森の変化とおかしなダンジョン ベイル視点
数日後、不帰の森に入る準備を整えてからラザール宛ての伝言を預けると、すぐに返事がきた。
不帰の森のほぼ中心にあるというダンジョンに向けて、次の日の朝には出発したけれど、前に森に入った時に比べると、魔物に遭遇することが少ない。
Sランクのラザールがいるから魔物が逃げているのかと思ったが、森の奥まで進んで行っても、遭遇率が変わらなかった。
これは、不帰の森の魔物が減っていると考えるべきだろうか。
前に森に入ったのは3か月くらい前だったが、その時は頻繁に魔物と遭遇して、戦闘続きでろくに進めなかった。
目的の魔物を探すまでもなく、向こうから来てくれたのは助かったけれど、違う魔物ともかなり戦う羽目になり、しばらく森には入りたくないと思わされた。
クライヴが性能のいい魔法鞄を持っていなければ、素材もかなり諦めなければならなかったはずだ。
「ラザール、魔物が少なくないか?」
ダンジョンを見つけたラザールならば何か知っているのではないかと思い、休憩をとっているときに尋ねてみた。
「ダンジョンができたってことは、魔力だまりがあったってことだ。ダンジョンに魔力が吸われて、薄くなった分、魔物が減ってるんだろ。これでも、他の森と比べりゃ、かなり多いと思うけどな」
言われてみれば、不帰の森にしては少ないというだけで、他の森と比べれば魔物との遭遇率はかなり高かった。
ダンジョンができず、魔力だまりから魔物が生れ続けていたら、数年後には大変なことになっていたかもしれないと気づかされて、冷や汗が出る。
結婚して守るべきものができたからかもしれないが、あまり危険な冒険はしたくないという気持ちが生まれ始めていた。
守りに入るなんて俺らしくないが、そろそろ引退を考える時期なのかもしれない。
どこかに腰を落ち着けて、アニスと一緒にのんびり暮らしたいし、アニスの子供も欲しい。
これから入るのは、ほぼ未踏破のダンジョンだ。
一山当てることができたら、のんびりと暮らせる場所を探してみるのもいいだろうか。
「ベイル。考えてることは何となくわかるが、ダンジョンに辿り着くまでは気を抜くな」
俺の考えを見透かしたように、ラザールが厳しめの声で忠告してくる。
確かにラザールの言う通りだ。
危険な不帰の森の中で注意力散漫になっていたら、大惨事を引き起こす。
それにしても、ダンジョンに辿り着くまでって、何でだ?
ダンジョンの中こそ危険なのに。
ラザールの忠告に頷きながらも疑問でいっぱいだった。
3日かけて辿り着いたダンジョンは、森のかなり奥深くにあった。
切り立った崖に真っ白な扉がついていて、入り口からして他のダンジョンとは明らかに違う。
どこかのお屋敷についているような立派な扉が、何でこんなところに……。
「行くぞ」
警戒する俺達をよそに、ラザールは気負いなく扉を開けて中に入っていく。
外が危険なのは間違いないので、慌ててラザールの後をついていくと、ふわりと花のいい匂いがした。
ダンジョンとは思えない香りに包まれながら周囲を見渡すと、右手に真っ赤な薔薇の花が咲いていた。
正面には3階建ての宿があり、思わず目を疑う。
一緒にダンジョンに入ってきた仲間達も呆然としていて、言葉もないままに宿を見上げていた。
「……ラザール……ここ、本当にダンジョンなんだよな?」
面白がるような表情で俺達を見ているラザールに、思わず尋ねてしまう。
いろんな国のダンジョンに挑戦してきたが、こんなダンジョン、今まで見たことがない。
「間違いなくダンジョンだ。ほら、行くぞ」
宿に向かって歩くラザールに促されて、言葉もないままに後をついていった。
宿はまだ真新しく、出来たばかりのようだ。
入り口から中に入ると、「いらっしゃいませ!」と、元気のいい挨拶が聞こえてきた。
まだ成人していない人族の子供が二人、揃いの服を着て、丁寧に頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。お食事と宿泊もできますが、すぐに迷路に挑戦なさいますか?」
は? 食事?
宿なんだから泊まれるのかもしれないとちらっと思ったけど、本当に泊まれるのか。
度肝を抜かれたまま、困り切ってラザールを見ると、可笑しそうに肩を震わせて笑っていた。
俺達が相当な間抜け面を晒していたようだ。
「ベイルはともかく、クライヴの驚愕してる顔なんて、滅多に拝めないよなぁ。リタ、とりあえず、飯食ってくから、案内して」
顔見知りなのか、ラザールが赤毛の少女に声を掛ける。
「お食事ですね。こちらにどうぞ」
リタと呼ばれた少女は笑顔で頷き、食堂らしき場所へ俺達を案内する。
一階は食堂や厨房だけなのか、食堂はかなり広々としていた。
椅子ではなく、3人ぐらい同時に座れる布張りのソファが、テーブルを挟んで並べてあって、ゆったりと座れそうだ。
座面はゆったりしているのに、テーブルやソファを配置してあるスペースに無駄がなくて、かなりたくさんの客が来ることを想定して作られているんだと、素人目にもわかった。
「こちらのお席でよろしいですか?」
奥まった、6人で使っても余裕のある席に案内されて、戸惑いながら頷く。
本当にここ、ダンジョンの中なんだよな?
実はこっそり、王都の有名料理店に転移してたとか、そういう落ちじゃないよな?
「こちらがメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
革張りの表紙のメニューを見やすいように広げて、一礼してから店員が去っていく。
開かれたメニューは、料理の説明が書いてあるだけでなく絵も添えられていて、どんな料理なのかわかりやすくなっていた。
「驚いたな……。随分教育の行き届いた店員だ。ラザール、これはどういうことだ?」
貴族であるクライヴも驚くほどにしっかり教育された店員なら、どんな高級店でも働ける。
それがなぜ、ダンジョンの中にいるんだ?
本当にわけがわからない。
「このダンジョンの一層は迷路になっているんだ。あの迷路は、一度に一組しか挑戦できない。だから、待たされる冒険者のためにこの宿が作られたらしい。料理は、どれも美味しいから安心して頼むといいよ。毒なんかの心配はしなくていい」
待たされる冒険者のためにわざわざ宿を作るって、あり得ないだろ。
常識ががらがらと音を立てて崩れていく。
「ラザールがそういうのなら、料理を楽しみましょう。ね、ラザール、お勧めはどれ?」
さっきまで驚いて固まっていたアニスは、驚き過ぎて逆に開き直ってしまったようだ。
他のメンバーはまだ呆然としているので、ラザールが勧めてくれた料理を人数分頼むことにした。
ラザールが手をあげて店員を呼ぶと、水の入ったコップと筒状に丸められた布のようなものを持ってきた。
「ロコモコ丼とトンテキセット5つ。ロコモコは大盛りで」
「畏まりました。ロコモコ丼の大盛りを一つ、トンテキセットを5つですね。しばらくお待ちください」
明るい愛想のいい声で注文を復唱する様子は、客として丁寧に対応されている感じがして好感が持てる。
ラザールが布のようなものを広げて手を拭いているので、俺達も真似をするように布を手に取った。
丸められていたそれは、仄かに温かくしっとりと濡れていて、手を拭くのにちょうどよかった。
時々洗浄の魔法は使ったものの、ダンジョンに入る前には何度か戦闘もこなしているから、埃っぽかった手がさっぱりする。
出された水を飲むと、冷たくて、仄かにレモンの香りがした。
ここまで冷たくて美味い水なんて、滅多に飲んだことがない。
「この水、美味しい~。ビアンカとチェルシーも飲んでみなさいよ。冷えてて凄く美味しいわよ」
アニスの肝の座りっぷりには、たまに驚かされる。
さすが、俺の自慢の妻。
ニマニマとしながら隣に座るアニスを見ていると、向かいの席の誰かから、軽く足を蹴られた。
この程度、痛くはねぇな。好きなだけ羨むがいい。
「冷えた果実水を出してくれる店なんて、王都でも滅多にないわよ。ダンジョンの中だっていうのに、気が抜けて困るわ」
水を飲んだビアンカが、ふぅっと大きなため息をつく。
確かにビアンカの言う通り、気が抜ける。
戦闘意欲が削がれて困る。
出された料理は、信じられないほどに美味かった。
これで大銅貨2枚って安すぎるだろ。
ラザールが食ってたロコモコって丼も、大きな肉の塊と卵が乗っていて、食欲を刺激するいい匂いがした。
次があるなら、俺もロコモコにしよう。
その時は絶対に大盛りだ。
ラザールに食後のデザートを勧められた時は、もうみんな躊躇うこともなく注文してた。
懐に余裕ができてから、たまに菓子を手に入れることもあったが、自分で食べるよりも幸せそうに食べているアニスを見てる方が嬉しいので、いつも俺の分はアニスに譲っていたから、滅多に口にすることはなかった。
甘いものが苦手というわけでもないので、何がいいのかわからないままメニューの中から適当にアイスというのを選んだんだが、驚くほどに冷たくて甘くておいしかった。
その上、チョコパフェとかいうのを食べて、ほにゃぁ~っと蕩けてるアニスが可愛すぎた。
この顔を見られただけでも、ここに来た甲斐があったかもしれない。




