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呉越同舟 1

 ◆


 午前十時の鐘が鳴り――いよいよ元老院議会が開会される。

 

 “ガラーン、ゴローン”


 時刻を告げる役目は大聖堂が担っていた。

 大聖堂には日時計があり、太陽と月の明かりを受けて時間を二十四に分けている。

 また、分けられた時間を六つに分割して、これを一時間と称していた。

 つまり大凡おおよそは地球と同じ様な時間単位が適用されている、ということ。


 これらを専門の司祭が二十四時間しっかり監視し、鐘を鳴らして帝国における時間を管理しているのだ。

 従ってここ――アルカディウス帝国の時間は、意外と正確なのである。


 ちなみに我が家にも庭先に日時計があって、これによって大まかな時間を計っていた。

 日時計なので遅刻の理由として、「時計が狂っちゃって!」などとは言えない。だって星の運行が狂ったりしたら、それこそ地殻変動レベルの大惨事が起こるだろうから。


 ただあくまでも日時計なので、曇りや雨の日には使えない。そんな日は大聖堂が鳴らす鐘が、時間を告げる目安となった。

 大聖堂の司祭は常に砂時計を見ているので、日時計が使えなくても時間が分かる。その誤差は十秒程度と言うから恐ろしい話だ。これはもう、アナログなグリニッジ標準時みたいなものである。


 なお機械時計も一応はあるのだが、もの凄く高価な上に一日で十分以上も狂うとガブリエラが以前、盛大に文句を言っていた。


「酷いんだよ、アレク。見てくれ、この時計。御用商人から買ったんだけど、すぐ壊れるんだ」


「え? おお……懐中時計?」


「な、パカって開いてカッコいいだろ? でもさ――ほら……すぐに時間がずれるんだよ」


「どのくらい?」


「うーん……二日くらい放っておくと二十分近くズレちゃうんだよ……三日放っておくと止まっちゃうし。電池の入れ替え方も分からないし」


「電池? いや――流石にこの世界じゃあ、まだ電池は発明されていないんじゃあないかな……ええと、これさ、一日一回ゼンマイを回して、それで時間を合わせたら問題無いんじゃない?」


「えッ!? なんか電波的なので勝手に時間合わないの!? 電池も無いの!?」


「うん、もう……何をどう突っ込んだらいいか分からないや……」


 ――あの時は、むしろガブリエラの頭に電波が飛んでいるのかと思ったものだ……。

 ちょうど頭の上にアンテナみたいなアホ毛が一房あるしね……。


 要するにこの世界は地球の文明レベルで言えば、中世。銃が登場する以前の東欧世界といった雰囲気である。

 また、かつての大帝国の末裔であるアルカディウスの民は、エリート意識が高い。

 しかし逆に言えば自らの伝統に誇りを持ち過ぎている為、新進の気概には乏しかった。

 その証拠の一つが、千年以上前から変わらない元老院議員の装束『トガ』である。


 ――――


 黄金をちりばめた壮麗なトガを纏い、護衛官四名を引き連れた皇帝が議場の中央へと進んだ。


「皆、遠路ご苦労である。まずは諸君に本年度の成果を報告して貰い、しかる後に来年度の計画を決めようと思う」


 皇帝の重々しい声が議場に響き渡り、万雷の拍手が降り注ぐ。

 そんな中でクロヴィスは、冷たい眼差しを帝国の頂点に立つ男へと向けていた。

 

 クロヴィスの横顔は、男の俺が見ても美しいと思ってしまう。

 きっと歴史上の英雄なんかも、こんな表情をしていたのだろうな。

 帝国の最高権力者を見下し口元に冷笑を浮かべる様は、まさに新時代の旗手と呼ぶに相応しい風貌だ。


『とって代わるべし』


 とでもクロヴィスは思っているのだろうか。

 正直なところ俺達に関わらないでくれるなら、好きにすればいいと思う。ある意味では野心のある男が頂点に立てば、物事も良く回るからだ。

 だいいち旧態依然とした貴族社会を壊し、魔導王国ソーサル・キングダムを築こうという考えは基本的に賛成だし。


 しかし全ては、ガブリエラがレオ家に生まれてしまったのが運の尽き。

 好むと好まざるとに関わらず俺は現状、どうしたってコイツを応援することは出来ないのだ。

 ま、性格に難もあるしね……。


 ――――


 皇帝の元老院議会開会宣言を経て、今年の成果を執政官二人が皇帝に報告。細部を担当閣僚が補足説明という流れから、ようやく来年度の計画立案という段に入った。

 午前十時から始まり昼の休憩を挟み、ここに至る迄で午後三時になっている。

 そうしたところで元老院議会第一日目は閉会となり、皇帝は無事に退席していった。


「ふぅ……とりあえず初日は何も無し……か」


 俺は何も言っていないしやっていないが、それでも妙に疲れてしまった。

 もちろん不測の事態に対して常時緊張していたからという理由もあるが、そもそもこれほど堅苦しい場所が俺には似合わないのだ。気疲れ――というやつだろう。


 とりあえずロサ家の席から離れようと思い、席を立つ。

 何しろここは敵地にも等しい、いるだけで息が詰まるのだ。


「まあ、そう慌てて帰る事もなかろう? 幾人か紹介したい者がいるのだが」


 しかし、クロヴィスに呼び止められた。どうやらロサ家の重鎮を紹介してくれるらしい。

 本当に彼は俺を味方に引き込もうと考えているのだろうか。

 まあ――断る理由は無い。

 それどころか、もともとロサ家に楔を打ち込みたかったところ。願っても無いことである。


「そういうことであれば、ぜひ」


 俺は頷いて、クロヴィスの後を追う。

 彼に着いて行くと、その先には現ロサ家の当主、チュロス・ロサが居た。いきなりの超大物だ。


 一方で周囲の木っ端貴族達は俺の待遇を羨ましそうに睨み、グチグチと影で何かを言っている。


「レオ家からロサ家に鞍替えとは、節操の無い男だ」


「にしても、いきなりチュロスさまがお会いになる訳が無い」


「忌々しい――あの成り上がり者、クロヴィスさまと仲良さげに口をきいておるぞ……」


 いやぁ、俺って結構嫌われてるなぁ……。


 俺の陰口を言う貴族達をチラリと見てクロヴィスが可笑しそうに口元を歪め、皮肉に満ちた口調で言う。


「アレクシオス――見たまえよ。彼等はただ両親から受け継いだ権力でこの場にいるにも関わらず、戦場で功績を上げ指揮官となり、マーモスで比類無き武勲を立てた君を妬んでいる。

 なぜあのような成り上がり者が、ロサ家の当主を紹介されるのか――なぜクロヴィス・アルヴィヌスが目を掛けるのか――とね。これこそが帝国の滅ぼすべき害悪さ。君だって理解出来るだろう? クフ、クフフフ……」


「彼等は私が既得権益を侵すと思っているのでしょう……まぁ、既得権益そのものが害悪だと言ってしまえば、それまでですが」


「どうあれ権益などと云うものは、力ある者の所へ転がり込むものだ。だからこそ貴族共は己が力をやっきになって相続させようとする。

 ま、その意味では私もその恩恵に、随分と与っているのだがな……」


「自覚しているからこそ、クロちゃんには油断が無い――ということですか?」


「クロ――本当にそう呼ばれるとは思わなかったが……しかしまぁ、そういうことかな」


 軽口を叩いていたクロヴィスだが、チュロスの目の前に出ると流石に口を噤んだ。

 ここは議場の最前列で、すぐ側に皇帝や執政官達の席が見えている。


 チュロスはまだ席に座っていて、周りに集まった者達と、あれやこれやと話している。

 だがチュロスを取り巻いていた連中はクロヴィスが到着すると、一斉に振り向いて会釈をした。

 若いが彼は既にロサ家において、次代の指導者と目されているのだ。その事を今、まざまざと見せつけられた。


 俺はクロヴィスと共にチュロスの前へ出ると、片膝を付いて頭を垂れる。

 同じ元老院議員とはいえ、公爵と新米子爵の差は歴然。

 何より俺は自分の思惑を隠す為にも、チュロスに目を見られたく無かった。

 

「チュロスさま――この者がガイナス・シグマを退けしマーモスの英雄、アレクシオス・セルジューク子爵にございます」


 クロヴィスが丁寧に俺を立て、紹介をしてくれる。


「やあ、卿が黒狼メランリュコスと名高いアレクシオス・セルジュークか。早く会いたいと思っておったのだ。流石に良い面構えをしておる……なに、まあ……そう固くなるな――ふっふっふ」


 チュロスは俺の肩に触れると、やんわりと笑った。

 見たところ彼は六十代後半か――だけど眼光は鋭く、野心的な男のようだ。

 しかし孫であるクロヴィスを溺愛しているらしく、彼を見る目は常に優しい。

 それがチラリと彼を見た、俺の印象だ。


「――初めて御意得まして、光栄に存じます」


「うむ、うむ――今後は卿もロサ一門。共に未来へ羽ばたこうぞ。と――既に陛下もおられぬではないか。わしも、そろそろ失礼させて頂こうかな」


 チュロス・ロサは通り一遍のことを言い、席を立った。

 皇帝も去った今、これ以上の長居は無用という事だろう。

 むしろ時間を割いて俺のような新米子爵に一声掛けただけでも、奇跡のようなもの。

 クロヴィスは立ち上がるチュロスに手を貸し、彼を見送ってから再び俺を見る。


「叔父上も紹介しておこう」

 

 次に紹介されたのはネルファ・ロサ。

 クロヴィスの叔父であり、順当に行けば彼がロサ家の次期当主だという。

 しかし彼は――どこか怯えたような目付きをしている。


「初めまして、アレクシオス・セルジュークと申します」


「ほう……卿が? 皇帝陛下の覚えも目出たいらしいが?」


「は……いえ。テオドラ殿下のご好意にて、一度だけ勅命を賜ったに過ぎませぬ」


「それでも当時は騎士爵であったと記憶しておるが……」


「はい。まったく――運の良い事で……」


「運、のう……だがレオ公爵とも会っておるとか」


「そちらは――……まあ、ご存知かも知れませんが、不興を買いまして……」


「ふむ……あの男の勘気に触れて生きている、というだけでも大したものだ……ふっふ、ふふ……」


 俺とネルファが話していたら、二人の執政官がやってきた。

 二人はそれぞれサーペンス家とペガサス家の当主だが、ネルファと同世代であり友人とのことだ。

 そう言えばオクタヴィアン氏も少し年下ながら、彼等と同世代と云えるだろう。

 ちょうど今、彼の話をしていたということで、三人が妙に盛り上がっていた。


「アイツ、相変わらずロサ家の側には来んなぁ」


 サーペンスが言えば……。


「しかしあのむさ苦しい男から、どうしてガブリエラちゃんの様な天使が生まれるのだ?」


 ペガサスがニヤニヤと笑う。


 丁度そこに、ガブリエラがやってきた。


「よぉ! アレク! やっと終ったな!」


 俺は額に手を当て、項垂れた。

 コイツの脳みそは、きっとぬか味噌だ……もしかしたらカニ味噌かもしれない。

 執政官二人が揃っているところで、なぜ先に俺の方へ声を掛けるのか。

 ましてここは、ロサ家の縄張り……お前と今、仲良く出来る訳ないだろッ!


「お、おお、これは公爵令嬢!」


 言いながら、俺は二人の執政官をチラ見してガブリエラへアイコンタクトを送る。


(駄目だ、どっかいけ! 余計なことを言ったら計画が全部駄目になる!)


 流石に彼女も理解したらしく、「あっ!」と口元へ手を当てた。


「そうだった、そうだった!」


 ポリポリと頭を掻いて、ネルファにペコリとお辞儀をするガブリエラ。

 それから執政官二人にもペコペコと頭を下げて、彼等に俺との仲を説明していた。


「ア、ア、アレクは、その――もともと第三軍団の部下ですから、それだけです。好きとかそういうんじゃなくて、たまたま――あ、でも夏にコイツの領地に行って泊まったりとかしてますけど――え、うん――同じ寝台で寝ましたよ? え? 一緒に寝たら子供が出来る? あはは、子供が出来たら考えてくれると思うんですけどね、結婚。そうそう、だけどね、おじさま方、おれね、こないだ父上にアレクと結婚していい? って聞いたらキレられちゃって――あははは!」


「え! ガブリエラちゃん! ちょっとそれ、絶対ユリアヌス皇子の前で言っちゃダメなことだからね!」


「う、うむ、うむ! わしもペガサスのに同意! おい、ネルファ! 今の話は絶対に内緒だぞ! もう面倒ごとはごめんだ!」


「お、おおお……うむ……分かった! しかしなぁ……お前達、相変わらずユル過ぎないか……!?」


 今日もガブリエラは全開でアホの子でした……。


 というか今の話を聞いたからか、クロヴィスがいつの間にか消えていた。

 俺も、これ以上の長居はやぶ蛇だろう。

 今の流れでプラスのことがあったとすれば、俺とオクタヴィアン氏の不仲の理由が証明されたくらい。

 ただしガブリエラが俺と結婚したがっているという情報がバラ巻かれ、問題が増えたことも事実。

 結局、執政官達の話を聞いていた貴族達が、すぐにも噂にしてしまったのだ。


 とりあえず周辺にいるロサ家の面々に次々と挨拶を済ませて、俺も帰る事にした。

 ガブリエラも流石にこうなると、空気を察したのだろう――そっと俺に近寄り、申し訳無さそうに言った。


「な、なあ、アレク。怒ってる?」


 俺は無言で頷き、眉を吊り上げた。

 だいたいガブリエラには朝、さんざん説明したのに。

 まだ俺の事が好きだとか――ホントこいつ、頭がおかしいんじゃあ無いだろうか。


 こんな風に俺が冷めない怒りにプルプル震えながら出口に向かっていたら――何故か先ほど紹介されたネルファ・ロサに呼び止められた。


「アレクシオス卿……少しよろしいか?」

長くなったので2話に分けました。今日中にもう1話投稿します。

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