されど百合は遠ざかる
◆
半べそのガブリエラに見送られながら馬車に乗り込むと、様々な可能性に思いを馳せた。
車窓を流れる帝都の町並みを眺め、「はぁ」と小さな溜め息を吐く。
いつの間にか女になった親友に再会して、望外の出世を遂げた。
もしも俺が一人であったなら元老院階級に属した今、軍から引退して領地に引き蘢り、百合を愛でる生活に入っていただろう。
そもそも俺は、ある程度の地位を得て引退――その後は百合と共に生きることが目的だった。
けれど、その親友に会ってしまったが為に出世した俺は、だからこそ更なる出世を果たさなければならない。彼女を守る為に、だ。
そのうえ、行きがかりとはいえ――敵将ガイナス・シグマの娘を連れている。
確かにガイナスは今、牢の中だ。脅威はない、と看做す事も可能ではある。
しかし俺は彼を助ける為に動いているし――シグマ家の力を様々なところで借りていた。言ってしまえば、ズブズブの関係というやつだ。
かつて日本では、政治家の汚職などがマスメディアによって叩かれていたが――。
まあ、これも民衆から見れば、そういうものの一環と映るだろう。
従って露見すれば、帝国に対する裏切りだと糾弾されるはずだ。
だからこれも――例えレオ家であっても、決してバレてはいけない秘密である……。
そういえば最近読んだ本に、シグマ家について書いてあるものがあったな。
シグマは邪神の家系なんて言われて、帝国から排斥されたらしい。
それでラヴェンナ共和国に移り住んだけれど、そこでも最初は不遇だったようだ。
けれど歴代の当主が優秀で、財を築き――やがては国の中枢に食い込む名家になったとか。
家名の由来は『真実を見通す力』と言うけれど……。
まあいい――今はミネルヴァのことを考えている場合じゃあ無いから。
「ふぅ……まるでロープの上を一輪車で進む、サーカスのピエロだよ……参ったなぁ」
と、独り言を口走ってみる。中々良い例えだと思った。
けれど馬車の中は俺一人なので、声は虚しく響いて消える。
いっそ、一人百合ごっこでもしてみるか――。
「ディアナ――愛している」
「ガブリエラ、ボクも……」
「そっと触れ合う指先と指先――二人は恥ずかしそうに目を逸らし、再び見つめ合って唇を重ね合わせぁああああああああああッ! イイッ――最の高にエモエモのエモォォォオオオオ!」
――ガラガラッ。
ん? 馬車が急に止まったぞ?
「閣下! 如何なさいましたッ! 賊ですかッ!?」
慌ただしく扉が開き、馭者が俺の顔を仰ぎ見る。そして素早く周囲を警戒し、剣の柄に手を添えた。
「あ……――その……――何でもないです……」
「はっ! であれば結構です! 何事かあれば、命を途してお尽くしする所存ですので、遠慮なくお呼び下さいッ!」
「あっ……ハイ」
むう。レオンの選んだ俺の警護兵――忠誠心高過ぎだ。今度から彼のことは、高杉くんと呼ぼう。
――――
自宅に戻ると、俺はすぐに部下達を居間に集めた。
集まったのはリナ、ルナ、ナナの三姉妹とレオン、ゼロスの五人である。
とはいえ彼等に、全てを明言する訳にはいかないだろう。
なぜなら今回の究極的な目的は、ガブリエラ・レオの婚約阻止だ。私的に過ぎる。
なので俺は表立った大義名分をでっち上げ、皆を唸らせ納得させることにした。
まあ、その辺はオクタヴィアン氏に使った論法の流用だが……。
俺達は長卓を囲み、一応は会議の様相を見せている。といっても、さほど広くない部屋でのこと、家族会議といった雰囲気だ。
上座に俺が座って、右手にレオン、ゼロスと並び、左手にナナ、リナ、ルナの三姉妹が並ぶ。
各人の前に置かれたお茶は、リナがいれてくれたものだ。
ちなみにリナは暗殺者の長だが、美味しいお茶をいれてくれる。かつてはこの技能を活かし、幾人も毒殺したとのことだ……恐いぞ。
「こほん」と咳払いをして、俺は皆に言った。
「元老院議会の最中に、おそらく政変を狙った武力蜂起が起きるだろう」
突然のことに、皆の目が見開かれた。といっても反応は各人それぞれである。
レオンはすぐに表情を戻し、「はっ」と頷く。
ナナはニヤリと笑って、「やるのかい?」と……違うからね。
リナとルナは顔を見合わせ、頷いている。
ゼロスは腕組みをして、「難しいことは分からねぇ……なんでも命令してくれ」とカッコイイことを言い、ナナをチラ見していた。
「……これに関して私は、あえて武力蜂起を起こさせた上で、被害を最小限に食い止めようと思う。そこで皆の力を借りたいんだ」
「……つまり動かぬ証拠を掴み、犯人を挙げよう――という訳ですな?」
流石に元近衛軍団のレオンだ。理解が早くて助かる。
「うん、そうだね。といっても――現時点で証拠を確保している訳じゃあ無いから、これを未然に防ぐ事は出来ない。それに兵力においても敵方が優位な状況だから、何と言うか……対処療法しか無い、という実情もあるね」
これは――嘘だ。
本当は、武力蜂起そのものを阻止する策もある。
それは、ユリアヌス皇子とクロヴィスの間を切る策――つまり離間なのだが……。
しかし、この策の場合、皇子がガブリエラに求婚し続けることは変わらない。
それどころか皇子とガブリエラが結婚した場合、レオ家が得をするだろう。となればオクタヴィアン氏の天秤が、どう傾くか……。
よって、この策は不採用だ。悪いが俺は、善良な帝国の将では無い。
「だけどさ、敵の兵力が多いとなると……こっちの兵力は大丈夫なのかい?」
ナナが眉を顰めている。
「うん、そうだね。確かに今から私の兵団を帝都に上陸させたとしても、数的劣勢は覆らない。けれど――海の上ならば、どうかな。例え武力蜂起した軍勢がどれほど多くても、陸が続いていなければ、追う事は出来ないだろう?」
「ふっははは! さすが大将! 俺達ゃ最強の海賊ですぜ! 任せて下さいや!」
胸を張って、ゼロスが息巻いた。
「おいおい、ゼロス。あたし達はもう、セルジューク軍だよ。帝国に弓引く海賊とは、少しばかり違うんだからね?」
ナナがあきれ顔で、ゼロスを嗜める。
けれど、どこか揶揄するような響きがあった。
きっと心の中では、帝国と一戦交えたいと思っているのだろう。
「しかし武力蜂起など、如何なる勢力が……」
レオンが顎に指を当て、首を捻っている。
「うん、まずはそれを説明しないとね――リナ、ルナ。口頭でいいから、情報の開示を」
リナとルナが、それぞれ立ち上がって皆に説明を始めた。
二人は簡潔に述べたが、そもそも皆は俺が帝国の中枢に間者の糸を張っていた事に驚いたらしい。
「いや、まさか大聖堂にまで」
とレオンが言えば――
「あたしは宮殿にまで入っていたことに驚いたね。皇子宮とはいえ――並の警備じゃないだろ?」
ナナも頷いている。
「――と言う訳で、総大司教とユリアヌス皇子が結びついていることは明白です」
「まさに売国奴のごとき、ふてぇ野郎でございます」
こうしてリナとルナの説明を聞くと、皆の顔は青ざめた。
「何という……クロヴィス・アルビヌスが全ての糸を操っているなど……しかし、このような状況をご存知であれば、帝都に来る必要など無かったのでは? 御身も危のうございます」
「はは……レオン。そうもいかないさ。だって私が来なけれ来ないで体制が変わったあと、新政府から反逆罪を突き付けられるだろうしね。それに――」
「それに?」
「私としては、帝国の主が誰であろうと構わないと思っていたんだ。要するに生活に変わりが無ければ、そっちに乗り換えてもいいかなって思っていた。
だって私にとっては、気に入らない権力者から腹が立つ権力者に変わるだけのことだからね。彼等の潰し合いに、興味なんて無かったのさ」
そう言ってお茶を口に含むと、皆の顔が驚いた猫のようになっていた。
ん? そんなに変な事を言ったか?
「じゃあさ、アレクシオスさま。どうして今回、政変を止めようって気になったんだい?」
ナナが身を乗り出して、俺の顔をまじまじと見ている。
まあ――これも正直には言えないなぁ……ガブリエラの為、だなんて……。
だから俺は、こう言うしか無かった。
「うん、そうだね……少し出世がしたくなった、ということかな」
「だったら新体制を作る方に力を貸した方が、良い椅子が手に入るってモンじゃないかと、あたしは思うけどね」
なおもナナが、この話に食いついている。
「それだと、出世しすぎるだろう?」
「なんだい、それじゃ、困るのかい?」
「ああ、困るね。出世なんて、本当に少しで良いんだ。今だって偉くなり過ぎたと思っているくらいでね……私は、私にとって大切な人達を守りたい。だからこそ、あとほんの少しだけでいい……力が必要だってことだよ」
嘘がバレないよう、お茶を飲み干した。いや、あながち嘘でもないが……。
とにかく、これが本当の「お茶を濁す」ってやつだ。
それから皆の顔をゆっくり見回すと、何故か誰もが酷く緊張した面持ちで固まっている。
「何でもいいけどよ、アレクシオスさまのやることに間違いがあるとは思えねぇ! 俺はそう思うぜ!」
ゼロスが手をパンと叩き、笑顔で言った。
こういった盲目的な信頼を、俺は裏切っているのだろうか……。
そう思うと、自然に頭が下がる。
「皆には苦労を掛けると思うけど、よろしく頼む」
レオンが椅子から降りて、片膝を付いた。
「……とんでもございません。アレクシオスさまが頭を下げることなど……何なりとご命令を」
おい、大げさだな。
「た、大将の為なら、命も惜しまねぇ!」
今度はゼロスがレオンに倣う。が――命は惜しんでくれ。
「だから現体制を守るって? 嘘だな……あんたぁもっと、別のことを考えてる……あたしには分かるよ」
ナナがニヤリと笑った。
俺は思わず上体を逸らし、ビクリとする。バレてしまったか……?
しかし続けて言ったナナの言葉は、俺の予想に反したものだった。
「黒幕はどうあれ、皇子と総大司教を敵に回そうってんなら、あんたの野心はとびきりだ。狙ってんのが帝位だって言われても、あたしは驚かないよ。いいさ、このナナ・ハーベスト――存分に使ってくれ」
勢いか? これは何かの勢いか? ナナまで片膝を付いている。
リナとルナは困った様に顔を見合わせ、「姉さま……」とナナを見た。
「私達は……ミネルヴァさまが従っている限りは……でも今は腐れご主人だから……仕方ねぇですから、ね、リナ?」
「はい。姉さま方と一緒に、ご主人様の敵を蹴散らします。それが性奴隷の務めですから……」
二人は膝こそ付かなかったが、頬を赤らめてモジモジとしている。
両手を繋いだその姿は、百合的グッジョブであった。
でも、決して性奴隷ではない……だから皆、白い目で俺を見るな。
――まあ、皆の気持ちが高ぶるのも理解は出来る。
想定される敵は、帝都内部の近衛軍団と第二軍団。であれば、その総数は二二〇〇〇。
もちろん帝都近郊には、ガブリエラの第三軍団がいる。
しかし帝都の外壁は、大きく分厚く固い。門が閉ざされていれば、彼等は入ることが出来ないだろう。
となると帝都内部で敵に対抗するのは、俺の私兵、凡そ一〇〇〇だけ。
死も――覚悟するだろうな。
皆の気持ちを察して、俺はやんわりと言った。
「大丈夫だよ――皆がきちんと動いてくれれば決して負けないし、誰も死なないさ。私の方針としては、状況を利用して自らの足場を固める――それ以上でも以下でもない。気楽にやってくれ」
頭を掻きながら言った俺の言葉に、皆が笑顔で答えてくれる。
「そりゃ、閣下が勝つのは知ってるよ。ただ、時代の節目にいるような――そんな気がして緊張するのさ」
ナナの言葉に、皆が大きく頷いていた。
「ふぅん……」
どうやら俺は、皆の気持ちがよく分かっていないらしい。百合の園に帰りたい……。
◆◆
とりあえず、さっさと皆に指示を出そう。
レオンがさっきから腕をプルプルとさせ、小声で「閣下こそ、まことの名将」とか言っているけど、気にしたら負けだ。俺はただの変態である。
「まず――賊が武力蜂起した際に狙うのは、間違い無く元老院だ」
皆が頷く様を見て、俺は言葉を続けた。
「そこでマーモスから船団を呼ぶ。数は――そうだね、十隻……でいいかな。これに兵も乗せて運んで貰おう。五〇〇を残すとして、呼ぶのは一〇〇〇でいいかな」
ここにディアナかミネルヴァが居れば、『それだけの船や兵員を揃えれば、敵に疑われる』などと言ってくれるだろう。その役目は、この面子だとレオンが担ってくれた。
「しかし、それだけの規模になりますと、流石に皇子派の連中に気付かれるのでは? それに――兵と船はどのように使うのでしょう? 恐れながら一〇〇〇では、敵に抗し得ないように思えるのですが」
「大丈夫。まず、どのように船団を入れるか――だけど、これはレオ公爵との仲違いを理由にするよ。つまり別荘の建築を中止して、工事の人員を引き上げさせる、っていう名目だね。気付かれても、そこはレオ公に嘘を吐き通してもらうさ」
レオンが大きく頷いている。
納得してくれたようなので、俺は言葉を続けた。
「その船だけど、元老院議員達の避難所として使って貰う。この際、マーモスまで逃がすのも手だね。
次に一〇〇〇の兵だけど、これは彼等の護衛だよ。だから、これで十分。というより、今からかき集めても二〇〇〇にさえ届かないし、仮に二〇〇〇でも、二二〇〇〇には遠く及ばない。それなら十分に訓練を積んだ一〇〇〇がいれば、その方が安心だ」
「で、ありますか」
「まあ、その辺は後で細かく説明するよ。といっても、言うほど簡単じゃあ無いのも分かっている。ああ――そうだ。実動部隊の指揮は、レオン……君に任せたいのだけど、いいかな?」
「ぎ、御意!」
思わず、といった感じで立ち上がり、レオンが胸に拳を当てて敬礼をした。
「うん。それじゃ次は……リナ。君はレオ公との伝令役を頼む。闇に紛れて、私達が連絡を取り合っていることを、決して誰にも気取られぬように」
「お安い御用です。何ならレオ公を殺してご覧にいれますわ」
「うん、それはやめてね」
「残念です。私、暗殺が得意分野なのですが……」
「う、うん。リナのその力は、いつかきっと、役に立つからね。今は我慢してね……」
シュンとするリナから、俺はルナに視線を移した。
ちなみに二人は双子だけあって、本当に顔がそっくりだ。
リナは青髪でルナが銀髪、二人とも紅い瞳と褐色肌とロリフェイスが共通している。
リナの方が妹で、口調もルナより丁寧だ。しかし本質が暗殺者なので、怒らせると、とても恐い。
「ええと……ルナは船団と兵を準備してくれるよう、マーモスのディアナに伝えてくれ。可能ならミネルヴァも送ってくれると嬉しいけれど。何せ我が陣営には、優秀な魔術師が足りなくてね……。
ただ、その判断はディアナに任せる。領内に不穏な動きが見られるようなら、ミネルヴァの力が必要だろうからね」
「了解したです。でも……」
モジモジと下を向いたルナの肩に、銀色の髪が掛かる。
黒いローブを身に纏っているのはディアナと同じだが、彼女とは系統を異にする魔術を操っていた。
ディアナの言葉を借りれば、「ボクは死霊魔術、ルナのは精霊魔術。どっちもファンシーなヤツ等を使役する、素敵な魔術ダヨ」とのこと……。
「でも?」
「あの……私だけじゃ、役立たねぇですか……?」
「いや、ルナは十分、役に立ってくれているよ。どうしたの?」
「そうじゃなくて……こんなとき姫さまがいねぇと、魔術師が私だけじゃ不安なのかって、聞いてるんですよ」
キッと俺を睨む、ルナの紅い瞳。
そこには僅かに涙が溜まっていて……となれば、俺は首を左右に振るしかないだろう。
本当はルナの負担を軽減してあげたかったんだけど。
まあ、いいか。元々ミネルヴァは剣士だしね。
「……いや……ルナだけでも大丈夫かな。じゃあ、ルナは兵団と船団の準備を頼んだら、私の側にいてくれ。魔術的な相談に乗ってくれると、とても助かる」
「お、おお……それは仕方ねぇですね! わかりました! へっぽこご主人の為に、ご奉仕してやりますよ!」
珍しくルナがニッコリと笑った。となりでリナが溜め息を吐いている。
「素直じゃありませんね、姉様」
どうも俺は、思っていたより二人から嫌われている訳じゃ――無いのかな。
と、次はゼロスに指示を出そう。
「で、ゼロスは――帝都中を歩き回って、良く燃えそうな建物を見つけて来て欲しい。その場所に人気がなければ、なお良いね。リナの暗殺教団と協力して、上手くやってくれ」
「ん? ――は、はい?」
「要するに、木造の建物ってことかな。東西南北、満遍なくね――五十カ所程度を目安にして欲しい」
「お、お……おう! 任せてくださいや! でも……いったい何の意味が……? まさか燃やせと?」
まあ、不審な命令だよね。それは分かる。
という訳で一応、説明をしておこう。
「恐らく賊は陽動を仕掛けてくるだろう。そもそも元老院に兵を突入させなきゃならないんだ――理由が必要だからね。
それに近衛軍団を皇子が指揮しているといっても、根本的には皇帝陛下の軍団だ。となれば全員が全員、皇子に従っているとは思えない。だから近衛軍団を分散させる為、帝都の各地に火を付けるだろうと。
まあ、簡単な理屈だよ――火災は古来から人目に付くし、見たら目を奪われる。だから陽動として、もっとも陳腐だけれど効果的な手段なのさ」
「まさか――そこまで……」
レオンが押し殺した声で言う。
「賊も失敗すれば、全てを失うんだ。やるだろう。仮にやらなくても、それはそれで構わないしね」
「ってことは、俺の責任は重大ってことで……?」
首を捻るゼロスに、俺は頷いて見せた。
「もちろん」
「ところであたしは、何をすりゃいいのさ?」
ナナが卓に肘を付き、手に顎を乗せて聞いてきた。
「うん、ナナは――私と一緒にペドリオン宮殿へ行こうか」
「へ?」
「ペドリオン宮殿の後宮には、テオドラ殿下がおられる。けれど、私の身分では目通りも叶わないからね。男だし。
だからナナには異国から来た女官志望の人に成り済ましてもらって、何とか殿下の下へ辿り着いて貰いたい。ま、私は案内の商人として、君に付いて行くってカタチかな」
「いや、このあたしが女官志望?」
「褐色肌で美人のエルフなら、物珍しいと宮殿の警備も多少は緩む。特徴が伝えられれば、テオドラ殿下が気付くかもしれない。なにせ一緒に戦った仲だろう?」
「そりゃ、そうかもだけどさ」
そう――今回の政変を阻止する為には、どうしたってテオドラの協力がいる。
ユリアヌス皇子を止めるには、錦の御旗が必要なのだ。
何しろ俺も、帝都で兵を動かすことになる。
けれど皇帝陛下と接触出来ない以上、皇女が出す命令――すなわち令旨が不可欠なのだ。それが無ければ俺も賊軍に成り果て、賊軍対決という笑えない事態になってしまう。
「この事態に、殿下は必要不可欠なお方だからね。私が会う為の、段取りを付けて欲しいんだ」
「ちょっと、ちょっと! そりゃ無いでしょ! あたしに何をさせようって言うんだいッ! こんな時に、あの殿下と逢い引きなんてッ! あたしはディアナ派だと言ってるんだから――」
俺は顔の前で手をヒラヒラと振って、「あ、違う、違うよ、そういう事じゃない。令旨が欲しいんだ。それで殿下と会いたくて」と言った。
「令旨? ええと、まあ――仕事なんだね。ならいいや」
ナナが首を傾げつつ、何となく納得する。
そんなナナをじっとゼロスが見ていて――と、思い出した。
「ああ、そうだ。帝都を見て回るついでにゼロスには、ランス君の所へ行って、彼をここに呼んで欲しい。彼はマーモス戦の功績で近衛軍団に配属されたからね。上手くすれば、近衛の一部隊を味方に出来るかもしれない」
「おう、それも承知した!」
「レオンも信頼出来る友人がいたら、ここへ連れて来てくれ。味方は多い方が良いからね」
「御意!」
ランス君が来てくれたら、俺の護衛として元老院まで来てもらおう。
そうしたら弓での狙撃が出来るから――皇帝陛下の護衛が大分楽になるはずだ。
といっても、陛下を狙う賊を弓で射るって、そんな状況にはならない方が良いのだけれど。
「じゃあ、そういうことで解散。皆、よろしく頼むよ」
俺は立ち上がり、皆を見回して言った。
全員が胸に手を当てる敬礼を俺に向け、踵を返して去っていく。
すぐ、仕事に取りかかるのだろう。ありがたいことだ。
それにしても、ティグリスとアントニアが居てくれたら、もっと楽なんだけどなぁ。
アイツら武名が災いして、クラン・サーペンスの部隊に組み込まれちゃうんだもん。
負けるのは良いけど、せめて生きて帰って来て欲しいものだ。
まぁ――アイツらなら、大丈夫か……。
また長くなってしまいました。すみません。




