ドキドキの昼休み
「わーかーばー、朝どうしたの?ノーパンなのに気がついて下着買いに行ったとか?」
昼休みになったのをいいことに、癒美がにやにやしながらやってきた。
「い、いくら私だってそこまでバカじゃないよ!あれは、あれは・・」
「あれは?」
「・・・お腹が痛くなってトイレに行っただけ」
「え?何か体調悪かった?ごめんね」
「え、うん、もう大丈夫だから」
嘘じゃないけど、トイレには駆け込んでも何も出なかったんだよなあ。全く、あれは何だったんだろう。結果的には恥ずかしい状況から逃げられたから良かったのかもしれない。でも今思い出しても自己嫌悪でため息が出る。ああー、先輩・・・
「じゃあお昼大丈夫?今日も屋上行ける?」
「うん、行くよ。お腹空いたし」
癒美はツッコミが厳しいキャラだが、本質的には優しくて他人のことを思いやってくれるいい子だ。理系科目は結構成績も優秀なのに、お弁当を自分で作って来る家庭的なところもある。メガネを外すとちょっと地味になるとは言え、よく見ればメガネ美人の範疇に入ると言えよう。いい所を数えていくと萌えポイントはかなり高いと思うのだが全く男っ気がないのがイマイチ謎だ。やっぱり男子は胸か?胸なのか?憐れ、我が友よ。もっと牛乳を飲むのだ。癒美にはいろいろ負けているが、そこは私が勝っているからな。A-とA+くらいの差だけど。
「癒美ホントえらいよねー。今日もお弁当自分でつくったんでしょ?」
「いつものことだから、全然苦にならないよ」
「はー、見習いたいものですなあ」
「そういう若葉もつくったりしないの?」
「そんな時間はない」
「若葉はいつも深夜アニメ見て寝坊だからねえ」
「うっ、そこはいきなり核心を突くのではなくもうちょっと会話のキャッチボールをだね・・・」
「もう知ってるし」
「き、昨日はアニメじゃなくてゲームだし!」
「主張のポイントがずれてるよ」
「アッハイ。だらしない女でございます」
癒美と屋上に出ると日が当たって風に吹かれない場所に腰を下ろした。天気もいいし、朝の体調が嘘のように気持ちがいい。母が作ってくれたお弁当は基本茶色いので癒美のカラフル弁当と比べたくないが、私が寝ている間につくってくれるだけでも十分、文句を言うつもりはない。でももうちょっとメニューにバリエーションがあったら・・・いやいや何でもない。お母様私は何も不平不満は申しておりませんよ。市民の幸福は義務であります。
「そういえばさ、若葉」
「ん?(もぐもぐ)」
「今朝転んでぶつかったのって2年製の先輩?」
「(もぐもぐ)確かそうだよ」
「若葉のこと知ってたみたいだけど」
「(ごっくん)」
ゲホッゲホッとむせる。その話を蒸し返しに来たか。
「あはは・・どうしてだろね?」
いやいや、実際私の方が知りたい。もし先輩が私のこと知っててくれたら超ラッキーじゃん。逆に言うと今朝ぶつかって逃げ出した女が特定されて私ピンチってことでもあるんだけど・・・。
「知り合いじゃないの?」
「うん、バスがたまたま一緒だったとかそんな感じかな?癒美と話しているの聞いて名前覚えてくれたとか」
「うーん、それでも名前で呼ぶのって知り合いっぽかったけど」
「え?呼んでた?気が付かなかったなあ」
「まあいいけど。知り合いだったら挨拶してきたらいいのにって」
「はぁ?」
癒美が向いた先に視線を向けると、そこには・・・なんということか・・先輩が!あまりにも不意打ちだったので二度見した。勢いがつき過ぎて首を痛めた気がする。今朝のハプニングでとても顔を見る気になれないのに、最悪のタイミングだ。
どうやら先輩、スケッチブック持って何か絵を描いてるから私には気がついていないようだ。ダンボール箱はさすがにないけど、ここはスネークばりに離脱するしかない。
「知らないなら謝りに行った方がいいんじゃない?逆に。ちゃんと謝りもせずダッシュで逃げたら印象悪いよ」
「ちゃんとすみませんでしたって言ったよ!」
「ブビバベンブビバベンブビバベンーーー!ってやつ?」
「そ、そんな変な言い方してないって!」
「そう?そう?そうかなー?」
こっちの顔をジト目で見るな。しかもニヤケ顔で。
「それでは若葉君、どうして君は今、お弁当をまとめて移動しようとしているのかな?気まずいと思っている証拠ではないのかな?」
「う、ううー」
ここで先輩を意識していることがバレると後々面倒だ。かと言って先輩に合わせる顔なんてない。今日、世界は一体私をどれだけ試そうというのか。
「分かったって。私のことなんか忘れてると思うけど、行ってくればいいんでしょ!」
正確には私のことは覚えてほしいけど、今朝のことは忘れて欲しい・・・だな。うー、足が重い。隕石でも落ちてきてうやむやにならないかな?いや本当に落ちたら死んじゃうけど。
「す、すみません。あの・・・今朝・・・」
と恥じらう乙女的にか細い声で先輩に声を掛けた。あ、先輩校庭の俯瞰図描いてるんだ。超うめー。ヤバい更に惚れ直した。
「はっ!」
げ、先輩全然こっちに気がついてなくてビックリしてる。あれだけ絵に集中してたら当たり前か。スケッチブック急いで閉じて隠してるところとか、こんな状況じゃなかったら超々胸キュン(古いな)ポイントなのに。癒美め、っていうか朝の私め。あーあ、わちゃわちゃして先輩、ペンとかタオルとか落としちゃってるよ。
「あ、あの、今朝ぶつかってすみませんでした!怪我とか、大丈夫でしたか!」
「う、うん。全然平気だから」
「よかったです!」
「あの!あの!」
「はい?」
「関係ないですけど、絵上手ですね!」
「ハ・・ハハ・・・。美術部だし」
「美術部ですか!いいことを聞きました!」
「ちょ、ちょっと若葉、何言ってるのよ!」
癒美がカットイン。せっかく話ができたのに邪魔すぎる。
「ハア?今いい所だったのに!」
「何言ってんのよ!自分の世界に入るのもいい加減にしなよ」
「(うっ・・・・)そ、そう言えば」
「ほら、絵がどうたらじゃなくてちゃんと謝りなよ」
「う、うん。あの・・・先輩、本当にすみませんでした。今も私が声をかけたからいろいろ落っことして。すみません、私空気読めなくて」
先輩が落としたものを拾い上げて女子っぽい気遣いをアピールしつつ、癒美のツッコミを受けないレベルの礼儀を発揮する。取り乱したと思われた次の瞬間にこの王手飛車取りの一手を打つ、私にはたやすいが中々常人にはできないだろう。
えーと、先輩が落としたのはペンとタオルハンカチと、あと本かな。あー、このタオルには先輩の臭いが染み込んでいるのかー。どうにかして自然な形で匂い嗅げないかな?ちょっと変態っぽいけど、まあええやろー。
えーと、本とタオルとペンを重ねて、両手で持ってと。
「これ、びっくりさせてすみませんでした!」
と返す瞬間に思いっきり鼻から息を吸い込んで・・・って、まただ!マズい!
先輩に荷物を渡すか渡さないかという瞬間に私は反転して走り出した。朝と同じお腹の痛さが来た。何なんだ私の体は。先輩に会うと緊張でこうなる体になってしまったのか、まだ話したいことたくさんあったのに。あ、ぬばたまの話何もしてない。朝に続いて二連敗だ・・・一体私が何をしたっていうんだ。ううう。
階段を駆け下りてトイレに入ると、後悔で顔を覆う。最初に美術部のことじゃなくてぬばたまの話をしておくべきだった、悔しすぎる。あーあ。そのまま駆け下りて来ちゃったけど、癒美私のお弁当箱持ってきてくれるかな?あれ?またお腹が痛くなくなった。何なのコレ?
はぁー。もうホント糞ったれだわ。