新たな階層
「カヤ様、昨夜エイミーとも相談したのですが、ダンジョンの1層を作ってしまいませんか? マスタールームに私どもの部屋を増やしていくよりは、新しい階層を作って、そこに精霊達を迎え入れられるようにした方がいいと思うのです」
朝食後、お茶を飲みながらの話し合いの場で、セオが切り出した。
セオがソファで寝るのさえ渋っていた私が、エイミーの部屋を作ると言い出すのを予測していて、より効率よくダンジョンを作る方法を考えてくれたようだ。
「他の精霊を勧誘しても、今はまだ受け入れる場がありません。ですから、精霊達の住居や作業場、それから素材を得るための森や山のある層を、先に作るのが得策かと思ったのです。セオと違って、私や他の精霊達は直接カヤ様と契約いたしますから、ダンジョン内に滞在するだけで、契約をしていない人が滞在するよりは少ないですが、ダンジョンポイントが手に入ります。そして何より、契約者がダンジョン内で活動することで、カヤ様のレベルが上がりやすくなります。こちらも、ダンジョンを通して契約をしたセオと比べると微々たるものですけれど」
エイミーの補足説明に、なるほどと頷きを返す。
いくら睡眠がほとんどいらない精霊だからといって、部屋さえも与えられないのは心苦しくて仕方がなかった。
だから、新しい階層に受け入れの場を作れるのなら、それが一番いい。
理想とするダンジョンを作るためには、たくさんの精霊達の手助けが必要なのだから。
「二人の話はよくわかりました。精霊達を受け入れるための階層を作るのはいいのだけど、今の私はまだレベル1だから、新しい階層を作るのは無理じゃないの?」
確か、レベル5で階層が増やせると説明書に書いてあったような気がする。
新しい階層を作るために、レベル上げをした方がいいのだろうか?
「それならば問題ありません、カヤ様。マスタールームを初期状態のまま拡張しなければ、レベル1でも別の階層を作れるのです。レベルを5まで上げるのはそう難しくありませんので、精霊の間でもあまり知られていない裏技なのですが、せっかく利用できる状態にあるのなら、利用した方がいいでしょう」
にこやかに説明をするセオを見て、隣に座るエイミーが呆れ顔でため息をつく。
完全に兎の顔なのに、呆れ顔だとわかるのは変な感じがするけれど、契約者だからか不思議なくらい表情が読み取れる。
ちなみに、朝食後すぐに、セオに立ち会ってもらってエイミーとの契約を交わした。
朝食を作る時にセオが席を外していたのは、契約書を用意してくれていたからだった。
「私に指摘されるまで、その裏技を忘れていたのは、どこのどなただったかしら?」
エイミーの呆れ顔の意味が分かって、思わず笑ってしまった。
完璧に見えるセオなのに、そんなミスをすることもあるんだと思うと親しみやすく感じる。
セオは気まずげに視線をそらして、誤魔化すようにお茶を飲んだ。
「エイミーがいてくれて、良かったわね、セオ。二人とも頼もしくて、とても心強いわ」
一人だったならば、心細くてたまらなかったはずだ。
音のない、静まり返った部屋の中で過ごした寂しい夜のことを思えば、今はなんて幸せなんだろう。
「寛大なお言葉、ありがとうございます、カヤ様。契約精霊として、次からはこのような失敗がないように努めます」
耳をぺたんとヘタレさせて、セオが頭を下げる。
何の被害もなかったんだし気に病まなくていいのに、深く反省しているようだ。
「頼りにしているわね、セオ。執務室で、早速新しい階層を作りましょうか? すべてを揃えるにはポイントが足りないかもしれないから、必要な物から作っていきましょう」
いつまで続くのかわからないけれど、毎日5千のポイントが入ってくることで、心に余裕がある。
直接契約する精霊が増えれば、そちらからもダンジョンポイントが入ってくるのだし、まだ2年の猶予があるのだから、ダンジョンマスターとしてもとても恵まれているのだろう。
エイミーが茶器を片づけるというので、私は先にセオと執務室に入った。
壁一面のモニターには、今日も外の様子が映し出されていて、森の緑が目に眩しい。
天気の良さがよくわかる外の景色を見ていると、お日様が恋しいなぁと思う。
「ねぇ、セオ。森や山を設置するということは、ダンジョンの中だけど日光を感じることもできる? マスタールームには当たり前だけど窓がないでしょう? だから、閉塞感があってあまり好きになれないの。こんなに快適な環境を与えられているのに、贅沢だとは思うのだけど」
朝の陽ざしを感じながら目覚めたいという欲求が、まだここでは二回しか朝を迎えていないのに、段々強くなる。
「太陽は見えませんが、日光は感じられますよ。外と同じ周期で夜が明けて、日が暮れます。新しい階層には、大きな窓のある屋敷も作りましょう。マスタールームとは簡単に行き来できますから、そちらの屋敷で暮らしても問題ありません。それに、マスタールームの寝室は狭いですからね。カヤ様に相応しい格の部屋を整えましょう」
何やらセオが張り切っている。
私が暮らすための家を作るのは、既に決定事項のようだ。
贅沢なのはわかっているから、昼間に日光浴ができるだけでも十分だったんだけどな。
でも、いくら契約しているとはいっても、マスタールームに誰でも入れる状態というのはよくないらしいから、他の精霊との交流の場としても家はあったほうがいいのかもしれない。
「他の精霊の受け入れ準備が最優先だからね? 物を作ってもらうのなら、その設備も必要でしょう?」
生産設備を設置するのなら、出来るだけ高性能のものを設置したい。
とりあえずは操作パネルを使って、新たな階層を選ぶことにした。
洞窟や海、迷路、雪原、火山、森など、たくさんの選択肢がある。
「あぁ、やはり、マスタールームの拡張と同じ扱いになるのか、どのステージを選んでも、通常は新しい階層を作る時に発生する、ポイントの消費がないようですね」
横からパネルを覗き込みながら、セオが何事か考え込む。
つまり、次の階層からは作るときにポイントを消費するということか。
ダンジョンを作る時は、その辺りも考慮してステージを選んだりするものなのだろう。
私のダンジョンでは必要ないけれど、他のダンジョンでは魔物の召喚もしなければならないのだから、魔物の分のポイント消費も激しそうだ。
「森のステージを選択して、鉱物の採れる山を設置するのがいいのではないかと思っています。後は拡張をして、屋敷を建てたり、益のある魔物を召喚したりしてはいかがですか? ハニービーがいればはちみつが手に入りますし、シルクスパイダーやレインボーキャタピラーがいれば、質のいい糸が手に入ります。森の横に花畑を作れば、魔物たちの住環境としては十分でしょう」
魔物って害があるだけではないらしい。
精霊しかいない場所ならば共存できるだろうし、召喚した魔物たちも安心して暮らせるだろう。
素材が手に入るのはいいことだから、召喚できるのなら召喚してしまおう。
精霊の受け入れ準備が最優先だけど。
「ハニービーを召喚するのでしたら、果樹園を作るのもお勧めです。果樹の蜜は、香りもよくて美味しいですから」
お茶をいれなおしてやってきたエイミーも助言をくれたので、とりあえずは森のステージを選んでみた。
実行するまでは、モニターでどんな状態になるか確認ができるし、何度でもやり直しができるので、安心して操作することができる。
「あら? 残りポイントが、かなり多いんだけど、どうしてかわかる? 昨日、セオを呼んだ段階で2万5千くらい残っていたから、今日は3万くらいのはずなのに……」
魔素を吸収して増えるのは、一日に5千くらいだったから、何故今のポイントが8万以上もあるのかわけがわからない。
「多分、クエストをクリアしたからではないですか? 初期はダンジョンポイントがいくらあっても足りませんから、救済の意味もあってクエストが設置してあるそうです。クリアするごとに報酬としてポイントをもらえるので、それが自動的に加算されているのではないかと思います」
クエストって、何だかゲームみたい。
でも普通のダンジョンマスターは、私みたいに2年の猶予をもらったりしていないから、そういった救済策でもないと、すぐにダンジョンコアを壊されてしまうのだろう。
「どんなクエストがあったのかわからないけど、知らない内にクリアしていたということなのね。まぁ、多い分には問題がないから、欲しいものを設置していきましょうか」
外の景色が映し出されていた正面の壁モニターに、森のステージが表示された。
一辺がどのくらいの距離なのかわからないけれど、長辺が短辺の二倍くらいの長方形だ。
山を選択すると、長方形の周囲のどの位置に設置するのか選ぶことができた。
大きさは最初の森のステージの半分くらいだ。
「火精霊の作業場と鉱石を取るための山は近い方がいいでしょう。ハニービー達は火精霊とあまり相性がよくありませんから、果樹園や花畑を作るのなら、山とは反対の方向がいいと思います」
「カヤ様のお屋敷と精霊達の宿舎は近い方がいいのではありませんか? その方が打ち合わせがしやすいと思います。それから、せっかく花畑を作るのでしたら、カヤ様のお屋敷からも花を楽しめるように、近くに作るのがいいのではないでしょうか?」
セオとエイミーの意見を参考にしながら、横向きの長方形の森ステージの右下に山、その左に作業場や宿舎を作るための平地を確保した。
その左を更に拡張して、そこに屋敷と果樹園を作り、森の左に花畑を作る。
一度に拡張できる広さは一定だけど、割と自由にカスタマイズできた。
それこそ、植える果樹の種類や並びなども細かく設定できる。
新たにポイントを消費するけれど、実行後に変更することも可能なようだ。




