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近衛軍団の男


「また会おう、アレクシオス・セルジューク」


 微笑を浮かべたクロヴィスが言う。できればもう会いたく無いなと思いつつ、俺は頷く。軋む扉を開けて、彼は廊下へと出た。


「またねアル!」


 リーがクロヴィスの後を追いながら、小さな手を振ってる。お前とも、もう会いたくない。俺は深い溜め息をついて、頭を左右に振った。

 主導権をとることは出来が、しかしだからこそクロヴィスに警戒される結果をもたらした。平和に百合っぷるの側で植物になりたいだけなのに、どうしてこうなるのだろう……。


「なあ、昇竜族ってなんだ?」


 腕組みをして、ガブリエラが首を傾げている。こいつは俺の苦悩をよそに、強いヤツと戦えればいいとしか思っていないのだろう。頼むからミネルヴァと百合っててくれ。

 そんなガブリエラに対しミネルヴァは苦笑しつつ、静かに答えている。仮面はさっさと外したようだ。


「竜人。簡単に言えば、小さな竜に変身するのよ。硬い鱗に覆われた身体、鋭い鉤爪。そのうえ翼をもって、空からの攻撃も可能とするわ。力も人間の数倍はある。かつて有翼人との戦いに敗れ、地上に落とされた……っていう伝説だけど」


「へぇ。じゃあ竜人よりも有翼人の方が強いってことか!」


 アイスブルーの瞳を輝かせて、ガブリエラが頷いている。「戦ってみたいなぁ!」


「貴女ね、馬鹿なの? 有翼人なんて今じゃ誰も会った事のない、伝説上の種族なのよ。仮に会えたところで、それこそ神々の御使いと云われる彼等に勝てる訳がないじゃない」


「勇者や神の使い……相手にとって不足はないな……」


 メキリと拳を握りしめるガブリエラの脳は、筋肉でいっぱいだ。


「貴女ね、魔王にでもなるつもり?」


「魔王にだって勝ってやる!」


「だから……」


 ガブリエラとミネルヴァの話が更に続きそうなので、俺は立ち上がって全員に声を掛けた。

 確かに話はまとまったが、だからといってクロヴィスの気が変わらないとも限らない。色々と急がなければ。

 

「俺とガブリエラ、それからティグリスはアントニアが収監されている牢に行く。ディアナは軍病院に行って、ペトルスの死体を確認してくれ。ミネルヴァは彼女の護衛を頼む」


 アントニアが収監されている牢にしたって皇帝直下の近衛軍団の監獄ではなく、ユリアヌス皇子の軍団のものだ。病院施設もしかり。

 帝都に駐屯しているから彼の軍団は今でこそ第二近衛軍団なんて呼び方もされるが、正式な名称ではない。

 そもそも帝都の治安を統括するのは近衛軍団だけであり、本来ならば他の軍団が駐屯すべきではないのだ。実際、今回の件はその点を利用されている。


 ある意味でユリアヌスは、自身の帝位継承を絶対視していないのだろう。だからこそ自らの実動部隊を帝都に置き、場合によっては権力を簒奪するつもりなのかもしれない。

 もしかしたらこれも、クロヴィスの入れ知恵の可能性がある。実際、皇子の軍団を最も有効利用しているのは奴なのだから。


「確かにクロヴィスの気が変わらんうちに、先手を打っておくべきだな」


 ティグリスが頷き、同意してくれた。


「分かったわ。私はディアナ嬢と共に、ペトルスの死の真相――その証拠を掴めばいいのね?」


 さすがはミネルヴァ、頭の回転が速い。俺の意図をすぐに察して、頷いている。ディアナは「嬢!?」と僅かに動揺しつつも、「首を絞められたというなら、恐らくは窒息だろう。運が良ければ頸部に手の跡くらい残ってるかも。それに首を切り離して持ち帰れば、頭部の打撲が致命傷ではないことくらい、容易にわかるね」と早口に言っていた。


「なるほど……」


 もちろんガブリエラの頭上には、巨大なクエスチョンマークが乗っている。なるほど、なんて言っているが、意味はさっぱりのはずだ。


「たしかに親友が面会に来てくれたら、嬉しいもんな」


 ほら、ガブリエラの発言だけおかしな方角を向いている。


「な、なあ、アレク。おれがもしも捕まったら、会いに来てくれるか?」


 俺の目をじっと見て、「答えろ」と言うガブリエラ。こんな話をしている時間なんか無いのだが、答えないと怒りそうだ。


「……いや、ガブリエラ。万が一お前が捕まるようなことがあれば、俺も終りだろう」


「そうか? そうだな! おれ達、一心同体だもんな! うん、おれ、捕まらない!」


 なんだかよくわからないが、ガブリエラが手を打って喜んでいる。

 はしゃぐガブリエラを尻目に、ディアナが「はいはい、キミ等は一心同体。早く子供でも作ってねー」と言った。

 キッとディアナを睨むガブリエラ。このままでは口喧嘩に発展しそうなので、俺が間に入る。


「俺達は三人でひとつだ。分かるだろ? この世界で俺達だけが、前世の記憶を共有しているんだから」


 ガブリエラが最初に頷き、「そうだ、ディアナ。お前もおれと一心同体だ」と言っている。

 デュフフ、美女と美女が一心同体。いいぞ、尊い。


「そうだね……ボクが悪かった。ガブリエラだってボクと同じだもんね。子供なんて産みたいわけないよね、口が過ぎたよ」


 ガブリエラがぽかんと口を開け、暫く俺を見つめた後で言った。顔を背け、部屋の隅に行ってから、「お……おう。当たり前だろ、だ、誰がアレクの子供なんか……」と言ってる。


「あ……なんかごめん、ガブリエラ」


 ディアナが頭をポリポリと掻いて、ジト目で俺を見つめていた。

 なんですか、その冷たい眼差しは。


 ◆◆


 俺とガブリエラ、それからティグリスは早速アントニアが収監されている監獄へと向かった。

 監獄は第二軍団の駐屯地内にあり、主にユリアヌス皇子の政敵が捕らえられているらしい。その意味ではアントニアもまさに政敵なのだろう。もっとも――未だ小物に過ぎないが。


 近衛隊の駐屯地は皇宮内にあるが、あくまでも第二軍団でしかないユリアヌス殿下の軍団は、取り潰された侯爵の邸を改築して駐屯している。

 近頃では帝都の治安を護ると称して街へ繰り出し、逆に悪事を働いているようだ。

 本来であれば近衛軍団の兵士が彼等を取り押さえるべきなのだが、彼等の職務上、戦場経験は一切ない。だから先の戦いの帰還兵を根幹として再編成された第二軍団の横暴に、近衛軍団では対処できないのだ。


「ユリアヌスの軍団を帝都に置くことを許し給うとは、いったい皇帝バシレウスも何を考えているのやら」


 第二軍団の駐屯地へと向かう途上、馬上でティグリスがぼやいている。


「雑多な人種が集まるこの街。今の近衛軍では力不足だった――とのことだ」


 物知り顔でガブリエラが答え、「ふふん」と大きな胸を反らした。


「百万都市に一万の近衛なら、俺は十分だと思うね。実際、あぶれた第二軍団は取り締まるどころか悪さをしているくらいだし」


「ふぅん、そうなのか、アレク? じゃあ、逆に一万のマフィアが入ったようなものだな。みんなが困るだろう?」


 だからティグリスがぼやいていたのに、ガブリエラの頭は一体どんな構造なのだろう。カラッポなんだろうか? カラッポに違いない。


 仮面を付けたガブリエラが、馬上からすれ違う平民を見下ろしている。貴族街を平民が歩くことは珍しく無い。邸に様々な物品を届けたり、邸で働いている者もいるからだ。

 とはいえ今の平民は背中を丸め、何かに怯えたように歩いていた。それをガブリエラは不思議がっている。「やっぱり困っている……のか?」


「困っているんですよ、ガブリエラさま。力不足だからと招いた軍団が、更なる悪事を働く……世も末だ。貴女のような世間知らずのお嬢様は、こんな現状を知りもしない」


 再びぼやくティグリスは、中天に上り始めた太陽の光に目を細めている。

 ここからユリアヌス軍団の駐屯地は近い。近づくにつれ、道行く平民の顔が怯えたように引き攣ってゆく。その様を見て、ティグリスは頭を左右に振っていた。


「お、お嬢様なんかじゃ!」


 怒るガブリエラを宥めるため、俺は彼女に馬を寄せてゆく――その時だ。大通りを外れた路地の方から、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「おやめ下さい! ご無体な!」


 若い女の声。後は鎧の擦れる音が聞こえる。


「ちっ! 言ったそばからっ!」


 弾かれたようにティグリスが馬を走らせ、俺も後に続いた。

 

 俺とティグリスが路地に飛び込むと、五人の兵士に囲まれた若い女性が見えた。同時に彼女を庇うように、赤い鎧を着た一人の男がグラディウスを構えている。

 どうやら第二軍団の狼藉を、近衛軍団の兵士が止めているらしい。俺達よりも先に、近衛が到着したようだ。

 俺は近衛に加勢しようとするティグリスを止め、暫く様子を見ようと提案した。ここで第二軍団と揉めるのは愚かだ。


「貴様等、仮にも帝都の治安を守る役目を帯びているのだろう!? それが何の故あって、このようなことをっ!?」


 近衛の男は五人の兵士達を前にして、怯む様子も無い。


「戦場経験もない男が、たった一人で俺達を相手にどうするんだ?」


「戦場経験の有無など関係ない。私の役目は帝都の民を守ることだ。むしろ帝都の平和を守るため、日夜、貴様等のような賊と戦っている」


「賊だと? 我らは女に危害を加えようとしていた訳ではない。少し相手をしてもらおうと思っただけだ。当然、代価は払う」


 女性は路地の奥で、地面に座り込んでいた。質素な衣服が数カ所、切り裂かれている。露になりそうな胸元を震える手で押さえ、涙を流していた。


「そんなの、嘘です……私……」


「うむ、分かっている。そもそも、代価の問題ではない」


 近衛軍団の男の方は左手に構えた盾を前に、防戦しようとしている。対話に応じているのは、時間を稼ぐ為だろうか?


「ふん。あくまでも平民女の肩を持つか。貴様も軍人、それも近衛だ。いずれユリアヌス殿下が帝位に即かれるのだから、俺達と仲良くしておいて損はなかろうに、愚かな男だ」


 五人のうち隊長格であろう男が、周囲に抜剣を命じつつ男と女を囲んでゆく。


「ほら、どうだ? 今ならまだ間に合う。我らは貴様一人殺したところで、海に捨ててしまえばお咎め無し。一方で貴様は賊に殺られた無様な兵として、末代までの恥となるぞ……」


「まだ間に合うのは貴様等だ、外道。剣を収めてこの場を去れば、罪には問うまい。だが去らねば――」


「去らねば、どうする?」


 隊長格が更に進み出て、問う。


「斬る!」


「いくぞ、アレクっ! もはや迷っている時間はない!」


 助けに入ろうとするティグリスを再び制し、伝える。


「ティグリス、考えがある。近くを巡回している近衛兵を呼んできてくれないか?」


「なっ!? それでは時間が……」


「大丈夫だ。何より、ここで表立って第二軍団とことを構えたくない」


「お前……そんなことを言ってる場合か!?」


 怒気に満ちたティグリスの顔が、俺の間近に迫る。「見損なったぞ!」


「頼むよ、ティグリス。俺やガブリエラさまより馬の扱いに長けたお前だからこそ、こんなことを頼めるんだ。それに、戦場の英雄だったんだろ? 俺なんかと違って騎兵の。だったら近衛軍だって話を信じ、動いてくれるはずだ」


「その間に、あの女と男が死ぬ!」


 俺は黙って頭を左右に振った。


 実際のところ、今、第二軍団と揉めるのはマズい。皇子に手紙を出して、ガブリエラが舞踏会に出席する旨を伝えたばかりだ。それなのに戦ってしまえば、彼との間に深い溝を生むだろう。

 加えてアントニアを捕らえた第二軍団だ。当然ティグリスの顔も知られている。だからここで彼が前面に出ることは、マイナスにしかならない。


 とはいえ不条理に踏みにじられようとしている女性と、彼女を助けようとしている近衛軍の男――見たところ三十歳前後か――も助けたい。

 もしかしたら、男の方には家族がいるかもしれない。それなのにこんなところで彼が死んだら、子供達はどうなるのか。

 俺もこの世界の父親が死んで、散々苦労した。そんな目に遭う人間は、少しでも少ない方がいい。


「おい、おれは助けに入るぞ。多勢に無勢だし、何より第二軍団の奴等、好きになれん」


 腰の剣に手をかけつつ、ガブリエラも前に出る。

 俺は彼女も抑え、「駄目だ。彼等に今、お前だってバレたら面倒なんだ」と言った。


「うー、なんで?」


「いま言ったろ? 理解してくれ」


「なんだよ、それ。もっと言い方ってものがあるだろ?」


「ああ、もう。駄目なものは駄目」


「うー、おれは子供か! そんな言い方っ!」


 納得できないのか、ガブリエラが唸っている。


「二人とも、目的を忘れるな。アントニアの身の安全を第一に考えてくれ。それに俺は、彼等を見捨てるとは言っていない。ここは任せて欲しい」


 時間がない――俺は二人の目を見て、思いを伝えた。


「……分かった、従おう。ガイナスに勝った男の言葉だしな」


 ティグリスが頷き、馬首翻す。良かった。

 ガブリエラは相変わらず、「うー」と唸っている。困った。だが、もう説得している時間は無い。


「ヒュノプスよ……かの者を眠りの世界へ誘い給え」


 俺は小さな声で呪文の詠唱をしつつ、近衛兵と第二軍団兵の間に割って入った。背後でガブリエラの「あっ!」という声が聞こえる。

「そこを動くな」そう伝えると、「うううぅ」と小さなうなり声を発して、ガブリエラは動かなくなった。


 とにかく、だ。今の俺の姿なら、賢者のローブを纏った魔術師風の男。フードを深く被れば、人相がバレることはない。

 俺は隊長格の男に指先をかざし、魔法を発動させた。薄い靄が男を覆い、重々しい鎧の音が響いて前のめりに倒れ伏す。

 全力の眠りの魔法だ。つらい。息が乱れる。しかし隊長格の男を無力化しなければ、時間稼ぎなんて出来ないから、これが必要だった。


「他愛無い」


 息を整えつつ馬上から冷ややかに見下ろし、兵士達を睥睨する俺。超怖い……。唯一の攻撃魔法が、これで打ち止めだと思うと、やってられない。


「き、貴様、一体何を!?」


「学院の魔術師がしゃしゃり出てっ! 隊長に何をしたっ!?」


 口々に文句を言いつつ、しかし第二軍団の兵士達は後ずさっている。

 この世界に魔術師は少ない。ましてや学院に通う程ともなれば、中でもエリートだ。

 もちろん俺の実力は最低レベルのそのまた下だが、そんなことを奴等が知る由もない。


「……なんだろうな? 通りがかりに気分の悪いものを見せられて、腹が立ったので殺してしまったかも知れんな、ファーハハハ」


 馬を首筋をなでつつ、狂気に満ちた感じで声を作り上げた。少し裏返ったが、それもまた良し。


「貴様、我らがユリアヌス殿下の親衛隊と知っての狼藉か?」


「さあ? いつから第二軍団が殿下の親衛隊とやらになったのか、知らないな。それよりも退くのか戦うのか、選べ。だけど俺に何かあれば、学院長であるウルバヌス・ランスが黙っていないだろうよ」


「き、貴様っ!」


 退かないな。せっかくウルバヌスのじいさんの名前まで出したのに。逆に隊長の意思が分からないから、退けないってのもあるか。

 まあいい。あの日和見じいさんが、こちらに味方せざるを得ない状況をつくるには、揉め事も必要だ。これこそ一石二鳥。状況は最大限に利用させて貰う。


「もういい、退いてくれ。君の義侠心には感謝するが、これは私の仕事だ。賢者の学院と第二軍団が揉めるなど、それこそ大事になる」


 後ろから近衛軍の男の声がする。どうやら心底から正義感が強い人物のようだ。

 しかし、これは根本的に時間稼ぎ。近衛軍の仲間が駆けつければ、第二軍団は退く。その前に剣を交えさせてはならないのだ。

 俺は肩越しに男をみやり、冷笑しつつ言った。


「馬鹿なことを言うな。それでは第二軍団が市民を傷つけることや、その上で近衛軍の兵士に全ての罪をなすり付け、殺すことが大事ではないとでも?」


「そうは言っておらんが……」


「そもそも一人で五人を相手にし、そこの女性を守りきれるつもりか? 貴方の行いは、無謀というものだ」


「だからといって、最初から見捨てるなど……!」


「然り」


 俺と近衛の会話に、第二軍団の兵士達がイライラしている。それでも待っているのは、敵が二人になるのか、一人のままなのか、それを確認したいが為だろう。それに、命令を下すべき隊長は眠っている。

 兵士というのはそれが善であれ悪であれ、命令がなければ基本的に動けないのだ。


 一方ガブリエラの馬が、建物の影から頭を覗かせている。きっと騎乗している人物の、逸る気持ちを代弁しているのだろう。

 本当にヤバくなったら彼女を呼ぶつもりだけど、きっとそうならない。

 なぜなら既に複数の足音が、こちらに向かっているのだから。

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