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深夜徘徊のアレクシオス

 ◆


 深夜、帝都の街路をコソコソと歩く三人。

 一人は俺、もう一人は案内役のナナ――そして最後の一人は、何故か女装したランス君であった。

 それにしてもヒラヒラの女官服を着たランス君、何でこんなに似合うのか。チラリと見える細い足が扇情的で、そりゃもう俺の目は釘付けだ。


 適度に引き締まったふくらはぎは肉感的だし、編み上げのサンダルから覗く爪先には色気さえあった。

 もちろんランス君にはスネ毛なんて無粋なモノなど無く、ツルッツルのスッベスベである。

 ああ、触りたい……ランス君の足を触りたい……いっそ踏んで欲しい。蔑んでくれ……。


 はっ! 新たなる性癖に目覚めるところだった! あぶないッ!

 あんまり彼の足を見ない様にしよう。視線を上に向けて……っと。

 そこには街路に等間隔で配置されたランプの灯りで、薄ボンヤリと照らし出されるランス君の横顔があった。


 うわぁ……唇を真一文字に結んで、ランス君が真剣な顔してりゅぅぅ〜〜!

 可愛い、カワイイ、KAWAII! もう俺、ランスファンクラブに入っちゃう〜〜〜!


 ってバカか、俺は。

 今はそんなこと考えてる場合じゃあ無いんだ!

 もっと視線を下げて……と。


 ――あれ? 何だかランス君、胸が膨らんでいるぞ?

 いよいよ俺、ランス君が女の子に見えてきちゃったのだろうか……末期だな……。

 現実を、きちんと直視しよう……。


「ねえ、ランス君。少し胸が膨らんでいるみたいだけど、綿とか詰めたの? いくら女官のフリをするからって――そこまでしなくても良かったのに……良く無いよ、私の精神に……」


「は? えっ……まぁ……このくらいは……その……ア、アレクシオスさまは大きい方が好きかなって、少し頑張って……はい、その……」


 暗がりでも分かる程に、ランス君の顔が真っ赤になってしまった。


 …………。

 …………。

 …………。

 …………。


 だ、だだだ、駄目だ! 可愛過ぎる! このままでは、おかしくなってしまうではないかッ!

 ランス君には、厳しく注意しなければならないッ!


「わ、わわ、私はね、大きさに貴賎など無いと思っているよ。だいたいランス君におっぱいがあったら、鬼に金棒というかガブリエラに大剣というか……とにかく危ないからさ……無くったっていいんだ、うん、いいんだ。だいたい男の子におっぱいがあったら男の娘の上位互換になってだね……ええと、ええと、それはつまり、ふたなりと言うものでして……ロマン溢れるじゃあないかッ!」


 うっ、思わずキメポーズをとってしまった……。


「ちょっと――失礼なこと言うんじゃないよ! ランスが傷付くだろ! まったくアンタときたら軍事や政治のこと以外、本当にバカだね!」


 先頭を歩くナナに怒られて、俺はションボリだ。

 分かっているよ。きっとランス君は完璧主義だから、胸も完全再現したいのだろう。

 そうと知っていたナナは、俺がランス君の努力をバカにしたと思ったに違いない。


「ぐすん、胸ぇ……」


 そのランス君、何故か涙目に……。


 そんなことをしている内に、目的の雑貨屋に到着した。

 雑貨屋と言っても貴族街に建っているので、石造りの立派な建物である。

 三階建てで、入り口の前には車寄せがあった。高級な宿と言った方が似合う外観だ。

 昼間はここで係の者が馬車を預かり、客を中へと案内しているのだろう。


 しかしこの時間だ、外には誰もいない。

 だからナナはノックしたあと、人間よりも少し長い耳を扉に寄せる。


 “コン、コン、ココン”


 何かの符牒であろう――ナナのノックに応じて、規則的なノックの音が内側からも響く。

 それに返して、ナナがもう一度ノックを……。


 “ココン、コン、コン”


 すぐに扉は開き、中から女性が顔を出す。

 彼女は三十代半ばくらいだろうか。金色の巻き毛で、高飛車な奥様といった雰囲気の人だ。


「私がテオドラさまの元乳母ですわ……」


 彼女は俺をジットリとした目で睨み、腕組みをしながら言った。

 

 ふぅん――元乳母というから、正直もっと年老いた人を想像していたが……。

 考えてみたらテオドラの乳母だから、この程度の年齢なのか。


「こちらへ」


 濃い紫色のナイトガウンを羽織った元乳母が、顎をしゃくって中へ入れという。

 ナナによれば彼女は伯爵夫人の称号も持っていると言うから、俺よりも高い地位ということだ。態度が大きくても当然か。


 彼女に導かれるまま邸の中を歩いて行くと、やがて地下の一室に通された。

 前にガブリエラの邸で見た書斎の前室――書庫のような部屋だ。

 壁一面に本が並び、所々に椅子がある。

 本の背表紙を覗くと、魔法関連のモノが多いようだ。

 とすると元乳母の女性は、魔導師なのかもしれないな。


「この部屋から皇女宮に行けますわ」


 抑揚の無い声で、元乳母が言う。

 ジロリと俺を睨む青い瞳は、何だか不信感に溢れていた。

 もしかして俺、嫌われているのだろうか?


 しかしこの部屋から行けると言われても、見たところは行き止まり。

 俺は周囲を見回し、いくつかの本に手を触れてみる。


「触らないで下さいまし」


 元乳母にピシャリと言われ、俺は手を引っ込めた。


「場所によっては、罠が発動いたしますので」


 キビキビとした動作で、元乳母が一冊の本を抜き取ると……。

 部屋の奥に並んでいた二つの本棚が左右に割れて、一本の道が出来上がった。


「なるほど、隠し扉が……」


「そうです。ただし正しい位置の本を抜かなければ――落とし穴に落とされます」


「それで止めてくれたんですね」


「まあ、個人的にはあなたなど、穴に落ちて串刺しにでもなれば良いと思っておりますが……」


 フンと鼻を鳴らし、元乳母が唇の片端を上げている。


「は、はあ……」


 それから彼女は俺をジロリと睨み、腕組みをして言った。


「わたくしの可愛い姫さまを泣かせたら、三たび生まれ変わっても必ず呪い殺しますからね。覚悟なさい」


 元乳母は俺に対し、敵対心剥き出しである。

 意味が分からん。いったい俺が何をしたというのだろうか?

 まあ、兄君と争わせる結果になれば、泣かせてしまうかも知れないけれど……。


「気を付けますよ……なるべくなら私も、彼女の涙は見たく無い」


「だったらせいぜい、帝国を背負って立つ人物になりなさいな……」


 なんだ? 応援してくれるのか? ますます分からないな……。


 俺は分かれた本棚の手前に立って、中を覗き込む。

 隠し扉の先にある一本の道は、石造りのトンネルだ。天上が青白く発行しており、歩くには十分の光量だった。

 

「この先にも罠って、ありますか?」


「当然――魔法の罠を。なにせ皇女殿下の安全が掛かっていますからね。解除しなければ、ものの数秒で死に至るでしょう」


「やっぱり……すみませんが、宜しくお願いします」


 俺は首を引っ込め、元乳母の背中に隠れてみた。

「やれやれ」と言いながら、元乳母がトンネルの入り口付近に手を当てる。それから解除の呪文を唱えはじめた。


「天上の神々に申し上げる――見目麗しき光の御子たる皇女殿下を守り給えかし。今、迎えに行くは勇者なり……」


 よく通る澄んだ声が朗々と響き渡った。

 詠唱が終ると添えていた彼女の手元――壁の一部が目映く輝き、ズズゥゥン――と重い音が響く。

 罠が全て解除された音だろうか?


「これで大丈夫。あとは道なりに行きなさい」


 なるほど。

 通路の存在が仮に知られても罠の解除法を教えなければ、侵入者は死屍累々――ってことか。

 

「ありがとうございます」


 俺がニッコリ微笑んで見せたのに、元乳母はピクリとも表情を動かさない。

 なに彼女。表情筋が壊れていらっしゃるのでは?

 などと思っていたら、元乳母が俺の手をしっかり握って涙ぐむ。


「姫さまにとって宮殿は暗く敵ばかりの魔境なのです。強く無ければ生き残れず、生き残る為には強くならざるを得なかった。

 毒殺や暗殺に怯えつつも、弱みを決して見せられない日々は姫さまにとって、どれほど辛かったことか……。

 分かりますか、セルジューク子爵――姫さまはずっとずっと、孤独という闇の淵を歩いてこられたのですよ。そこに、あなたが現れた……あなたは姫さまを照らしてしまった……。

 あなたは姫さまの希望なのです……ですが希望とは、失えば絶望へと変わるもの。だからこそ、わたくしに約束して下さいまし」


「その……どのような約束でしょうか?」


「決して姫さまの前から去らないで下さいまし。それだけでございます」


「……それで良ければ……承知致しました」


「よろしい」


 よく分からんが、テオドラにはテオドラの苦労があったということだ。

 そりゃ幼い頃から父母と離れて暮らし、毒殺や暗殺の危険が日常的にあったとなれば、あんな性格にもなるか。

 そういった意味じゃ、ガブリエラよりも気が強いもんな。


 だけどそれが心に張った鎧というだけで、本当は弱い普通の女の子だとしたら。

 テオドラはもしかして、すごく可哀想な子なんじゃないだろうか。

 そんな彼女を利用しようと思う事が、だんだんと罪なことのように思えてきた。

 

 いつか今回の償いが出来るなら、テオドラの為に何かをやってあげよう。

 少なくともテオドラが今回助けてくれるなら、俺は彼女を絶対に見捨てない。

 そう考えることで、俺は自分の罪悪感をちょっとだけ和らげた。

 

 元乳母に手を振り、俺とナナ、ランス君は薄暗い通路を進む。

 道は本当に真っ直ぐであった。


 暫く歩くと、上りの階段に辿り着く。

 階段には薄らと苔が生えていた。

 きっと雨水などが浸透して、石の表面を濡らしたからだろう。

 非常用の通路な訳だから、しょっちゅう開けて手入れする訳にもいかないだろうし。


「さて……」


 どうすればいいのか分からないので、俺はナナを見た。

 すると彼女はあちこちに手を翳し、テオドラの描いた図面を見ながら「ここじゃあないか……うぅん……」などと、悩んでいる。

 どうやら幾つもある石のどれかを押すと凹み、天上が開く仕組みだそうだ。


「ナナ。一応確認するけれど、ここに罠は無いんだよね?」


「ん? ああ……テオドラは罠のことなんざ、言って無かったぜ」


「そっか。なら大丈夫かな。私にも図面を見せてくれ」


 図面を見ると、「この辺りの石がスイッチ」という程度しか分からない。

 だから仕方なく三人で片っ端から石を押してみた。

 当たりを引いたのはランス君だ。彼が皹の入った石を押すと、カチリと何かが噛み合う音が鳴り……。


 “ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ”


 まるで石臼を回す様な音が響き、徐々に天板がずれていく。

 その先から星明かりが覗き、キラキラと輝いて見えた。

 青白い光に馴れていた目には、星明かりですらチカチカとする。


 俺は階段を上り、地上に出た。

 ナナは周囲を見張るため、この場所に残る。

 何事かがあれば、猫の鳴き真似をして知らせてくれる手筈だった。

 ランス君は女官に化けているので、ギリギリの所まで侵入。

 彼は近衛兵でもあるから、万が一見つかっても言い訳が立つとの判断であった。


「皇女殿下に命じられ、特殊任務の最中です」とか「禁則事項です」とか……。


 だいたいランス君は女性にしか見えないし、何とでもなるような気がする。

 そうして彼が誤摩化している間に、見つかったら打首確定の俺が逃げるのだ。

 とまあ……俺は最低である。


 ともあれ……地上に出た俺とランス君は、すぐにバルコニーから垂らされた白いシーツを見つける事が出来た。


「ここから登って来い、ってことだね」


「……あからさま、ですね。テオドラさまの罠なんじゃないかって思いますよ」


 ランス君が唇を尖らせて、不平顔をしていた。とても可愛い。


「はは……大丈夫だって」


「アレクさまはテオドラさまのことを、随分と信用なさっているのですね」


「うん、まあ――一緒に戦った仲だからね」


「それは、その――俺も同じですか?」


「ん? どういうこと?」


「ですから、一緒に戦った仲だから、と」


「もちろん。私にとってはランス君も大切な仲間だ」


 ランス君の顔が、パァァっと輝いた。


「い……行きましょうか。あ――俺が先に行きます。何かあったらアレクさまは、すぐに逃げて下さいね。男がここで掴まったら大変なんで!」


「う、うん。だけどランス君だって……――」


 俺の言葉を待たずに、ランス君がシーツを登って行く。とても素早い動きだ。

 俺も急いで手を掛けると、ぐっと力を入れてシーツを登った。


 視線を上に向けると、白い衣服に包まれたランス君のお尻がある。

 そのお尻は、まるで十五夜のお月様が二つくっついたみたいだ。柔らかそうで、もっちりしていて、神々しくて……。

 少し手を伸ばせばランス君のお尻に手が届く……ああ、触りたい……。


 うおっ! いかんぞ、俺!


 ペドリオン宮殿の後宮という百合の園に入り、男のお尻でドキドキするなど! 

 これじゃあ本物のホモじゃあないかッ!


 俺はランス君のお尻から目を逸らし、くんかくんかと鼻に意識を最大集中。

 とても良い百合の香りだ。おぜうさまとおぜうさまがドッキングして、はあどっこい百合えっち!


 ……そうしてシーツを登りきった先には、赤い薄布一枚を纏ったテオドラが立っていた。

 いかん、現実に戻らねば……。

 ここから真面目な話をしなきゃいけないんだから、妄想なんかしている場合じゃない。


 なのにテオドラは後ろ手に組んで、モジモジとしている。

 緊張している感じは伝わってくるのだが、しかし何かが違っていた。


「……テオドラ殿下。お久しぶりです」


 とりあえず片膝を付き、皇族に対する礼を欠かない様に挨拶をして、だな……。


「こ、こちらこそ……提督――あ、いや――今はその――子爵さま――だな……会いたかったぞ」

 

 それにしても今のテオドラ、なんだかとっても綺麗だな。

 暗がりでも分かる薔薇の花びらのような唇は艶やかで、桜色の頬は瑞々しく弾けそう。

 薄布の内側には少女から女性に変わる直前のくびれが見えて、やたらと色っぽい。


 それに彼女から仄かな花の香りが漂ってきて、官能的な気分になる。

 くんかくんか――なんだろう? 仄かに甘いこの香り……。

 分かった! これはスミレ! すなわちSeptember Loveじゃあないかッ!


「それは九月だったぁああ! アヤスィ季節だったぁあああ!」


 でも今は十月だぁああ――おしい! だけどテオドラさま、すっごく可愛いッ……!

 

 俺は急いで辺りを見渡し、テオドラさまと最高のカップリングとなる女性を捜してみた。

 いや待ていたら困るぞ真面目にやれアレクシオスだけど探さずにはいられない。

 

 それが私の生きる道――byゆりお。

すみれSeptember Loveっていう曲がありまして……。

色んな方がカバーしてますが、アレクが好きなのは多分SHAZNA版だと思います。


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