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地上の楽園




「それでは、いってまいります、カヤ様」



 昼食後、セオは早速買い物に出かけて行った。

 資金にするための魔法鞄は、昨夜のうちにエイミーと一緒に作っておいたらしい。

 うちの精霊さんは、本当に働き者だ。

 私も頑張って働かなければ。



「カヤ様、新しい階層のお屋敷を見に行きませんか? 昨日お作りになったクッキーを神殿でお供えして、それから花畑の花を摘めば、カヤ様のスキルで作るアイテムの材料にもなるのでは?」



 働かなければと思ったけれど、確かに先にささやかでもお礼をしておいた方がいいか。

 花の種類が違えば、違う香りのシャンプーが作れるだろうし、花を摘みにいくのはいいことだ。

 新しい階層には執務室の転移陣から簡単に行き来できるので、とりあえず、お供えと花摘みに行くことにした。






「うわぁあ……こんなに広いとは思わなかった」



 一度で拡張できる面積の半分くらいのサイズの花畑なのに、見渡すほどに広い。

 転移した先は屋敷の二階の執務室で、そこから花畑までもかなり歩いた。

 正確な距離はわからないけど、多分、一度に10キロ四方くらいのスペースを拡張できるんじゃないだろうか。

 障害物がないから直線距離で進んでいるけれど、徒歩で移動するのは結構大変だ。

 この面積の巨大迷路を作るとしたら、クリアするのは凄く大変そうだから、広いのはありがたいことなのかな?

 居住空間だと思うと不便さが先に立つけど、ここはあくまでもダンジョンなんだから、簡単に攻略されたら困ってしまうわけだし。



「これだけ見晴らしがいいと、壮観ですね。できれば、川や滝も欲しいところです。泉でもいいですね。ダンジョンの中だというのに清浄な空気で満ちていて、本当に心地いいです」



 大きな深呼吸をしているエイミーは、とても気持ちよさそうだ。

 エイミーがこんなに喜んでくれるなら、他の精霊達も喜んでくれるだろうか?

 契約するとはいえ働いてもらうのだから、できるだけいい環境を整えてあげたい。



「他のダンジョンを知らないから、違いが判らないけど、確かに心地いいわね。外にいるみたい」



 こんな自然に触れ合うことは滅多になかったけれど、日差しの眩しさや風の心地よさなんかは、日本にいた時と変わりない。

 変わりないどころか、もっと居心地がいいくらいだ。

 神殿はすぐに見つかったので、天井が高い東屋のような造りの神殿に足を踏み入れた。

 神殿は白い石でできていて、何本もの柱で屋根を支えている。3面に壁はなく、心地よい風が吹き抜けていた。

 正面には祭壇があり、お供え物を置けるようになっていた。

 神の像のようなものがあるのかと思っていたけれど、そういったものは何もなく、簡素なつくりだ。



(お爺さん、色々とご配慮いただいて、ありがとうございます。昨日作ったクッキーです。ほんの少しですが、どうぞお召し上がりください)



 祭壇にクッキーを供えて、軽く目を閉じて両手を合わせた。

 心の中でお爺さんにお礼を言うと、ふわりと優しい風が髪を揺らして、次の瞬間、目を開けた時には祭壇のクッキーが消えていた。

 お墓や仏壇にお供えするような感覚でいたから、あっという間にお供え物が無くなって、ちょっと驚いてしまう。



「転移陣になっているわけでもないのに、こんなにすぐに受け取ってくださったのですもの、きっと神もお喜びでしょう」



 フォローするというでもなく、にこやかに語るエイミーに頷きを返して神殿を出た。

 神へのお供えというなら、やっぱりお酒とかのイメージがあるから、酒造施設はできるだけ早めに設置しよう。

 酒造スキルを持った精霊さんも勧誘してもらわなければ。



「喜んでもらえたらいいんだけど……。花を摘みましょうか。種類ごとに分けた方がいいかと思って、袋も持ってきたの」



 大きい袋がいいだろうと、透明なゴミ袋を持ってきた。

 ゴミ袋だけど、こちらではその用途には使わないだろうから、気にしなくてもいいだろう。



「クッキーをいただいた時にも思いましたけれど、不思議な素材の袋ですね。つるつるとしていて、薄くて、それに向こう側が透けて見えるほどに透明だなんて、カヤ様の住んでいらした国は、素晴らしいところだったのですね」



 こちらにはビニール素材なんてないから、ゴミ袋の感触がエイミーは面白いらしい。

 


「便利だったのは間違いないけれど、いいところも悪いところもあったと思うわ。私が住んでいたところには、魔法もダンジョンもなかったし、精霊はおとぎ話の中の存在で、人族しかいなかったの」



 人の多い街の中で暮らしていたから、こんな風に自然に触れ合うことは滅多になかった。

 こちらに来てから、平和で豊かな国で暮らしていたのだと思うようになったけれど、日本で暮らしていた頃は、そんなことを考えたことはなかったし感謝したこともなかった。

 母方の祖父母が資産家だったおかげで、母子家庭だけど裕福な生活をしていたし、小さな頃からたくさんの習い事をさせてもらった。

 だけど、心はいつも満たされてなかったと思う。

 人目を気にして周囲に気遣って疲れ果てて、早く大人になって家を出たいと、ただそれだけを考えていた。


 鋏を取り出して、必要な花の部分だけを切り落としながら、袋に入れていく。

 葉と茎だけが残るのは無残に見えるけれど、ダンジョンの中でなら、またすぐに花がつくらしい。

 ダンジョンの再生能力が恐ろしすぎる。



「どこの世界も、結局は同じなのかもしれませんね。いいところもあり、悪いところもあり、そんな中で自分なりに生きていくしかありません。……昨夜、セオドアが訪ねてくるまで、私はずっと闇の中にいました。契約していた姫が暴漢に襲われ、殺されてしまったとき、私の心の一部も一緒に死んでしまったのです」



 花びらが幾重にも重なった華やかな見た目の青い花を摘んだエイミーが、思いを馳せるように遠くを見ながら語りだす。

 王族に仕えていたとは聞いていたけれど、その姫が殺されていたとは思わなかった。

 セオが王族の姫でも暗殺者に狙われたりすると話していたのに。

 平和な世界から、敵のいない安全なダンジョンの中に直接やって来たから、話を聞いても、命の軽い世界にやって来たという実感がなかった。

 ダンジョンコアを狙われるダンジョンの主である以上、私だって狙われる立場になるというのに。

 


「この青いお花は、姫様の好きな花でした。姫様がまだ5つの時からずっとおそばにいて、嫁ぎ先にまでついていきましたのに、姫様が暴漢に襲われたあの時は、姫様に頼まれてお子様を見ていたので、そばにいませんでした。私がついていたならば、決して死なせはしませんでしたのに……」



 青い花を手に切々と語るエイミーの声は震えていて、どれだけ慈しんで姫を育てていたのか、痛いほどに伝わってきた。

 きっと、姫を亡くしてから何度も何度も後悔して、そのたびに救えなかった自分を責めてきたのだろう。

 


「カヤ様……」



 エイミーが顔を上げ、まっすぐに私を見つめてくる。

 しっかりと見つめ返すと、エイミーは淡く微笑んだ。



「人を殺さないダンジョン、それは、地上の楽園になるのではないかと、セオドアと話していた時に、そう思ったのです。そして、その楽園を作るお手伝いをすることが、姫様の供養にもなるのではないかと……。カヤ様を姫様の代わりにするわけではありません。でも、今度こそ私は、主人を守りたいと思います。もう絶対に、死なせたりはしません」



 必ず、何と引き換えにしても守りますと、エイミーが言葉にしないことまで聞こえたような気がした。

 私はエイミーのためにも、簡単に死んだりしてはならない。

 コアを奪われるような、そんなダンジョンを作るわけにはいかない。



「私はダンジョンマスターだから、簡単には死なないわ。地上の楽園って、いい言葉ね。楽園を作れるように、みんなで頑張りましょうか」



 あえて姫のことには触れずに、エイミーに笑顔を向ける。

 ここはダンジョンだから、本来ならば命のやり取りをする場所。

 だけど、この世界の常識やセオリーなんて私は知らないし、関係ない。

 楽園みたいなダンジョンがあったっていいじゃない。

 私はきっと、入った人がずっとここにいたいと思うようなダンジョンを作ってみせる。

 エイミーの過去を知り、決意を新たにしながら、花摘みに戻った。

 今日はエイミーの姫様が好きだったという青い花で、ボディーソープを作ろう。

 エイミーがソープを使うたびに、優しい気持ちになれるよう、心を込めて。




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