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ガレー

 ◆


「接舷攻撃開始」


 前方にあるガレー船との距離を測り、俺は言った。隣で腕組みをするヴァレンスが頷き、左腕を高く掲げる。

 

「帆をたためっ!」


 ヴァレンスの良く通る声が響き、ガレー船の白い帆がくるくるとたたまれた。俺は時間を計る。三十秒といったところか。かなり早くなっている。


「全速! 目標敵船っ! 接舷しろっ!」


 ヴァレンスの号令で船がグイと前に進む。立ったまま指揮をしていた俺は、少しだけバランスを崩した。


「攻撃用意」


「攻撃用意っ!」


 この命令を復唱するのはテオドラだ。副官である彼女が、基本的には攻撃隊の指揮を執る。

 船はすぐ、前方ガレー船の横につけた。手際よく三本の橋板が落とされ、「敵船」に接舷してゆく。


「抜剣っ!」


 テオドラの号令で甲板に集まった百人の兵が、一斉に剣を抜く。

 ちなみに一つの船を動かすのに百人の水夫が必要で、兵士の代用も可だ。逆もまた然りなので最悪の場合、二百五十人全員を兵として敵船に送り込むことができる。

 ただ守りも必要なので、全員で乗り込むというのはあまり現実的ではない。


 ちなみにミネルヴァとヴァレンンスはあくまでも奴隷身分なので、俺の側にいる。

 本来なら二人とも指揮官として優れた力量を持っているのだから、部隊を任せたい所なのだが。

 それでもヴァレンスに関しては海の専門家なので、船の航行や運用に関する限り全て彼に任せている。あくまでも俺が意見を採用している――という体でだけど。


 それからディアナは今回、医師として参加している。

 これに関しては、非常に苦労した。

 ディアナほどの魔術師は、どの軍団も喉から手が出るほど欲しかったらしい。


「連隊ごときに魔術師を付けては、鼎の軽重に関わる!」


 なんて軍団長達が騒ぎ出したのだ。

 けれどこれに関しては、テオドラの存在が功を奏した。


「しかしテオドラさまの御身に大事あらば……」


 こう言う重臣の一言で、誰もが黙らざるを得なかったという。

 けれど連隊に魔術師――しかも高位の――を付けた前例はなく、結果としてディアナは船医ということに落ち着いたのである。

 なので彼女は基本的に船室にいるのだが今はあまりにも五月蝿かったせいか、トコトコと歩いて俺の側にやってきた。両手で大事そうに人の頭蓋骨を持っている。


「うるさい。眠れないじゃないか……」


「うん、頭蓋骨なんか持ってるからじゃないのか?」


「イレースはいつも一緒だ……フヒヒ。彼女がいないと変な夢を見る」


「変な夢しか見ないだろ、そんなの持ってたら……って、イレース!?」


「生前の名前」


「え? 生きてる頃から知ってる人?」


「知ってるっていうか……一昨年、十五歳で父親と母親と弟と妹と妹の友達を殺した殺人鬼。可愛い女の子だったよ。絞首刑になったから死体を貰ってきたんだ。こんど呼んであげようか?」


「いや、いい」


「なんで? ナイフを持たせたら強いよ。でもきっと、敵も味方も関係なく襲っちゃうと思うけど。フヒヒヒヒ」


 ……色々と駄目だろ……このポンコツサイエンティスト。


 敵船からはドムトの怒鳴り声が聞こえる。

 見ればテオドラが群がる兵を弾き飛ばしつつ、ドムトに迫っていた。

 突破力に関してテオドラは、凄まじいものがある。まさに猪武者だ。


「抜剣っ! 迎撃だっ! ティグリス、アントニア! 跳ねっ返りの姫さまをさっさと止めろっ! 特にアントニア! 帝国の盾スクトゥム・アルカディウスの名が泣くぞっ!」


「あらドムト、だったら指揮を代わる? 負けない戦い方を教えてあげるわよ」


「う、うるせぇ! ここは俺が大将に任されたんだ! 何でもいいから言うことを聞けっ!」


 そう、これは訓練なのだ。

 海の戦いをまったく知らない俺が海賊を討伐するには、訓練が不可欠なのだから。


 ――――


 まず、俺が戦力として与えられたのは二隻のガレー船だった。

 ガレー船は漕ぎ手の席が上下に二段あり、左右に五十人ずつ配置されている。全長は大体四十メートル程度だろう。

 主な武装は喫水線の下にある金属の衝角と投石機、大型のバリスタだが、鮫のヴァレンス曰く、「衝角は使わない方がいい」とのことだった。


 そんな訳で基本的には敵船に移乗しての白兵戦――というのが海戦における主な戦術だ。

 というよりガレー船には多くの荷物が積めないから、敵船を拿捕して物資を奪う必要がある。その為には白兵戦が一番効率が良い、とのことだ。


 ――おい、それじゃ俺が海賊だよ。ミイラ取りがミイラだよ、と思うが仕方が無い。


 あとは訓練が必要な理由の一つとして、漕ぎ手の体力の問題がある。だいたい全力で漕ぐ事が出来る時間は、約三十分。その間に接舷して敵を仕留めなければ、あとはグダグダだ。逃げるにしても風がなければ辺りを漂うしかない。

 場合によっては戦闘要員と漕ぎ手を変えて移動する手段もあるが――その場合は練度が落ちるだろう。

 ちなみに漕ぎ手も、ある程度は剣が使える。だからいざという時には重要な戦力だ。


 俺は小さな望楼に上り、戦況を見ている。退屈したディアナが頭蓋骨を撫でながら、「火球の魔法をぶちかませば、一隻くらい沈められると思うよ、フヒヒ」と笑っていた。

 

 確かに魔法は強力だ、しかし訓練では試し様が無い――と思ったがやってみよう。丁度良いところに廃棄された船が浮いている。


「ディアナ。あの沈みかけの船に火球の魔法をやってみてくれないか?」


「いいよ、暇だし」


 ディアナは頷き、呪文を唱え始める。


「イル・イル・メイレン――異界の王よ、我が魔力を喰らいて力を示せ。あまねく亡者どもを統べる力、今こそ行使せよ」


 船の上にボンヤリと炎の球が生まれた。それは小さな太陽といった風で、ジリジリとした熱を船上へ運ぶ。


「ディアナ、これヤバくないか? 船が燃えたら、帝国政府から請求書がきちゃうぞ」


 ディアナは両手を頭上に掲げ、目を瞑っている。いわゆるトランス状態というのだろうか。俺の声は、一切届いていないようだ。

 頭上の火球が周囲の空気を巻き込み、更に大きくなった。恐ろし気な“ゴォォォォ”という音と共に、揺らめいている。


「イル・イル・メイレン――契約は結ばれた。業火をもって我が敵を焼け」


 ディアナが高く掲げた腕を下ろすと、大きな火球は俺の指定した廃棄船へと向かってゆく。

 朽ちかけた船は炎の球に飲み込まれ、一気に燃えた。炎は水でも消えないらしく、海面でなおも赤々と輝いている。


「ふぅ……アレク。集中してる時に話しかけないでよ。アレがこっちに落ちちゃったら、どうにもならないからね」


 黒いフードを肩に下ろし、額の汗を拭いながらディアナが言う。 

 凄まじい威力の魔法を見せられて、俺は身震いした。


「これは……凄いな」


「そういうけど、魔法は探知されるよ。だから敵にボクと同程度の能力者がいれば、今の魔法を察知して回避するのも容易いさ。ふぅ……疲れたら眠くなったよ。じゃあね」


 ディアナは船室に引っ込み、すぐに眠ってしまった。

 どうやら、疲れたら眠れるんじゃないかと思ったらしい。

 腹が立つので、こんど彼女から頭蓋骨をとり上げてみようと思う。嫌な夢を見ろ。震えて眠れ。

 

「おい、アレク! なんだ今のはっ! あたし達を黒こげにする気かっ!」


 戦闘訓練でティグリスと戦っていたテオドラが、剣を放り投げて怒っている。ティグリスは肩を竦めて笑っていた。

 アントニアは別に一隊を率いて、こちらの船に乗り込んでいた。これをヴァレンスが迎撃し、一騎打ちに持ち込んでいる。


「ミネルヴァ、頼む」


「はい、ご主人さま」


 俺は側に控えるミネルヴァに声を掛けた。予備兵力のうち十人程をミネルヴァと共に投入し、ドムトにぶつける。

 テオドラが騒いでいる隙に、ドムトへぶつけたミネルヴァが彼の剣を叩き落とした。


「テオドラ! 敵船を拿捕せよっ!」


 俺の言葉にハッとしたテオドラは、「は、はい! 提督プラエトル・ナーワリース!」と言って俺に敬礼を向ける。まったく、この一ヶ月で不思議な関係になってしまったものだ。


 ◆◆


 勅命を受けた直後は、どうしようかと色々悩んだものだ。

 とりあえず賢者の学院を休学したら、ディアナとティグリスとアントニアが付いてきてくれたのは有り難かったが。


 ただ、それでも俺は海戦の素人。だからガブリエラにヴァレンスを借りに行った。すると彼女は快く「おれも行く」とニコニコしていたものだ。

 これに関してはテオドラとミネルヴァが協力して暴れるガブリエラを縛り付け、大人しくさせた。

 流石のガブリエラも、この二人を相手にすると勝てないらしい。その後しばらくの間、また口をきいて貰えなかったけれど。


 それでもガブリエラはヴァレンスを貸してくれて、ヴァレンスも快く俺に協力してくれている。

 だからこの艦隊の指揮官は確かに俺だが、実際に運用しているのはヴァレンスと言っても過言ではないだろう。


 それから情報も集めた。

 敵となる海賊が一体何であるのか? 目的は何か? などなど。

 

 まず海賊の正体に関しては、あまり悩まずに結論が出た。

 マーモス島の辺りは東からの航路も南からの航路も、帝都に入る為には最短距離となるらしい。小さな島が入り乱れてある為、潮流が複雑だという。

 だから帆船よりもガレー船の方が便利で、その扱いに長けた現地の男達が海賊になっていったらしい。

 また現地には産業らしい産業が無く――強いて言えば漁業と農業だが、ともかく豊かではなかったそうだ。その辺も彼等の海賊化に拍車をかけたようだ。


 こうなると、単純に討伐する訳にはいかない――というのが俺の考えとなった。

 基本的には現地住民が海賊とイコールだからだ。

 とはいえ南方から魔法のどんぐりを運んでくる商人や東方からの貴重な香辛料など、彼等は略奪して闇市に売り利益を上げているという。そのせいで航路そのものが存続の危機、とのことだ。

 当然、これを放置する訳にはいかない。放置すれば、この地域一帯が壊滅するだろう。

 

 つまり、俺がやるべきことは二つだ。

 軍事指揮官としては彼等に勝って罪を裁き、住民として帰順させること。

 領主として独自の産業を興し、彼等が二度と海賊化しないよう導くこと。


 ――――


 季節は十一月に入っていた。

 世間では冬支度を始めている。冬の海に出るのは、誰もが危険だと反対をした。

 旗艦の会議室でミネルヴァに入れてもらった茶を飲みつつ、俺はマーモス周辺の地図を見つめている。

 旗艦といっても二隻しか無い艦隊なので、どうでもいいのだけれど。


「マーモス周辺には三十もの島がある。その一つ一つに海賊団がいると考えれば、最低でも敵の数は三千――」


 俺は地図の上に指を這わせて、マーモスを囲む様に点在する島を示した。


「三千の兵で一個軍団を潰走させたとなれば、敵にも中々の将がいると考えられるけれど」


 肩にかかる銀髪を払いのけ、ミネルヴァも地図を覗き込む。


「三千で一個軍団に勝つのも、地の利を活かせば難しいことじゃねぇ」


 テオドラが人差し指を地図に当て、「ほら、ここなんか船はせいぜい二隻しか通れねぇだろ?」と言っている。


「ああ。海戦に馴れてる男達なら、陸の兵が何人いても大丈夫だ」


 腕組みをしたまま、ヴァレンスが言った。最近は無精髭を延ばして、よりワイルドだ。だけどそんなことより、頭が天井に付きそうだぞ。お前は大き過ぎる。


「ミネルヴァ。俺にも茶をくれ」


 ティグリスがカップを持つ仕草をした。足もテーブルの上に投げ出している。コイツは貴族嫌いの最先端にいる男だから、テオドラと同じ部屋にいるのが嫌なのだ。だからあえて、こんな風に振る舞っている……と思う。


「は? 私はアレクシオスさまの肉奴隷。だから他の男に出す汁は無いわ」


「汁? それは茶じゃないのか?」


 ティグリスが目を白黒させている。


「茶……とも言うわね。だけどこれは私の色々な結晶。アレクシオスさまにしか飲んで欲しくないわ。恥ずかしいもの」


 うん……ミネルヴァの言い方が酷い。なんだか俺がミネルヴァの何かを飲んでいるみたいだ。テオドラが白い目で俺を見る。


「あたしは別に奴隷が何人子供を産もうが構わねぇけど……でも筋が違うんじゃねぇか、アレク。そういうのはまず最初にあたしに言うべきだろう。汁がなんなのかよくわかんねぇけど、あたしだって……」


「いや、テオドラ! そういうんじゃないから!」


 ディアナは「フヒヒ」と俺の隣で笑い、「ボクにもミネルヴァ汁ちょうだい」と言っていた。変態的な笑みを浮かべているところを見ると、ディアナはミネルヴァの美貌をかなり気に入っている。

 どういう訳かミネルヴァもディアナには優しく、「普通のお茶よ」と伝えていた。

 これは二人のイチャラブ、期待できるかもしれませんなぁ。デュフフ……。


「そんなことより、どうするの? 早く出発しないと、勅命が下ってから一月。今までは訓練と称して引き延ばせたけれど、これ以上は大変よ」


 アントニアが顎に指を当てて言う。確かにその通りだ。


「そういうがアントニー。これから冬になる――となると海は荒れるし戦にならんぞ」


 ティグリスが頭を掻きながら言った。「困ったことに」と付け加える。


「いや、出撃しよう。機は熟した。これから海が荒れる、今この季節を待っていたんだから」


 俺は笑って立ち上がる。

 この戦いは、ただ勝って終わりではない。

 占領し、同化させ、支配してゆく必要があるのだ。

 その為にも、今を逃してはならない。

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