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ナナとテオドラ

 ◆


 テオドラが普段暮らしているのは、ペドリオン宮殿の奥まった場所にある建物だ。

 そこは普段、女性しか立ち入れない。いわゆる後宮と呼ばれる場所で、中でも彼女の住まいは皇女宮と呼ばれ、テオドラの生後に建てられたものである。


 広い庭園には大きな池もあり、ふんだんに黄金が使われたこの皇女宮は、皇帝が自ら設計したものだ。それほどにバルダネスは、テオドラの誕生を喜んだのだろう。

 だからこそ彼女は花よ蝶よと育てられたのだが……何故か武に傾倒することとなる。


 皇帝バルダネスは一言――「解せぬ」と、テオドラ、十二歳の誕生日に言ったと云う。


 もっとも皇宮は呪われた地。その技能が彼女の命を幾度も救い、今日に至ったのではあるが……。

 

 ――――


 マーモス諸島から戻ったテオドラは、一つのことを確信していた。それは「アレクシオス・セルジュークが、いずれ至尊の冠を頭上に頂くということ」である。

 あるいは「そうあってほしい」と強く願ったのかも知れない。その中で彼女はアレクシオスが皇帝になるまでの道程で、必要不可欠な役割を自らが果たすと信じたのだった。


 だからこそアレクシオスの出自を詳しく調べ、紋章を象った腕輪の作成を命じた。

 それをガブリエラに持たせて彼に渡すよう頼んだのも、そうした一連の流れであったのだ。


 兄がガブリエラと結婚し、自分がアレクシオスの妻になる。

 それこそが彼に皇位を齎す最短距離だと、テオドラは考えていた。


 だがむろん、自身との結婚が直ちにアレクシオスに皇位を齎すモノではないことは、テオドラも理解している。皇位継承順位は、テオドラと結婚してさえアレクシオスは下位なのだ。

 すくなくとも第一位であるテオドラの兄――ユリアヌス皇子と比べれば十以上の開きがあるだろう。


 しかし、それでもテオドラは問題無いと考える。

 そもそもかつての皇帝とは、即ち軍における最高司令官を意味した。

 実際、皇帝を弑逆した近衛軍団長が皇帝となった例も、無数にある。


 つまり軍人に圧倒的人気を誇るアレクシオスであれば、帝国に危機的状況が迫った際、兵に推戴される可能性が高い。そこに自分という大義名分が寄り添っていれば、それで完璧なのだ。


 しかし、そうなれば現在の皇統であるハドリアヌス朝が潰える。何故なら、アレクシオスがセルジュークである故に。


 テオドラは、それでも構わなかった。

 

「今の皇統が十代も続いたのが、そもそも奇跡ってもんだ」


 むしろ彼女は、あっけらかんとしている。


 ただそうなると、兄はどうなるのか? 普通なら、殺されるだろう。

 兄弟の中で唯一、テオドラと親しく接してくれたのがユリアヌスだ。

 だからテオドラは、僅かにその点を心配した。


 しかしアレクシオスの友人でもあるガブリエラを妻にしていれば――流石に殺される事はあるまい。

 そう思う事が、テオドラの身勝手な温情であった。

 

 だが現在、事態が思わしくない方向へと進んでいる。

 何でも、レオ家の当主とアレクシオスが仲違いをした、とのこと。

 せっかくオクタヴィアンには、アレクシオスがロサ家の傍流だと教えてやったのに。

 彼ほどの人材をロサ家に奪われれば、どうなるか分かるか? ――とも諭してやったのに。


 せっかく描いたテオドラの策が、これで水泡に帰したのだ。


 とはいえ、そうなるのも道理であった。 

 何しろテオドラの陰謀など、クロヴィスの足下にも及ばない。

 つまりテオドラは巨大な謀略の渦の中、指先を水につけてグルグルと掻き回していただけのこと。

 それで何かが変わるという事は、一切無い。


 要するにテオドラの行為は回り車の中で走るハムスターと、何ら変わらないのである。

 ただ、本人は気付かない。自分が世界を回していると、勘違いしているからだ。


 だからなのかテオドラは皇女宮の一室で、羽毛の詰まった枕を投げ、壁に叩き付けていた。その顔は怒りに満ち、目と眉が吊り上がっている。


「レオ公爵め! アレクシオスさまとケンカなんかしやがって、何やってんだ!」


 今度は寝台の上に立ち、テオドラが地団駄を踏む。一人でギャアギャアと喚き、ずいぶん忙しい皇女さまであった。

 その皇女さま、このままではアレクシオスと結婚出来ないと悩み、昨夜は一睡もしていない。

 だから彼女は目の下に薄らと隈を作り、今は非常に不機嫌な次第であった。


 それでも朝はやってきて、侍女達が部屋へ現れる。


「おはようございます――テオドラさま。今日もご機嫌麗しゅう」


「ご機嫌など麗しゅうないわッ!」


 テオドラは文句を言いつつ床に降り、そのまま大の字に立って両手両足を広げた。

 その後は侍女達の為すがまま――それが皇族というものである。


 侍女達はテオドラの寝衣を手際よく脱がせると、桃の香りをしみ込ませた布で身体を拭き、新たな衣服を身に着けていく。赤を基調とした、きらびやかな男装である。

 最後に豪奢な剣を剣帯に吊るして、今日のテオドラは完成だ。

 といっても父に呼ばれたりしたら、流石にドレスへ着替えねばならないが……。


 こうして洗面と着替えを済ませると、テオドラは隣室へと向かった。そこには大きく張り出した露台バルコニーがあって、この時期の朝は非常に気持ちが良いのだ。

 

「朝食をここへ」


 皇族というものは、家族が揃って食事を摂る事など稀である。

 同じ物を食べて、それに毒が含まれていた場合を警戒してのことだ。

 皇族とは、自由意志で死ぬ事も許されない。その命は、まさに己だけのものでは無いのだから。

 従って皇族達は同じ宮殿に住んでいてさえ、めったなことでは全員が顔を合わせることも無かった。


 もっとも――そのことによる弊害も多い。

 例えば皇族間でも顔を会わせないのだから、親近感が沸くはずもなく。

 その結果、権力闘争が起きた場合は凄惨なものとなる。

 つまり宮殿の中は、いつだって血みどろだ。


 テオドラにしたところで、今日までに三度の暗殺未遂を経験している。そしてこれを、自らの武を持って退けていた。

 だからこそテオドラは自身の武に確信じみた自身を抱いているし、それもあながち間違ってはいないのである。


 テオドラは露台バルコニーから、爽やかな秋空を見つめていた。

 流石の彼女も、食事が運ばれるまでの時間で文句など言わない。

 というより起床の時間も決まっていれば、朝食の時間も決まっている。だから彼女の自由になる部分は「この部屋の中の、どこで食べるか」――だけなのだ。

 流石にこれでは侍女達も失敗のしようが無いし、よってテオドラが誰かに文句を言う必要も無かった。


 純白に露台バルコニーに置かれた純白のテーブルに、ささやかな朝食が運ばれてくる。

 侍女の数は五人ほど。彼女達がテーブルに並べたのは、白身魚の香草焼きとパン、羊肉と根菜のスープ、それから切り分けられた柑橘系のフルーツだ。

 もちろん、どれも冷めきっている。調理の後に毒味役が食べ、暫く待って安全を確認をした後に運ばれてくるからだ。


(こんなもの――マーモスで提督と食べた食事と比べれば、ゴミ以下だ)


 テオドラがそう思っても、仕方が無い。

 彼女はアレクシオスの副官として、懸命に働いたのだ。

 戦場で泥にも塗れ、兵士達と笑い合った。

 そして――勝利の美酒を味わったのだ。

 皇宮の冷たい食事が味気なく感じるのも、当然と言えば当然であろう。


 一方で飲み物は胸の発育を気にしてか、近頃のテオドラはミルクばかりを飲んでいる。今も陶器の壷から銀杯へ、なみなみと白い液体が注がれた。


「んく、んっく……ぷはぁー! ガブリエラめ……あのウシチチ女め……負けねぇからな!」


 そう言いつつ、遠くに見えるレオ家の屋敷を睨んだ。

 下方は広大な宮殿の森――その先にレオ家の邸がある。


 とはいえ、テオドラは少し申し訳ない気持ちにもなっていた。

 ガブリエラがアレクシオスに好意を持っていることは、分かっている。にも関わらず、彼女と兄の結婚を後押ししているのだから。

 

 妙なもので、テオドラはガブリエラに対して友情めいたものも感じている。だから本当は、幸せになって欲しいとも思うのだ。

 けれど、それは彼女がアレクシオスと結婚するということで、相容れないのだから困ってしまう。


 とはいえ――今は自分とアレクシオスの結婚話も暗礁に乗り上げている。

 だからテオドラは不愉快な気分を少しでも和らげようと、この場所で朝食を摂るのだった。


 ◆◆


 朝食が終ると、テオドラは自由であった。

 ただしそれは、何もすることが無い――という意味でもある。

 しかも彼女は日がな一日、皇女宮を出る事が出来ない。

 

 本当に全てが自由であるならば今、帝都に来ているアレクシオスの下へ、真っ先に行きたいのに。

 そんな風に思いながら、テオドラはテーブルに置かれた茶を啜る。

 赤銅色の柔らかな髪が秋風に揺れ、肩口で弾んで。テオドラは今、少しだけ優雅な気分に浸っていた。


「姫さま、姫さま――女官になりたいと申すエルフの娘を、商人が連れて参りましたが……」


「ああん? エルフだぁ?」


「は、はい。耳が少し尖って、肌が浅黒い女なのでエルフかと……」


「ふうん……耳が少し、なぁ……」


 せっかく優雅な気分でいたのに、侍女がバタバタとやってくるものだから、テオドラが一気に不機嫌となる。

 三白眼で睨まれ、侍女は二歩後ずさった。それでも彼女は職務に忠実だから、テオドラに問い質す。


「追い返しましょうか?」


「ん、ん〜……」


 考えながら、すでにテオドラの機嫌は持ち直している。

 彼女の心情は、山の天気よりも移ろいやすい。

 どちらにしても、今日は暇だ。日も高くなって、もはや眠ることも出来ない。

 顎に指を当てて考える事しばし……テオドラは頭を振った。


「いや……ここへ連れて来い」


 退屈しのぎには、なるだろう――そう思ったのだ。


 もちろん、この女官志望の人物はナナである。

 けれど、この時のテオドラが気付いているはずも無く。


 もしも、ここでテオドラがナナを追い返していたら――後の歴史が変わったかもしれない。 

 大義を得られないアレクシオスは、逆賊になっていたかもしれないのだ。

 そうなれば、果たして彼に勝算はあったであろうか?

 或は逆賊にならず、クロヴィス政権下の能吏になったかもしれない。


 歴史の「もしも」を考えるとき、この時代のテオドラという人物は非常に面白い。

 彼女がいなければセルジューク朝は存在せず、また繁栄もしなかったであろう。

 つまり我々は思うのだ――テオドラ・ハドリアヌスこそがアレクシオスの導火線であったのだと。

 

 ――――


 侍女に導かれて広い部屋に入り、その奥の露台バルコニーへと出たナナ。

 彼女はそこで、男装の麗人を見た。

 むろんそれは、剣をテーブルに立てかけ優雅に茶を飲むテオドラの姿である。


「……ナニ気取ってんだ、テオドラ?」


 ナナが言う。テオドラはチラリと目を動かし、銀灰色の瞳を無礼者へと向けた。

 その瞳の怜悧さは、まるで天界から下界を見下ろす神のようで。

 だからナナは眉を顰め、思わず跪くことを止めた。


 ギョッ――としたのは侍女である。 

 同時に柱の影に隠れていた警護の兵が一斉に飛び出し、抜剣。全員が女性兵だ。 

 瞬く間に囲まれたナナは、「いけね」と小さく舌を出した。 

 本来ならば、それどころではない状況だが――ナナは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)である。いざとなれば逃げる程度の、武の心得はあった。


 そもそも彼女も後に名を残す、アレクシオスの武将である。

 彼等は皆が一騎当千で、そうそう兵卒如きに後れをとる者はいない。ナナもまた然りだ。

 

 しかし、それではアレクシオスの命令を果たせなくなる。

 で、あれば――いっそテオドラに注目されれば良い。まさか自分を忘れている筈が無いだろう――とナナは考えた。


 案の定テオドラは注目した。

 なんと無礼な女か――と怒り、目を見開いて剣を手にする。それからツカツカと歩み寄り、ナナを正面から見てハッとした。


 皇女の顔に笑みが浮かぶ――「ナナ! ……ナナッ! 久しぶりだ! 元気だったか!」

 それは、皇女が臣民を見る顔では無かった。当然だ――戦友なのだから。

 まるで同僚を懐かしむかのように、テオドラがナナの手をとる。


 すぐにテオドラは兵を下げ、ナナを歓迎するよう皆に命じたのだった。


「で、どうしたのだ? 本当に女官になりたいのなら、別に構わんが……ぷくくっ」


 テオドラは護衛の兵達を下がらせ、ナナを露台バルコニーに招いて椅子に座らせた。 

 ナナの衣装が可笑しくて、テオドラが笑みを顔に貼付けている。


 テオドラが笑うのには、理由があった。

 海賊稼業の長かったナナは革の鎧やズボンなど、基本的には男装である。

 それが今は女官志望ということで、淡いピンクのワンピースを着ていた。それにケープを羽織って、長い紫髪を頭上で纏めている。その髪にも真珠の髪飾りを付けて、きらびやかな様相だ。

 これが可笑しく無い訳が無い――という訳である。


「どうって……さ。あたしを何だと思ってるんだい。別に職に困っちゃいねぇよ」


 言いながら、ナナが左腕に嵌めた腕輪を見せた。剣に薔薇が纏わりつく意匠は、セルジューク家の家紋である。

 

「それは……」


「うん。商人があたしを連れて来たって、聞いてないか?」


「まさか……」


「ああ、来てるよ。すぐそこまで、な」


 ナナはチラリと辺りを見回し、頷いた。

 テオドラは高鳴る胸を押さえ、下唇を噛む。

 今すぐ会いに行きたい――けれど、皇女という立場が邪魔をして……。

 

「会いたいけど、今は会えない。ここに男を入れる訳にはいかないんだ……」


「うん、分かってる。だからあたしが来たんだろ。でな……実はアレクシオスさまも、あんたに会いたがってる。それで、連絡役を仰せつかった訳さ……」


 ナナの言い方は、随分と語弊があった。

 アレクシオスはテオドラに会う必要がある――というのが正しい。


 だからテオドラはアレクシオスの意図と、かなり違う方向の解釈をした。

 もちろん願望も込みで、斜め上の解釈である。


「ほ、本当か!? やはりな!」


 テオドラ、満面の笑み。

 やはり私達は、愛し合っていた!

 そう確信するテオドラだった。


「ああ。事態が切迫しているからな、早く会わなきゃならないって言ってたぜ」


 そうだ。確かに、このままでは結婚出来なくなるかもしれない。

 ――切迫している――とテオドラは思う。間違い無く急いで会うべきだ。そして、はやく愛を確かめ合い、共に外堀を埋めなければ。


 クラン・サーペンスが勝って帰ってきたりしたら、めちゃくちゃである。四公爵家の御曹司とアレクシオスでは、現状のままだと勝負にもならない。

 そう思うからテオドラは、真剣な眼差しで頷いた。


「あ、ああ……そうだな。あたしも何とか早く、アレクシオスさまと会わねばならんと思っていた……」


 そんなテオドラを見て、コイツ――頭良いな、と勘違いをするナナ。

 さすが皇族、武力蜂起などお見通しか! と感動に打ち震えて……どっちもどっちである。

 だからあらゆる詳細をすっ飛ばし、ナナは本題に入った。


「だろ? だからアレクシオスさまは、殿下と二人きりで話がしたいそうだ。近日中がいい――なるべく早くだ――んで、大丈夫な時って、あるかい? 場所も、あんたが決めてくれていいって言っていたぜ」


 トゥンク――とテオドラの胸が高鳴る。

 二人きりで会いたいなんて……と、頬が紅く染まり、胸が締め付けられた。

 やはりアレクシオスさまは、私と結婚したがっているのだ。

 つまりこれは、二人の、二人だけの逢瀬! はぁああああ! 大好きですッ!


 舞い上がる気持ちを必至で押さえ、テオドラが早口に言う。


「そうだな――いや――分かった。早い方がいいな――あたしも! じゃあじゃあ、今夜! ――今夜でどうだ? あたしの寝室までくれば、護衛もいない。二人きりで朝まで話せる。ふふっ、ぐふふっ」


「お、おう――でもよ、テオドラ。アレクシオスさまがさ、ここまで来るって大変じゃあないか?」


「実は、街のとある場所からここの中庭へ抜ける地下道がある。見ろ、その彫像の下に出るんだ」


 テオドラが、鼻息も荒く捲し立てる。もう、今すぐアレクシオスに会いたかった。


「下に出て、どうすんだよ」


「ほら、この露台バルコニーからシーツを繋げて垂らしておく。それが目印にもなるし……上ることも出来るだろう?」


「兵は?」


「この中は全て、私の警護だ。融通が利く」


「そうか――わかった」


「じゃあ、いま地図を書くから待ってろ」


 侍女に紙とペンを持って来させると、テオドラは震える手で手紙と地図を描く。

 ナナはじっと待ち、少し退屈をした。

 それからテオドラが警護隊長を呼び、今夜の警護を手薄にするよう言い含める。


「だ、だから……こ、恋人が来る。むにゅにゅにゅぅ〜〜だからお前達は、何も聞くな、見るな、そして嗅ぐな……」


「はへぇ!?」


 三十絡の女性警護隊長、思わず素っ頓狂な声が出る。

 確かに皇女は美人でモテた。今だってクラン・サーペンスが出征したのも、彼女恋しさだと言う話。

 だけど今まで、皇女は剣が恋人だと公言していたでは無いか。何より「自分より強い男以外、認めない」とも。


 いや――一人だけ皇女が認めた男がいたか。

 だとすると、アレクシオス・セルジューク。

 しかし、どうやって来るのだ?

 まさか、皇女専用の抜け道を教えたとか……。


 だがこれは……まるで巣立つ娘を見るようで、隊長は嬉しくもある。


 皇女が幼い頃から仕えていた隊長は、涙を零して平伏した。

 皇女として生まれたからには、好きな男と添い遂げることは難しい。

 ましてや相手は、成り上がりの子爵。

 それがたとえ一夜の恋だとしても、隊長は全力で皇女を応援したくなっていた。


「し、しかし――信用出来る相手なのでしょうか」


「だ、大丈夫だ――絶対、必ず、結婚する方だし、あ、あ、あたしだって、覚悟を決めている。何かあっても、お前達の責任にはしない」


 隊長、またも涙が溢れる。未来を信じる若者って、素晴らしい!

 だから涙を零して胸をドンと叩き、隊長は大きく頷いた。


 ナナは隊長の耳元に口をやり、ゴニョゴニョと話しているテオドラが気になった。

 しかし、まあ――警備を手薄にしてくれるよう頼んでいるのかな――という程度に思い、放っておく。

 暫くしてテオドラは、真っ赤になった顔のまま――「付いて来い」と言った。


 階段を下りて中庭へ出ると、天を仰いで祈りを捧げる少女の彫像がある。それを横にずらすと、階段が現れた。


「ここに繋がっている。街側の入り口は、とある雑貨屋だ。あたしの乳母がやっている店でな……だから、この手紙を見せてくれ。それと雑貨屋の位置も、この地図に書いた。時間は、夜半だ――皆が寝静まってからがいい」


 ナナは手紙と地図を受け取り、神妙な顔で頷いた。

 今夜、帝国の命運を決める大義をアレクシオスが得るのだ。

 そう考えると、身が引き締まる思いだった。


 一方テオドラは、今夜アレクシオスに身を捧げようと決意する。

 今夜、私の純潔はアレクシオスさまのものに!

 そう考えると、やはり身が引き締まる思いであった。

 

 二人は互いに身を引き締め、神妙な面持ちで頷き合っていたが、その決意はまるで違う。

 もちろんそんなことは、露程も知らないアレクシオスであった。

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