ガールズトーク
「カヤ様は、何でも器用にこなしてしまいますわね。私がお教えすることなんて、ほとんどありませんでしたわ」
ピアノで、こちらではよく演奏されるという曲を弾き終わると、拍手と共にアメリアがそう言った。
楽譜が違うので、こちらの楽譜に慣れるのに苦労したけれど、慣れてしまえばピアノを弾くこと自体はそんなに難しくない。
ピアノは慣れ親しんだものとほぼ同じだったし、演奏自体は幼稚園に通っていた頃からピアノを習っていたので、それなりの技術を習得していた。
「刺繍もお上手ですし、文字も代筆など必要ないほどに綺麗ですし、ダンスもすぐに覚えてしまわれました。楽器演奏に関しては、こちらにはない曲までご存知ですし、カヤ様ならばどこに嫁いでも問題ありません」
エイミーが褒めちぎってくれるけど、ダンジョンマスターはお嫁にいけないと思う。
文字に関しては、自分では日本語で書いているつもりだけど、書き上がったものはこちらの文字に変換されている。
毛筆を意識して書くと、貴族が使う飾り文字に変換されるようだ。
「カヤ様は歌もお上手ですわ。たまに浴室から聞こえてきますけれど、とても素敵な歌声ですもの」
「まぁ、ベラはカヤ様の歌を聴いたことがありますの? なんて羨ましい」
「精霊は耳がいいですからね。人族では、聴こえないのも仕方がありません」
ベラとアメリアの会話が恥ずかしい。
お風呂に入っているときに気持ちよく歌っていたのを聞かれていたなんて思わなくて、恥ずかしくてたまらない。
でも、お風呂で歌うのって気持ちいいから、一人の時はやめられないだろうなぁ。
あれって、結構いいストレス発散になるのだ。
ここの生活でストレスがたまることは、あまりないのだけど。
「そんなに褒められると、恥ずかしくて居たたまれないわ。たまたま私が習っていたことが、こちらの貴族女性の嗜みと被っていただけだから」
母の方針で、お嬢様っぽい習い事は色々とさせられたから、それを生かせているだけだ。
だけどダンジョンマスターとしては、役に立たない技能だと思う。
ピアノが弾けたりダンスが踊れたりしたところで、ダンジョンから出られない私が披露する場などない。
何事もできないよりはできた方がいいのだろうけど、ダンジョンマスターとして必要な技能かと言われれば、否としか言えない。
「幼い頃からカヤ様が努力して身につけられた技能ですもの。誇っていいと思います。カヤ様は昔から頑張り屋でしたのね」
優しい目をしたエイミーに褒められて、どんなに努力しても顧みられることのなかった幼い頃の自分が報われたような気がした。
本当は習い事をするよりも友達と遊びたかったし、本を読んだりもしたかった。
だけど、私の意見は聞いてもらえなくて、母の言う通りにするしかなかった。
父親はいなくて、親族との関係も薄かったから、不満を感じても、私が頼れる大人は母だけだった。
発表会で上手にピアノが弾けても、学校のテストで満点を取っても、褒められることはなかった。
今頃になって、褒められたくて頑張ってた頃もあったのだと気づく。
慈愛に満ちたエイミーのおかげだ。
「ありがとう、エイミー。でも私、お嫁には行けないわよ?」
「何てもったいない。うちのカヤ様は、どこに出しても恥ずかしくない素晴らしいお嬢様ですのに……」
嬉しさのあまり涙が滲んでしまったのを誤魔化すように軽く茶化すと、大げさにエイミーが嘆く。
口元が笑ってるから、本気で嘆いているわけではないっぽい。
「婿を取れば問題ありませんわ。私、ダンジョンマスターがたくさんの妻を娶っているという話を聞いたことがありますもの」
目を輝かせて、アメリアが私の手を取った。
「カヤ様は若く美しいのですから、素敵な殿方がいたら、虜にして侍らせればいいのですわ」
「アメリア。あまり淫魔族のお姉さま方の影響を受けないようにね?」
このままでは複数の夫を持つことを勧められそうなので、軽く釘を刺しておく。
私は母のようにだけは絶対になりたくないから、いつか恋愛をすることがあるとしても、相手は一人がいい。
こちらでは一夫多妻も一妻多夫も珍しくないと聞いたけど、それでも、誠実に一人の人と向き合いたい。
「何にしても、最初からあきらめてしまうのはもったいないです! ダンジョンにもっと人が増えたら、積極的に出逢いを求めていいと思います」
ベラにまで恋愛を推奨されて、少し困ってしまった。
私がダンジョンマスターだと知っても私を利用せず、女性として見てくれる人は滅多にいないと思う。
その滅多にいない人を私が好きになれるとも限らないし、誰かに恋をする自分というのが今は想像できない。
「冒険者なんて、素敵なカヤ様にはお勧めできないけれど、不帰の森にあるダンジョンまでやってこられる冒険者ならば、冒険者としては一流ですものね。ぎりぎり釣り合いが取れないこともないと思いますわ」
「でも、ラザール様のように素敵な冒険者は、滅多にいないでしょう?」
「我が国の公爵子息や、お隣のバラスティア国の第五王子も冒険者ですもの。獣人族でも、高貴なお方が冒険者になることはよくあるそうですわ。身分も力も兼ね備えた冒険者も、一握りですけれどいますわよ。私が直接知っているのは、バシェリー公爵家のクライヴ様だけですけど、お優しくて素敵な方でしたわ」
アメリアとベラの女の子らしい会話を聞くともなしに聞いていると、今ダンジョンに来ているクライヴさんの名前が出てくる。
クライヴさんがいい人なのだとしたら、アメリアが貴族社会に戻る手助けをしてくれないだろうか?
妹のようにも感じているアメリアがいなくなるととても寂しいけれど、でも、家族のところへ返してあげたい気持ちの方が強い。
だって私と違って、アメリアは父親のこともお兄さんのこともとても慕っているようだから。
クライヴさんがダンジョンにいることを、アメリアは知らない。
教えた方がいいのだろうかと思ったけれど、希望を持たせて、その結果がどうなるのかわからないから、何も言えなかった。
どういう男性が結婚相手として理想的かなんて、楽し気にそんな話をしているのを微笑ましく思いながら、アメリアを幸せにする方法を考えていた。




