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小さな軍閥

 ◆


 アルカディウス歴一〇五三年九月三十日、今日はアントニア・カルスが釈放される日だ。

 俺が学院に入学してから経過した時間は、未だ二十日あまり。それなのにやたらと濃い時間を過ごした気がする。

 そもそもディアナ・カミルが楓川みたびでなければ、くだらない権力闘争になんか首を突っ込むことも無かっただろう。言い方は悪いが彼女がみたびでさえなければ、幽閉されたままだろうと誰の妻になろうと、俺の知ったことではないのだから。


 それから学長のウルバヌス・ランスにも、こってりと絞られた。

 何しろ、強引にこちらの味方へ仕立てたのだ。今まで絶妙に均衡を保っていたつもりの大魔術師にしてみれば、面白くなかったはず。

 とはいえ彼はディアナの味方だし潜在的に反体制派だから、多少は痛快だったのかもしれない。


「――まったく、貴様という男は! じゃが、ふはは、まあ良かろう。帝室も教会も好かんしのう……よって旗色を明かしても、今更構うまい。旗頭になどはならんがのぅ……そんなことよりじゃ! わしがあと五十歳若ければディアナを妻にしていたものを! もしくはガブリエラ! ぬう、口惜しや! どちらも貴様の女とはっ!」 


 もちろんエロじじいなので説教は途中から、明後日の方向へ向かっていったが……。

 

 もっとも……俺の魔法の成績に関しては酷いものだ。底辺のさらに下といったところだろう。小学生が大学院に入ったようなものだ。

 例えば火の魔法で云えば、皆の最大出力がキャンプファイヤーなのに対して俺はライター。水なら放水車クラスの者が最優秀だとして、俺は穴の詰まった水鉄砲――といった具合に。


「サバイバルなら問題無いよ、小さな火でも十分。水だって、一日に二リットルくらいは作れるさ。フヒ、フヒヒ」とは、師匠であるディアナの有り難いお言葉だ。


 ――ま、そんなことはどうでもいい。


「はぁ……」


 溜め息と共に俺は今、夕暮れ時の朱色に染まる空を見上げている。それから庭の木立に寄りかかって、蜂蜜水を口に含んだ。

 何しろアントニー釈放記念の祝宴をやるとティグリスが言い出し、ガブリエラが乗っかった。会場が我が家に指定されてミネルヴァは怒ったが、しょせん彼女は奴隷身分。「黙れ、クズ!」とガブリエラに罵倒され、嬉しそうに従っていた。


 そんな訳で俺は大人しくティグリスがアントニアを連れてくるまで、こうして待っている。

 もちろん、ずっとサボッていた訳じゃない。部屋の椅子を並べ替えたり、台を中庭に集めて、料理を乗せるテーブルを沢山準備したりと……きちんと手伝った。しかも主に力仕事だったので、今はもうヘトヘトなのだ。だからこうして、少し休んでいる。


 建物に目を向けると、硝子の無い窓から明かりが漏れていた。中では奴隷のリナ、ルナと共にメディアが料理を作っていた。だいたい家事は彼女達に任せておけば良い。おいしい料理を作ってくれるし、時間配分もばっちりだ。今日はミネルヴァも手伝っているようだが、彼女はあまり役に立っていないらしい。


「こ、これはご主人様に折檻してもらわないと……」


 嬉しそうなミネルヴァが鞭を持って時々現れるが、それは全て無視することにしていた。


 ガブリエラは、剣聖と称されるセルティウスさんと剣の稽古に励んでいる。当然ながら彼女には祝宴の準備を手伝うという思考はないらしい。俺の視界の片隅に、裂帛の気合いを叫ぶ彼女の姿が映っていた。


「てりゃーっ!」


 鋭い突きを放つガブリエラを、半身になってかわすセルティウス。

 剣聖がそのまま踏み込んで半回転、銀光は半月を描いてガブリエラの首筋を狙う。一瞬の後にはガブリエラの頭が宙を舞うかと思えた。それ程に鋭い剣の一閃だ。

 だが、ガブリエラも早い。素早く引いた剣を立て防御すると、鋭い刃鳴りの音が響く。


“ギィィィン”


 今までのガブリエラだったら、ここで負けていただろう。そもそも剣を引くことなど出来なかったはず。いや、むしろ突きがフェイントだったのだろうか?

 口元に笑みを浮かべた彼女は、そのまま力任せにセルティウスの剣を弾き飛ばした。


「はっはっは! 歳をとったな、じいっ、おれの勝ちだ!」


 剣を弾かれたセルティウスは素早く後退し、腰の後ろに装備した短剣を構える。しかし「ふむ……」と一言発し、口元を綻ばせた。


「なんの、剣を一本弾いただけで勝ったなどと、戦場を甘くみてはこまりますぞ、姫。とはいえ――荒削りではありますが、その力は努力の賜物。更なる磨きをかければ、姫は世界最強の剣豪になれるやもしれませんな」


「当然っ! おれこそが最強だっ! さあ、もう一本っ!」


 額の汗を袖で拭って、ガブリエラが再び剣を構えた。あまり見ていると、俺も稽古に参加させられそうなので目を逸らす。

 だが、目線を逸らした先には陰気そうな美少女が立っていた。ディアナだ。彼女は純白の衣服に玉の汗を輝かせるガブリエラに冷笑を送り、手に持った銀杯を呷っている。


「この暑いのに運動なんて、よくやるよ。前世も今世も脳が筋肉なんて、ガブリエラも面白いよねぇ。フヒヒヒ……ボクなら耐えられない……」


 そう言うディアナは、真っ黒いローブを頭からすっぽりと被っていた。もうすぐ十月で秋の足音も聞こえてきそうだが、まだまだ夏の残滓は残っている。それなのに見ているだけで汗をかきそうな服装をして、よくもガブリエラのことが言えるものだ。

 しかし左右で色の違うミステリアスな瞳を向けられると、邪険に出来ない。やはり美人というのは三割増で人生を得するんだろうな。


「そういうお前は、前世も今世もマッドなサイエンティストまっしぐらだろ?」


「酷いね、その言いよう。ボクは単に、人の命を救いたいだけさ。だけどその為には、人の中身を知らなきゃいけない。だから死体を必要としているだけでさ……フヒヒヒ。そもそもボク達が生きたあの時代の日本の医療が最高峰だとでも? 違うね……本当の医療とは、外科的な治療によらないもの……生命の根源を知らなければ、人の人たる所以も治癒の在処も分からない……」


 ユラユラと揺れながら、ディアナが近づいてくる。何やら動きが怪し気だ。手に持った杯を愛しそうに見つめ、コクコクと喉を鳴らして中身を飲んでいる。


「んまいねぇ……フヒヒヒ」


「お前、何を飲んでるんだ?」


「魔法のジュースら」


 ろれつもおかしい。俺はディアナから杯をとり上げた。酒臭い。


「や、やめろぉ! それはボクの命の水らろ!」


「酒だろ? 飲むなとは言わないけど、まだ早い」


「大丈夫ら、この世界に年齢による飲酒の制限はない。あったとしても合計で二十歳を超えているろ」


「はぁ……やっぱり酒じゃないか……」


 どうやら彼女は、蜂蜜水に酒を入れていたようだ。

 面倒だな、ここにいるとガブリエラかディアナ、どちらかに捕まってしまう。さっさと移動しよう。あと、酒をこれ以上ディアナに飲ませるのもマズイ。


「あ、待てぇ、そして命の水を返せぇ。ボクの話はまだ終ってないし、それも飲み終わってないろぉ」


「返さない。今日はアントニアが釈放される祝いなんだ。それなのにテイグリスがアントニアを連れてくるまでにお前が酔っぱらってたら、おかしな話だろ。何しろ元凶なんだから」


「そーらけろー、全部ボクのせいにされても困るろ」


 うん、これは既に酔いが回っている。ますます酒は返せない。

 というかコイツ、医学の話をしている時はまともだったのに。今はピョンピョン跳ねて、何とか酒の入った杯を取り返そうとしている。


「困っているようだな……女の相手に」


 大きな手が、俺の顔の前に差し出された。背の高い男が、杯を渡せと手を動かしている。

 確かにコイツへ渡せば、ディアナが幾ら飛んでも跳ねても届かないだろう。

 男の名は――スクァルス・ヴァレンス。かつては鮫のヴァレンスと呼ばれたが、色々あってレオ家の戦奴となった。

 ヴァレンスは俺よりも十センチ以上の上背があり、体重なら二十キロは重いであろう。

 彼は、「祝いだ」と騒ぐガブリエラに連れて来こられたのだとか。けれど、ずっと俺の側にいる。

 とはいえ今は丁度いい。杯をヴァレンスに預けることにした。これで、ディアナにくっつかれる心配はなくなるだろう……。


 おかしい。何も変わらない。

 移動する俺の服に縋り付き、ディアナが「フヒフヒ」と笑っている。

 ほんのりと赤い頬が可愛らしいが、あくまでもコイツは元男。あまりくっつかれても困りものだ。ほっぺたをグリグリと押して、何とか引き離そうと頑張る。


「なあなあ、アレク、知ってるかぁ? 人間の皮膚の面積はだなぁ、畳一枚くらいなんだぞ」


「はいはい、この世界に畳はないがな」


「ほら、アレクの皮膚もこうして引っ張って。だいたい〇、二ミリくらいかな、表面は。あぁ、気になる、ああぁ〜中身ぃ〜。あ・け・た・い。だからいい? 開けても?」


「抓るな。開けて良い訳がない。中身なんて見せない」


 俺とディアナの攻防を、生暖かい眼差しで見つめるヴァレンスが言った。


「流石だな、アレクシオスさまは。これ程の美女に言い寄られても、動じないとは」


 目を細め、長い茶髪を風に揺らすヴァレンス。中々にカッコいい。だが残念、君は色々と勘違いをしている。

 これには流石にディアナも反応して、不快気に応じていた。


「む? ヴァレンスだっけ? ……ボクは言い寄ってない。もしもそう見えたなら、キミの勘違いさ……多分ね。ところで血の匂いがするんだけど……フヒヒヒ。誰かここで死んだのかなぁ……フヒヒ」


 移動した先ではドムトが大きな豚を吊るし、捌いていた。ディアナの言う血の匂いとは、豚の血のことだろう。もちろん誰も死んでいない。しいていうなら、豚が死んでいるだけだ。

 また、血も貴重な食料になる為、抜いた血は大きな瓶に入れて溜めている。

 ともあれ全身血まみれでニッと笑うドムトは、ヴァレンスとはまるで違って野性味あふれる巨漢だ。その彼がヴァレンスに声を掛けていた。


「おう、でかいの! ウチの大将を守ってるつもりならありがてぇが、ここにゃ手練しか揃ってねぇよ! 大丈夫だから、こっちを手伝ってくれねぇか?」


 ヴァレンスは俺をチラリと見て、気まずそうに頬を指で掻く。俺が頷くと、杯の中身だけを地面に捨てて、ドムトの下へ向かう。「わかった」


 あれ? なんで俺が守られてるんだ。ここで守るべきは、ガブリエラだろうが。いや、だけどアイツは強過ぎるから大丈夫か――。

 そんなことを考えていたらディアナが地面を見つめ、泣きそうな顔をしていた。


「ああ、友よ……ボクを残して逝くなんて……」


 小さな枝を地面に突き立て、


「我が友“蜂蜜酒”ここに眠る」と小さな文字を魔法で刻むディアナは、まるで未亡人のようだった。


 ◆◆


 日が暮れる直前、ティグリスがアントニアを連れて我が家にやってきた。

 アントニアが主役なので彼に一連のことを手伝わせる訳にはいかない、との配慮もあり、この時間になったらしい。


 それにしても、だ。今回の祝宴は、非常に意味深な会になるだろう。

 何しろティグリスとアントニアの勇名は、まさしく轟いていた。彼等の名前をそのまま聞いた俺がピンとこなかっただけのこと。スクトゥム・アルカディウスとグラディウス・アルカディウス――つまりは帝国の盾と帝国の剣、それが二人の異名だったのだ。そして彼等は、共に世を捨てたのだと思われていた。


 それが、だ。


 帝国の盾スクトゥム・アルカディウスの釈放祝賀会が行われ、そこには四公爵家のガブリエラ・レオが出席。更には賢者の学院の奇才ディアナ・カミルもいて、その主催が――この俺。

 おまけに近衛の狂犬レオン・ランガーが、嬉々として出席するとの有り難く無い噂。いや実際、彼も嫁と子供を連れでやって来ているが……。

 という訳でリナ、ルナの調査では、既に新たな軍閥誕生を警戒する動きがあるという。

 何が軍閥だ、二十人にも満たない人数で。まったく。

 

 という訳でこの会、俺はいちおう反対している。


「ティグリス、帝国政府を刺激しかねない祝宴は控えよう。祝いたければ個人的に適当な飲み屋で……」


「逆だろう? 今、俺達が軍閥を形成していることを知らしめなければ、各個に潰されるだけだ。結束が強固に見えれば見える程、敵は手を出しにくい」


「聞くが敵って、誰を想定しているんだ?」


「アレク……煮え切らないにも程があるぞ。敵はこの国そのものだ」


「国は敵じゃない……少なくとも今は」


「アレク、お前の心情はそうかもしれないが、国にとっては――いや、言い換えよう。皇太子一派にとって、お前は明らかに脅威だ。だからこの軍閥形成は、お前の為でもある!」


「いやいや、俺なら大丈夫、平和に生きたいだけだから。何なら百合っぷるを眺める観葉植物に生まれ変わるし。ほら、人畜無害だろ?」


「ガブリエラの旗を担ぎ、お前が指揮を執る! 実動部隊は俺とアントニー! そして狂犬レオンだ! どうだ、これならガイナスの軍団にも引けはとらん!」


「いや……ねえ、人の話を聞いてる、ティグリス? 俺は人畜無害だと……」


「とにかく、レオンも誘ってやろう! 近衛軍団プラエトリアニだからって、宴は好きだろ!」


「え? 軍閥の話? 宴の話?」


「宴に決まってるだろ、アレク!」


「そっか。宴なら仕方が無いな。あ、でも家は……」


「家は貸してもらうぞ、アレク! 何しろ俺とアントニーは寮暮らしだからな!」


「あー……そう。じゃあ、仕方ないね……」


 そんな訳で主犯はティグリス・キケロな訳だが、アントニーと共にやってきたヤツは今、長椅子に座って炙り肉を口に運んでいた。手には高価な葡萄酒を持っている。

 酒類の大半はガブリエラが都合してくれたので、足りないという事だけは無い。なんだかんだ、ガブリエラもノリノリだった。


「おれが神輿ってことだろ? それでアレクの立場が強化されるなら、喜んでやる」との回答をティグリスに与えてしまったらしい。

 お陰でティグリスから、「随分と惚れられたものだな、アレク」と更なる誤解を招く始末だ。

 

 そんなこんなのこの会だが、参加した者は結局十六名――俺、ガブリエラ、ディアナ、ミネルヴァ、リナ、ルナ、セルティウス、メディア、ドムト、ヴァレンス、ティグリス、アントニア、それからレオンと、その妻子達だ。

 そういえば、驚いたのはレオンの特技だった。彼は竪琴の名手で、今も部屋の隅で澄んだ音色を奏でている。


 もう、宴が始まって二時間くらいは経っただろうか。日もすっかり暮れて、皆の食欲も満たされたのだろう。今は、それぞれが自らのやりたいことに興じていた。


「横、いいか?」


 ガブリエラが束ねた髪を広げつつ、俺の横に腰を下ろす。


「どうした、ガブリエラ?」


「どうもこうも……不安なんだよ」


「何が?」


「来週の舞踏会」


「どうして? 行って、皇子と踊るだけの簡単なお仕事だろ?」


 蒼い目でジロリと睨むガブリエラ。何やら怒っている。


「おれ、躍れない。だって今まで、女として練習したことないから。それにお前――おれが誰かと躍ってもいいのか?」


「は? そりゃお前は気持ち悪いだろうな、皇太子と踊るのは――男同士だもん。だけどお陰でディアナは助かった、ありがとう」


「ディアナの為に、おれは他の男と躍るんだぞ」


「う……ん? だから、なに? 自分で晩餐会は嫌だから舞踏会にする、って言ってたよね?」


 口元を波立たせて項垂れるガブリエラ。何か言いたい事を我慢しているのだろうか? 部屋の隅で燃える篝火に照らされて、妙に色っぽい。

 それからじっと俺を見つめ、口をへの字にしていた。


「……こうなったのも、お前のせいだ。責任とれよな」


「は……責任? 責任って、どうやって?」


 ガブリエラが両手をブンブンと振っている。やばい――殴られる、と思ったら違った。立ち上がって、憤怒の表情かおになっただけだ。


「練習、付き合えっていってんだ。踊りの!」


 ――なんだ、踊りの練習がしたかったのか。よし! ピンときたぞ!

 俺はさっそく銀髪の美女奴隷を呼び寄せた。


「ミネルヴァ! 頼みがある!」


 音も無くミネルヴァが俺の側に現れて、見事なまでに片膝を付いた。主君っぽく呼んでみるものだな。


「何か?」


「うん、明日から少しガブリエラの相手をしてくれ。君は皇子役でガブリエラが姫役。それで踊りの練習だ……デュフフ」


 ようし! これで二人の密着イチャイチャダンスが見られるぞ! 俺、冴えてる! 冴え渡ってる!

 そう思っていたら何故かガブリエラがプイッと席を立ち、去っていってしまった。肩がプルプルと震えている。嬉しいのか? どうなんだ?


 それに立ち代わりティグリスとアントニア、レオンが俺の前に現れ、同時に跪く。


「あー……その、皆で話し合って決めたんだが……アレク。俺達三人の盟主になってくれないか?」


「ティグリス――軍閥を作る気は無いって言ったろ。それに今後は、ガブリエラさまが後ろ盾となる。中途半端な軍閥なんて要らないだろ」


「ガブリエラのことは嫌いじゃない。だが――アイツじゃ帝冠は獲れない」


「いいのか、ティグリス。その発言、大逆だぞ」


「そう思うなら近衛に突き出せよ、俺達も覚悟は出来ている。もっとも――ここにはその近衛もいるがな。さあ、どうする?」


「馬鹿馬鹿しい……」


 やっぱりティグリスはこうだ。何か狙っているとは思っていたが、ここでくるとは。

 俺は頭を左右に振って、席を立とうとした。

 しかしミネルヴァが俺の膝に手をおき、微笑を浮かべている。


「お受けなさいませ、アレクシオスさま。彼等はこの国の希有な武人達。けれど報われぬ者達でもありますから。それに――父上を救って下さると約束して下さったのなら、彼等の力が必要なのではありませんか? 何より、貴方の器量は私が存じております……いにしえ大帝インペラトールにも劣らぬものと」


「ミネルヴァ、余計なことは言わないでくれ。君の願いは必ず叶える……」


 ティグリスは笑い、立ち上がった。


「ああ、アレクの器量は俺も信じている――近衛に突き出さないなら、受け入れたと受け取るぜ?」


「……買いかぶりだ、下らない」


 手近にあった葡萄の実を口の中に入れ、今度こそ席を立つ。夜風に当たって、俺は少しだけ自分の将来について考えを巡らせようと思った。

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