一騎打ち
※残酷な描写があります
短めです
◆
ミネルヴァが帰って数時間後、見事な正攻法による攻撃が開始された。
山間の陣地を目指して突進してくる騎馬隊は、誰もが勇壮だ。自分たちを率いるガイナスに対し、絶対の信頼を寄せているのだろう。
ガイナスは俺が構築した陣地なんて、力技で捩じ伏せることが出来るとふんだのだろうか?
実際、雲霞の如く押し寄せる敵の騎兵達に対して防戦一方。俺自身も槍を失い、騎馬に潰されそうになった。その可能性を否定は出来ない。
ましてや俺が執拗に狙われていないか? と思える程だ。
「アレクシオス・セルジュークを狙え!」
「軽装歩兵に紛れているぞっ!」
いや、確実に狙われているよな? ていうか紛れているんじゃなく、ホンモノの軽装歩兵なんですけども……あっ、やられる!
敵の騎兵が柵を飛び越え、槍を振り下ろす。盾で往なしたものの、俺はバランスを崩した。そこへ次の騎兵が突進し、目の前で前足を上げている。
「う、うわぁっ!」
「どけ、雑魚がっ! アレクシオス、無事かっ!?」
まさに俺が踏みつぶされる直前、白馬を体当たりさせて敵を蹴散らしたガブリエラ。そのまま銀色の槍を煌めかせ、敵を縦横無尽に貫いている。
まさに一騎当千。柵の内側に入り込んだ敵兵を、たった一人で全滅させていた。
「ふっ、おれの青龍偃月刀に掛かれば、何人だろうと相手ではない」
いや、ガブリエラ。それは槍。ただの直槍だから。
しかし俺の心のツッコミを他所に、自ら柵を越えて敵地に乗り込むガブリエラ。ばったばったと敵兵を倒し、ついには敵将と一騎打ちを始めてしまう。
「我こそはウォレンスの蒼き獅子! ガブリエラ・レオッ!」
「そんな者、知らん! が、名乗りには応えようっ! 私はラヴェンナの守護騎士ザクスンだ! 命が惜しくば退がれ、小娘っ!」
つーか蒼き獅子ってどっからきたよ、ガブリエラ。誰も名付けてないぞ。自分で言ってて恥ずかしくないのか?
ザクスンの槍が閃く。凄まじい突きだ。上下左右、見事に振り分けられた攻撃に、ガブリエラは防戦一方――でも無かった。
考えてみれば兜も被らず後頭部で金髪を纏めただけの彼女は、本当に強い。もともと前世でも武道で敵無しだった。
銀色の鎧に槍を掠らせもせず、ものの見事に避けている。なんなら頭上で槍を一回転させ、ザクスンの背中を一撃。それで落馬させてしまう。
しかも彼の落馬した先が柵のこちら側で、ちょうど俺の目の前だった。
「ああー、どこにいったー、ザクスンとやらー? 見失ってしまったかー? これは、兵に討ち取られてしまうなー。兵にとっては敵将の首、大変な手柄となろうなー」
うわぁ、俺をチラチラ見ながら、ガブリエラが何か言ってる。
つまりあれか。この人を討ち取って、俺に手柄を挙げろってことか。
「もし敵将を討ち取ったら百人隊長くらい、すぐになれるんだろうなー」
それにしてもガブリエラの芝居が酷い。
しかしあんな大根役者でありながら、その間も敵を攻め続けている。間違いなく彼女は猛将だ。
とはいえ――期待には応えなければならないだろう。
はぁ。身を守る為に、さっきから人を何人も殺してきた。考えてみれば酷い話だ。
だけど今度は、手柄の為に人を殺す。
自分が生きる為とはいえ、何ともやるせない……。
俺は小剣を構え、仰向けに倒れているザクスンに近づいた。
「ぐぅ……」
呻いている。落馬した衝撃で、骨が折れているのだろう。それに重い板金鎧のせいで、起き上がることが難しいのだ。
俺はそっと彼の首筋に剣を当て、斬った。吹き出る血が俺の顔を濡らす。生暖かい。
ザクスンはビクン、ビクンと全身を痙攣させると、その後は動かなくなった。
この世界にも、首級という概念がある。だから彼の首を斬り落とさなければならない。
俺は吐き気を堪えながら、彼の短い金髪に手を掛けて首をむしりとった。
「……敵将ザクスン、討ち取った!」
俺の叫びと共に、部隊からも雄叫びが上がった。副長のドムトが叫ぶ。
「うちの大将がやった! 敵の武将を討ち取ったぞ! 押せ! 押し返せ! 軍団長閣下も見ている! 怯むな! うちが勲一等だっ!」
潰走しかけた俺の所属する百人隊が、再び盛り返した。弓兵の援護も再開し、敵が退いてゆく。
どうやらガブリエラの働きで、何とか窮地を凌ぎきったようだ。
戦闘が一段落すると、俺はガブリエラが戻った天幕へと向かった。
敵がここまで強力ならば、こちらももっと陣を強化しなければならない。
「ガブリエラさま、陣営を強化しよう」
「うん、わかった」
「へ?」
「だから、わかった。任せる」
「砦、作っていいの?」
「くどいよ。おれはお前を信じている」
「お、おう」
俺はガブリエラに砦の建造を提案し、あっさりと了承された。
みてろ、ガイナス。ここには、資材と大工が揃ってるってことを思い知らせてやるからな。




