帝都に吹き荒れる恋の嵐
◆
星明かりに照らされたテオドラの姿は、キラキラと輝く炎の精霊のようで……。
赤銅色の彼女の髪が風に揺れ、フワリと膨らんで見えた。
それは本人の気高さを示すかのように力強く広がって……。
だけどテオドラは不満そうに、その髪を左手で押さえ付けている。
一瞬だけど視線が絡んだ灰色の瞳は夜の闇を孕んで、銀色の妖しさを浮かべていた。
が――全てを台無しにするような詰め寄り方で、テオドラさまはランス君の胸を指で突ついている。
「アレクシオスさまが来ると聞いていたが、なんでオマエがここにいるんだ!?」
ツンツンツンツンツン――と何度も胸を突つきながら、テオドラがランス君を露台の淵に追い込んだ。
「一応、彼には護衛をして貰っているんです」
「ア、アレクシオスさまには聞いてない――とにかくオマエは、ここから一歩も動くなッ! ていうか出て行けッ!」
前半は俺に言い、後半はランス君に命じてテオドラが俺の手を引いて行く。
「はぁ!?」
が――これにランス君が怒り出した。
普段は大人しいランス君が、とても珍しいことである。
ピンと張った両腕の先で握りしめた拳は震え、口をパクパクと動かしていた。
ただ、反論はしない。流石に身分差を意識しているのだろう。
テオドラさまに手を引かれて俺が辿り付いた先は、豪奢な寝台のある部屋であった。
ランス君は肩を怒らせ、「ふんす」と俺達の後に付いて来て――。
「テオドラさま! ことは重大なお話です! 万が一があってはいけないので、俺もここに居ていいでしょうか!」
テオドラがジロリ。
「万が一って何だよ?」
ランス君が僅かに仰け反った。気圧されたらしい。
「万が一ってアレです。アレクさまの貞操をテオドラさまが奪うというか、何というか……」
「ふんッ。ランスはあたし達がヤッてるとこ、見てぇんだな? いいぜ。皇族の行為は基本、誰かに見られながらって相場が決まってるしな……」
「はぁぁあ!? ちょっとテオドラさま、言ってる意味が分からないんですけど!」
今度はランス君がテオドラに詰め寄り、両手を腰に当てている。
「意味が分かんねぇのはこっちだよ!」
「だいたいね、今日は重要な案件を話し合うのでしょ!? なのに何です、その恰好! まるで娼婦! これでよく皇女だなんて言えますね! アナタ頭がおかしいんじゃないですか、何か勘違いしているとしか思えませんけどッ!?」
「ああぁん!? テメェ誰に向かって口きいてんだ、オラ!」
あー……――ついに取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。
ランス君の口にテオドラが手を突っ込み、グニグニと引っ張っている。
そうかと思えばテオドラの髪をランス君がこねくり回して、グチャグチャにしていた。
「ふぁーあ! こんら恰好しないとアレクさまの気を惹けないからって! ちゃんちゃらおかしいれすね! 俺よりおっぱい無いくせに! 何この髪! 一生懸命整えたんれすかぁ〜〜!?」
「髪触るんじゃねぇよ、畜生! だいたいおっぱいは関係ねぇだろ、これからだし! それにテメェだってガブ公に比べりゃ胸なんざねぇだろがッ! ていうか男で通すんじゃねぇのかよ! アレクシオスさまの前だからって、もうすっかり女か! しかも色気付いた恰好しやがって! そんなんだったら最初から男のフリなんかするんじゃねぇよ!」
「それッ! 何で俺が女だって知ってるんですかッ!」
「そんなのアントニアに頼まれて、あたしがテメェを近衛軍団に推薦したからに決まってんだろ!」
「あっ……あっ……そうだったんですか……ありがとうございます」
「……お、おう。いいんだよ……テメェの凄さは、よく分かってるし……」
「そ、そんな……俺なんてテオドラさまの苦労に比べたら……」
あれ――何だか二人とも俯いて、顔が赤くなったぞ。
ていうか今――何て言った?
ランス君が女ですと!? 男のフリをしていたですと!?
いきなりの衝撃発言に、俺氏倒れる――キュー……――。
「「アレクシオスさまッ!」」
――――
気が付くと、フカフカの寝台の上にいた。
右に女官服のランス君、左に薄衣のテオドラさまと、美女二人に挟まれた恰好だ。
そう――おかしいとは思っていたけれど、ランス君は女の子だった。
この衝撃から俺は、どうやら倒れてしまったらしい。
今後はランスちゃんと呼ぶべきなのだろうか……うーむ。
テオドラさまの手を借りて身体を起こし、周囲を確認。
未だ外は暗いが……どの程度の時間、俺は気を失っていたのであろうか。
「すみません……どのくらい意識を失っていたのでしょう?」
「ん……一時間くらい、かな?」
テオドラさまが心配そうに俺を見つめている。
「ですね」
ランス君も心配そうな顔だ。
このまま寝台の上に居る訳にもいかないので、俺は立ち上がろうとした。
するとテオドラに押し倒され、「そのまま」と……。
「ちょっと……何をするんです? テオドラさま?」
「ランス! アレクシオスさまを押さえろ!」
「は、はい!」
今度はランス君が馬乗りになって、俺の両腕を押さえ付ける。
その間にテオドラが俺の耳元へ口を寄せ、今の状況を説明をしてくれた。
「ここで横になっていれば、仮に外から覗かれていたとしても、寝ているように見える。重要な話をしていても、睦言だと思われれば問題ないから……じっとしていて下さい……」
「なるほど……」
俺は頷き、納得したことを伝えた。
するとテオドラさまは俺の左腕に頭を乗せて、クスリと笑う。それから少し残念そうに語り出した。
「だいたいの話はランスに聞きました。令旨が必要なんだって……」
テオドラの腕が俺の腹にまとわりついて、吐息が首筋に掛かる。
確かに遠目から見れば、イチャイチャしているだけに見えるだろう。
「はい――兄君と対立させることになるかも知れませんが……」
「それは大丈夫。アレクシオスさまの役に立てるなら、あたしは何だってします。その代わり……」
テオドラが悪戯っぽく笑って、俺の左胸を枕にした。
何故かランス君が俺の右腕を伸ばし、枕にする。
これじゃあ誰かに見られていたら、俺が変態みたいじゃあないか……。
そっとランス君の頭を揺らし、「だめ」と言う。
テオドラはランス君を見てニヤリと笑い、言葉を続けていた。
「その代わり、あたしの恋人になって下さい」
瞬間、ランス君の寝技がテオドラの腕に炸裂。腕ひしぎ逆十字……って、柔道かよ!
「あっ、ぎゃっ! ランス、てめっ!」
「俺はアレクシオスさまの護衛です」
「一体何から護ろうとしてんだッ!」
「絡み付く害虫ですね。特に赤銅色の髪の毛で、高貴な生まれを鼻に掛ける雌がヤバいです」
「テ、テメェッ! 人を害虫扱いしやがってッ!」
俺は絡み合う二人の美女を見て、心がホッコリした。
やっぱり女性同士のくんずほぐれつは、癒されるよ。
ああ、えと――恋人になってくれって? 無茶を言うなぁ。
人理として女性は女性と恋人になるべきし、遍く世界の黄金律を鑑みても、それが必然。真実はいつだって一つなのだ。
というわけで……。
「えと、テオドラさま。テオドラさまほどの美女の恋人は、やっぱり美女が相応しいと思うんです」
「は?」
「だから――男である私はあなたの恋人に相応しくないと思う。つまり、ほら――ランス君と恋人になった方が良いと思います。あはは〜〜。もちろん私は全力で観察――じゃなくて見守らせてもらいますから!」
俺の言葉を聞いて、テオドラさまが下唇を噛んでいる。
ランス君は勝ち誇ったように笑ったが、しばらくして頭を抱え込んだ。
「あたし……誰かのこと、こんなに好きになったの初めてなんだ……胸が毎日苦しくて、何にも食べられなくなって……考えて考えて……会いたくて会いたくて……なのにそんなこと言われたら……あたし、どうすればいいんですか? ねえ、アレクシオスさま! あたし、フラれたんですか!? アレクシオスさまは、あたしに興味無いってことなんですかッ!?」
テオドラが飛び掛かってくる。俺はそのまま押し倒されて、ベッドの天蓋を見上げた。黄金の天蓋に天使と思しき絵が描いてある。きっと世界最高の逸品なんだろう。
視線をずらすと目に涙を溜めたテオドラが、フルフルと震えていた。溢れ出した彼女の涙が、ぽたり、ぽたりと俺の頬に零れてきて……。
自分がこんなに高貴な人に好かれていて、求められている――という状態が信じられない。
そう言えば前世でも、こんな事があったような気がする。
あの時はどうしたっけ? そうだ、アイツ等に相談したんだ。
なあ、槐。
なあ、みたび。
俺、どうしたらいい?
この子のこと、嫌いじゃあ無いよ。
でも好きって何なのか、まだよく分からないんだ……。
汚したく無いし傷つけたく無い。
だから俺、彼女のことをずっとずっと――大切に見守ろうと思うんだけど……。
「そんなの逃げだろう。おれはハッキリさせた方が良いと思うぞ」
「そんなこと言われても、槐……」
「まあ、悩む位なら一緒に筋トレしようぜ! 身体を鍛えればハッキリするって!」
「いやそれ……何がハッキリするのかな……?」
あのとき……槐は全く役に立たなかったな……。
「ボクは付き合ってみればいいと思うよ。だって合わなければ、それで別れたらいい話でしょ?」
「俺はお前と違って誠実なんだよ、みたび」
「じゃあ、殺してバラして海にでも捨てれば? もちろん燃やしてもいいし埋めてもいいと思うけれど……」
「いや、殺人の相談をしている訳じゃないんだけど……」
「フヒヒ……冗談だって」
みたびには……相談したこと自体が間違いだったな……。
なんかアイツ等が女になっちゃった理由、分かった様な気がするよ。
それはともかく今、一つ分かった事があるとするならば……。
テオドラはこれほど豪奢な場所で暮らしていても、少しも幸せじゃあ無かったということ。
元乳母の女性が言っていた事を、俺は唐突に思い出した。
「――テオドラさまは孤独の淵を、ずっと歩いていた」
俺はテオドラを抱きしめ、頭を撫でて……。
「テオドラさまは、ずっと寂しかったんですね」
「寂しかったとか、そんな言葉で片付けないで……あたしはアレクシオスさまが好きなの……ねぇ、アレク……テオドラって呼んでって言ったのに……ちゃんと呼んでよ……」
テオドラが泣いている。
泣きながら俺に唇を近づけて。
彼女は震えていた。キスすることが恐いのだろう。
いや――拒まれることが恐いのかもしれない。
今、テオドラさまは測っているのだ――自分の価値を。
だからこそ今、そんな彼女を拒めるはずなんて無い。
テオドラさまのことが好きか嫌いかで言えば、好きだ。
だけどこれは、恋じゃあ無い。
男の子なら誰だって、テオドラのような美少女は好きになる。
そんな子にキスを望まれたら、誰だって拒めない。
百合スキー子爵たる俺だって、男なんだ……。
だけどキスをして恋人にならないなんて選択、出来るのだろうか。
そんなの最低だろう――俺……。
だけど抗えない空気、時間というものは確かにあって……。
俺とテオドラさまの唇が、まさに重なろうとした時だった。
……テオドラをポーンとランス君が突き飛ばす。
「ちょっと、そんなの認められませんッ!」
突然のことに目を激しく瞬き、テオドラが涙を拭っていた。
「ラ、ランス! てめぇ!」
「アレクシオスさまのことが好きなの、殿下だけじゃあ無いんですからね! 俺だって!」
「じょ、上等だ、この泥棒猫ッ!」
テオドラさまがランス君の髪をひっぱり、ランス君がテオドラさまの腕を噛む。
取っ組み合いの喧嘩が再び始まった……これ……朝までに帰れるのかな?
外を見たら、ナナが退屈そうにボンヤリ空を見上げていた。空は少しずつ白み始めている。
「あの、テオドラさま? 令旨……お願いしますね……なるべく早くに……」
◆◆
十月下旬、ようやく元老院議会が始まった。
議会は金竜湾から北西、ペドリオン宮殿から西にある古い神殿で行われる。
古いといっても竣工当時のままではない。
今まで幾度も補修や修繕を繰り返しているから、今なお凛とした佇まいを見せていた。
無数の円柱で囲まれた外壁は色鮮やかなフレスコ画に彩られて、壮麗なままである。
もっとも、こういった建造物はヨハネス教徒にとって不愉快な過去の遺産。
何しろかつての多神教時代を色濃く残す、偶像崇拝の総本山的な構造物なのだから。
とはいえ、それ以外の人々にとっては、取り立てて気に留めるようなモノでもない。
確かに帝国にとってヨハネス教は国教であるが、だからといって個人の信仰を強制してはいないからだ。
したがって帝国には、様々な神を信じる人々が存在した。
このことは皇帝権力と総大司教の権威という権力の二重構造にあって、大変な意味を持っている。
つまり皇帝にとって多神教の下地とは、自らの基盤をささえる重要な要素の一つなのであった。
日本で例えるなら仏教を国教としたが、その下地に八百万の神々がいる――という感じであろうか。その中での皇帝は、神の一柱というイメージだ。
また、その一柱である皇帝は同時に、「唯一神によって地上の統治を託された」という意味合いも持っている。
一方で総大司教は「神の代弁者」と言われているから、この関係は実に複雑だ。解釈次第で、どちらが上位か分からないのだから。
ともあれ重要なのはアルカディウス帝国にとって元老院の歴史と伝統とは、ヨハネス教の歴史よりも長い――ということなのである。
そんな歴史と伝統の溢れる殿堂に、俺の様な成り上がり者がやってくると……まあ、いきなり怒られる訳で。
「ここはお前のような者の来て良い場所ではない!」
入り口で衛兵に止められ、隅っこに連行された俺。
剣に薔薇の紋様を象った、ロサ家の縁者であることを示す腕輪を見せても門衛の兵士は納得しない。
「どこで作った、こんなモノ! 貴様のような小僧が、栄えある元老院に来るとは何事だ! 物見遊山も大概にせよ!」
「いやあの、私はアレクシオス・セルジューク。帝国子爵にして元老院議員なのだが……」
「なに? 貴様が、あの黒狼だと? ぶわっはっはっはっは! 冗談も休み休み言え!」
「黒狼かどうかは知りませんが、アレクシオス・セルジュークですって」
「証拠は?」
「ですから、この腕輪」
「うーむ……一応、確認してやる。待っていろ」
とまあ――こんなやり取りのあと、三十分近くも待たされている。
実際、俺の側には元老院に潜り込もうとして捕まったコソ泥などもいるので、警戒が厳重になるのも仕方が無いのだろう。
とはいえこんな事になるなら、ここにも手を回しておけば良かったか……。
更に暫く待っていると、見知った顔が現れた。
数名の護衛を伴ったガブリエラだ。彼女は屈託の無い笑顔で、「おい、アレク!」と近づいて来る。
というか俺も、ちゃんと護衛を側に置いておけばよかった。そうしたら信用して貰えたかもな……。
それはそれとして俺はガブリエラから目を逸らし、コソコソと柱の影に隠れた。
ばっか、ガブリエラ。今ここで仲良くしたら、オクタヴィアン氏と仲違いしているフリが台無しだろ。
だが俺の気も知らず、ガブリエラはズンズンと近づいてくる。
流石にレオ家の令嬢がやってくれば、衛兵達も緊張するのだろうか。
ビシリと敬礼をして、ガブリエラに向き直った。
そんな彼女は今、白いトガに身をつつみ、厳粛な元老院議員の正装に身を固めている。
あれ、それって俺も同じ恰好なんだけどな……。
なんでコイツ等、俺には敬礼しないのかな……。
「衛兵、何をしている?」
ガブリエラの問いに、しどろもどろになった衛兵達。
「いえ、その……この男の風体が怪しいので、身元の確認を……」
「するまでも無いだろう。彼はアレクシオス・セルジューク子爵。れっきとした元老院議員だ」
「えっ、まさか……本当なので?」
「お前達……無用の疑いで元老院議員を拘束していたのか? それともアレクが成り上がり者だからと、あえて嫌がらせをしていた訳じゃないだろうな?」
「め、滅相もありません」
「ふん――だったらもういいな、おれが保証するのだから。さ、行こう、アレク」
言うなり俺の手を掴み、スタスタと歩き出すガブリエラ。
助かったといえば助かったけれど……。
俺はガブリエラの横に並び、手を払って咳払いをする。
「ありがとう――助かった。けどな、今の俺はオクタヴィアン氏と、仲違いしていることになっているんだ。その娘であるお前と仲良くするのも、ちょっとどうかと思うぞ」
「分かってる」
「だったら……」
「分かってるけど、なんか最近おれだけ蚊帳の外で……イヤなんだもん」
「イヤなんだもんって……お前、子供かよ」
「子供じゃないもん」
「なんだよ……仕方ないだろ」
「仕方なくない。アレク、おれに何にも教えてくれないし。大丈夫なのか、元老院の警備は――今だってお前が止められる位なんだから……――」
慌ててガブリエラの口を塞ぎ、辺りを見回した。
どうやら誰にも見られていないようだ。
「ぷはっ! いきなり口を塞ぐなよ!」
「塞ぐって! ばか! 誰が聞いているか分からないんだぞ」
「ばかっていうなよ、ばか! ……ていうかさ、テオドラに会った」
プリプリしたと思ったら、言葉の後半――ガブリエラは少し小さくなって俺を上目遣いで見つめてきた。
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き、立ち止まってガブリエラが俺を壁に押し付ける。
俺は身を捩ってみたが……彼女の力には敵わない。
いくらガブリエラを押しても引いても、彼女はびくともしなかった。
ガブリエラの目が、俺を責める様に睨んでいる。
彼女は小声で言った。だがその口調は早口で、感情の高ぶりを見せている。
「テオドラ、言ってたぞ。アレクシオスさまが、あたしを見てくれたんだ。あたしにも希望はあるんだ――って。それからおれに頭を下げやがった。これからは正々堂々と競おう、なんてさ。ふざけるなよ、どういうことだ?」
「へ、へぇ……二人とも武術の達人だからなぁ……」
「武術じゃない」
「え? じゃあ一体なんだろう?」
「トボけるなよ。おまえ、さ――テオドラに告白されただろ?」
「ああ、告白っていうか……」
「恋人になってくれって言ったと、そう言ってたぜ。断られなかった――ともな」
「そりゃ、令旨と引き換えに恋人になってくれって言われたけど……」
「それで令旨、貰ったんだろ?」
「うん」
「じゃあ、恋人になるってことじゃないか」
「いやまてガブリエラ――そういうことって、何かと引き換えにするものか?」
「じゃあないけどテオドラの性格じゃ、言い出したらきかないだろ。それになんかテオドラのヤツ……」
「ん?」
「……綺麗になってた。まあさ――アイツはおれなんかと違って正真正銘の女だし……綺麗にもなるんだろうけどさ……」
「ガブリエラ……」
「なあ、アレク。おれさ……魅力……――無いかな?」
悲しそうに俺を見上げ、青い瞳に涙を溜めた親友の姿は痛々しくて……。
俺はガブリエラの頬をそっと撫でて、笑ってみせた。
「まさか。外見だけで見るなら、世界で一番魅力的だと思う」
「だったら、どうしておれじゃ駄目なんだ? おれはお前以外の男なんてイヤなのに……!」
「それはさ……俺が親友だからだろ? お前って多分、自分の気持ちを勘違いしているよ」
「へ?」
「だって考えてみろよ――ガブリエラ。お前は今さ、女である自分を受け入れようとしているわけだろ?」
「うん、そうかも」
「だけど、元は男なわけだ」
「うん」
「となると、昔のお前はどうだった? 男に恋心を抱いていたか?」
「いや、抱いてない」
「でも今は女だ。そうなってしまった」
「うん、おれは女だ。そうなってしまった」
「元々お前は責任感が強いし、けれど頭は悪かった」
「そうだ。おれは責任感が強いけど、頭は悪かった」
「だからお前はな、ガブリエラ――男を好きにならなきゃいけないと思い込んだんだ。それが女になってしまった、自分の責任だとでも言うかのように」
「むむ……それはなんか……違うような……」
「まあ、聞け」
「うん、聞く」
「そこに、俺登場。知らないヤツに抱かれるのはイヤだが、親友ならまあ――なんというか良いかな、と思う」
「あ、それな」
「うん、それだ」
「……!?」
ガブリエラはハッとして、それから「うーん」と唸った。
「分かったか、ガブリエラ。つまりお前は――本当は女の子が好きなんだ」
「そ、そうかも……」
色々と考え、少し納得したらしい。
「そうだよな、おれ、男だもんな。そうなんだよ……だけどさ、どうせレオ家の女として子供を生まなきゃならないなら、アレクの子ならいいかもって思っただけで、生みたいかって言われると、生んでもいいんだけど……やっぱ恐いし……不安だし」
「だろ――今度よくディアナを見てみろ。恋人にするなら、あっちの方が絶対オススメだから」
「だけどそれは、女同士だし」
「だから良いんじゃないか……それに皇子殿下との婚約はきちんと壊してやるから、心配するなって」
「だからそれはそれで……うーん……何かが違う……むむぅ……」
「じゃあ、俺は行くよ」
ブツブツ言い始めたので、俺はガブリエラの頭をポンと軽く撫でると先に議場へ向かった。
どうせ座る席は別々――俺はロサ家の側、ガブリエラはレオ家の側なのだから。




