海域の覇者 5
◆
俺は今、茂みの中から港町ザッカールの様子を伺っている。
ザッカールはイラペトラ諸島の中心都市だ。
まあ、都市と呼ぶには、余りにもお粗末な作りだが……。
見た所、この街の規模はアイオスの半分といったところ。
立ち並ぶ木造の家屋は、独特の文明が発達している証拠だ。
少なくとも、ここには帝国の文明が一切届いていない。
「未開の地」と断ずることも出来るだろう。
まあ、俺はそうは思わないが……。
俺がここに来たのは、この街にゼロスが捕われているからだ。
といってもゼロスの救出は、「ついで」といった方が良いだろう。
本当の目的は、ガラ空きになった街の制圧なのだから。
しかし、街には千五百人程度の人間がいる。
だから、全てを武力で制圧することは不可能だ。
ゆえに住民を説得する為にも、ナナとゼロスが必要なのである。
ガブリエラは「千五百人くらい、おれ一人でイケるだろ」と言っていたが……。
まぁ、あいつは「賢さが筋肉に比例する」と思っている馬鹿なので、そっと無視をした。
そのガブリエラが俺の隣で、髪を縛り上げている。
白いうなじと金色の後れ毛が妙に色っぽくて、思わず見蕩れてしまった。
この細い身体のどこに、あの膂力が隠れているのだろうか。
「な、なんだ? あんまりジロジロと見るなよ……今は……」
「今は?」
「な、何でもないッ!」
俺の視線に気付いたガブリエラが、口を尖らせている。
「それにしても、細い首だなぁ……」
俺の言葉に、ガブリエラが視線を落とす。
「おれだって、好きでなった訳じゃない」
切なそうなガブリエラの声だ。
そうだよな……あれだけ武を極めたがっていた男が女になったんだ。
そりゃあ、不本意だろう……。
こんな首じゃ、剣を当てられたら簡単に切れてしまう。
でも、この首をディアナがペロペロ舐めたら……デュフ、デュフフ。
ガブリエラとディアナがお互いの首を舐め合う……コレ……たまりませんぞ……!
デュフフフ……!
「おい、アレク……? 人を首を見ながら涎を垂らして、何なんだ?」
ガブリエラが俺のことを、不審者を見る目で見つめている。
俺は視線をザッカールに戻し、皆に言った。
「さあ、行くぞ」
海賊艦隊が港を出て半日経つ。そろそろアントニア艦隊と、激突しているはずだ。
時刻は正午を過ぎ、ザッカールは閑散としている。
皆、野良仕事などに出かけているのだろう。
丁度良い頃合いだった。
まずはゼロスの救出だ。
昨日の深夜、セルティウスさんとナナが街の中に忍び入り、ゼロスの居場所は突き止めていた。
ヤツは街の北にある岩山に設えられた、牢獄の一つにいる。
今は東側の森にいるから、街の柵を越えないように回れば、だいたい三十分位の距離だ。
俺達は薮に紛れ、早足に移動した。
暫く歩くと、ナナの不満気な声が聞こえた。
「なぁ、提督。アイツのこと、本当に助けるのか……?」
「何度も言ったろ。この街を制圧する為にも、ナナとゼロス、二人には協力して貰いたい」
軽く答えて、俺達は牢のある岩山に近づいた。
見張りが一名いる。狼の毛皮を来た、モヒカンの男だ。
男は隆とした筋肉で、大柄。鎧というには余りにお粗末な、肩当てをしている。
ガブリエラがニヤリと笑った。
「なあ、アレク。ここは世紀末か? あれはシ○の配下か? ユ○アはどこだ?」
彼女の言わんとすることは、俺にも理解出来る。
敵がいかにも、「ヒャッハー」とか言いそうな奴だからだ。
だが待て、ガブリエラ。お前の謎理論で言えば、見張りの男は知性派だ。
でも間違い無くあれは、「ヒャッハー」と言う。
となれば、やはり「賢さは筋肉に比例しない」のだ。
だから俺はガブリエラに理論の不備を指摘し、彼女の心を折る。
「かはっ……! アレクなら、乗ってくれると思ったのに……!」
ガブリエラが血を吐く真似をして、腹を抱えていた。
さあ、この隙にランス君を呼ぼう。俺だって忙しいのだ。
「ランス君」
「はい」
彼は俺の意図を察し、すぐに弓を構える。
なんて優秀なんだろう。
隣で「ヌンチャク無いかな?」などと言う、金髪の馬鹿にも見習って欲しい。
“ヒュン”
ランス君の放った矢が男のこめかみを射抜き、敵が「ヒャッハー」と言う暇さえ与えず絶命させた。
しかし、謎の悲鳴が上がる。
「ヒィィィァアアア」
――ゼロスだった。
これにより、隠密行動の意味が消える。台無しだ。
ナナが額に手を当て、溜め息を吐く。
「だから、あんな奴を助けなくても……はぁぁあああ」
数人の男達が集まり、周辺の警戒を始めた。
その数は――五人、十人――と、多分これが、街を守る全てだろう。
他は、俺と戦う為に出ているはずだ。
ガブリエラがニマニマとして、言った。
「コイツ等を倒しちまえば、この街は獲れるだろう? だったら、おれ一人で十分だ」
セルティウスさんが片眉を吊り上げ、首を左右に振っている。
「姫に万が一のことあらば、じいは生きてゆけませぬ」
「じゃあ、じいも来い。特別に許す」
「御意」
もう、二人は勝手にしてくれ、と思う。
その代わりゼロスの安全確保を、ランス君とナナに頼んだ。
もともと隠密行動をとった理由は、なるべく住民を傷つけない為だ。
決して、戦力が不足している訳じゃない。
ガブリエラが駆けた。
「ホオオオオオアアタアアアアアッ!」
ガブリエラの蹴りが炸裂した。敵の頭がスイカのように弾け、赤い花を咲かせる。
どうやら彼女は、拳法で戦うらしい。完全に北○の拳に毒されたようだ。
あいつ、前世で全巻揃えたって喜んでいたしな……。
でも……なんて馬鹿なんだろう、ガブリエラってば。
「アタタタタタタッ!」
乱れ飛ぶ百の拳が、敵の全身を穿つ。そしてガブリエラは敵に背を向け、言った。
「お前はもう、死んでいる――」
拳の形に肉を凹ませ、手足を不思議な形に曲げた敵が、奇声を発して絶命する。
「ひでぶっ!」
「お前も言うんかいっ!」と、ついツッコミが口をつく。
いかん……あいつのやる事はメチャクチャだ。
ガブリエラは、ここ数日の移動で相当にストレスを溜め込んだのだろう。
今が発散の時とばかりに、大暴れをしている。
「スターン、スターン」とリズムを刻み、親指をペロリと舐める。
掌を上に向け、クイッ、クイッと敵を挑発。
そして、ガブリエラは言った。
「どうした、掛かってこい」
そんなガブリエラの横を、セルティウスさんが滑るように動く。
流石は剣聖だ。無駄が無い。
「フンッ!」
袈裟に斬り、身を翻して次の敵を逆袈裟に斬る。冴え渡るセルティウスさんの剣技は、もはや国宝ものだ。
「あ! じい! おれの敵を殺すな!」
ガブリエラが喚いている。ケンシ○ウごっこに水を差され、おかんむりだ。
まぁ十人程度の敵なら、こんなものだろう。
ランス君とナナはあっさりと牢を開け、ゼロスの救出に成功。
残った敵はガタガタと震え、ガブリエラの前で祈りを捧げていた。
「た、助けて下さいッ!」
「――降伏……するのか?」
敵の首筋に剣先をピタリと当てて、ガブリエラが嫌そうな顔をしている。
眉毛が八の字だ。
ていうか、ガブリエラ。なぜ今、思い出したように剣を抜く? 最後まで拳でいけよ!
「なあ、アレク。あいつら降伏したいって……殺していいか?」
「駄目だよッ!」
とりあえず俺はガブリエラに折檻をして、彼等の降伏を許した。
お陰で俺が彼女以上に恐れられるようになったのは、有り難い誤算である。
――――
ゼロスは俺と顔を会わせると、ひたすら泣いて謝った。
とりあえずは、元気そうで何よりだ。
「すんません、提督。俺、でかいことを言って、何の役にも立たなくて……」
「いいさ、生きていてくれただけで」
俺としては、彼を責める気になれない。
結果として俺は彼を、敵を出し抜く為の道具とした。
これで彼が死んでいたら、きっと俺の方が後悔しただろう。
あの時の俺は彼が行くのを止めて、もっと穏健な方法だって選べたのだ。
俺はゼロスの肩をポンと叩き、もう一度言う。
「いいさ、生きていてくれたんだ」
ゼロスは嗚咽を漏らしながらも泣き止んで、「ありがどうございまずぅぅう」と言った。
ナナがゼロスに剣を渡し、苦笑している。
「さ、行くよ。これからザッカールを制圧するんだから。くくっ――ここからが、あたし達の仕事だからね」
「お、おうっ! ……って、これだけの人数で制圧?」
驚くゼロスに、俺は笑ってみせる。
「なに、戦える者は大体、私の艦隊を迎撃に向かった。要するにこれからやるのは、空き巣さ。いや――説教強盗、と言った方が近いかな」
◆◆
俺達はゼロスの案内で、エリティスの邸に向かった。
それは一際大きな木造家屋で、周囲に壕を備えている。
戦時には小さな要塞にもなるのであろうが、守る人のいない今では何の役にも立たない。
周囲を歩くのは、女や子供達ばかりだ。
彼等は武装した俺達を、奇異の目で見る。
けれど、まさか帝国軍とは思わなかったらしい。
ナナが手を振ってみせると、住民達は何となく手を振り返してくれた。
そんな時だ、遠方から大声が聞こえてきた。
「大変だぁ! 牢が破られてるぞぉ!」
既に俺達は、エリティスの邸に入っている。
ザッカールの街が、騒然としてきた。
邸の中も、人の動きが慌ただしくなる。
廊下を歩いていると、使用人らしき男が俺達を見とがめた。
「誰だ、貴様等ッ!? ってゼロス!? バカな! 牢にいると……」
「だから、聞こえなかったか? ……牢が破られたってよッ!」
男が剣を抜き、構えた。
「くそッ! 奥様やお嬢様には、指一本触れさせんぞッ!」
「そうかよッ!」
喚く男を、ゼロスが両断する。一太刀だった。
以外とゼロスも、弱くは無い。
こんなのでも海賊の頭目だったのだから、当然か。
そのまま奥に進むと、エリティスの家族がいた。
三人の女性と十人の子供達だ。皆、広間の隅で身を寄せ合い、震えている。
部屋の真ん中には囲炉裏があって、大きな鍋の中には湯気を立てるスープがあった。
俺は側にあった椀にスープを掬って入れ、飲んだ。
お世辞にも、美味いとは言えない。
薄い塩味だけで、具も少なかった。
貧しい暮らしだ。
「私はアルカディウス帝国軍の、アレクシオス・セルジューク。あなた方に降伏を勧告する――降伏してくれれば、殺す様なことは決してしない。それに……塩味のきいた具のあるスープを、毎日でも飲めるようになる」
女性達が、互いの顔を見合わせている。
年齢は三十代が二人、二十代が一人か。
たぶん全員、エリティスの妻なのだろう。百合の香りはしない。
彼女達は何事かを囁き合い、一番年長の者が前に進み出ようとした。
これで話が纏まってくれれば、有り難い。
が――そう簡単にはいかなかった。
扉がバンと開き、隣の部屋から剣を持った少女が現れたのだ。
「嘘を、吐くな」
少女が剣を鞘から抜き、言い放つ。
彼女は十二歳くらいだろうか、俺に戦いを挑んで来た。
「やめろ、子供に剣を向ける趣味は無い」
「……子供に負けるのが恐いの?」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ、剣を抜けばいいじゃない。どうせ私達が降伏したら、皆殺しにするつもりだったんでしょう」
「そんな卑怯な真似は、しない」
「……どうだか。帝国の人間なんて、信用出来ない――いくよッ!」
少女が飛んだ。
思いの外、鋭い踏み込みだった。
俺も咄嗟に剣を抜き、相手の剣先を逸らす。
「ふぅん……大人のクセに、かわすだけで精一杯なの? かっこ悪ぅ〜」
少女は黒絹のような髪を、背中で束ねている。
瞳は黒曜石のようで、強い意志の力を感じた。
そして毒のある言葉は、まるで気の強いJSだ。
ん……まてよ。
俺はJSに生意気な口を叩かれているのか?
こ、これは……!
「クク……クククク……おい、大概にしろよ?」
「……?」
俺は口調を変えて、少女の目をじっと見る。
それはもう、“ニチャアアアッ”とした眼差しだ。
こういうメスガキは、「わからせ」なければならない。
「な、なによ! 睨まれたって、恐くないんだから!」
「ほぉ……お前は大人の男が、恐くないんだな?」
すり足で、ジリっと俺は少女に近づいた。
そして目で犯す。それはもう、超犯す!
妄想ならば、童貞であろうと可能なのだ!
クハハハハハッ!
少女が後ずさり、内股になった。
剣先が震えている。
といって、俺はロリコンではない。
だが、JSに「わからせる」メリットはあるのだ。
少女が男に恐怖感を抱けば、それだけ女性に対する親和性が増す。
すると、どうなるか?
デュフフフ……百合への道が開くのだッ!
俺は今、鬼となる。
鬼となって少女を「わからせる」のだッ!
そして百合の道へと誘うッ!
これこそ、我が使命ナリッ!
「グゥアアアアアッ!」
そのとき、俺の頭に激痛が走った。
何者かに頭を殴られたらしい。
俺の身体が、グラリと揺れる。
後ろでガブリエラが、ジト目をしていた。
どうやら、彼女に殴られたらしい。
「真面目にやれ……」
あ……言われてしまった。
おっと……鋭い剣先が迫っているぞ。
ガブリエラのせいで、隙が出来てしまった。
少女が突っ込んでくる。
これは本当にヤバい。頭も痛いし。
俺は身体を捻って、剣先を何とかかわした。
ていうか、この子、強いぞ……。
だめだこれ、真面目にやろう。
そう決意したとき、ガブリエラが前に進み出た。
「小娘――名は?」
ガブリエラは剣すら構えず、腰に両手を当てて女の子を見つめている。
「ポーラ」
「そうか、ポーラ。一度しか言わないから、よーく聞け」
「……なに?」
「おれの名は、ガブリエラ・レオ。帝国四公爵家が一つ、レオ家に連なるものだ。その名を持って約束しよう、おまえがおれの奴隷になるのなら、家族全員の命だけは助けてやる」
「ことわったら?」
ポーラは逡巡しながらも、剣を構えたままだ。
しかしガブリエラの圧倒的な存在感が、彼女の攻撃を躊躇わせている。
って……俺の立場は……?
「……皆殺しだ」
ガブリエラが剣を抜いた。全身から、禍々しいオーラが出ている。
「ひっ……」
ポーラと名乗った女の子が、思わず後ずさる。
俺もついでに後ずさる。
「さっさと武器を捨てろ。それとも――真っ先に死ぬか? 言っておくが、おれは女だ。そこの、か、か、顔だけ綺麗な司令官とは、訳が違うぞ。手加減などしてやらん」
ガブリエラ――ごめん。俺、手加減はしてない。
必至になって「わからせよう」としてただけで……。
「わ……かり……ました」
お……ポーラが目に涙を溜めて、剣を捨てた。
流石にガブリエラは恐かったのか。
「聞こえない」
ガブリエラが、足で床を“ダンッ”と踏みならす。
「ひっ……わかりましたッ!」
直立不動で返事をするポーラ。
おお、これは結果オーライだ。
ガブリエラがポーラを「わからせた」。
これでメスガキの躾は完了だ。
怯えるメスガキを「ひゃんひゃん」言わせるガブリエラ……アリだ!
アリよりのアリだ! デュフフフフフ、良いでござる、良いでござるよォォオオ!
「嫌だ、絶対に嫌だ」と言うポーラちゃんを、ガブリエラお姉様が調教するのでござるナァアア!
最の高にござるよォォォオオ!
と、俺があっちの世界へ旅立っている間に話が進んでいる。
ポーラが家族を振り返った。ニコリと笑って、「さよなら」と言う。
もしかしてポーラちゃん、本当は健気で良い子なのかもしれない。
そんなポーラちゃんをガブリエラお姉様が……ハァハァ。
やがて嫌だと言っていたポーラちゃんも屈して、自らガブリエラを求めるように……ハァハァ。
これは、ご飯がススムでござるよォォォオ!
だがしかし、そこにはディアナという恋人が! どうする、三角関係ッ!
「ペッ! この薄汚い帝国の犬ッ!」
ん? 妄想に耽っていたら、生暖かい液体が俺の顔に掛かった。
あ、そうか、俺、ポーラちゃんに唾を吐かれたんだな。
もしかして俺、この子に凄く嫌われている?
まあ、いいか。故郷を占領する軍の指揮官だものなぁ……この反応が普通だよ。
ランス君が布で、俺の頬を拭いてくれた。
ガブリエラは、すかさずポーラちゃんを打っている。
「こいつッ! 大人しくしろッ!」
「ひッ! ごめんなさいッ! もうしませんッ!」
「アレクはな、お前達を助けようとしてるんだぞ。それを抵抗ばっかりしやがって……」
「いいんだ、ガブリエラ。言って分かるような事じゃない。死人も出ている。俺が恨まれるのは、当然なんだよ……」
何はともあれ、これでエリティスの邸を制圧した。
つまり、ザッカールの中心を落としたのである。
最後の仕上げは、残った民衆の心をつかむこと。
これが一番難しいんだけれども……まぁ、やってみますか。
お久しぶりです。
お待たせして、すみませんでした。




