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セオの友人




「あの迷路なぁ、男ばっかりで潜るには辛いもんがあるけど、結構面白かった。迷路の最後らへんで罠に掛かって入り口に戻されたときは、イラっとさせられたけどな」



 表情豊かに語るのは、長身で誰もがうっとりと見惚れそうな美貌の持ち主のラザールさん。

 3日掛けて一層の迷路に挑戦してきたばかりだ。

 ラザールさんはセオの古い知り合いで、人化もできるドラゴンだ。

 ドラゴンの間では変わり者と言われていて、ドラゴニュートと偽って冒険者ギルドに登録して、人の世界で暮らしているらしい。

 ドラゴンというと存在自体が災害扱いで、街や国すら滅ぼしてしまえる能力を持った魔物だから、さすがに人化したドラゴンというのは公にできないそうだ。

 黒髪黒目で、黙っていれば神秘的ともいえる容姿を持っているのに、口を開くとかなり気安い。

 冒険者視点でダンジョンを体験して、感想を教えてほしいとずっと考えていた私のために、セオが呼び寄せてくれたのがラザールさんだった。

 ラザールさんは世界に7人しかいないSランクの冒険者で、外では有名人らしい。

 そのラザールさんでさえ罠に掛かったのだから、迷路の罠は数を減らした方がいいのかもしれない。

 あまりリセットが掛かり過ぎると、やる気が萎えてしまいそうだ。



「あの罠は、そんなにわかり辛かったですか?」



 私が問いかけると、ラザールさんが考え込むように首を傾げる。

 風がサラサラのラザールさんの髪を揺らして、きらめく陽光の下で見るラザールさんは、この世のものとは思えないほどに美しかった。

 人化したドラゴンはみんな美しいらしい。

 他のドラゴンを知らないので、セオに聞いた話だけど。

 


「あの罠、殺気がないからわかりにくいんだ。一度引っかかれば警戒するようになるけど、迷いながら宝箱を探して、更に罠を警戒するとなると、Bランクくらいの冒険者じゃ、かなり消耗するだろうな。うっかり気が抜けて罠にはまれば、また一からやり直しだから、悪辣だよ、あれ」



 そう言われると、とてもひどい罠を設置したような気がしてきた。

 一応、当初の予定と違って、戻されるのは罠に掛かったエリアの入り口にしたんだけど、まだ悪辣なようだ。



「最初は、罠に掛かるとダンジョンの入り口に戻るように設定しようと思ってたんですけど、各エリアの入り口に変えて正解だったかもしれません」


「カヤは、美人だけど鬼だなぁ。その設定だと、入り口でほとんどの冒険者が進めなくなる。俺が3日で出てこれたのも、『いい加減に出てきなさい。カヤ様をお待たせするな』って、セオがうるさかったからだからな? セオに迎えに来てもらって、ちょっとずるをしたんだ」



 私の後ろに、セオは涼しい顔をして控えている。

 セオが急かさなければ、あの迷路を抜けるにはもっと時間がかかったということなのか。



「迎えに行かなければ、あと何日待たされたことかわかったものではありませんから。いくらカヤ様のレシピで作られたお菓子が美味しいからといって、何度自動販売機の罠に掛かるつもりだったんですか? お金なら腐るほど持ってるのですから、宝箱のコインではなくお金で買いなさい」



 セオがビシッと指摘すると、ラザールさんは不満げにセオを見た。



「だって、あれさ、コインじゃなきゃ手に入らない特製セットとかあるんだぞ!? 絶対、手に入れたいじゃないかっ! あのジドウハンバイキも酷い罠だった。完全にクリアするためには、コインを使ったらダメだって聞いたけど、そんなの絶対無理だ。あのジドウハンバイキの前にいったら、コインを使わずにはいられない」



 ラザールさんには、あの自動販売機も凶悪な罠だったらしい。

 一応、ラザールさんのように引っかかってくれることを狙って設置したものだけど、罠と知りつつ引っかかるほどに、お菓子を詰め合わせた特製セットに魅力があるとは知らなかった。

 やっぱり、迷路を増やして休憩所を多めに設置したのは正解だったかな。

 この分じゃ、一つの迷路を抜けるだけでも、かなり時間がかかるかもしれない。

 ダンジョンを訪れる人が増えたら、混雑緩和のために、一つ目の迷路からは罠をなくした方がいいだろうか。



「ラジィが食いしん坊なだけでしょう。迷路と迷路の間にある宿でも足止めを食らっていたではありませんか」



 迷路に挑戦するラザールさんを、マスタールームで観察していたセオが、呆れ顔で指摘する。



「あの宿は居心地がいいから、仕方ない。料理も美味かった。あれはダメだな、あのランクの宿を無料にしたらまずい。絶対に宿に居つく馬鹿が出てくる。たまに恋人同士とか夫婦で冒険者やってるのもいるから、そんなやつらにあんなに快適な宿を無償で与えたら、子作りを始めて、出ていかなくなるぞ。食費だけで生きていけるなら、数年は余裕で居つけるくらいの資産を持ってるやつも珍しくないんだからな」



 言ってることは酷いのに、口調があっけらかんとしていて表情は涼し気だから、いやらしく聞こえない。

 ラザールさんは不思議な印象の人だ。


 宿は、二つ目の迷路の次の宿だけ、練習もかねて接客担当の子達を配置していた。

 従業員しか入れない部屋にある転移陣で、最近できたばかりの街エリアに移動することができるので、待機していたのはラザールさんがいる間だけだったけど。

 迷路の休憩スペースにある宿の従業員が、職場にずっと拘束されなくていいように、転移陣を設置できたのはよかった。

 これは人だけでなくて荷物なども送れるので、宿で必要な食糧やお酒などの物資も送ることになっている。


 宿は、ラザールさんが言うような用途で使われることも想定していた。

 危険なダンジョンの中ならともかく、危険がないとわかれば、恋人同士でそういう雰囲気になってもおかしくない。

 冒険者の間では、一夫多妻や一妻多夫のパーティも珍しくないと聞いていたから、そういったパーティ専用に寝室を大きくした部屋も作ってある。



「有料だと、宿を使わずに、宿の周りで野営をしちゃうかなって思ったんです。危険がないのなら、無理に宿に泊まることもないでしょう? 入り口に入ったところで足止めをされているのなら、そこで十分に休養を取った後ですし」



 不帰の森にあるダンジョンに入ってくる冒険者だから、それなりに稼いでいるのは間違いないけれど、必要ない宿を取りたがるとは思えない。

 迷路に入っているうちは他のパーティが入ってこないのだから、他の冒険者を警戒して、迷路の中で野営するパーティも出てくるんじゃないかと危惧している。

 迷路に挑戦するための制限時間も定めるべきだろうか?

 半日経つと入り口に戻されるとなれば、少なくとも迷路の中で野営はしないだろうし。



「あー、それもそうだな。何か、宿に泊まった方が得だって思わせる方法があればいいんだけどな」



 納得したように頷いて、ラザールさんがセオの淹れたお茶を飲む。

 美味しいって伝わってくるくらいに表情を和ませている姿を見ていると、とてもドラゴンには見えない。



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