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勅命

 ◆


 テオドラがドレスの裾に切れ目を入れて、引き裂いた。白い太ももがチラリと見えて、周囲の男達が息を飲む。


「……さっきとは違う、本気でいくぞ」


 え? さっきは手を抜いていたの? いやいや……ちょっと待って。まともにやり合ったら、勝ち目は無い。俺はテオドラを正面に見据え、二歩、後ずさる。


 考えろ――俺。

 

 テオドラの間合いで戦えば、電光石火の突きをかわす事は困難。だったら、最初から攻撃の届かない場所にいる他ない。

 メディアのように、回復魔法で足を縺れさせるか……?

 いや、無理だ。彼女に比べれば、テオドラの方が明らかに優れている。その程度で崩れるなら、誰も苦労しない。


 俺は考え、そして何とか思いつく。

 罠を二重に張れば、あるいは――。


「土よ――」


 口元を隠し、覚えたての呪文を唱える。左後方の土が少しだけ盛り上がった。高位の魔術師が扱えば、極太の岩を隆起させることも出来る魔法だ。

 しかし俺の実力では、これが限界。もっとも、用途はテオドラの足を引っ掛ける為――十分だ。


 テオドラはきっと、先ほどと同じ攻撃をするつもりだろう。というより、そうでなければ勝ち目は無い。

 俺は何事もなかったかの様に構え、「お手柔らかに」と伝える。


「無駄のねぇ構えだ。教科書通りってやつだな」


「どうも」


「だけど圧は感じねぇ……いくぞっ!」


 思った通り、テオドラが突っ込んでくる。圧倒的に速い。踏み込みだけなら、ガブリエラを凌ぐかもしれない。

 だが――余りにも直線的だ。避ける時間は無いが、凌ぐ手は考えてある。


「水よ」


 俺は左手を翳した。指先から僅かの水が飛散し、テオドラ目掛けて飛んでゆく。


「くっ! てめぇっ!」


 一瞬だが眼を瞑り、剣を横に振ったテオドラ。次の瞬間、俺は左後方へ飛んだ。

 即座に俺を追おうとした所で、テオドラの足が縺れる。俺の作り上げた罠に足を取られたのだ。

 視界を奪われたまま方向転換して、足下を見る事が出来なかったのだろう。それでも僅かにバランスを崩しただけなのだから、恐ろしい運動神経だ。


 しかし――その程度の隙でも十分。

 彼女の剣先を払いのけ、俺はテオドラの首筋に剣をピタリと付けた。

 俺だってけっこう強いのだ。予想通りに動く相手なら、この程度のことは出来る。


「き、汚ねぇぞっ!」


 ま、テオドラさまの仰る通りだが……。


「私はこれでも賢者の学院に通う魔術師でして……剣術だけで勝負しては、とても姫には勝てませんので」


「だからってこんな戦い方っ!」


「姫――実戦では一度の敗北が死に繋がります。姫は“戦え”と私に言った。戦とは、そういうモノではないのでしょうか」


 左目を袖で拭いながら、テオドラは地面の隆起を右足で蹴散らしている。


「確かに、そういうものだ……あたしが悪かったよ」


「ご賢察、痛み入ります」


「ふん――ま、いいさ。強い男は嫌いじゃねぇし、お前の子供を産んでやらぁ」


 いや強いなんて、それは買いかぶり……ん? 何を言い始めた、この姫は。

 俺は無言で踵を返すと、腕組みをしたまま固まっているガブリエラに目を向けた。彼女の顔は蒼白だ。俺が負けるとでも思っていたのだろう。

 なんだかんだ言って、俺が心配だったらしい。親友だからな。


 ガブリエラに跪き、微笑んでみせる。


「閣下の武名に傷を付けずにすみましたようで、安堵しております。では、これにて」


 ガブリエラは腕組みを解くと、ぎこちない動作で俺の肩に手を乗せた。


「なんでテオドラがお前の子供を産むんだ? おかしいだろう?」


 見上げると、ガブリエラが引き攣った笑みを浮かべている。どうした?

 

 テオドラは剣を納め、胸元を手でパタパタと扇いでいる。


「さあ? じゃ、俺はこれで……」


 俺はさっさと、この場を離れようと思った。何やらガブリエラとテオドラの視線がぶつかって、中空で火花が散っている。


「強い男の種なら、強い子が産める」


「おかしいだろう、皇女と騎士爵だぞ?」


「それがどうした、お前だって公爵家の女だろう? アレクシオスを独り占めにしようとでも企んでいたのか?」


「なっ! ちがっ!」


 ガブリエラが俺から剣をひったくり、テオドラに詰め寄った。

 流石にこれはマズイ。公爵令嬢といえども、皇女に無礼を働けばどうなるか――。


「ガブリエラさま! おやめ下さい! 皇女殿下もお戯れが過ぎますっ!」


「戯れじゃねぇよ! あたしは平民の子だ。騎士の子を産んだところで、何の問題もねぇ!」


 テオドラが灰色の瞳を俺に向けた。赤銅色の長い睫毛を上下に揺らし、ゆっくりと瞬きをしている。

 再び剣を抜いたテオドラが、ガブリエラを相手に隙の無い構えを見せた。


「そもそも初代の皇帝は、誰よりも強かったから皇帝になった。逆に言えば誰よりも強くなければ、皇帝なんかなっちゃいけねぇんだよ! それが世襲だと? 笑わせらぁ」


「アレクを政治的に利用するな……不愉快だ」


 ガブリエラも構えた。テオドラの剣先と刃をカチリと合わせ、挑発している。


「アレクシオスをあたしから守ろうとしてるのか、ガブリエラ・レオ? だけどよぉ、あたしは美人だろ? アレク自身はどうなんだい――ヤリたいかヤリたくないか? しかもあたしは純潔おとめだぜぇ?」


 俺はガブリエラとテオドラを交互に見て、指をくわえた。

 気持ちとしては、君達二人がイチャイチャする姿を見たい。だからここは、正直に言おう。


「私にとってテオドラさまは、物陰から見守るべき存在です」


「ブフォッ! フラれたな! テオドラ姫っ!」


 一瞬の沈黙の後、剣を握ったまま口元を押さえ、ガブリエラが盛大に吹いた。


「じゃあ、じゃあ、ガブリエラならいいのか! あたしよりコイツがいいってのかっ! 言え、アレクシオスッ!」


「いいえ、テオドラさま。私にとってはガブリエラさまも、物陰から見守るべき存在――いや、むしろお二人が仲睦まじくあるなら、それを物陰から見守り隊なのですっ!」


「ブフォッ! ガブリエラ、ざまぁっ!」


 今度はテオドラが吹いた。ガブリエラが四つん這いになって、地面を両手でダンダンと叩いている。


「――テオドラ姫。アレクはさ、大体いつもあんな感じなんだよ……だから諦めろって」


「そ、そうは言うけどよ、少なくとも、あたしは今の貴族どもに何の魅力も感じねぇんだ。それでも皇女として子を成さなきゃならねぇから、それならって思っただけなのによぉ……けど……フラれるとかは考えてなかった」


 目を伏せたテオドラは、少しだけ悲しそうだった。

 それから暫くして、再び剣を納めたテオドラが言う。


「でもあたしに勝った以上、褒美はやらねぇと……」


「いや、そんな。別にいいですよ」


 俺は両手を振りながら、ガブリエラに助けを求める。「まあ、気が済まないんだろ」と、彼女は一定の理解をみせていた。

 テオドラは頷き、話を進める。

 

「あたしには領地がある」


「はあ」


 いきなり何を言い出すのか、よくわからないが俺は改めて皇女殿下に跪く。ガブリエラは眉を顰めながら、「そりゃ、あるだろうよ」とブツブツ言っている。


「南の島だ、マーモスという名の。あたしに勝った褒美に、これをくれてやる」


 ◆◆


 テオドラに勝ってしまった俺は、時の人になったらしい。それもこれも彼女が「俺の子を産む」なんて宣言したせいだ。

 しかもテオドラが「フラれたけど頑張る!」と自由奔放な発言をしたせいで、俺は妙に悪人である。


「テオドラ姫、本気っぽいな……」


 ガブリエラは目をパチパチと瞬いて、額に手を当てていた。

 結局あの後「何だか熱っぽい」と言うガブリエラに従って、俺も帰る事となった。


「領地のことか?」


「それもだけど……」


 帰りの馬車の中でガブリエラは口数も少なく、たまに「あ……」とか「うー……」とか言って、俺を殴りつけてくる。


「なんだよ、ガブリエラ」


 いい加減殴られるのも辛くなったので、隣に座るガブリエラの腕を掴んだ。侍女は俯き、「見ません、見ません、今、二人がキスしたって私は何も見てません」と言っている。ウザイ。


「お前、皇女と……その……するのか?」


「するって、何を?」


「子供……テオドラが産むって」


「そんなの、出来るわけないだろ。相手は皇女で俺は騎士爵――身分の違いは歴然だ」


 俺の言葉で嬉しそうに笑うガブリエラは、妙に可愛い。


「そ、そうか。ところでアレク。お前は子供、欲しいのか?」


「は? そんなこと、考えてもいないよ」


「そ、そうか。もしもどうしても欲しかったら、おれに言えよな。おれだって親友の子供なら見たいし、可愛いと思うだろうし……」


 そっぽを向いたガブリエラが、ボソボソと言っている。


「お前に言うと、どうなるんだ?」


「そ、それは、だな! お、おれが頑張ってもいいかもしれない――なんて思わなくもなくて……あ、でも、どうしても欲しい場合だからな! 遊び半分とか、そういうのは駄目だぞ!」


 ――ガブリエラは何を言ってるんだ? 間違っていなければ、コイツは俺の子供を産んでもいいと言ってるのか?

 だけどやっぱり馬鹿だな。身分差を考えれば、皇女も公爵令嬢も変わらない。何しろ俺は騎士爵だ。高貴な女性を妊娠させたりなんかしたら、間違いなく死刑になる。

 皇帝が平民や奴隷を孕ませても問題無いが、逆は大問題なのだ。その辺、二人にはもっと理解して欲しい。


「それはそうとガブリエラ。マーモス島って交易路からも外れて、海賊が出る場所じゃなかったっけ?」


「ああ――そう言えば、ヴァレンスから聞いた事のある名前の島だな」


「なんか嫌な予感がするんだけど……」


「ど、どうせアレだろ! その島でイチャイチャしようとか、そういう理由だろ! ああ、クソッ! 断れよっ!」


「いや――領地は欲しかったところなんだ。色々と思うところもあって……」


 ガブリエラの機嫌が急降下してゆく。


「ふんっ! なんだかんだ言ってテオドラ、美人だもんな! アレクも男だもんなっ!」


 こうして口をきかなくなったガブリエラは、自宅へさっさと帰っていった。

 馬車から降りた俺は厩舎で待っていたプリウスの頭を撫でて、「なんか俺、悪い事したか?」と問いかける。

 

 “ブルル”


 頭を左右に振るプリウスは、「シラネ、そんなことより早く帰ろうぜ」と言っているようだった。


 ――――


 翌日、宮廷から急使が我が家にやってきた。曰く――勅命が下る、とのこと。

 一介の騎士爵に皇帝から勅命が下るなんて、滅多にない事だ。

 俺は衣服を整え、すぐに宮廷へ向かうことにした。


「昨日、テオドラと戦ったことが皇帝の耳に入ったのでは?」


 ミネルヴァが溜め息混じりに言う。


「だから勅命と称して、俺を殺そうとしている?」


 俺の剣を差し出しつつ、ミネルヴァが頭を左右に振る。


「さあ……分からないけれど、油断はしないで」


「大丈夫だよ。俺を殺すつもりなら、邸を囲んで火を放てばいいだけなんだから」


 クラミスを肩で留め、姿見で全身を確認。身嗜みは整った。流石に皇帝に会うのだから、騎士爵としてまともな格好をして行かなければ。

 とはいえ、急使を待たせたままだ。準備が済むと、俺は慌てて家を出る。


「全員が女奴隷とは、お盛んですな」


 馬上で急使にこんな事を言われ、頭を掻く俺。


「いや、誰にも手なんかつけてませんよ」


「ですが今後は身を慎みなされよ、テオドラさまの癇気に触れぬよう」


「だから……誰にもと……」


 俺の話をまったく聞かない急使は、五十絡みの禿げたおっさん貴族だ。

 だがテオドラの名前が出るところをみれば、今日の件が彼女絡みであることも理解できる。

 俺は皇帝の用件が何なのか、急使に尋ねてみることにした。


「皇帝陛下が私ごときに勅命を下されるとは、如何なることでございましょうか?」


「はは……昨晩テオドラさまより、領地を賜ったでしょう?」


「はあ……テオドラさまのご冗談でなければ」


「冗談など、仰る方ではない――なれど、あの地には海賊がおりましてな」


「ほう?」


 俺は小首を傾げてみせた。ここまでくれば、勅命が海賊の討伐であることは明白だ。これ以上聞く必要もないが――しかし笑みを浮かべる急使は、喋りたそうな様子。せっかくだ、彼の知っている情報は全て話してもらおう。


「つまり勅命というのは……」


「然様――それを討伐させようと云うのが、陛下のお考え。何より姫が貴殿に執心なのだ、武功を与えようとの思し召しでもあられよう」


「なるほど……すると私の武勲次第ではテオドラ姫が降嫁なさることもあり得る、と?」


「うむ。しかし、これは言う程簡単ではありませんぞ、アレクシオス卿。先年など一個軍団の討伐軍がマーモスに向かいましたが、結局は散々にやられております。当時の指揮官は処刑され、軍は解体。その後は誰も手を付けられずにいたところを、テオドラ姫が領地となさった――という経緯」


「――となると考えようによっては、私を死地に追いやるおつもりやも、と?」


「さあ、そこまでは存じませぬなぁ。とはいえ、もはやマーモス島そのものも海賊の拠点という状態なのは間違いありませぬ」


 ヌメリとした笑みを浮かべ、急使は言う。その表情は嫉妬と優越感が混ざり合い、不気味な化学反応を起こしていた。

 俺は前を向き、大きな宮殿の金色に輝く屋根を見つめる。


 海賊の拠点か、厄介だな。

 だけど帝都にいれば、クロヴィスやユリアヌスの目が常に俺を監視するだろう。

 討伐という話が事実なら、俺にはある程度の纏まった兵力が預けられる――ということ。

 もとより拠点は欲しかった。

 ガイナスを救出するにも自らの安全を確保するにも、相応の兵力が必要だ。それを養う拠点も無くてはならない。

 急使の話が全て事実なら、俺にとっては渡りに船だ。


 俺は急使に先導されつつ、宮殿の門を潜る。そこから広大な庭園を抜けると、一際大きな建物があった。何本もの円柱が立ち並び、極彩色の壁画で彩られた皇帝の居城である。


 ここで馬を下りると、広く長い階段を上がるよう促された。

 この建物の二階部分に露台バルコニーがあって、そこから皇帝は普段、出征する兵士達に声を掛けるのだ。


 そんなことはどうでもいい。

 階段を上りきった先では、磨き抜かれた大理石の床が朝日を反射していた。


 ここから先が謁見の間だ。普段は外国の使節や四公爵に会う場合など、儀礼的な時に使う。もちろん勅命を下す場合もだが、たかだか騎士爵に勅命を下すことそのものが異例のことと云える。


「ふん、下級貴族が……うまくテオドラさまに取り入りおって」


「そうとも云えまい。出征したらその先で死ぬこともあり得る。陛下とて、娘を騎士爵ごときに降嫁なさりたくはあるまいし」


 廊下を歩く貴族共が、俺の顔をチラ見して噂をしている。男の嫉妬は見苦しい。

 俺は彼等を無視して入り口を見据えた。


 入り口の横には二枚の赤い垂れ布が飾られているが、壁は無い。ただ白い円柱が立ち並び、金色の屋根を支えている。

 さらに奥に行くと壁があるようだが――それは皇帝とその家族のプライベートな空間なのだろう。行く事は出来ない。

 とりあえず俺は、入り口の左右に飾られている垂れ布を見た。双頭の鷲と、「SPQA」という文字が書かれている。


「セナートゥス・ポプルスクェ・アルカディウス」


 俺は口に出して読み、意味を考える。

 意味は元老院とアルカディウス市民――つまり皇帝は原則として、民に選ばれた存在である――という名残だ。


 ――ここに到着してから、どれほど待たされただろうか。

 周囲を警護する騎士の欠伸を噛み殺す回数を十五回ほど数えたとき、ようやく俺の名前は呼ばれた。

 

「アレクシオス・セルジューク騎士爵、御入来!」


 御入来ってさ……まるで俺が偉い人みたいだ。


 足を進めて中に入ると、正面には大きな椅子に座った男が一人。左右に五人ずつ、人を従えている。

 足下には赤い絨毯が敷かれていたが、質はあまり良くない。くるぶしまで届くほど毛の長い部分もあれば、カピカピに固まった部分もある。

 まあ――あまり考えたく無いが、固まっているのは血だろう。ここで命を奪われた者の数は、今まで百人以上はいるのだから。

 

 通路の左右には、それぞれ文官と武官が別れて立っていた。向かって右が武官で左が文官だ。右側の列にガブリエラがいるので、間違いないと思う。

 

 俺はゆっくりと進み、皇帝から五メートルほど離れた場所で跪く。これは身分の距離でもあるらしく、俺の立場でこれ以上近づけば即座に殺される。


「面をあげよ、セルジューク騎士爵」


「初めて御意を得ます、皇帝陛下」


 顔を上げると、皇帝の横に立ち不敵な笑みを浮かべる女がいた。テオドラだ。

 昨日とはうってかわり、髪も真っ直ぐに整えている。しかし剣と鎧を装備して、その上からトガを羽織っていた。明らかに軍装だが、皇帝の護衛のつもりだろうか?


「さっそくだが、勅命だ。五百の兵と軍船二隻を与える。これをもって、マーモスに蔓延る賊を討伐せよ」


「御意」


「ああ……テオドラの約した領地の件だが……切り取り次第だ。悪いが今、かの地には代官もおらぬ。そもそもそれが故に交易も滞っておるのだ」


 俺は交易と聞き、耳をピクつかせてしまったらしい。


「むろん、見事かの地を治めること叶えば、交易の利権と合わせて子爵程度の税収は生まれよう。子爵とならば、我が娘を与えても良い。ま――我が娘を娶れば、侯爵にもなるか」


“ガタッ”


 武官の列から音がした。見ればガブリエラがよろけている。


「陛下――恐れながら昨夜の件は姫のお戯れかと。陛下には既に過分な恩寵を賜り、騎士の爵位を頂きました。これ以上は何も望んでおりませぬ。ご下命とあらば賊の討伐はお引き受け致しますが、昇爵は不要に存じます」


「……ほう? そちは無欲よな。良かろう、前へ。我が剣を授ける」


 俺は頭を垂れ、数歩前に出て剣を授かる。

 この剣によって「賊の討伐」に関する限り、俺に逆らうことは誰も出来なくなった。


「励めよ、連隊長ピルス・プリオスアレクシオス・セルジューク」


 それにしても、一個軍団が負けた相手に連隊規模で戦えなんて酷い勅命だ。褒美をちらつかせていたけど、結局は死んで来いって言ってるに等しい。


「それから――」


 皇帝の言葉が続く。まじまじと顔を見る事は出来ないが、どうやら精悍な顔つきをしたおっさんのようだ。テオドラの手を握り、頷いている。


副官プリミ・オルディウスとして我が娘――テオドラを連れて往け。剣に覚えのある娘だ、役にも立とう」


「は?」


 皇帝の声に、甲高い声で反応した者がいた。

 どうやら第六軍団長、ガブリエラ・レオさまのようだ。

 さっきからよろけたり文句を言ったり、いくら四公爵の娘だからってやり過ぎだろう。


「陛下! それはおかしい! どうして騎士爵の指揮下に皇女が入るのですか!」


「うむ……だがな、テオドラには軍務の経験が無い。それに惚れた男との初陣なら、励みにもなろう」


 皇帝の考えが理解できないな。

 いや――いっそテオドラが死んでもいいのか。今のところ姻戚関係になりたい家臣も無く、外交上も必要ない。となれば娘なんて邪魔なだけかも。


「じゃあ、おれも一緒に行きます!」


 しかしガブリエラは、おかまいなしだ。おれも一緒に行くってなんだ? 


「なんでだ、ガブリエラ・レオ!」


 階から降りて、テオドラがガブリエラを睨む。


「てめぇは軍団長という重責を放り出し、セルジューク騎士爵と共に行くってのか? 馬鹿も休み休み言いやがれっ!」


「そっちこそ、僅か五百では兵が足りない! 第六軍団として協力を申し出る! そもそもセルジュークの兵は第六軍団にある! 再編するにしても中核となるのは我が軍団だ! それにおれがいれば百人力だ!」


「それは陛下に勅命に対する苦言か? 第六軍団を動員しなきゃ勝てねぇと、そういうことか? それはアレクシオス卿に対しても失礼だろぉがっ! あと――てめぇ、そんなにアレクシオスの側にいたいのか?」


「そ、そう言う訳じゃないが……」


 テオドラに捲し立てられ、ガブリエラは引き下がった。悔しそうに両手を握り、下唇を噛んでいる。

 まあ、一個軍団で勝てなかった敵に勝つ――と考えたら気も重いが、きっと何とかなるだろう。

 そもそも兵力が多くても、海上では活かせない。何より補給が大変だ。

 だとすれば、逆に五百という兵数は丁度いいかもしれない。ポジティブに考えることにしよう。

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