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双剣の女騎士

 ◆


 ガブリエラ・レオと過去の名前を伝え合った俺は、彼女――いや、彼と抱き合って喜びを爆発させた。すると柔らかな胸が押し付けられて、素敵な違和感を俺は味わった。


「恭弥! お前が恭弥だったなんて、驚いたぞ!」


「こっちの方が驚いたよ。えんじゅ、お前が公爵令嬢になっていたなんて……」


 まじまじとガブリエラさまの顔を覗き込み、そこにえんじゅの面影を探す。

 そもそも黒髪黒目だった彼が、今や金髪碧眼。なんなら武道に精通していた百八十センチを超える肉体も、今は百七十センチそこそこのモデル体系となっている。


 しかし、よくよく見てみれば常にへの字に結んだ口など、彼女の表情にはえんじゅらしい特徴もあった。

 せっかく美人に生まれたのに、笑顔が出来ないガブリエラさま。その理由は前世にあったのだ。それに今世でも武術を極めようとする辺り、えんじゅそのものである。


「お前の方は、随分と人生ハードモードだったようじゃないか。親が死んで孤児院だなんて」


「それでもまあ、男のままだったから。それに孤児院は無料で色々なことを教えてくれた。もっとも、軍に入隊することが条件だったけど……」


「色々なことって?」


「この世界の歴史やモノの考え方なんかかな。まあ、教会直結の孤児院だったから、世界観に関しては信じちゃいないけどね。ただ面白いのは、生成という概念かな。万物は神の力によって、常に変化を遂げているんだと。つまり全ては不可逆って思想だね」


「あ、ああ……よくわからないが……恭弥は相変わらず、この世界でも歴史オタクの哲学オタクなんだな。その辺の話、おれには付いて行けないぞ」


「オタクって言うな、オタクって。俺は百合神に使える大神官プリーストだ! そこんとこ間違えるな! と、まああれだ……歴史は色んなことを教えてくれる、人類の道しるべなんだぞ。哲学だって、大局的な視点で物事を考える為には大切だ。哲学者の思考を科学者がトレースすることで、世界の真実が少しずつ見えるようになるんだよ」


「しらねぇし、どうでもいいわ。あー……相変わらずお前、こじれてるなぁ、めんどくさい」


「……そもそもだな、この世界には魔法がある。対して物理法則は、万有引力の法則程度の理解しかない。けれどここが宇宙のどこかにある惑星なら、それではいずれつじつまが合わなくなるんだ」


「ええと、なんていうんだ……それで何か問題が?」


「あるに決まってるだろ。……だからさっきの話だけど、賢者の学院に行かせて欲しいんだ。魔力は上がらないかも知れないが、あそこにはこの世界で有数の知識がある。俺は少しでもこの世界のことが知りたいんだ。あと、なるべく戦争に行きたくないから学院に引き籠りたい」


「お前……どっちの理由が本命だ? 本当は引き蘢りたいだけじゃないのか? だが、まあ良いだろう。この戦いが終わったら話を付けてやる」


 と、俺達が抱き合いながら語り合っていると、おもむろに部屋の扉が開いた。


「失礼します、ガブリエラさま。お茶を――おっ!? おっ!?」


 カチャリとティーカップをテーブルに置くと、即座に剣を抜いた男。白髪混じりの口髭はダンディーと言う他ない。痩身だが俺よりも高い背丈は、百九十センチにも届くだろう。

 雰囲気だけで見れば執事のセバスチャンといった感じだが、鋭い褐色の眼光に曇りはなく、構えはどこまでも練達の猛者のもの。

 

「や、やめろ! じいっ! セルティウスッ!」


 俺から身体を離し、両手を広げて執事風の男の前に立つガブリエラ。俺はオドオドと彼女の背中に隠れた。

 どうせ今、俺にあるのはベルトに挿した短剣だけ。それに技量は、比べるまでもなく相手の方が上だろう。ならば俺にとりうる選択肢は、猛将ガブリエラの背後に隠れるのみ。

 だいたい、雰囲気的にガブリエラの部下なんだろうから、それが一番安全だ。


「貴様、姫さまを盾にするかっ!」


 しかし相手はさらに激高。てゆーかえんじゅのやつ、姫さま扱いだよ。ぷくくー。


「姫さまと俺の仲を考えれば、これは当然なんだが」


 実際、えんじゅは昔から俺のボディガードみたいなものだった。誰かに俺が絡まれるたび、助けてくれていたっけ。


「仲、仲だと? 貴様、姫さまの純潔を散らせたのかっ!」


「いや、そこは大丈夫です、じい。俺が姫さまの純潔をどうこうすることはあり得ない」


 俺は頭をガブリエラの横から出して、左右に振った。彼女がえんじゅであった過去を知る俺が、その身体を望むはずが無いだろう。

 

「ならば単なる遊びかっ! この下郎めがっ! 貴様にじい呼ばわりされる云われなどないぞっ!」


「じい、だから違う! こ、こ、この者は魔法が使えるのだ。そ、それで嬉しくてつい、おれから抱きついてしまったのだ!」


 セルティウスさんが目を細めて俺を見ている。値踏みするようだ。

 

「ふぅむ。私は公爵閣下より、姫さまに悪い虫を付けてはならぬと厳命された身。なれどお主、嘘は付いておらぬようだな。確かに姫さまを見る目は、邪なものではない……」


「で、あろう、じい」


「分かってくれたか、良かった」


「が、それもそれで腹立たしいものがある!」


 再び剣を構えたセルティウスさん。ただし今度は、「表に出よ。貴様が姫さまと会話するに相応しい技量であるか、見極めて進ぜる」なんて言い出してしまうのだった。


 ◆◆


 建物の中庭に出た俺は、武装を整えた。有無を言わさず決闘と云われ、装備を渡されたのだ。なので全て借り物だが、ちょっとした板金鎧プレートメイルに片手剣と盾を持つと、一端の戦士になった気分がする。

 とはいえ戦場に着く前に、戦死する可能性も出てきた。何しろガブリエラが助けてくれない。今、俺は非常に困っている。


「大丈夫、お前が兵士になったということは、それなりに強くなったのだろう。何より、魔法を使えば我らでは誰もお前に太刀打ち出来ぬよ」


 なんてことを言うんだ、ガブリエラ。このばか、ばーか。眠りの魔法は一日一回が限度。あとは絆創膏程度の、軽い治癒魔法しか使えんわ。

 確かに剣術は訓練してそれなりに強い自負はあるけど、それにしたって実戦経験は無いっつーの。


 だが、そんな俺の気分など誰も気にせず、中庭に風が吹いて砂埃が舞った。そこに赤毛の少女が皮の鎧を装備して、両手に剣を携え現れる。


「お前なんか、剣聖と呼ばれるお父さまが出るまでもないわっ! 私のガブリエラさまにちょっかいを出すなんて、死んで悔いるがいいわっ! ね? ガブリエラさまっ!」


 ガブリエラが額に手を当て、イヤイヤと首を左右に振っている。


「メディア、君は……」


 俺は二人の関係性を見て、ぴーんときた。百合だ。これは百合の匂いがする。

 明らかにメディアと言う名の赤毛女は、ガブリエラに惚れているだろう。これは――


「メディアとやら。お前はガブリエラの何だ!?」


 俺は、あえて問うた。


「わ、私は、ガブリエラさまの忠実なしもべ。そして――」


「そして、なんだ? ふははは! 俺とガブリエラの仲を焼いていたんじゃないのか? そういう関係じゃないのか?」


 俺はニヤニヤ笑いながら、剣を抜いた。彼女にセルティウス程の威圧感は無い。多分、俺と互角の腕だろう。ならば隙をつくれば、勝機は俺にある。何より、百合っぷる誕生に貢献しない手はない。


「そ、そういう関係には、これからなりたいと思っているが……! そこにお前なんかが……!」


「ああ、そうだな。女同士の花園に男が入り込むなど、無粋なものだ! 分かっている!」


「そ、そうだろ? そう思うなら……」


「だからこそ、お前の想い、このアレクシオス・セルジュークが試させてもらう!」


「お、おう、望むところだっ!」


 ガブリエラが首を傾げている。何故、そうなる――と言いたげだ。メディアは心の芯に火が付いたのか、「見ていて下さい、ガブリエラさま! 私、貴方に相応しい女になりますっ!」と叫んでいた。

 いいぞ、カミングアウトは大切だ。どれほど慕っていても、相手にそれが伝わらなければ始まらない。


 ――が、結果は俺の圧勝だった。

 なんだこれ、弱過ぎるだろ。どうして出てきた、メディア。

 さくっと彼女は頭を地面に付けて、お尻を突き出している。哀れなポーズこの上ない。

 

 彼女が二刀で襲い掛かってきた瞬間、俺は軽い回復魔法を彼女の足の筋肉に掛けた。結果、彼女は自身の予想よりも早く身体が動いてしまい、足がもつれた。

 そこに俺が剣を振り下ろし、頭上に突き付ける形となっている。


「がんばれ、応援するよ。メディア……」


「な、な! 私は負けてなんかいない。ちょっと足がもつれて……!」


 地面の土を掴んで悔しそうに怒鳴るメディア。しかしセルティウスが近づき、嗜めるように言った。


「愚か者。アレクシオスどのが魔法を使ったことにも気付かず、それでどうして姫さまを守る任務が全う出来ようか。お前は一から出直しだ」


「うっぐ……」


 泣き始めてしまったメディア。「男なんかに負けるなんて……初めて……男に負けた……」


 剣を突き付ける俺を睨み、ぷいと顔を背けるメディア。少し頬を赤くして、そのまま駆け去ってしまった。


「さて、失礼した、アレクシオスどの。確かに貴殿は魔法を使われたようだ。となると……姫さまの申し分ももっとも。

 しかるに……貴殿の服装を見れば、所属部隊は明らか。どうしてそのような場所に……理由をお聞きしてもよろしいですかな?」

 

 セルティウスさんが俺の肩に手を置き、「ふむ」と空いた手で口髭を撫でている。ガブリエラが簡単に俺の事情を説明し、自分の部下に出来ないかと問うていた。


「それは無理でしょうが、魔法を扱うとなれば……そうですな、現部隊の十人隊長に抜擢するのは如何ですかな? 部隊の者も魔法使いが隊長となれば、心強いと考えましょう」


「だ、だが……」


 ガブリエラはセルティウスさんの提案に不安顔だ。多分、俺が最前線にいることが不安なのだろう。とはいえ、その理由が前世の友情にあるとは夢にも思わないセルティウスさんは、訝し気に俺とガブリエラを見つめていた。


「姫さまのお側に来たいのであれば、それなりの武勲を立てるが良かろう。そもそもの身分というものもある。姫さま直属の部隊は全員が騎士階級であれば、貴殿の実力がどうあれ、入隊を認める訳にはいかぬのだ」


「しかしアレクシオスの父は騎士爵であった。ならば、我が部隊に入れても問題なかろう!」


「爵位の相続は、皇帝陛下がお認めにならねばなりませぬ。であれば、アレクシオス殿にいかな正当性があろうと、現在の身分は平民であられる。それも下層民なれば、姫さまと行動を共にすることは難しいかと」


 えーえー、そうです。俺は税金が免除される代わりに、軍隊でこき使われるしかない身分ですよ。

 とはいえ十人隊長にしてもらえるなら、生存の確率が少しは上がるだろう。

 別に隊員に「俺の代わりに死ね」と言う訳じゃなく、俺は闇雲に部隊を突撃させるような無茶だけはやらない自信があるからだ。


「アレクシオス……それで構わないか? その……今回の戦いは、兵力において圧倒的に勝っている。おそらく勝つだろう。だから武勲も立て易いと思う」


「十人隊長にしてくれるなら、それは有り難い。給料も上がるし、生き残る確率だって上がるだろう。だけど、相手は名将だ。兵力に勝っているからと過信していたら、足下を掬われかねないよ」


「そんなことは、分かっている。とにかくお前は生きて武勲を立て、おれの下に来い。そうしたら、もっと死ぬ確率が減るだろう!」


「ああ、そうだね。出来れば騎士爵にしてもらって、賢者の学院に行きたい。卒業したら補給部隊にでも回してもらって、後方でぬくぬくと……」


「……お前は……まあいい」


 こうして俺はこの日、ガブリエラと夕食を共にしてから広場の天幕に帰った。

 ガブリエラとはつもる話があるのだけれど、食事の場にはメディアとセルティウスさんもいたので何も言えず。

 ただ、この戦いが終わったらセルティウスさんが剣術を教えてくれるということなので、帝都にあるガブリエラの屋敷に俺は顔パスで入れる事となった。その意味ではハードモードだった俺の人生も、少しは好転してきているのかもしれない。


 あと、公爵令嬢の出す食事は流石に豪華で美味だった。しかし三日分食い貯めしようと頑張ったが、それは流石に無理だった。


 ――――


「おい、新米隊長。早く出てこい。後がつかえてるんだ!」


「並列世界においては、君が先にトイレを使っている可能性もある。だからここは一つ、俺に譲ってくれないか?」


「クソしながら意味の分からねぇこと言ってんじゃねぇ! 腹ぐらい自慢の回復魔法とやらで、どうにかしやがれ!」


「悪いが今日はもう品切れだ」


「そんなら早くクソも品切れにしろよ!」


「……残念ながら在庫処分に手間取っている。どうやら今日は仕入れ過ぎたようだ……」


「は・や・く・し・ろ! 俺ぁ一刻の猶予もならねぇ!」


 やれやれ、話の分からない副長だな。まあ、さっきガブリエラ直々の辞令が届くまでは隊長だった男だ。俺に対して不満もあるのだろう。仕方が無い。

 俺はじわりと残る腹痛に耐えて、トイレから出た。


 ちなみに我が国は世界に先んじて水洗トイレであり、広場にある公衆トイレでさえウォシュレット完備なのである。てゆーか、水が流れているところで用を足すだけなんだけれどもね……。


「ま、ゆっくり使え、ドムト副長」


「おいー! クソした手を肩に置くんじゃねぇ!」


 細かい男だ。せっかくトイレを譲ってやったというのに、親愛の情も分からんのか。先が思いやられるな、まったく……。

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