。



「理由を、聞かせてくれますか?」



 妹が生きていたと知れば、すぐにでも引き取りたいと言い出すのではないかと予測していたから、どうしてアメリアが戻れないのか、それが不思議でならない。

 アメリアには幸せになってほしいから、しっかりと現状を把握しておきたかった。



「今アメリアが家に戻っても、辛い思いをするだけだから。どういうわけか、アメリアが暴漢に襲われて売られたっていう噂が流れているらしい。実際に奴隷商に売られてたわけだが、それが貴族の令嬢にとっては取り返しのつかない傷だってことは、カヤにもわかるだろ?」



 ラザールさんの問いに、苦々しい思いで頷いた。

 アメリアが悪いわけではないのに、売られたという噂が流れただけでも、貴族社会でアメリアは傷物として扱われるのだろう。

 処女性を重視しなくなってきた日本でだって、レイプの被害者は色眼鏡で見られることがあった。

 セカンドレイプなんて言葉もあったくらいだ。

 女性は爵位を継ぐことができないという、完全な男性優位の社会で、現在のアメリアがどれだけ辛い立場に立たされているのか、簡単に想像がつく。



「街で買い物をしているときに攫われたアメリアを、家族は必死に探していた。当日、護衛としてついていたのは婚約者の家で雇った者ばかりだったけれど、しっかりと口止めをして、秘密裏に捜索していたそうだ。それなのに、アメリアが売られたという噂が流れた。一度流れた噂を消すことは難しくて、違う噂で上書きするくらいしか対処法はない」


「やっぱり、裏切ったのが婚約者だったから、わざと噂を流したのかな? アメリアが戻って来ても、そんな噂があれば婚約は解消するしかなくなるもの」



 アメリアが奴隷商から聞かされた話が真実とは限らない。

 だから、もしかしたら婚約者が裏切ったというのは何かの間違いなんじゃないかと、そう思う気持ちもあった。

 けれど、限られた人しか知らない情報が噂として流れているのは、婚約者が関わっているからなのだろう。



「アメリアがいなくなってすぐに、アメリアとの婚約破棄と義妹との婚約を言い出したそうだから、すべてはその婚約者が仕組んだことだろうな。その辺りは、カミーユが父親と相談して詳しく調べると言っていた。カミーユも独自に調査していてね、あの日に限って、義母と義妹が別々に買い物に出て、それぞれ護衛達を連れ出していたことに疑問を持っていたんだ。いつもなら商人を呼びつけるか、二人で一緒に買い物に出ていたそうだから」



 アメリアのお兄さんのカミーユさんも、アメリアの行方を捜してくれていたのだと知って、ホッとした。

 血の繋がった家族にまで見捨てられたら、アメリアがあまりにも可哀そうだ。



「あの日、約束もないのに急に婚約者が誘いに来たって、アメリアが話してたわ。護衛の数が少ないから家で過ごしましょうって言ったのに、どうしても見せたいものがあるからって、珍しく強引に誘われたんだって」



 アメリアにとっては辛い記憶だから、攫われた日のことやその後のことを口にすることはあまりない。

 私のメイドになった頃と比べて、今はとても明るくなったけれど、それでも、過去のことを思い出すととても辛そうだった。


 アメリアが攫われたのは、やっぱりすべて仕組まれていたからなのか。

 伯爵家の護衛を義母や義妹に連れ出してもらったのなら、二人も共犯なのだろう。

 婚約者が連れていたのが本物の護衛とは限らないし、攫われたのも護衛とはぐれたのではなく、意図的に危険な場所に連れ込まれたのかもしれない。



「最低な男だな。婚約者を無理やり連れだして奴隷商に売り、その上酷い噂まで流して、次は義妹と婚約しようとするなんて。婚約に関しては、アメリアの父親が反対して、まだ成立していないらしい。アメリアを連れ出して行方不明にさせたのに、その責任を感じることもなく、婚約破棄を言い出した段階で見切りをつけていたそうだから」



 話を聞く限り、アメリアのお父さんもまともな人のようだ。

 婚約者は最低のクズみたいだけど。

 同じように感じているのか、ラザールさんも婚約者の事を話すときは、嫌悪感を露わにしている。

 


「今回、俺がカミーユに接触したことで、どんな風にアメリアが攫われたのかが伝わったけど、彼らを断罪するだけの証拠がないんだ。アメリアの証言だけでは弱いし、アメリアを奴隷にした奴隷商は、違法奴隷を扱っているということですでに摘発されていて、犯罪奴隷として強制労働中だから、いつ死んでもおかしくないらしい。どちらにしても、奴隷商に証言なんかさせたら、悪い噂を肯定するだけだから、そんな方法を取るくらいなら、秘密裏に処分する方を選ぶだろうけど……」



 悪い奴隷商が捕まっているのはとてもいいことだけど、秘密裏に処分って何?

 もしかして暗殺とかそういう処分なのかしら?と、ドキドキとしていると、私のそばに控えていたセオが、ラザールさんの頭をぽかっと殴った。

 猫の手で殴ってもあまり痛そうには見えないんだけど、ラザールさんは頭を抱えて痛がってる。

 そんなに痛かったのかな?



「カヤ様に話をするのなら、言葉を選べ」



 セオは私が怖がったのではないかと、気遣って殴ったようだ。

 過保護だけど、でも、セオに気遣われるのは嬉しい。



「セオ、大丈夫よ。話を聞きたがったのは、私なんだから。それにね、何の罪もないアメリアを罠に嵌めた人なんて、どんな目に遭っても仕方がないと思うわ。セオがアメリアを買ってくれたから、最悪の事態だけは免れたけど、でも、アメリアはとても辛い思いをしたんだから」



 セオが買ってくれなかったら、性奴隷として売られていたはずなのだと聞いている。

 何不自由なく育った貴族のお嬢様には、死ぬよりも辛い日々だったのではないだろうか。



「……あぁ、痛かった。セオは、ホント、過保護だよなぁ」


「もう一発、殴られますか?」



 悶えるほどの痛みから復活したラザールさんが軽口をたたくと、セオが軽く脅しをかける。

 いつもの仲のいいやり取りだ。



「いや、遠慮しとく。それより、カミーユはシルヴァ王国の第三王子の側近らしいんだ。だから近々、騎士団に所属している第三王子も含めた騎士達を、ここに案内することになったから。安全で宝が手に入るダンジョンがあるとなれば、森の周辺の他の国の騎士団もいずれ派遣されるだろうけど、その中でシルヴァ王国の騎士団はかなりまともな部類だから、先に繋がりを持っておくのも悪くないはずだ」



 アメリアのことを伝えてもらうだけのつもりだったのに、ラザールさんはダンジョンのためにも動いてくれていたようだ。

 不帰の森はどの国のものでもないから、このダンジョンはどの国も所有できない。

 だけど、ダンジョン自体が有益で危険がないとわかれば、所有権を争われる危険も出て来る。

 不帰の森が前ほど難攻不落ではないこともあって、森を自国の領土だと主張する国が出るかもしれない。

 だからできるなら、所有権争いが起きないようにしたい。

 その対策をとるためには、外の国との繋がりも必要だ。

 それに、カミーユさんがダンジョンまできてくれるのなら、アメリアと逢わせられる。

 無事であることを自分の目で確認できれば、カミーユさんも安心できるのではないだろうか。



「ラジィにしては頭が回りましたね。第三王子を通して王族を味方につけられれば、ダンジョンの外に道を作る計画がやりやすくなります。ラジィが使いを頼まれたのなら、公爵家の私設騎士団もやってくるでしょうし」


「結構気さくな王子だった。俺のことを知ってたみたいで、好奇心でカミーユについてきたんだけど、味方に引き込むには良さそうな人だったから、アメリアをダンジョンで保護していると話したんだ。クライヴがちょうどここにいるのも都合が良かった。ダンジョン内のある程度の情報は、クライヴから公爵家に流れているから、王子ならその情報も得られるだろう」



 Sランクのラザールさんだったからこそ、王子の興味を引けたということか。

 最初の予定では、アメリアを保護しているということしか伝えないはずだったから、大幅な予定変更になってしまってるけれど、いい方に事は進んでいるようだ。

 


「騎士団って、不帰の森を抜けられるくらい強いの?」



 大国だから、騎士の数はきっと多いんだろうし、強いならたくさんの騎士たちで、3国同時に森を攻略とかできなかったのかなぁ?

 魔物相手の戦いは、あまり得意じゃないんだろうか?

 それとも、国同士があまり仲良くないのかな?

 アメリアの話では、森の周辺の3国は、不帰の森から出て来る凶悪な魔物を倒すための砦なので、周辺の国に戦争を仕掛けてくる国はないということだった。

 戦争に勝って征服しても、今度は自分たちが不帰の森の魔物に対応しなくてはいけなくなる。

 それくらいなら、違う国を征服した方がいいということらしい。

 けれど、不帰の森ほどでなくても、魔物はどこにでもいるし土地は余っているから、領土を広げるための戦争を仕掛けることは滅多にないそうだ。

 私の問いかけに、ラザールさんは苦笑しながら頭を振る。



「強い人は一握りだ。跡継ぎのスペアにもならない貴族の三男以降は、騎士団に入ることも多いけど、騎士とは名ばかりの軟弱者も多いよ。特に身分が高いやつは、家の力で出世するから、弱い癖に威張ってる。アメリアの元婚約者もそういう一人だそうだ」


「あのクズ男は侯爵家の四男でしたか。四男ではありますが、唯一の正妻の子らしく、誰が次期侯爵になるのか揉めているようですよ。アメリアとの婚約も、歴史が古く財力もある伯爵家を味方につけることで、家督争いに優位になるようにと、正妻の実家が取りまとめたものなのですが、愚か過ぎて、自分の婚約がどれだけ自分の将来にかかわってくるものか、理解していなかったようです」



 賭け事に手を出して借金を作るような人だし、自分に甘い人なんだろうなと思った。

 政略結婚だから、アメリアでなく義妹の方でも同じだと思ったのかもしれないけど、後妻の連れ子では、政略にならないような気がする。

 それに、人を簡単に裏切るようなクズよりも、他の人が跡を継いだ方が、侯爵家のためじゃないだろうか。

 死ねとまでは思わないけど、アメリアが味わった苦痛の分、苦しめばいいのにと思う。


 それにしても、セオが情報通過ぎる。

 私のそばにいてダンジョンからほとんど出てないはずなのに、どうやって侯爵家の内情まで知ることができたんだろう?

 実は夜中にこっそり偵察に行ってると聞かされても、多分驚かない。



「大丈夫だ、カヤ。このままクズがのさばるようなことにはならないから。アメリアの件では、カミーユより王子の方が激怒していて、何やら策を巡らしているようだった」



 ラザールさんの言葉で、家族以外にもアメリアを助けてくれる人がいることがわかって、ホッと息をつく。

 ダンジョンの中でならともかく、ダンジョンの外のことには一切手を出せないから、アメリアに味方がいるとわかっただけでも嬉しい。



「いざとなったら、ラジィをこき使って、王子に協力させるという手もありますから、ご安心ください、カヤ様。ラジィはこれでも、外の世界では有名人で、それなりに権力も持ち合わせておりますから」



 ラザールさんをこき使う気満々のセオが酷い。

 必要なら容赦なくこき使うんだろうなぁと想像がついたので、報酬を先渡しする気分で、ラザールさんにもう一切れタルトを勧めてみるのだった。






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