半分こ
大きなクローゼットにはエプロンも用意してあったので、色違いでお揃いのエプロンをつけてセオとキッチンに立った。
キッチンは数人で作業しても大丈夫なくらい広いので、二人で並んで作業しても何の問題もない。
タブレットでよく作っていたクッキーのレシピを検索してから、必要な材料や器具を作業台に並べていった。
「チョコレートをお使いになるのですか? 精霊界では滅多に出回ることのない品ですから、きっと喜んでもらえることでしょう」
セオもチョコレートが好きなのか、心なしか嬉しそうだ。
ストッカーには種類別に食材が収納してあって、お菓子作りの材料が収納してあるストッカーに、製菓用のチョコチップや板チョコなどのチョコレートが何種類も入っていた。
中にはデコレーション用のチョコペンなどもあって、向こうの世界の物をこんなに持ち込んで大丈夫なのかな?と、心配になってしまうほどに、色々と取り揃えてある。
しかもキッチンの説明書によると、これらはパンのように毎日ではないけれど、使用頻度に合わせて定期的に補充されるようだ。
多分、ダンジョンポイントを魔素の吸収でしか得られない間、日常生活に不自由することがないようにと温情を掛けてくれたのだろう。
優遇され過ぎていて、ちょっとずるい気がするけれど、あるものは最大限利用したい。
他の階層を作った時にそちらでも使えるように、こちらでは手に入らないものは、セオの作ってくれたバッグに移そうかと思っている。
チョコレートは日本製のが一番おいしいと思うし、それにドライイーストとかお菓子用の薄力粉とか、無塩バターとか、そういった特殊なものは、少しでも多く確保しておきたい。
「セオ、このチョコレートとか、セオの作ってくれたバッグに確保し続けたら、怒られると思う?」
ビニール袋に入れた板チョコを麺棒で叩いて砕きながら、セオの意見も聞いてみる。
大丈夫と割り切って、欲しいものをバッグに入れてしまえない自分の小心さが嫌になる。
「むしろ喜んでいただけるでしょう。これらはカヤ様のために用意されたものですから、カヤ様が十分に利用なさった方が、役に立つものを用意できたのだと、安心していただけるのではないでしょうか? 最大限まで利用されたとしても、何ら問題がないものを与えられているはずです。それでもカヤ様の心が痛むのでしたら、キッチン専用の魔法鞄を用意して、私がその鞄に消耗品を確保いたします。私の見たところ、こちらでは手に入らない物や、とても手に入れ辛いものが多いようですので」
微笑ましいものを見るようにセオに見られて、ちょっと照れてしまった。
私の小心さが、セオには違うように見えているようだ。
私の気持ちが楽になるように、解決策まで出してくれる。
「容量が多いといっても限りがありますし、何でも入れてしまいますと整理しづらいですから、カヤ様さえよろしければ、食料品専用の箱を用意して、そちらに魔法を付与したいと思います。お許しいただけますか?」
私が遠慮しないようになのか、重ねて申し出られて、セオの言葉に甘えることにした。
キッチンに置くのなら、バッグよりも箱の方が使いやすいだろう。
邪魔にならない位置においておけば、私でもセオでも気が付いた時に、補充したいものを箱に移すことができる。
「ありがとう、セオ。でも、さっき魔法を付与したばかりだから、まだ魔力が回復していないでしょう? 作るのは回復してからでもいいからね?」
セオが無理をしないように念を押すと、何やら感激したように頷かれる。
頷くのに合わせるように耳がぴくぴくしてて可愛い。
「お気遣いありがとうございます、カヤ様。でも、私くらい経験を重ねますと魔力の回復量も多いですから、ご心配には及びません。納戸でちょうどいい箱を探して持ってまいります」
何だかちょっと誇らしげに説明した後、流れるような綺麗な足取りでセオは納戸に向かう。
猫だけあって足音もせず、素早いのに優雅だ。
セオを待ちながら、レシピ通りに生地を作っていった。
バレンタインの友チョコとか、ホワイトデーのお返しとか、部活の応援の時の差し入れとか、普段のお弁当の後のデザート用とか、お菓子を作る機会は多かったので作り慣れている。
母の恋人達は気遣いもできる大人ばかりだったので、私の誕生日やクリスマスなどにプレゼントを欠かすことはなかったから、お礼の品を作ることも多かった。
それなりに社会的地位のある大人の男性に、手作りのお菓子というのも失礼な気がするけれど、子供が背伸びしても仕方がないので、自分にできることでお返しをしていた。
一応、料理教室に通って一通りのことは習ったので、食べられないようなものをプレゼントしたことはないはずだ。
中学に入った頃からは、母を通してのやり取りが多かったので、例え迷惑に思われていたとしても、それがこちらに伝わってくることはなかったけれど、母にやめるようにとは言われなかったので、多分大丈夫だったのだと思う。
慣れた作業なので、たいして手間取ることもなく、砕いたチョコを混ぜた生地をラップで包んで、冷蔵庫で寝かせることにした。
この生地は冷凍保存もできるので、普段なら一度にたくさん作って食べるだけ焼くのだけど、今日は全部焼いてしまうつもりだ。
冷凍保存しなくても、焼き立てを魔法鞄に入れてしまえば、いつだって焼き立てのまま取り出せるのだから、それならまとめて焼いてしまった方がいい。
生地を寝かせている間にラッピング用の袋を探すと、作業台の下にある引き出しに、見慣れた透明な袋状の物や、油が染みないように加工された紙でできた袋や紙箱などが入っていた。
リボンも色とりどりの物が揃っていて、見ているだけで楽しくなってしまう。
こちらの世界に合わせるのなら、紙袋か箱に入れるのがいいんだろうけど、今回は精霊達に配るクッキーなので、中身が見える透明な袋を選んだ。
透明といっても、ピンクや青で可愛らしい模様も入っているので、これを使ってラッピングしたら綺麗に仕上がるはずだ。
好奇心旺盛な精霊が多いらしいから、こちらの世界にない物を見てもらって、少しでも興味を引ければいい。
「カヤ様、この箱でいかがですか? これならば、作業台の上にも置いておけますし、蓋がついているので余分なものが入ることもありません。中が二つに分かれていますので、それぞれに魔法を付与すれば、食材とそれ以外のものと分けて入れることができます。消耗品も念のために確保してはいかがでしょうか?」
セオが持ってきた箱を開けながら、使い道を説明する。
たくさん入るからといって、何でも入れてしまえば取り出すのが大変そうだし、二つに分けるのはいい案だと思う。
中に入れたものを取り出すときは、リストのようなものが表示されるので、あまりたくさん入れすぎると探すのも一苦労だ。
消耗品の確保以外にも、エプロンとかキッチンで使う雑貨を片づけるのにはちょうど良さそうなので、セオの案を採用することにした。
「私はクッキーを成形して焼くから、セオは魔法の付与をお願いね。クッキーを焼きながら、そろそろ夕飯の支度もしようと思うの。箱を作り終わったら、手伝いを頼むわ」
セオと一緒に食べる初めての料理なので、喜んでもらえそうなものを作りたい。
猫の精霊ということもあってお魚が好きらしいので、魚料理にするのは決まっているけれど、まだ和食の調味料や米を手に入れていないので、それも考慮して献立を立てなければならない。
クッキーの成形は単純作業なので、何を作ろうかな?と考えながら、クッキングシートを敷いた天板に、一度丸めた後に軽くつぶした円形の生地を並べていった。
焼くと少し広がるので、クッキーがくっつかないように間を開けておく。
「カヤ様、付与は終わりましたから、お手伝いします」
作業台の端っこに箱を置いたセオが、手に洗浄の魔法を掛けてから、生地の成形を手伝ってくれる。
「焼き上がりが楽しみですね。こちらにもクッキーはありますが、こんなにチョコレートをたくさん使ったものは初めて見ました」
天板をオーブンに入れてスイッチを押すと、物珍しげにそれを見ていたセオが、わくわくとした様子でオーブンの中を覗き込む。
扉を開けなくても、外から中の様子が見えるのが面白いようだ。
「セオはチョコレートが好き? 今度、チョコレートのケーキも焼いてみるわ。チョコレートのお菓子は、種類がとてもたくさんあるの」
ガトーショコラがいいかな? それともチョコ味の生クリームのがいいかな?
フォンダンショコラも初めて食べるときは驚いてくれそうだし、何を作っても喜んでもらえそうで、作るのが楽しみだ。
「甘いものは何でも好きですが、チョコレートは特別なご褒美というイメージがあって、年甲斐もなくわくわくとします」
少し照れたように返事をしながら、その照れを誤魔化すように、次々とセオが生地を丸めていく。
年甲斐もなくなんて言うけれど、セオの年齢を重ねた落ち着きのようなものは、一緒にいて安心するから全く気にならない。
いくつなのか聞いてもいいのかなぁ?と、悩んでしまいながらセオを見ると、にっこりと笑みを作られた。
どうやら聞かない方がいいらしい。
2枚目の天板も、すぐにクッキーの生地でいっぱいになったので、クッキングシートを広げて、その上にも丸めた生地を並べていった。
多めに作ったので、全部焼きあがるまでには時間がかかりそうだから、夕飯はオーブンを使わないメニューにしよう。
残りの生地を成形していると、途中でセオは使った道具に洗浄の魔法を掛けだした。
食器洗い機があるけれど、洗剤やスポンジも用意してあるので、手洗いもできる。
でも魔法を覚えたから、手洗いはあまりしないかもしれない。
ボウルなどは後で纏めて洗おうと思って重ねてあったけれど、セオが手際よく片付けてくれる。
成形が終わり、手に洗浄を掛けたところで一回目のクッキーが焼きあがったので、天板を入れ替えて、心持ち設定時間を短くしてから、オーブンのスタートボタンを押した。
ケーキやクッキーの粗熱を取るための網に、綺麗な焼き色がついたクッキーをシートごと並べて、ラッピングする前に少し冷ましておく。
焼き色にむらがあるクッキーを手に取って、半分に割ってから、まだ片づけの最中のセオの口元にクッキーを運んだ。
「セオ、一口、味見ね? 焼き立てだから食べてみて」
いきなりクッキーを差し出されて驚いた様子だったセオが、はにかみながらクッキーを食べる。
食感が意外だったのか、よく猫が驚いた時みたいに一瞬動きが止まって、でもすぐにもぐもぐと咀嚼し始めた。
「カヤ様、美味しいです。香ばしいのにほろっと崩れてさくさくで、チョコレートがほろ苦くて、美味し過ぎて驚きました」
大げさなくらい褒められて、ありふれたクッキーなのにと思うと、嬉しいけど恥ずかしくなる。
他の精霊達にも喜んでもらえるといいんだけどなぁ。
半分こにしたクッキーは、何度も作ったレシピ通りなのに、いつもより美味しく感じた。
もう一枚だけ、またセオと半分こして、クッキーの味見をするのだった。




