お掃除はいりません
花を摘んだ後、精霊達のために作った宿舎を見てみたけれど、一階の半分と二階に個室が並んだ寮のような建物だった。
想像していたよりも大きくて、広々とした食堂やお風呂は使い勝手も良さそうだ。
精霊はあまり入浴しないらしいけれど、ぜひ活用してほしいと思う。
これだけ大きな建物となると、管理する精霊も必要になるかもしれない。
どう考えても、食事を作ってくれる人も必要だ。
そうなるとやっぱり、畑で作物を育てるのが大事になってくる。
果樹園も広くて、やり過ぎたかと思ったけれど、そんなことはなさそうだ。
人を雇うって大変、そんなことを思いながら屋敷の中を見てまわった。
宿舎の方も家具は備え付けてあったけれど、屋敷の方も基本的に必要な物は揃っているようだ。
ダンジョンポイントをかなり消費するとは思ったけれど、これだけの屋敷を建てて必要なインテリアを揃えるとなると、資金も時間も莫大にかかるだろうから、仕方がないのかなと納得できた。
一階のサンルームに繋がる部屋にはグランドピアノまで置いてあって、とても驚かされてしまったけれど、今後、弾く機会はあるだろうか。
かなり広い家事室のような部屋もあって、そこにはお爺さんが約束してくれたミシンも置いてあった。
他にも布や糸やボタンと、ちょっとした規模の手芸屋さんがそのまま引っ越してきたかのように色々なものが揃っていて、エイミーが大興奮状態だった。
プリント柄の布はこちらにはないし、色鮮やかで様々な厚みの布の用途を考えるだけでも幸せになってしまったらしい。
私は嗜む程度に手芸もできるけど、そこまで大好きというわけではないから、ここにあるものはエイミーの好きなように使ってもらうことにした。
ここの素材はシステムキッチンみたいに補充されるわけじゃないから、使い切ったらそれきりだけど、別に惜しいとは思わない。
こういったものは、使わなければ意味がないのだから。
機織りの施設も作ってあるから、これだけたくさんの資料があれば、そういった方面に携わる精霊が、布を作るときに参考にしてくれるだろう。
二階の主寝室は二間続きの部屋で、マスタールームと比べるとかなり広かった。
バルコニーもついていて見晴らしがいいし、家具はロココ調の優美なもので、白とペールブルーを使って、甘くなり過ぎないような雰囲気に仕上げてあるのがとても素敵だった。
「素晴らしいお部屋ですね。セオが家具を買いに行ったようですが、必要ないかもしれません。大国の王宮でも、これほどの物は滅多に見られません。カヤ様のお国には、素晴らしい文化があるのですね。ぜひ、この部屋の雰囲気に似合うドレスを、私に仕立てさせてください。装飾品を作るのが得意な者を勧誘して、カヤ様の身を飾る装身具も用意しなければなりませんね」
まだ軽い興奮状態のエイミーが張り切っているけれど、とめるべきだろうか。
だってドレスを着て着飾ったって、出かける場所などない。
ここはダンジョンなのだし、私は外に出られないのだから。
でも、宝箱にアクセサリーをいれたいから、装飾品が作れる精霊の勧誘は大歓迎だ。
「素敵な装飾品は欲しいから、勧誘は大歓迎。それから、宿舎の方の管理や料理を作ってくれる精霊も必要かと思ったんだけど、どうしたらいいかな? 公共部分が広いから、そこの掃除なんかも必要よね?」
思いつくままに必要な役職を上げてみると、何故かエイミーがきょとんとしている。
何か変なことを言っただろうか?
「カヤ様、ダンジョン内でお掃除は必要ありませんわ。すべてダンジョンが吸収してしまいますもの、埃一つ残りません。料理に関しては、嗜好品扱いですから毎食必ず食べる精霊はいないと思います。時々、カヤ様の作ったお菓子でも差し入れれば十分ですわ。調理しなくても食べられる、果物やはちみつもありますしね」
まさか、掃除がいらないとは思わなかった。
もしかして、私が洗浄の魔法を覚えて嬉々として使いまくっていた時に、セオが私を微笑ましげに見ていたのって、掃除する必要がない場所で洗浄の魔法を使う私が子供みたいだったから?
思わぬ事実が発覚して、頬が火照ってくる。
それにしてもお掃除がいらないなんて、ダンジョンって作り方次第では、最高の住環境なんじゃないかしら?
精霊のご飯がいらないにしても、お菓子はできるだけ作ろう。
報酬もなしで利用するだけというのは申し訳ないし、出来る限りお返しをしたい。
「じゃあ、暇を見て、お菓子を作るようにするわ。セオとエイミーにケーキも作ってあげたいし、作りたいものはたくさんあるの」
果物がたくさん手に入るなら、コンポートやゼリーも作れるし、今からとても楽しみだ。
「あ、忘れてた! 苺も育てなきゃ!! どうして、忘れてたんだろう、私」
果樹しか頭になかったから、ケーキに頻繁に使う苺をすっかり忘れていた。
畑でなら育てられるだろうか?
この世界の苺があまり甘くないなら、ダンジョンポイントを消費してでも日本の苺を取り寄せないと。
練乳がシステムキッチンのストッカーに入っていたから、ちょっとくらい酸っぱい苺だったら食べられるだろうけど、ケーキの飾りに使うなら、甘い苺がいい。
「苺でしたら、ダンジョン産の果物ですから、ダンジョン内で必ず育てられるはずです。森の中に苺の群生地があったりするのですよ。不思議なことに、地面に生えている割には踏まれたりもせず、無事に見つかることが多いのだそうです。甘い香りがするので、所在がすぐにわかりますから、踏まれる前に見つかるのかもしれません」
苺があるみたいでよかった。
まだもう少しポイントは残っていたはずだから、すぐに戻って苺を手に入れよう。
果樹みたいに画面から設定するだけで、畑に植えられたらいいんだけど。
苺狩りのビニールハウスの中みたいに、苺を植える棚みたいなの、作れないかなぁ?
後でセオにも相談してみよう。
まだ見たい場所があったけど、苺が気になったのでマスタールームに戻ることにした。
一仕事して、その後夕飯の支度をすれば、ちょうどいい時間になるだろう。
「そろそろ戻りましょうか。苺のことも調べてみたいの」
エイミーを促して、転移陣に向かった。
ちなみにレベルが上がれば、私はダンジョン内ならどこにでも転移できるようになるらしい。
今はまだ無理だから、てくてく歩くしかないけれど。
戻ってすぐに苺について調べると、パネル操作で果樹のように植えられることが分かった。
一棚単位だったので、屋敷に近い位置に多めに設置しておく。
苺は傷みやすいから、通常ならたくさん収穫し過ぎると持て余すけど、収穫してすぐに魔法鞄で保存できるからこそできる暴挙だ。
今から収穫が楽しみで仕方ない。
苺の収穫ができる頃には、どれくらい精霊が増えているのかなぁ?
みんなで苺のケーキを食べられる日が楽しみだ。




