将軍への道
◆
「揃ったな」
この場に集まった面々を見回し、俺は着席するよう手を上げた。
今回の海賊征伐に当初から加わっていた者が、左手側に座る。
テオドラ、ドムト、ティグリス、アントニア、レオン、ミネルヴァ、ヴァレンスの七名だ。
本来ならディアナもここに加わるべきなのだが、今回はガブリエラのお守りということで、船に残っている。
まあ、あの二人に関しては今回話し合った内容を、俺が後で直接伝えれば問題無いだろう。
反対の右手側には、今回新たに加わった者が座った。
手前からナナ、アイーシャ、ゼロスの母であるセーラ、そしてゼロスの四名だ。
「皆、ご苦労だった。特にナナの働きは千金に値する。テオドラ――」
俺はテオドラに声を掛け、ナナに褒美を渡すよう伝えた。
しかし袋に入っているのは、銅貨と銀貨だ。
千金と言ったが、本当に千金なんて俺には到底出せない。
ただの騎士爵に過ぎないし、そもそも借金をして補給を賄っている身だ。
だから今だってゼロスから没収した財貨を何とかやりくりし、新しい部下に褒美を支払うという悲しい有様である。
「ナナ、褒美だ」
テオドラは、こういった作業に馴れているのだろう。
大仰な身振りでナナの前に立ち、褒美を渡していた。
「お、ありがてぇ!」
満面に笑みを浮かべたナナは、さっそく袋を開いて不貞腐れている。
「おいおい提督。金じゃねぇよ!」
「千金に値する働きだけど、千金を与えるとは言って無いぞ」
「うわ、汚ねぇな!」
「汚く無い。今の私には、それが精一杯だ」
俺が誤摩化す為にそっぽを向いていると、ティグリスがニヤリと笑って言う。
「ナナ、千金が欲しきゃ、もっと手柄を上げるんだな。といっても、お前はアレクシオスの麾下だから、帝国の為の手柄じゃ駄目だぞ」
「あ? なんだよ、そりゃ」
「そのまんまの意味だよ。アレクシオスが出世すりゃ、お前もいつか、千金が貰えるって話だ」
ティグリスの話に、アントニアも手を叩いて乗った。
「そうそう、あたし達と違って帝国のしがらみが無いから、羨ましいわ〜」
「二人とも、よさないか。私達は今、帝国の為に戦っている。それがこの海域の安定にも繋がるからこそ、皆が協力してくれているんだ。
だいたい二人は後で直接、陛下から褒美を賜るだろう? その方が、余程良いモノが貰えるぞ」
俺は頭を左右に振って、二人の暴走を諌める。
曲がりなりにもテオドラは皇女だ。彼女の前で帝国を批判するなど、反逆に等しい。
もちろん分かった上で、ティグリスとアントニアは言っているのだろう。
何なら正規軍をクビにして欲しい、とでも思っているのかもしれない。
そんな俺の気遣いを、台無しにする男がいた。まさかのレオン・ランガーだ。
生真面目そうな表情で淡々と投下される爆弾発言に、俺は上座で固まった。
「それほど帝国軍にいるのが嫌なら、私と同じく辞めれば良いではないか。アレクシオスどのなら、生活費の面倒くらい見てくれるだろうよ。
なんならマーモスを獲って独立するのも手だ。この位置なら一挙に帝都へ攻め上り、制圧する事もアレクシオスどのなら可能だろう……」
おい、レオン。お前はまさか、良識派の仮面を被った過激派だったのか?
「「おお……!」」
ティグリス、アントニア……お前等も、「おお……!」じゃない。これは立派な反逆だ。
この話がバレただけで処刑だよ。
その上、帝都の門前で死体を逆さ吊りにされるからな。ちょっとは考えてくれ。
「レオン……彼等は帝国の剣、帝国の盾と並び称される程の将だ。今は故あって私の配下になってはいるが、将来は帝国の宝となることが約束されているのだから、迂闊なことを言ってはいけないよ。
それに冗談でも、帝国に反旗を翻す話などすべきじゃない。ここには皇女殿下もおられるのだから」
テオドラが俺の後ろに立って、剣を床に打ち付けて言った。
「いいんじゃねぇか、提督。剣も盾も太って身動きのとれねぇおっさんが装備したら、モノの役に立たねぇ。だったらセルジューク提督が扱ってこそ、輝くってもんだろ。それに皇女といっても、今のあたしは提督の副官だぜ? 叛くなら、それも構わねぇよ」
俺は前を向いているから、テオドラの表情は見えない。
けれど、妙な熱気は伝わって来る。
駄目だよ、駄目――俺に叛乱の意思は全く無い。
それどころか帝国が健在でなければ、俺の頑張った証となる恩給が消えてしまう。
そりゃガブリエラやディアナの将来も心配だけど、それはあくまでも帝国の存在が前提の話だし……。
「皇女殿下は、随分と上手いことを言うのね……つまり今の帝国は、身動きの取れないおっさんだと? でも温室育ちの貴女に――実の父親や兄と戦う覚悟はあるのかしら?」
おい、ミネルヴァ。煽ってどうする……。
「もちろんだ……旧態依然として腐敗した政治。それを作り出しているのが、あたし等の一族だってことは分かっている。そして、その都合で振り回される軍部――結果として戦争で失われるのは、いつだって若い命。
そう言う話を、宮廷の連中は笑いながらするんだ。“今回の犠牲は六千人か、少なくて済んだな”なんて言ってな。だからあたしは戦場に出たくて、ずっと……でも皇女だからと止められ続けていた……要するにこの国は、もうとっくに終っている」
もう駄目だ……ここは寝た振りをしてやり過ごそう。
終ってる国家なんて、歴史上には無数にある。
でも、その終ってる国家を新しくした時、それが必ずしも人にとって幸福とは限らない。
中国の戦国時代が終って、始皇帝は人々に幸福を齎しただろうか? ――否だ。
フランス革命の後、権力を独裁したロベスピエールが何をした? ――粛正という名の虐殺だ。
とにかく国家を刷新するということは、言うほど希望に満ちていないし、時間と労力を要する。
何より、もっともハイリスクなのは末端の兵士や民衆で、しかもリターンが少ないのだ。
そして彼等は俺達が思う程、今という時代に不満を持っていないだろう。なのに火を付けて燃え上がらせる――そんなことをしても、俺は責任を取れそうに無い。だから断じて、否だ。
「ぐぅ……」
「なあ、大将。寝たフリすんなって。皇女様に、ここまで言わせてんだ! どうにかしてして下せぇ!」
ドムトが俺の肩を揺すり、頬を叩く。
俺は皆に聞こえないよう、こっそりと話した。
「ここは副長の働きを期待する」
「無理でさぁ。帝国の剣と盾が乗り気だし、皇女までこの有様。しかもミネルヴァまでときたもんだ。いっそすげぇじゃねぇかっ!」
ドムトはミネルヴァの正体も知っている。
だからこれが単なる与太話で終らない可能性にも、感づいているのだ。
仕方ない。目を覚ますフリをして、俺は片目を開いた。
「私はアルカディウス帝国第六軍団所属の連隊長に過ぎない。過度の期待は私自身はおろか、君達自身にも不幸を齎すだろう」
そう言う俺を、ティグリスとアントニアが相変わらずニヤニヤと見てる。
手前にあったティグリスの足でも蹴ってやろうかと思ったら、笑顔を満面に浮かべたテオドラが、大きく頷いていた。
いつの間にか横に立ち、俺の肩に手を置いている。
「アレクがあたしを気遣ってくれるのは、分かる。けど――この快進撃だ、さっきレオンの言った事を警戒する連中が、宮廷からも出て来るだろう。ましてや、ガブリエラがこっちに来ちまった。そうすると、その急先鋒になるのは……多分、兄上で間違いない。
つまりだ――宮廷には遠からず、反アレクシオスの勢力が出来上がるぜ」
「陛下に対し奉り、私に叛意の無い事を証明すれば、こと足りる」
「陛下の御前に出るには、力がまだ足りねぇな!」
「十六歳で平民から騎士爵、そして連隊長にまでなった。十分だ。それに今回の件で成功すれば、子爵位を賜る。拝謁くらいは許されるだろう?」
「拝謁した帰りに、襲われるって可能性もあるな。だからさ、アレクはもっと武力を得るべきなんだよ」
「皇女――いや、副官殿の意見に俺も賛成だ。今のままじゃ、俺達が力を貸す大義名分が無い」
ティグリスが手を挙げ、真面目腐って発言をした。
「そうだろう? ティグリスどの! だからこそ現在までの功績を鑑みて、あたしはアレクシオス・セルジュークを将軍位に押すつもりだ。もちろん兄が動く前に、皇女としてなっ!」
「そいつぁ、有り難い。そうなったら俺は、もちろん軍団麾下の将にして貰えるんだろうな? アレク!」
「あら〜、あたしも将にして貰おうかしらぁ〜」
拳を握りしめ大きく頷くティグリスと、体をくねらせて片目を瞑るアントニアを見て、俺は頭を抱えた。
「馬鹿なことを。軍団数は二十五個と決まっているし……それに皇室縁者か、四公爵家の縁者をもって将軍職と為すのが伝統です。いくら皇女殿下が押しても、私が将軍になることなんて無理でしょう」
「いいや、なれる! 絶対になれる!」
テオドラの口が、とても邪悪な弧を描いている。
何か、よからぬことを思いついたような、そんな顔をしていた。
◆◆
ゼロスは俺達が話している最中、居心地が悪そうにモゾモゾと動いていた。
そりゃそうだ、退屈だったのだろう。
俺達の国の、特に俺の周辺にまとわりつく陰謀や権力闘争など、彼にはどうでもいいことだ。
けれど動きを母親――セーラに嗜められ、今度は石のように固くなっているゼロスだった。
「セーラさん、今回はありがとうございます」
礼を言うと、セーラは帝国式の丁寧な言葉を俺に返してくれた。
「いいえ――もともと今の体制には疑問を持っていました。だって海賊に政治が分かるはず、ありませんものね。だから街路はボロボロになり、収穫の量も曖昧――挙げ句の果てには交易も出来ないんですから」
「体制……ですか。そうですね」
俺はセーラをまじまじと見つめ、頷いた。
ゼロスが彼女に頭が上がらないのは、単に母親だからだけではなさそうだ。
俺はこれからのことに関して、彼女達にも話すべきか正直迷っていた。
しかし、この様子ならば大丈夫だろう。
俺達に協力することが、地域の発展になると理解してくれているなら尚更だ。
俺はいったん場が静まるのを待って、「本題だが……」と切り出した。
「年内にイラペトラ諸島とニコラオス諸島を攻略する。エル諸島、ネア諸島の皆には、惜しまず協力して貰いたい」
今、俺が全兵力を動員すれば二五五〇人だ。
この数はすでに、残った二島の全兵力の二倍以上となっている。
だから断言したところで、まったく問題無い。
新しく味方になった四人は、一斉に頷いている。
特にセーラは、嬉しそうに笑っていた。
「いよいよマーモス諸島が、一つの勢力に統一されるんですね」
目尻に小さな涙が浮かび、指で拭っている。
俺はそれを見て、母娘の百合もいいな――と思った。
あるいは、先輩OLと後輩OLとか。デュフフ……。
「力押しでいくのか?」
アイーシャが右手の平と左手の拳をぶつけていた。
バチンという力強い音で、俺は夢の国から強制送還されたらしい。
「いいぜ、先鋒は任せて貰う!」
ナナも頷き、不敵な笑みを見せている。
だが、俺は軽く手を挙げて二人を制した。
「それもいいが、出来れば死人を出したく無い」
これは、後々のことを考えれば当然のことだ。
俺はこの地方を支配していかなければならないし、それをさらに力へと変えるつもりでいる。
ならば住民の恨みは、なるべく避けた方が得策なのだ。
「また、策があるんだろ?」
ティグリスがニヤニヤと笑っていた。
「ああ、ある。けれど、私の策よりも良い手立てがあれば、それを採用したい」
俺の言葉を聞いて、おずおずと手を挙げた男がいる。ゼロスだった。
チラチラと、ナナの横顔も見ている。
「あのよ、俺、イラペトラのエリティスとは幼馴染みなんだ。だからよ、ちょっと説得に行かせてくれねぇか? ――なんつーか、俺も役に立ちてぇんだよ」
ゼロスの視線に気付いたナナが、煩わしそうに髪を手で掻き回している。
「なんだよ、ゼロス。あたしにカッコいいとこ見せようってのかい? でもね、残念だけどアンタが何やったって、あたしの気持ちは変わんないよ!」
「そ、そんなんじゃねぇよ! 俺だって、このままじゃ良くねぇって思っちゃいたんだ。でも、どうにも出来なくてよ……だけど、今日見て分かったんだ。この人なら、何とかしてくれるんじゃねぇかって。そしたらよ、俺にも何か出来ることがあんじゃねぇかって……そう思っただけなんだ」
もうゼロスは、鍋みたいな兜を被っていない。
母親譲りなのだろう浅黒い肌をした、ごく普通の青年に見える。
身長は俺よりも少し低く、朴訥とした純朴そうな顔立ちだ。
それでも袖や襟元から覗く太い首や手首が、力強い海の戦士であることを示していた。
「幼馴染みと言っても、イラペトラ諸島は敵地となる。危険だぞ?」
俺は念押しをして、セーラを見た。
いくらマーモス諸島の統一が成っても、息子を失った母親の顔は見たく無い。
だが、彼女は毅然としてゼロスに言った。
「男が一度言ったからには、しくじるんじゃないよッ!」
「分かってるって」
けれどやはり心配なのか、ゼーラはふと伏し目がちになり、ゼロスに提案している。
「でも……一応、村の腕利きを二、三人、連れてお行き」
「いいよ、母ちゃん。一人でいいって。アレクシオスさまも敵地だって言ったろ? 逆に人を連れて行ったら、そっちの方が疑われるって。それに二、三人じゃ、何かありゃ、どっちにしろ殺されらぁ!」
ゼロスの云うことは、尤もだった。
それに、去って行ったヴェンゼロスの動向も気になる。
距離的にはマーモスの北東にあるイラペトラ諸島の方が、ニコラオス諸島よりも近い。
小舟で去ったことを考えれば、彼がイラペトラにいる可能性は高そうだ。
「分かった、ゼロス。よろしく頼む――それからヴェンゼロスがいるかどうかも、一応、探ってくれないか?」
「了解だ、提督。あ、そうだ! もしもヴェンゼロスが居た場合だけどよ、許してやってくれねぇかな? あの人、悪い人じゃねぇからさ」
俺は微笑で応え、明確な回答は避けた。
ヴェンゼロスを許すことに関して、異存はない。
けれどヴァレンスが眉を顰めたことを考えれば、今の俺に迂闊なことは言えなかった。
アレクシオスがちょいちょい脳内旅行に出てしまう……