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漆黒の女騎士

 ◆


 俺がガブリエラに提案したのは、篝火を少なくして逆に敵の夜襲を誘おうというものだった。

 もっともこれはガブリエラを黙らせる為の方便。そうすれば敵が攻めて来ず、こちらも攻撃を断念するだろう――という思惑だ。


 敵将のガイナスは昼間の戦い方を見る限り、大胆でありながらも繊細で緻密な戦術家だ。ということは、あからさまな罠に突っ込むことなど無いだろう。

 ならばそれを逆手にとって、こちらはゆっくりと一夜の休息をとる。同時に時間も稼げるから一石二鳥という寸法だ。

 といっても、もちろん敵が攻めてくれば迎撃する。というより、こちらは山を半要塞化した状態だから、迎撃するだけで敵に損害を強いることが出来るのだ。

「いにしえの善く戦う者は、まず勝つべからざるを為して、もって敵の勝つべきを待つ」とは孫子も言っていることだし、だからこそ敵もこちらの攻撃を待っているのだろう。


「なんだ……じゃあ結局、戦わないのか?」


 不満顔のガブリエラが、眉を八の字にしている。


「それは敵次第かな。こちらから出向くのは、とにかく危険過ぎる」


「だけどガイナスはこないんだろう?」


「……だろうね。だからといって警戒をまったくしなければ、来ると思う」


「なんだそれ。どうして敵にこちらの動きが分かるんだ?」


「簡単にこちらの位置を補足されたことといい、ガイナスは何らかの方法でこちらの内情を知る術を持っているんだろう」


「密偵か……」


 ガブリエラが俺の耳元に口を寄せ、声をひそめて囁いた。

 その途端、どこから出てきたのかメディアが俺の耳を引っ張る。「近い! ガブリエラさまに近いっ!」


「いたたたっ!」


 そのままガブリエラから引き離された俺は、耳を抑えてメディアを見上げた。「ふん!」と息巻いている。

 彼女は返り血を浴びても目立たないよう赤い鎧を着ているのかも知れないが、今のところ新品同様で悪目立ちしているに過ぎない。


「やめろ、メディア。アレクシオスはいいんだ。アレクシオスはおれにとって、その……と、特別だから」


 おい、ガブリエラ。お前、なんで俯き加減で誤解を招く様なことを言う?

 メディアちゃんが目に涙を溜めて、走って行っちゃったじゃないか。このバカが。


「メディア、誤解だ! ガブリエラさまは間違いなく女が好き……!」


“ごんっ”


 今度はガブリエラに頭を殴られた。「いてっ!」


「お前、変な事をいうなっ!」


 顔を真っ赤にして、ガブリエラが震えている。


「だけど嘘じゃないだろ? ……お前、まさか肉体に精神が引っ張られて、今じゃ男の方が好きとか……?」


「ま、まさか! それこそまさかだっ、そんなわけあるか……! このおれが、男なんて好きになる訳ないだろ! ただ、お前は、その……たまたまここでも会えたから嬉しいだけで、それだけなんだからなっ!」


「そうだろう、そうだろう。だったらメディアに誤解されたら困るってもんだ」


 俺が大きく頷いていると、なんだか不愉快そうなガブリエラが話を本題に戻してきた。「ちっ、そんなことより……」


「密偵がいるのに、どうやって警戒しろっていうんだ? 全軍で一睡もせず警戒――なんておれは嫌だぞ」


「密偵の件は問題無い。警戒しているのがバレたところで、問題にはならないからね。だから警戒に当たる人員は、四時間ずつ三交代。一つの部隊につき八時間の休息が出来る計算だ」


「なるほど、そういう所も余念は為し、か。それならいい、手配する」


 それから暫くの間、くだらない話を続けた。


「おれ達がここにいるってことは、もしかしたら“みたび”もこっちに来ているかもしれない」


「かもな」


「だろ、だったら嬉しいよな。あいつだったらきっと、こっちでも優秀なはずだろ? 味方だったら心強いと思わないか?」


「そうだな」


「ああ、きっといるんだ、みたび。早く会いたいなぁ」


 希望に胸を膨らませたのか、実際に大きな胸に手を当てているガブリエラ。それにしても、本当に大きな胸だな……コイツ。皮の胸当てがパンパンじゃないか。

 

「ん? 何を見て……あっ! ど、どうせお前のことだから、おれのおっぱいを見たいとか、揉みたいとか考えていたんだろう? くっくっくー、そういうことならー」


 ニヤニヤと笑うガブリエラが、身体を寄せてくる。その密着度合いに、部隊の兵達が困惑顔だ。そして何より、俺のご子息も困惑の極みである。


「別にいいんだぞ、親友のよしみだ。再開を祝して揉ませてやっても」


「い、いやっ、俺はそういうのは……観葉植物だからして……」


 どうどう……相手は親友だ、親友。お前は誰かれ構わず噛み付く狂犬じゃあるまい……落ち着け。そう考えながら目を閉じて、俺は自分のリボルバーに弾丸が装填されるのを回避する。

 そしてガブリエラの肩を抑え、身体を離した。


えんじゅ、冗談はやめろ。兵も見ている」


「恭弥……そっか。ふふ……紳士なんだな、お前は。さて、と、天幕に帰るかな……ふぁぁあ」


 どうやらガブリエラは眠くなったようだ。手で口元を抑えて大きく開けた口を隠すと、目にたまった涙を軽く拭う。


「じゃあ、部隊の手配をよろしく」


「ああ、分かってる。正直、派手な武功を立てたい気持ちもあるが、お前の言う通りにしないと負けそうだ」


「……というより、既にこれは負け戦だよ」


「そっか。だけど不思議と、お前がいれば生きて帰れる気がするよ」


 ガブリエラは立ち上がると、手をヒラヒラと振って去ってゆく。「あ、そうだ。寒かったら、おれの天幕で寝てもいいぞ」と言っていたが、流石に立場上、それは断った。


「そんなことをしたら、メディアにもっと誤解されるだろ」


「……されたら困るのは、お前だよ。今のメディアは、むしろお前の事が好きなんだ、きっと」


「……は?」


 去り際、ガブリエラが意味の分からないことを言う。なので俺はジョジョ立ちを決め、「ウリィィィィィ」と言う。

 部隊の皆は白い目で俺を見たが、ガブリエラは少しだけ微笑んだ。

 ま、なんと言うか……俺が女子にモテる訳が無い。それがプロ童貞としての、俺の矜持なのである。


 ◆◆

 

 案の定、朝までガイナスの攻撃は無かった。それはいい、予定通りだからな。

 しかしながら山に住まう鳥達の鳴き声が響き始めた頃、予定外のことが起こった。敵側から降伏勧告の使者が来たのだ。


 どうして俺がそんな事を知っているのかと言えば、さっそく朝からガブリエラに呼ばれ、彼女の本営に顔を出したからである。


「ちーっす」と天幕の中に入った俺は、清々しい朝にとてもバッドなタイミングで敵国の使者と対面する事となった。


「おはようございます、ラヴェンナ共和国軍のミネルヴァと申します」


 冷笑に近い微笑を浮かべ視線を俺に向けたのは、ガブリエラに匹敵するほどの美貌を持った銀髪の女性。

 彼女は兜を脇に抱え、跪く事なく天幕の奥で椅子に座るガブリエラの前に立っていた。

 身に着けた漆黒の鎧には塵一つ付いていないが、それが彼女の武勇に反比例するであろうことは、昨日初陣の俺にも分かる。それほどの圧倒的な威圧感だ。


「公爵令嬢の勇戦、誠に感服しました。されど現状、この山は既に我らの包囲下にあります。ここで貴殿が降伏なさっても、武名に傷がつくこともありますまい。

 ましてや我が将はガイナス。古今比類無き名将との誉れ高き男なれば、尚更のことでございましょう」


 一方でガブリエラは大きな欠伸を一つして、つまらなそうにこう言った。どうやら彼女に“威圧”は通用しないらしい。

 まあ、分かる。ガブリエラも同種の威圧感を持ってるから。


「アレク。どう思う?」


 俺かよ? なんで下っ端十人隊長に聞くの? 親友だから? うん、そうだよね、それしか無いよね! しかもいつの間にか愛称? どうなってるの、お前の脳は! カラッポ? うん、カラッポだよね、知ってた!


 ……と、俺が混乱している場合じゃないな。答えるしかないか……。


「包囲と言うには余りにお粗末ですな、ミネルヴァどの。本来防御側を攻めるには、少なくとも三倍以上の兵力が必要と申します。しかるに今、あなた方には我が方の三倍以上の兵力がおありか?

 とはいえガイナスどの程の名将が、意味なくご息女を敵地に送られるとも思えません……となれば貴女の目的は自ずと知れる。

 我が方の陣容、ガブリエラ殿下のご気性、兵力……そう云ったもろもろを、ご自身の目で確認する為に参ったのでしょう。となると……密偵は役に立ちませんでしたかな?」


 ミネルヴァの表情が険しくなり、紫色の瞳に怒気が宿る。彼女は俺とガブリエラを交互に見て、薄笑みを浮かべた。


「なるほど、父上を一時とはいえ退けるだけのことはあるわね。キミが公爵令嬢の軍師かな? 私が集めた情報によれば、切れ者が一人いるって話だったからね。

 だとすれば、キミは私をどうしたいの? 捕らえて交渉の材料にでもするのかしら?」


 ガイナスの娘の名前、調べておいて良かった。少なくとも舌戦で一矢報いることが出来たから、ここは一つ良しとしよう。

 本当なら彼女のようなタイプには、ロリ美少女をあてがってあげたいのだけれど。そうすれば、おねロリが完成するのに……。


「しかし一人なら、触手の苗床とかもアリか……」


 彼女は紛れも無く漆黒の鎧を着た女騎士。だとすれば、触手プレイも外せないよね。へへへ……

 あ、やべ……声に出てた。


「な、なに、キミは……もしかして私の想像を絶するような、酷い仕打ちを考えていたの? どんな? ねえ、どんな?」


 ミネルヴァの顔が青くなる。目つきは恐怖というより、おぞましいものを見る様な雰囲気だ。それを俺に向けている。

 だが、俺は見逃さない。少しだけ彼女は嬉しそうだ。きっと歪んだ性癖を持っているに違いない。とはいえ、今の彼女は使者だ。特殊性癖を出す訳もなかろう。残念だ。俺も真面目にやるしかない。


「そうしたいのは山々だけど、単身でここに乗り込む人が、何の備えもしていないとは思えない。貴女は魔法使いだろう? 逃げる魔法があるのか、それともガブリエラ……さまを一撃で消し去る魔法を持っているのか……」


「あら、分かる? そうね、切り札は持っているわ。とはいえ今、それを使う気は無いの。今日はあくまでも降伏勧告に来ただけ。もっともキミの口ぶりだと、多分だけど――魔法を使うんでしょ? それも、私に対して勝算があるものを……」


 俺はミネルヴァの言葉に笑みで答えた。

 まあ、あると云えばある。眠りの魔法だ。どれ程の大出力魔法を相手が用意していようとも、眠った状態では撃てない。戦うとなれば、そこに全てを掛けるしかないだろう。


 ガブリエラは俺を見て、「えっ!?」という顔をしていた。何かを勘違いしているらしい。


「火か? 火系の魔法か? それとも雷? くっそー、アレクめ、おれにも秘密にしやがって。すごいじゃないか!」


 黙ってくれ、ガブリエラ。


「ふふふ……おれのアレクシオスの魔法が火を噴かないうち、とっとと帰るんだな、ミネルヴァ。おれのアレクシオスの魔法がな!」


 ツカツカと歩き、顔をミネルヴァに近づけて凄むガブエリエラ。でも何で「おれのアレクシオス」を二度言った?

 いや、そんなことはどうでもいい。この超至近距離は、まさに百合な距離。尊くって死にそうだ。

 俺は思わず頬に手を当て、大きな木箱の陰に逃げ込んだ。ハァハァ。もう俺は、今から全力で見守る係になる。


「くくっ……アレクシオスはなぁ、あの位置からお前に超絶魔法の狙いをつけているんだ。分かったらさっさと帰れ、このメスブタが」


「メス……ブタッ……はぁっ、そんな酷いこと、誰にも言われたことがない……はぁ、はぁ」


 あれ? ミネルヴァが嬉しそうだ。どうしたんだ?


 腰の長剣をガブリエラが抜いた。“ブォン”と何かが弾けたような風斬り音が鳴る。凄まじい剣圧だ。あれなら人体ごとき、容易く両断するだろう。流石にミネルヴァの顔色も変わる。なんと、さらに嬉しそうだ。これって、もしかして……。


「はぁ……この剣でぐちゃぐちゃにされた……んぐっ、私ったら……じゃなくて……なるほど……公姫ガブリエラ、貴女も只者ではないようね。分かりました、今日のところは帰ります。次に会う時は戦場で」


 云うなりミネルヴァは兜を被り、外へ出た。見送ろうと俺も外に出ると、「キミ……アレクシオス……なんて言うの?」と聞かれた。


「アレクシオス・セルジューク」


「一応、貴族なのね。この地に陣を敷いたのも、貴方の案で間違いないわね?」


「そこまで分かっていたのか」


「この世には、目に見えないけれど確かに存在する生き物だっているの。風は全てを教えてくれるわ」


「貴女は精霊使いなのか?」


「まさか、私は人間よ。人間が精霊使いになれるとでも?」


「いや、精霊と交信できるのは、いわゆる妖精族エルフか魔族だけのはず」


「ふふ、教えてあげるのはここまでよ。あとは自分で考えなさいな、軍師さん」


 そう言うと俺の肩をポンポンと叩いて、ミネルヴァは馬に飛び乗った。


「じゃあな、このメスブタ」


「はうぅっ……い、一体、な、何を……?」


 振り返りながら、ミネルヴァがもじもじとしている。股の辺りに手を当てているのが、とても怪しい。


「ゴミ女のクセに、気安く俺の肩に触れるなよ」


「あ、ああっ、いいわっ……私はゴミ……じゃなくて……そ、そうね、ごめんなさい。そ、それじゃあ、次に会うと時は戦場で……キミが生きていたら、また会いましょう……」


 俺は去ってゆく後ろ姿のミネルヴァを見て、確信した。

 あの女はドが付くMだ。つまりSっ気のあるガブリエラとは相性バッチリってこと。

 

 メディアがよくわからない感じになった今、ミネルヴァ、お前こそがガブリエラの伴侶になるべきだ。

 あのとき、あのままガブリエラとキスでもしてくれていたら俺は悶絶し、きっと辺りを転げ回ったことだろう。

 ――やはり百合こそ、至高にして絶対なのである。

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