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攻略の難しい迷路作り



 ダンジョンマスターになって一月、地球で言えば50日の時間が過ぎた。

 あちらでは49日の法要が済んだころだろう。

 自分が死んでしまったなんて実感は、まったくないままだけど。



 居住区と呼ぶことで統一した階層は、この一月で、今のレベルで広げられる限界まで拡張してあった。

 というのも、予想以上に精霊達がお酒好きだったから、畑や果樹園、酒造用施設などが増えてしまったのだ。

 マスタールームのキャビネットにあるお酒が自動的に補充されるとわかってから、エイミーはお酒の確保に余念がない。

 お酒専用の魔法箱をセオに作らせて、毎日のようにキャビネットの中を空っぽにしている。


 土の精霊のギルベルトは、品種改良も得意だそうで、地球のお酒を飲んで原料を確かめて、お酒の原料となる作物を自ら育て始めた。

 格の高い精霊で、しかも作物に関するユニークスキル持ちのギルベルトが本気を出したことで、ワインやブランデーだけではなく、焼酎や日本酒、果てはビールまで製造することになった。

 こちらにもビールに似たエールというお酒はあるけれど、酸っぱくてあまり美味しいものではないらしい。

 安酒の代名詞だとエイミーが言っていた。

 私はお酒にはそこまで拘りはないけれど、お米の品種改良をしてもらえたのは嬉しかった。

 3週くらいで植えたお米が収穫できたのには、とても驚いてしまったけれど、そのお米が、日本で食べたことのある高級米よりもはるかに美味しかったのにはもっと驚いた。

 果樹園の果物も含め、ギルベルトが手を掛けたものは何でも美味しくなってしまう。

 ギルベルトにしてみれば、こちらの世界にはない物を育てられるのが、面白くて仕方ないらしい。

 こちらにある物でも、取り寄せた地球の物と掛け合わせて、品種改良を試みたりしているようだ。

 今は苺の品種改良に取り組んでくれているので、結果が出るのがとても楽しみだ。

 いい苺が作れるようになったら、苺のリキュールも作ってくれるそうだから、お菓子作りにも使えるだろう。

 お酒造りが落ち着いたら、しょうゆや味噌も作ってもらえるかもしれないと思って、大豆の生産も始めた。


 作物が育つのが想像以上に早かったので、貯蔵庫や倉庫も作ることになったけれど、こちらではセオが大活躍していた。

 空間魔法のスペシャリストのセオが、貯蔵庫などの内部の空間拡張をしてくれたので、外観の10倍くらいの広さになっている。

 中に入って作業をする関係上、時を止める機能をつけることはできないのだけど、広くなるだけでも十分だ。

 それに貯蔵庫などは、元々品質保持の性能がついているので、中に入れたものが劣化し辛かった。

 木工スキル持ちの精霊達が棚や箱を作ってくれたので、広くても綺麗に整頓されていて、どこに何があるのかわかりやすかった。

 料理やお菓子を作るのに必要な材料を取りに行ったりするから、屋敷の地下の貯蔵庫には割と出入りしているけれど、ここは真っ先にセオが空間拡張してくれたので、広々としていてとても使いやすかった。



 この一月、居住空間はかなり充実して生活しやすくなったけれど、レベルが18になったにも関わらず、新しい階層を作っていない。

 ある程度ダンジョンの構想はできているのだけど、攻略されにくい迷路を作るにはどうすればいいのかと、いい案が出ずに悩んでいた。

 作るのが薔薇の迷路ということもあって、今日は土の精霊であるギルベルトも交えて話し合うことにしている。

 植物のスペシャリストのギルベルトがいれば、いい意見がもらえるのではないかと期待していた。



「こんな感じで、ダンジョンの一層目には薔薇の迷路を作りたいの」



 タブレットに表示させた薔薇の迷路の写真と、大体のイメージを絵にしたものを見せながら、今までまとめた構想を説明していく。

 絵画教室に通っていたこともあるから、絵やイラストを描くのは割と得意だった。



「途中に、かかると入り口に転送される罠を仕掛ける予定で、挑戦者のパーティが入ったら、挑戦者が迷路の中にいる内は、次の挑戦者が入れないようにしたいの。でもそれだと、待ち時間が長くなってしまう可能性があるから、エリアを4つに分けて、次のエリアに入る場所に休憩用の場所も作ろうかと思ってるんだけど……」



 ダンジョンの入り口にある待機場所、それから、迷路と迷路の間にある休憩所のイメージをイラストにしたものも広げて見せた。

 ダンジョンへの滞在時間を増やすことが目的の迷路だから、足止めはできるだけしたい。

 けれど、あまりにも面倒なルールが多いと、中には短気な冒険者もいるだろうから、ちょっとしたことが争いの元になってしまいそうな気がするのだ。

 


「罠に掛からなきゃいいだけのことだけど、そういう仕組みにするのなら、休憩用の場所は広めにとった方がいいね。数パーティが野営してもいいように。薔薇は、エリアごとに色を変えるんだね? 迷路は一度攻略されて情報が出回ると、あまり時間を稼げなくなるけれど、その対策は?」



 茶髪に茶色の目をしたギルベルトは、30半ばの落ち着きのある男性に見える。

 声や話し方もいつも穏やかで、どちらかというと口の悪いダニーロと比べると温和な癒し系だ。

 格の高い精霊だけれど、見た目は人族と変わらないので、人族の街などを歩くときは便利らしい。

 ギルベルトに指摘された点は、私もずっと頭を悩ませていた。

 攻略情報の出回った迷路なんて、ただの遊歩道だ。

 それじゃ、わざわざ作る意味がない。



「ランダムで迷路の通路を動かして、情報が役に立たなくなるようにしたいの。こんな感じで、ここの一部の壁が90度動くだけでも、全然違う迷路になるでしょう? 全体が動く必要はないから、迷路のところどころが、不定期で動くようにできたらって思うのだけど、可能かしら?」



 二人並んで歩けるくらいの、あまり幅の広くない迷路にするつもりだから、結構入り組んだものが作れると思う。

 迷路の上は通れないように、生け垣の高さは3メートルほどにして、透明な天井も設置するつもりだ。

 私がイラストにした迷路の仕組みを見て、ギルベルトが思案するように腕を組む。



「これだと、最小の労力でたくさんのパターンの迷路が作れるね。お嬢は頭がいいな。動く薔薇は、僕が品種改良して、意志を持った薔薇を作ればなんとかなると思うよ。お嬢の魔力で溢れたダンジョンの中だから、そんなに難しくはないはずだ。ステージは草原、かな。薔薇の迷路なら、自然豊かで暑くも寒くもないステージがベストだ」



 意思を持った植物まで作れるなんて、異世界の精霊って凄過ぎる。

 私があまりにも驚いた間抜け顔をしていたのか、ギルベルトが小さな笑みを漏らした。

 ちょっと恥ずかしくなったので、素知らぬ顔で話を推し進めることにする。

 


「庭園ステージがあれば、ベストなんだろうなぁ。芝生とかね。花畑だと、薔薇と香りが喧嘩してしまいそうだからダメよね。ギルベルトが薔薇を育てやすいように、新しい階層はすぐに作って、できるだけ拡張しておくわ。薔薇は3メートルくらいの高さで、迷路の幅は人が二人並んで歩けるくらい。入り組んだ迷路にしたいから、出来れば迷路の中にも休憩スペースを作りたいの」



 迷路内の休憩スペースも、イメージをイラストにしてあった。

 真ん中に噴水、その周囲にテーブルや椅子を設置して、できれば自動販売機みたいなものも置こうと考えている。

 ダンジョン内に物を置くと、一定時間後にダンジョンに吸収されてしまうけど、保護を掛けておけば阻止できるから、保護を掛けて、魔法鞄などで持っていかれないように、床に固定するつもりだ。



「テーブルと椅子はわかるけど、これは?」



 イラストの自動販売機の部分を指さして、ギルベルトが不思議そうに問いかけてくる。

 自動販売機なんてこちらにはないから、ただの箱にしか見えないだろう。



「これは、自動販売機といって、お金を入れて、欲しいもののボタンを押すと、この下の部分から品物が出てくるの。販売員がいなくても物の売買ができる魔道具みたいなものって思ってくれたらいいわ。ダニーロとセオの合作で、今は試作中なの。商品の補充とお金の回収をどうするか悩んでいたけど、セオが転送の魔法を付与して補充も回収もできるようにしてくれたの」



 説明しながらタブレットで自動販売機を表示させて、詳しく使い方の説明をすると、ギルベルトは理解できたようだ。

 感心しながらも、何でそんなものを置くんだろう?といった顔で首を傾げてる。



「どんなものかはわかったけれど、これをわざわざ置く理由は? 何を売りたいの?」



 宝箱からアイテムを手に入れるのならともかく、わざわざお金を出して購入させるというのが不思議なようだ。

 セオとダニーロも、最初に説明したときにはかなり驚いていたから、普通は考え付かないことなのだろう。



「もちろん、一番の理由は時間稼ぎよ。休憩してくれたら、その分だけ滞在時間が増えるでしょう? 休憩スペースに美味しいお菓子や飲み物が手に入る魔道具があったら、利用する人もいるかと思って。これはね、宝箱に入っているコインでも使えるようにするの。迷路だけじゃつまらないでしょ? 謎解きもしてもらわなきゃ。各エリアの宝箱で、必ず一つはコインが手に入るようになっているの。各エリアで手に入るコインを全種類使わないと、次の階層に進む階段は見つからないのよ」



 謎解きといっても、そんなに難しいものではない。

 4つのエリアの宝箱に入っていたコインを、4つ目のエリアの最終地点で正しい場所に投入するだけだ。

 投入するという形にするので、間違ってコインを入れてしまったらやり直すしかなくなる。

 各エリアに宝箱は複数あるから、コインの取りこぼしがあるともう一度取りに行かないといけないので面倒だと思うけど、二回目からは楽に進めるだろう。

 自動販売機でコインも使えるようにするのは、やり直してもらうための罠の一つだ。

 罠と分かっていてもかかりたくなるように、コインで購入できるのは、お菓子をたくさん詰め合わせたスペシャルセットにする予定だった。



「なるほど、迷路の罠だけが罠じゃないんだな。初見の冒険者は、クリアするのに相当の時間がかかりそうだ。やっぱり、エリアの間の休憩スペースは、かなり広く取った方がいいかもしれない。それから、迷路は4つじゃ足りない。せめてあと二つは増やして、一度に挑戦できるパーティの数を増やすべきだと思う」



 ダンジョンの攻略にくるなら、最低でも数人のパーティで挑戦するはずだ。

 ここは強い魔物が跋扈する不帰の森の中にあるダンジョンだから、ランクの高い強い冒険者だとしても、単独でダンジョンにくることは滅多にないだろう。

 最初はともかく、ダンジョンの評判が高まれば訪れる人も増えるだろうから、最初から多数の相手をするつもりで準備をしていた方がいい。

 人が増えてしまってから、ダンジョンの改装とかはできないだろうし。

 挑戦者が増えた時のことを考えると、迷路が4つでは足りないというギルベルトの言葉も納得できた。

 できる限り拡張して、迷路を増やすべきかもしれない。



「迷路はあと二つ増やすわ。ギルベルトの言う通り、将来的には足りなくなると思うから。休憩所には小さな小屋を複数立てて、中をセオに拡張してもらおうかな? 鍵を掛けられるようにしておけば、安心して休めるだろうし」



 セオに頼りっぱなしになってしまうけれど、お願いしてみよう。

 建物が小さい方がダンジョンポイントの消費が少ないので、セオの魔法一つでポイントの消費量がかなり変わってしまう。



「あいつは、お嬢のためなら何でもやるだろ。毛艶がなくなるくらい、こき使ってやればいい」



 笑い混じりにこき使うことを勧めてくるのは、私が遠慮しないようにというギルベルトの気遣いだから、素直に頷いておく。

 甘えるのはどちらかというと苦手だったけれど、セオが相手だと安心して甘えられる。

 それはきっと、私が死ぬその瞬間まで、セオはずっと一緒にいてくれると信じられるから。

 他の精霊達が信じられないというわけではなく、セオはただ特別なのだ。



「私はセオの艶々の毛並みが好きだから、ほどほどにこき使うことにするわ。……そういえば、迷路に使う薔薇だけど、どこかから取り寄せた方がいい? 色は、赤と白とピンクと黄色とオレンジと青でいいかなって思っているんだけど」



 こちらでも薔薇の品種は多いんだろうか?

 ダンジョンポイントで地球産の薔薇の苗が取り寄せられるのは、既に確認済みだから、必要なら取り寄せるつもりだ。



「どういう品種の薔薇がいいかにもよるな。香りがいいものか、大輪の物か、用途で変わってくる」



 やっぱりこちらの薔薇も種類が多そうだ。

 美容関連のアイテムを作るためにも使うから、香りのいい物がいいけれど、迷路で香りの強い薔薇だと匂いが籠ってしまうだろうか?

 こちらの世界の薔薇を見たことがないから悩ましい。



「私のスキルで香水や石鹸を作るときの材料にもしたいから、香りがよくて強すぎないものがいいかな。それから、青薔薇は、こちらでも紫に近い色なの?」



 ふと、興味を引かれて聞いてみた。

 さっきは私の知る薔薇の色をあげてみたけど、もしかしたら、地球にはない色の薔薇があるかもしれないから、青が青紫ならば、無理に青薔薇にこだわることはない。



「お嬢の世界の青薔薇は、紫に近いのか? こっちにはいろいろあるぞ。空色の薔薇もあれば、紺に近い色の薔薇もある。俺のお勧めはサファイアブルーの薔薇だな。花弁が大きくてベルベットみたいで、薔薇の割にすっきりとした香りだ。魔力のある場所と相性がいいから、ダンジョンで使うならちょうどいいだろう」


 

 魔力と相性がいいだなんて、こっちの世界ならではの薔薇だ。

 どんな風に咲くのか、早く見てみたい。



「じゃあ、その薔薇でお願い。私の生まれ育った世界では、青い薔薇を作るのは不可能と言われていて、品種改良を重ねてやっと作れるようになったの。それでも、青というよりは紫に近い色だった。人工的に青い色を付けたものもあったけれど、あれはあまり好きじゃなかったわ」



 薔薇が特別好きというわけではなかったけれど、母がよくもらっていたから、目にする機会は多かった。

 薔薇には思い入れがないけれど、薔薇の迷路には思い入れがある。

 お気に入りの小説の中に出てきた薔薇の迷路のシーンがとても印象的だったから、ずっと憧れがあった。

 迷路の中に噴水を作るのもその影響だ。

 もっとも、小説に出てきた薔薇の迷路に、自動販売機はなかったけれど。



「お嬢のために、最高の薔薇を選んで育てよう。ダンジョンポイントを消費してまで取り寄せなくても、何とかなりそうだから、薔薇を育てるためのステージだけ、早めに作ってくれ」



 ギルベルトが育てた薔薇なら、凄く綺麗に咲きそうだ。

 今から楽しみで仕方がない。



「ありがとう、ギルベルト。あなたのおかげで、ずっと悩んでいたことも解決したし、張り切って迷路が作れそう。早速、新しい階層を作って来るわね。多分、今日の夕方までにはできてると思うから」



 ここ最近はダンジョンポイントを使ってないので、かなり溜まってきている。

 早く作りたくなって、お見送りもせずに席を立った。

 薔薇の迷路を作る上での一番の問題が解決して、ご機嫌だった。


 



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