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製作依頼



「こりゃ、すげぇな。見たことない素材も使ってあるが、機能的でありながら、洗練された形だ」



 黒と赤の混じった短い髪に手をやりながら、ダニーロが感嘆の息をつく。

 今朝契約したうちの一人、火の精霊の長の末息子だというダニーロは、私がサンプルとして見せた香水や化粧品、マスタールームのバスルームにあったシャンプーなどの容器を、しげしげと観察していた。



「私がスキルで作るシャンプーなどの容器は大き過ぎるから、この半分以下のサイズで作れないかと思ったの。衝撃に弱いガラスや陶器でも、こちらでは魔法を付与して壊れないようにすることもできるから、問題ないでしょう? この上のポンプ部分は、金属でも作れるはずよ」



 8人くらいは余裕で使えるダイニングテーブルの上には、所狭しとサンプルが並べられている。

 タブレットは持ち運びできるので、私の手持ちにはない陶器製のシャンプーボトルを表示させて、ダニーロがイメージしやすいようにした。

 ドワーフよりも鍛冶に長けていて、武器や防具を作るのが天職という火精霊の長の一族でありながら、ダニーロは武器よりも装飾品を作るのが好きで、革細工なども得意といった変わり者らしい。

 腕は確かで、好奇心旺盛で冒険心も持ち合わせているので、新しいものを作るには打って付けの精霊だと、セオが紹介してくれた。

 


「ガラスもいいが、陶器に絵付けをするのも、同じ形でも雰囲気が変わっていいな……。姫さんのおかげで、おもしれぇもんが作れそうだ。弟子も何人か連れてきてっから、すぐにでも製作に掛かれるぜ」



 制作意欲を刺激されたみたいで、作りたくて仕方がないみたいだ。

 十代後半という見た目通り、落ち着きのない少年のようなところが微笑ましかった。

 人型でこれだけスムーズに会話できるダニーロは、火の精霊のなかでは最上位と言っていいほどに格が高いらしい。

 変わり者でなかったら、次期長の筆頭候補だったそうだ。

 火の精霊のほとんどは人型をとれず、片言でなら意思疎通ができるという格の精霊が一番多いようだ。



「サンプルがあった方がいいかもしれないから、私がスキルで作ったボディーソープを持っていくといいですよ。これの中身は液体状の石鹸ですから、お風呂に入る時に使えます。宿舎には大浴場がありますから、中身はそちらで使ってもかまいません」



 せっかくの大浴場だから利用してもらおうと、ボディーソープを渡しておく。

 昨日から魔力が3割を切るまでスキルを使うようにしているから、少しだけソープの種類が増えていた。



「そりゃ助かるな。火の精霊は風呂好きが多いんだ。火山地帯にあるうちの集落には温泉もあったからな」



 自慢するような口調から、変わり者とは言われても、生まれ故郷を愛しているのだと伝わってきた。

 それにしても、温泉があるなんて、何て羨ましい。

 ダンジョンにも温泉が作れたらいいのだけど。



「温泉は私も好きです。私の生まれ育った国にも、温泉がたくさんありましたから。そういえば、私のスキルで、入浴剤というお風呂に入れる温泉の素のようなものも作れるんですよ。必要な素材が揃ったら、作ってみますから、その時は試してみてくださいね」



 スキルで多種多様な入浴剤が作れるから、温泉が設置できるまでは、入浴剤を楽しむのもいいかもしれない。



「姫さんのスキルは、すげぇな。とりあえず、色々作ってみっから、ある程度数が揃ったら見せに来るよ。一度出来上がれば、量産するのは弟子がやってくれっからな。修行にちょうどいいんだ」



 見た目は十代後半なのに、やはり中身は年齢を重ねているらしく、弟子たちのことを語るときは包容力のようなものも感じる。

 弟子に慕われているだろうと、簡単に想像がついた。



「それじゃ、お願いします。困ったこととか不便なことがあったら、出来るだけ改善したいので、いつでも相談してください」



 一刻も早く制作に掛かりたいのか、鍛冶場に行きたそうなダニーロを見送って、私はテーブルの上を片づけた。

 片づけは魔法鞄に入れるだけでいいので、とても便利で助かっている。

 空間魔法をセオほどに使える人族はいなくて、ほとんどの人は短距離の転移すらできないそうだ。

 セオほどの使い手となると、精霊の中でさえも希少らしい。

 寿命が長い分、熟練度があげられて鍛えられているから、そのセオが全力で拡張してくれた私の魔法鞄は、外に出せば国宝にされるような代物らしい。

 出す予定は全くないけれど。

 


「カヤ様。お話が終わったのでしたら、魔物の召喚をしませんか? 魔物のテイムスキルや飼育スキルを持った者たちが、待機していますから」



 セオに声を掛けられて、一緒にマスタールームに移動した。

 もうすぐお昼だから、その前に召喚を終わらせてしまいたい。

 午後にはエイミーとベラを交えて、屋敷の方でお菓子を作る予定だった。

 たくさん作りたいので、マフィンを焼くつもりだ。

 屋敷の厨房のオーブンは、私のものほど細かく温度設定ができないけれど、その代わりに大きいので、一度にたくさんのマフィンを焼くことができる。

 今回は紙製のマフィンの型が足りないので、天板に広げるようにして大きく焼いて、焼き上がった後でカットすることにした。

 


「また何かクエストをクリアしたのかな? 思ったよりもポイントが増えているし、私のレベルも上がっているから、たくさん召喚できるかも」



 昨日、新しい階層を作ったのが大きかったみたいで、私のレベルは1から一気に8まで上がっていた。

 もう一つ階層を増やせるようになったけれど、まだ後回しにするつもりだ。

 とりあえず今は、精霊達の暮らす空間をできるだけ充実させたい。

 契約したばかりだというのに、みんな早速働いてくれていて、昨日、セオが買って来た種や苗は、既に畑に植えられている。

 セオはしっかりと農作業の道具も買ってきてくれたみたいで、今のところ不足はないようだ。



「ポイントが増えるのはいいことです。召喚した魔物は、雌雄でペアにしておくと、勝手に繁殖しますから、最低2体は召喚した方がよろしいでしょう。魔鶏に魔牛、ハニービーにレインボーキャタピラー、シルクスパイダーも召喚するのでしたね。あぁ、でも、魔牛は雌雄同体ですので、奇数でも構いません。常に乳を搾れるように進化したようです」



 私がパネルを操作する横から覗き込みながら、セオが召喚予定の魔物を上げていく。

 レベル1では召喚できないものが多かったけれど、8まで上がったおかげでどれも召喚できるようになっていた。

 でも一般的に見れば、レベル8で召喚できる魔物はダンジョンではかなり弱い部類で、あまり役に立たないらしい。

 うちのダンジョンでなら、大活躍してくれるけれど。

 それにしても、雌雄同体って進化なのかな?

 牛乳を目当てに魔牛を飼う側としてみれば、とても便利だから進化でいいのかな。



「とりあえず、二体ずつ選んでみるわ。でも、まだポイントにはかなり余裕があるみたい。もう少し増やすとしたら、どの魔物から増やすのがいいかな?」



 ポイントをためておいて不便なまま我慢するよりは、ポイントを使い切ってもいいから環境を充実させたい。

 毎日必ずダンジョンポイントが増えるとわかっていて、まだしばらくの間は、誰もダンジョンの攻略に来ないとわかっているからこそできることだ。

 与えられた強みはきちんと生かしたい。



「土の精霊のギルベルトが、果樹や畑や花畑などの管理をしっかりとしてくれますから、ハニービーとレインボーキャタピラーが餌で困ることはないでしょう。森は広いですから、シルクスパイダーの数を増やしてもいいかもしれません。とりあえずはこの3種を4体ずつ増やして、残ったポイントで酪農用の生産施設を設置しませんか? それがあれば、生クリームやバターやチーズが作れますから。ギルベルトが連れてきた精霊に、酪農や飼育のスキル持ちがいましたから、カヤ様は施設だけを用意してくだされば、後はすべて任せてしまっても問題ありません」



 乳製品はお菓子を作るのにも必要だから、セオの意見を反映して、召喚する魔物を増やし、酪農用の生産施設を獣舎のそばに設置した。

 今日はもう、これ以上何もできないくらいポイントを消費したけれど、明日にはまた増えているだろう。

 たくさんの精霊達と契約したことで、一日のどの程度のポイントが増えるのか、少し楽しみだ。



「ねぇ、ふと思ったんだけど、施設を増設するときって、先に一言忠告しておかないと危ないんじゃない? 新しい施設ができる場所に偶然誰かがいたら、ケガをしたりするんじゃないかな?」



 実行ボタンを押そうとした瞬間に思いついて、不安になってしまった。

 だって今この瞬間も、精霊達は外で活動しているのだから。



「大丈夫ですよ、カヤ様。もし、施設ができる場所にいたとしても、自動的に安全な場所に転移させられますから。ダンジョンマスターであるカヤ様と契約した段階で、彼らにはダンジョンの保護が掛かっています。ですから、ダンジョンを通さない直接契約にも関わらず、滞在で得られるポイントが、侵入者と比べると少ないのです。ダンジョンポイントを得ることを考えるのならば、ダンジョンが隠されている2年の間は、契約をしなくてもいいかとも思ったのですが、ダンジョン内での万が一の事故に備えて、早々に契約いたしました。ダンジョン内の情報を外に漏らせないようにという用心でもあります」



 保護が掛かっていると聞いて、ホッと息をついた。

 ダンジョンの保護があるということは、その分危険も減るということだから本当によかった。

 それに、私は深く考えもせずに、すすめられるがまま精霊達と契約していたけれど、セオは色々と考えて契約書を作ってくれたようだ。

 私に知らないところで、どれだけ働いてくれているのか。

 セオは誰にも代えられない、私の大切な味方だと実感する。



「ちなみに、もしもダンジョンの侵入者が彼らを傷つけようとしても、保護が掛かっていますから弾かれます。契約した精霊達は、カヤ様の魔力に包まれて守られていますから、ご安心なさってください」



 私と契約したことで、ダンジョンの魔物と同じ扱いにされて害されることもあるかもしれないから、みんなの安全が確保されるのなら、手に入るダンジョンポイントが減ることくらい何でもない。

 大丈夫だとわかったので、実行ボタンを押してから、画面を獣舎の辺りに切り替えた。

 獣舎には魔鶏と魔牛が入っていて、早速精霊達が世話をしている。

 外には獣舎よりも大きな生産施設ができていた。



「こうしてみると、魔物だけど牛も可愛いわね。私の知っている牛と比べると、かなりサイズが大きいけれど」



 直接牛を見たことはないけど、テレビなどでは見たことがあるから大体の大きさは想像はつく。

 私の知っている牛と比べると、魔牛は倍以上のサイズのようだ。



「魔物ではありますが、温厚ですから。肉も美味しいので高値で取引されているのですよ。そのうち、余裕ができましたら、放牧のためのスペースも作って、本格的に酪農を始めるといいかもしれません。その時は、魔豚も増やして、ハムやベーコンも作らせましょう。オークという魔物の肉は、魔豚と味が似ていて魔豚よりも安いので、人族の間では食べられているようですが、私はカヤ様にあのような醜い魔物の肉を食べさせるのは嫌なのです」



 オークってそんなに醜いのかな?

 セオが嫌悪するくらいだから、あまりいい魔物ではないのだろう。

 魔物にいいも悪いもないかもしれないけれど。

 セオは本当にオークを私に食べさせるのが嫌みたいで、雰囲気がちょっと怖い。

 目の前にオークがいたら、瞬殺してしまいそうだ。



「ハムやベーコンを作るなら、燻製小屋も必要ね。すぐには無理かもしれないけれど、少しずつ増やしていきましょう」



 セオの雰囲気を和らげようと、話を少しそらしてみた。

 燻製を作るのなら、桜が欲しいなぁ。

 でもこの世界に桜はあるのかな?

 あったらみんなでお花見ができるのに。


 この世界に来た時には一人だったのに、ほんの数日でたくさんの精霊達に囲まれている。

 セオのおかげだと思ったら、感謝の気持ちを示したくなった。

 午後にはマフィンだけじゃなくて、セオの好きなカスタードクリームがたっぷり入ったシュークリームも作ろう。

 きっと蕩けそうな幸せに満ちた顔で食べてくれるに違いない。

 内緒でこっそり作るのを想像したら、何だか楽しくなってきた。

 ご機嫌なままセオと連れ立って、お昼ご飯を食べに行くのだった。



今日はちょっと時間が取れないので、手直しなしで投稿しています。

後日修正するかもしれません。

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