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首輪をつけられる  ラザール視点




 セオの主であるダンジョンマスターのカヤは、俺の知るどの女とも違っていた。

 見た目は美しく嫋やか。

 まだ若いのに、清楚にも妖艶にも見える不思議な印象の女だ。

 波打つ長い髪は、思わず指を絡めたくなるほどに艶があって、吸い込まれそうな綺麗な瞳をしていた。

 声も耳に心地よく、口にする言葉は気遣いに溢れたもので、セオが入れ込む理由もわかるような気がした。

 話してみれば頭がいいこともわかるし、性質が素直で優しいことも伝わってくる。

 最近、どろどろとした女の争いとか、欲を隠さないギラギラとした視線とか、そういうのばかり見ていたから、心が洗われるような気がした。


 セオにちょこちょこと牽制されながら一緒に過ごしたけれど、ダンジョンの2層目も、とてもダンジョンとは思えないような面白い場所だった。

 セオと釣りをしたり、コテージのテラスでバーベキューをしたりしたけど、途中で何度も、本当にここはダンジョンなのかと確かめてしまった。

 何度聞かされても、ここが不帰の森にあるダンジョンとは信じられない。

 楽園に転移させたって言われたら、絶対そっちを信じてしまう。

 ダンジョンとしてはかなり広く、見渡す限りの草原には多種多様な薬草やハーブが生えているようで、初めて見る薬草を楽し気に摘んでいるカヤは、とてもダンジョンマスターには見えない。

 ダンジョンマスターといえば、冷酷無比、残虐非道で、人を殺すことが生きがいみたいなやつばかりだから、カヤはその対極的な存在だ。

 どこぞの姫が、お供を引き連れてピクニックをしているようにしか見えないけど、間違いなくダンジョンマスターなんだよなぁ。

 珍しい薬草を見つけるたびに、嬉しそうに声を上げ、セオと笑い合う姿は可憐としか言いようがない。

 平和で優しい光景が眩しくて、目が眩みそうになる。





「ちっくしょー。この酒もうまいじゃねぇーか。セオ、お前、俺に首輪つける気だろ?」



 一つ所に落ち着かず、気の向くままに放浪を繰り返していた俺。

 主も伴侶も持つ気はなかったし、相棒もパーティメンバーも郷の仲間も、俺を縛るものは何一つなかった。

 セオは俺の数少ない友人で、俺が束縛を嫌うことを誰よりも知っていた。

 野良ドラゴンと、俺をからかっていたのはセオなのだから。

 それなのに、まだできかけのこのダンジョンに無理やり連れてきたんだから、何らかの思惑があるのにはすぐに気づいた。



「縛るつもりはありませんよ。私が何をしなくとも、ラジィは勝手に居つくでしょうから。私の主は、興味深くて、魂を抜かれるほどに魅力的でしょう?」



 セオの微笑みが、悪魔の笑みに見える。

 絶対こいつ、俺がこのダンジョンを知れば、そしてダンジョンマスターのカヤを知れば、ダンジョンに居つくだろうって確信していたはずだ。

 セオの策に嵌るのは悔しいけど、酒も料理も美味いし、カヤは面白くてずっと見てたいし、ここを離れる気になれない。

 万が一にもこのダンジョンのコアが壊されることがないよう、コアもカヤも守りたい。

 ここは失われてはいけない場所だ。



「むかつくなぁ。全部お前の手のひらの上っつーのがなぁ」



 不貞腐れたまま酒を煽った。

 リンゴから作ったという酒は、あまり強くないけれど香りが良くて美味い。

 外に出せば、高値で取引されるのは間違いないだろう。



「しかしなぁ……まだ誰も知らないだろうな。この世界で唯一、魔物に脅かされずに生きられる場所がダンジョンだって……」



 高い塀で囲まれた大きな街にいたって、魔物の脅威はゼロにはならない。

 空を飛ぶ魔物もいるし、壁を壊すほどに大量の魔物が押し寄せてくることもある。

 だけどここは違う。

 ダンジョンマスターであるカヤが魔物を召喚しなければ、魔物は絶対に現れない。

 どんなに無防備な状態で遊んでいても襲われることがない、それがどれほどに得難いものなのか、カヤはきっと知らないのだろう。

 それか知識として知っていても、実感がないのだろう。



「知らないってのは、おそろしいなぁ……。場所が場所だから、権力者がダンジョンの所有権を主張して乗り込んでくることはないだろうけど、そのうち、カヤを取り込もうとする国は出てくるだろうな。特に人族は、欲深いから」



 金になる物で溢れたダンジョンだ。

 欲の皮が突っ張った奴らが、押し寄せてくることもあるだろう。

 そうなる前に、カヤの味方を増やしたいセオの気持ちはよくわかる。

 俺は外の世界では名を知られた冒険者だから、味方として引き入れれば、役に立つこともあるだろう。

 俺が声を掛ければ協力してくれる奴もそこそこいるし、そのあたりの人脈もセオの狙いなんだろうなぁ。

 普段なら、利用されるなんてまっぴらだと突っぱねるところだけど、俺の中にカヤを失いたくないって気持ちが生まれてるから、利用されても仕方がないって思ってしまう。

 数々のダンジョンに挑戦した俺だからこそわかることもあるし、俺の経験や知識は多分、カヤの役に立つだろう。

 


「カヤ様が言うには、ダンジョンを経営する以上、ダンジョンを訪れてくるのはみんなお客様らしいです。ですから、取り込みに来られるのは構わないんですが、問題は治安維持ですね。カヤ様が生まれ育った国の国民は、道徳心がとても高かったようです」



 セオがしてくれた説明は、驚くべきものだった。

 武器を持って歩いていると法律違反で罰せられるって、この世界のどの国でもあり得ないことだ。

 持ち歩かなくても、魔物に対処できるように、家に何かしらの武器を備えていたりする。

 こっちでは、女が夜道を一人で歩いていたら、娼婦が客を探しているんだと思われる。

 街の規模にもよるが、運が悪けりゃ、裏道に連れ込まれて、犯されるか攫われるか売られるかするというのも珍しくない話だ。

 自衛できる女の冒険者なら歩いていることもあるが、たいていは見た目だけで手を出したらまずい女だとわかるくらいにいかつい。

 このダンジョンの街の中を、カヤが住んでいた場所と同じようにするならば、安易に暴力を振るい、奪おうとするやつらを取り締まる、自衛団のようなものが必要だろう。

 他にも、人格に問題のない高名な冒険者などを、誘い込むのも手だ。

 名の知れた強い冒険者の前で、犯罪を犯す馬鹿は滅多にいないから、抑止力になる。



「はぁ……、俺の役割、わかった。セオのお眼鏡にかなうような高ランクの冒険者を探しとくよ。ついでに、ダンジョンができあがったら、そいつらにここの情報を流せばいいんだろ?」



 不帰の森の奥まで入ってくる命知らずな冒険者は滅多にいない。

 依頼があって、ランクの高い魔物の素材を取りに来ることがあっても、出来るだけ浅い位置で済まそうとするものだ。

 だから放っておけば、このダンジョンが見つかるのには相当な時間がかかるだろう。



「その程度のことなら、私にもできます。ラジィにしかできないことがあるから、わざわざ呼んだのですよ」



 俺にしかできないこと?

 たいして酔ったわけでもないのに、セオが何を俺にやらせたいのか想像がつかない。



「ダンジョンにはボスモンスターを置かなければなりません。ボスモンスターの部屋がないままダンジョンが外と繋がれば、ダンジョンマスターがボスモンスターの代わりになってしまいます」



 ダンジョンを作るには、いくつかのルールがあるとは聞いたことがある。

 ボスモンスターというのも、そのルールのうちの一つか。

 カヤもダンジョンマスターとして生きる以上、色々と縛りがあるのだろう。



「ボスモンスターを召喚すりゃいいじゃん。戦わせたくないなら、隠し部屋に入れておけばいい」



 重要なのはボスモンスターを配置することだから、ボスがいるフロアのどこにいても問題はないだろう。

 他のダンジョンでは、ボスがいるのは10層、20層と、キリのいい層だった。

 中途半端なところにいることはなかったから、多分、10層ごとにボスモンスターを配置するというのがルールなんだろう。



「私もそう思った。けれどカヤ様が、召喚されたのにボス専用の部屋に一人きりで、役目も与えられずに放置される魔物が可哀そうだとおっしゃるのだ。置物ならともかく、命あるものに、そんな心無い扱いはしたくないと」



 カヤの言葉を伝えるセオは、とても誇らしげだ。

 他より召喚ポイントが高いボスモンスターとはいえ、所詮魔物だ。

 そんな魔物に対してすら気遣いを見せるカヤみたいなやつは、他には絶対にいない。



「隠居したがってるうちの長老たちでも口説くか? 年老いたとはいえ、腐ってもドラゴンだからな、十分ボスモンスターになるだろう。もっとも、10層やそこらでドラゴンが出てくるダンジョンなんて、誰も攻略できないと思うけどな」



 カヤのダンジョンは、他と比べて一つの階層がとても広いから、実質9層までしか行けないとしても、攻略には時間がかかるだろう。

 居心地が良すぎて、先に進みたいって気をなくすダンジョンだから、そのうちに人で溢れかえるんじゃないだろうか。

 外がもっと安全だったら、この周囲に国ができてもおかしくないくらいだ。

 もっとも、セオに聞かされた話では、危険な場所だからこそダンジョンができたようだけど。

 この大陸中の国が亡びるほどの魔物暴走なんて、想像するだけでも恐ろしい。

 俺はドラゴンになって空を飛べばどこにでも逃げられるけど、地上の奴らは死ぬしかないだろう。

 そんな未来を防ぐために、か弱い女の身でありながらダンジョンマスターになったカヤ。

 セオの話では神の寵愛を受けているようだけど、依頼した神だって、無理難題を押し付けた相手なんだから目を掛けずにいられないんだろう。

 カヤを守ることは、神の御心にもかなうことだ。

 やるならとことん働いてやろうじゃないか。




 そんな決意を後悔するのは、しこたま酒を飲んだその翌日だった。

 まったく、ドラゴン使いが荒すぎだろ、セオ。

 不帰の森の魔物を間引くのはいいとして、ダンジョンポイントにしたいから、瀕死で連れて来いってなんだよ!

 しかも、止めはカヤの奴隷たちに任せて、ついでにレベルアップもさせるって、俺を都合よく使いやがって。

 魔物を効率よく運ぶために転移の魔道具をもらえたのは嬉しいし、瀕死にして運ぶだけの簡単な仕事だけど、俺、こう見えてもドラゴンなんだからな?

 ダンジョンならラスボスクラスの強いドラゴンで、ついでに世界に7人しかいないSランクの冒険者なんだぞ?

 もうちょっと丁寧に扱えよ。

 え? 何? カヤから差し入れ?

 ベントー作ってくれたのか!?

 俺、カヤのベントー大好き! 色んなおかずが食べられて、美味しいんだよなっ!

 食べたらもう一狩りしてくるから、止めは任せたぞっ!




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