相談と約束
「あの人たち、Aランクの冒険者なのよね? それでもあんなに罠に引っかかるんじゃ、やっぱり、最初の迷路に罠を仕掛けるのは、やめた方がいいかしら?」
ラザールさんが案内してきた初めての侵入者の様子をモニターで観察していたのだけど、一つ目の迷路さえクリアできないのを見て、罠をどうするか悩んでしまった。
あまり入り口に戻されてばかりじゃ飽きてしまうかもしれないし、できれば、もっと先の層をクリアするのにどれくらい時間がかかるのかを知りたいから、今のうちに罠を外した方がいいだろうか?
「腐ってもAランクですから、明日まで様子を見てもいいのではありませんか? 当然のことだと私は思いますが、入り口の宿の料理を気に入ってくださったようですし、今はお酒も楽しんでいるようです。何度戻されたところで、たいして不満は出ないと思いますよ。ラジィの話では、あの冒険者のリーダーは妻との新婚旅行を兼ねているようなものだそうですから」
ラザールさんのフォローがあるなら大丈夫かな?
それにしても新婚旅行って素敵。
モニター越しに見るだけでも、リーダーの人が奥さんのことをとても大事にしているのは伝わってきていた。
初めてのお客様だし、いい思い出を作ってくれるといいのだけど。
早くこのダンジョンに危険がないことを理解してもらって、楽しんでもらいたい。
「お酒も好評みたいね。ここでは購入できないから、街エリアに来てもらうしかないのよね。彼らが街エリアに辿り着くまで、どれくらいかかるかな?」
途中でリタイアしたりはしないよね?
ラザールさんが上手く誘導してくれるように祈っておこう。
「いざとなれば、森を抜けるときに手に入れた素材を買い取りますし、途中の階層で金策もできますからね。例え攻略に一年かかったとしても、何の問題もないと私は思っています」
「一年もかかったら、途中で諦めない?」
攻略するのは無理と、途中で諦めてしまわれると、それはそれで困ってしまう。
身内以外の初めてのお客様を、みんな待ちかねているのだから。
「食事にも宿にも困らない、しかも宝の手に入るダンジョンを、途中で諦めるような冒険者はいませんから、ご安心ください」
セオが笑顔で言い切ると、それだけで大丈夫って思える。
セオに依存してるかな、私?
「それに、ラジィの話では、あのパーティには森に隣接するシルヴァ王国の公爵家の子息もいるようですよ。冒険者になることが許されているとはいえ、貴族としての教育を受けていれば、このダンジョンの重要性に気づくでしょう。誰よりも先駆けて情報を手に入れるチャンスを逃すとは思えません」
「貴族なのに冒険者になってるの? 公爵といえば、かなり身分が高いでしょう?」
エイミーに教えてもらった話だと、シルヴァ王国はかなり大きい歴史のある国だったはずだ。
そんな大国の貴族で、しかも王族に次ぐ身分ともなると、よく冒険者になることなど許してもらえたものだと思う。
それに、確かアメリアも、元はシルヴァ王国の貴族の令嬢だった。
今、シルヴァ王国でアメリアがどういった扱いになっているのか、知ることはできないだろうか?
アメリアを売ったのは婚約者であって親ではないのだから、アメリアが望むのなら、無事であることを家族に知らせたいと思う。
奴隷として売られたことを知っているのは裏切者だけなのだから、どこかで病気療養をしていたとかそういう理由をつけて、家に戻れたらいいんだけど。
それに、婚約者を売るなんてひどいことをした人が、罰を受けることもなくのさばっているなんて許せない。
義理の妹も関わっているようだから、しっかり罪を償わせたい。
アメリアだけが不幸になるなんて、理不尽だ。
「公爵家の領地内に複数のダンジョンがあるので、王国の騎士として名を挙げるよりも、高名な冒険者になった方が後々冒険者との連携がとりやすくなるという思惑があったようですね。あの若さでAランクなのですから、相当な努力もしたのでしょう。仲間に恵まれただけでは、冒険者になって数年でAランクになることはできません」
事前にラザールさんに聞いていたのか、セオはかなり情報を得ているようだ。
モニター越しに見る公爵家の子息だという冒険者は、金髪に青い目をしたとても素敵な人だった。
冒険者の格好をしていてもどこか品があって、育ちの良さを感じさせる。
髪と瞳の色合いは、シルヴァ王国の貴族階級では一般的なのか、アメリアとよく似ていた。
6人パーティみたいだけど、その内の3人は女性で、見た目も華やかなパーティだ。
冒険者は圧倒的に男性が多いそうだから、美人揃いのパーティを羨ましく思う人もきっといるんだろうなぁ。
「セオ。そのうち、公爵家の人と話をすることができないかな? アメリアのことがどうなっているのか知りたいし、本当にアメリアの婚約者だった人がアメリアを騙して奴隷商に売ったのなら、きちんと報いを受けさせたいの」
ラザールさんの知り合いみたいだし、何とか話をする機会が得られないかと思ったけれど、セオは渋い顔だ。
「今の段階で、カヤ様が彼らと接触するのは、あまりいいことではありません。カヤ様がダンジョンマスターだとばれてしまったら、どんな風に利用されるかわかりませんから。ただ、アメリアのことを心配するカヤ様の気持ちもわかりますので、彼らの様子を見て、場合によっては私が接触しましょう」
ダンジョンの侵入者が彼らしかいない今の段階で逢ってしまえば、私がダンジョンの関係者であることがすぐにばれてしまう。
周囲の反応を見れば、私がダンジョンの中でかなり高位の存在であることも知られてしまうだろう。
セオの言う通り、それが私にとってあまりいいことではないというのは理解できる。
今はシルヴァ王国の貴族の情報が得られるかもしれないというだけで、満足するべきだろう。
「私は大人しくしているから、できれば、情報収集をお願いね。もし、アメリアの家族がアメリアを探しているようなら、無事であることを知らせたいの。アメリアだけを特別扱いするのはよくないってわかってるけど、納得して奴隷になったのと、騙されて売られたのでは大きな違いがあるもの」
さすがにアメリアだけを奴隷から解放するなんてことはしない。
もしそれをするのなら、他の奴隷達もすべて解放しなければならないから。
すべての人を救えるなんて思っていない。
けれど身近な人くらいは手を差し伸べたい。
私にできる限りのことをしたい。
「後でラジィに指示を出しておきましょう。だから、カヤ様が憂うことなど、何もないのですよ」
いつものように猫の手で優しく頭を撫でられて、自然に笑みが零れる。
セオに撫でられるのは心地よくて大好きだ。
「ダンジョンに慣れているパーティでも足止めを食らってしまうくらいだから、いい迷路を作ったと、自信を持ってもいいかな?」
アメリアのことはセオに任せて、話を戻した。
罠に慣れた斥候役の人もいるみたいだから、明日にはもう少し先まで進んでしまうのだろうけど、思惑通り足止めできたことを、まずは素直に喜んでおこう。
「もちろんです、カヤ様。あの迷路だけでなく、どの層も素晴らしい出来です。次の休暇には、カヤ様と4層に行って、川床で食事をしながら花火を見たいです。ユカタという衣装を作らせていたでしょう? ユカタ姿のカヤ様とお出かけするご褒美を私にください」
私の心を読んだみたいに、セオが話を合わせて、珍しくご褒美をねだってくる。
タブレットで見せた浴衣を精霊達が作ってくれて試着をしたのだけど、異国情緒があって素晴らしいとセオが大絶賛してくれていた。
セオにご褒美をねだられたら、何だって聞いてしまいたくなる。
私が休まなければ、セオもエイミーも休まないから、定期的に休暇を入れるようにしたけれど、その休暇を利用して遊びに出かけることも増えた。
セオが外で本を買ってきてくれるので、のんびりと読書をして過ごすこともあるけれど、みんなで出かけるのもとても楽しい。
エイミーは3層のロッジにある露天風呂がお気に入りで、お休みはほとんど3層で過ごしているようだ。
セオはやっぱり寒いのが苦手みたいで、3層ではもこもこになるほど厚着していた。
「じゃあ、次の休みは4層で過ごしましょうか。彼らが4層に辿り着くまでには、もう少し時間もかかりそうだから、まだ遭遇することもないだろうし」
4層はかなり広いし施設も多いから、たとえ同じ階層にいても、遭遇することはないかもしれないけれど、私がダンジョンマスターであることを隠すのなら、遭遇する可能性をなくさなければ。
いつかダンジョン内に冒険者以外の人が増えたら、ダンジョンに遊びに来た一般人の振りをすることもできるだろうか。
その日までは、外部の人には見つからないように動かなければならない。
「彼らが4層に辿り着くまでには、最低でも2か月はかかるのではないかと私は予測しています。途中に誘惑が多いですからね、急ぐこともないとなれば、のんびりと攻略するでしょう」
4層に辿り着くのに2か月なら、街エリアに着くころには3か月くらい過ぎているかな?
一応、街エリアの5層からの帰り道として、5層には入り口に向かう転移陣が用意してあるけれど、これは一方通行だ。
5層までクリアしていたとしても、次に来た時はまた1層から進んでもらわないといけない仕様にした。
ダンジョンのルールで、ボスエリアには入り口と行き来できる転移陣を設置しないといけないけど、このダンジョンのボスエリアの転移陣は、ドラゴンの巣の中にあるから、使用できる人はまずいないと思う。
ドラゴンに攻撃せず、話し合えば通してくれることになっているけれど、たくさんのドラゴンがいる中に入っていくのは、命を捨てる覚悟がないとできないことだ。
ドラゴンたちの住む階層には、入ってすぐの場所に『ドラゴンに攻撃を仕掛けてはならない』という立て看板がある。
入り口のところは崖になっていて、はるか下に川が流れているのだけど、その崖を降りなければドラゴンのところまで進むことはできないから、この崖を下りきるだけでもかなり難易度が高いと思う。
崖の下の川は流れが速いし、川に落ちて、ある一定の距離まで流されてしまったら、容赦なく入り口まで転移させられる。
多分ここをクリアできるのは、身体能力が高くてドラゴンを怖がらないラザールさんくらいだ。
Aランクの冒険者であっても、ドラゴンの近くによれば威圧を受けるし、複数のドラゴンに囲まれたら、恐慌状態に陥ってもおかしくないそうだから。
やり過ぎかなって思ったけど、この先に進ませるわけにはいかないので、遠慮しないことにした。
「さぁ、カヤ様。今夜はもうお休みください。彼らも、そろそろ部屋に引き上げるでしょう」
セオに優しく促されて、マスタールームから居住区の屋敷に向かった。
もちろん、セオは私についてきて部屋まで送ってくれる。
ここで生活するようになって2年経つけれど、相変わらず、ずっとそばについていられるのには慣れないから、自室に戻った後は一人にしてもらっている。
入浴も着替えも一人でできるし、一人になる時間も必要だと思うから。
5層の街にほとんどの奴隷が移って、このエリアに残っているのは精霊に弟子入りした一部の人だけになった。
そのおかげといっては変かもしれないけれど、人が減ることでセオの心配も減ったようで、私が一人でいることに神経を尖らせなくなった。
部屋に備え付けのバスルームでお風呂に入って、のんびりと寛ぐ。
温泉や露天風呂もいいけれど、この部屋のバスルームも私にお気に入りだ。
猫足のバスタブはアンティークっぽくてとても可愛いし、お気に入りの香りに包まれてお湯に浸かっていると、凄く満たされた気持ちになる。
ついつい長湯をしてしまって、のぼせてしまうこともあるほどだ。
寝支度を整えてベッドに入ると、すぐに睡魔が訪れた。
ダンジョンマスターになったというのに、私にはいつまで経っても睡眠が必要なようだ。




