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対話

 ◆


「おや、物騒だね。私はこれでも、ここの学生なのだが? そして学生が講師の部屋にくるのに、どうしてこうも警戒されるのだろうか?」


 軽く肩を竦めてみせるクロヴィスが、ミネルヴァの手を見つめながら言う。俺は軽く目配せをして、彼女を下がらせた。

 リー・シェロンが満面の笑みを浮かべ、「おはようアル!」と挨拶をしている。ミネルヴァの紫眼がリーの横顔を見下ろし、殺気を放っていた。


「予想以上の化け物だわ。戦場で会ったら、決して一対一で戦ってはいけない相手よ」


 ディアナから離れたガブリエラも仮面をつけて、ミネルヴァと並んでいる。


「あれはなんだ、人間か? 気配が普通じゃないぞ、気をつけろ、アレク。もしもの時はおれの後ろに……」


「いや、手をうってあるから大丈夫」


「ガブリエラ、退路の確保は任せるわね。大丈夫、最悪アレクシオスさまの頭さえ残っていれば、策は立てられるもの」


「ま、待て、せっかくだから胴体も守ってやろう。男として下半身が無くなったら可愛そうだろ、なあ、ミネルヴァ」


「そうね、確かに」


 二人は油断無くリーの動向を伺いつつ、いつでも動けるように重心を僅かばかり落としていた。そして言うことは一切聞かず、俺の頭と胴体を守ろうとしている。どうせなら手足も無傷で頼むよ……。


「とにかくアレ(・・)の正体を探ってみるわ。得体が知れないんじゃ、対策も立てられないから」


 ミネルヴァの瞳が、濃い紫色へと変化してゆく。これは、もしかして魔眼の一種だろうか。

 一方、先程まで泣くのを我慢していたディアナは落ち着きを取り戻した表情で、クロヴィスを冷然と見ていた。


「別に不都合ではないけれど、ボクはクロヴィス――キミを呼んだ覚えもないね」


「用事があってね。そんなに冷たい目で見ないでくれないか、ディアナ」


「すまないね、見たくないものを見ようとすると、どうしてもこんな目つきになるんだ。用件があるなら手短にお願いするよ」


 不機嫌そうに言うディアナは、席を立って背後の棚に載る頭蓋骨を手に取った。表面を人差し指でなぞり、恍惚の表情を浮かべている。たぶんこれ、現実逃避ってやつだ。イケメンを見るより頭蓋骨を見ている方が和むらしい。


「死霊魔術について、聞きたいことがあってね」


 歩を進め、クロヴィスが椅子に座る俺の横に立った。

 彼は軽く会釈をして、俺に握手を求めてくる。拒む理由は無い。立ち上がって彼の手をとり、「アレクシオス・セルジュークです。昨日はどうも」とだけ言った。


「災難だったね、だけど災難は続いているようだ。君を襲ったペトルス・イーラが死んでしまったよ。アントニアの暴行によるものだけれど……」


 溜め息混じりに言うクロヴィスだが、その声にはごく微量の嘲笑の響きがある。むしろ本題は、こちらなのだろう。そしてターゲットは最初から俺だ。

 

「聞いています。それでアントニアが捕らえられたと、学院内ではその噂でもちきりだ」


「ああ、困ったことだ。彼も優秀な男、ここで終らせるには余りに惜しい。とはいえ死んだペトルスは子爵家の者、しかも四公爵がひとつ、ロサ家の傍流だ。となればその罪は、死をもって購うより他ないだろう」


 クロヴィスは灰色の目をちらりとティグリスに向け、バレないように長い睫毛を伏せた。もっとも背後にいるリー・シェロンが鼻の穴をヒクヒクと動かし、ドヤ顔をしている。いかにも俺がやりました感を出しているのは、どうしたものだろうか。


「どうあれ、ペトルスの命はもう無いアル!」


 リーが両手を腰に当て、胸を反らしている。


「ん? それは命があるのか無いのか、どっちだ、リー」


「だから、無いアル!」


 クロヴィスが振り返り、首を傾げていた。


「ないある?」


「ああああ! もう嫌アル!」


「ははは、すまんすまん」


 おいおい、なんだこの茶番。


「おい、ペトルスは本当に、アントニーに殴られたから死んだのか? 到底納得できんぞ?」


 ギリギリと歯を軋ませながら、ティグリスがクロヴィスに近づいた。リーが進み出て、彼等の間に入る。しかし背が低いので、あまり効果が無い。真ん中に挟まれたような格好だ。


「ちょ、近いアル! 無視するなアル! お前みたいな脳筋が、クロヴィスさまに近づくなアル!」


「なんだ、団子! おまえなんぞ、タレでも掛けて口の中にでも入ってろ!」


 リーが泣いた。「それでモグモグされちゃうアルか? うう……お前、いつか殺すアル……」


「殺すだと? やってみろ、団子。このティグリス・キケロ、逃げも隠れもしねぇよ! そんなことよりクロヴィス。ペトルスの死因の証拠はあるんだろうな? 確実にアントニーが殴ったから、ヤツが死んだって証拠がよ?」


 クロヴィスの胸ぐらを掴もうとしたティグリスを、軽く押して追いやるリー。とぼけたことを言っていても、隙は無い。むしろティグリスが面食らって、二歩、後退した。


「さあ? 遺体は安置所にあるだろうが……もっとも、それが医者の見立てだ。証拠も何もなかろう、事実なのだから」


 俺はティグリスの肩に手を置き、彼を下がらせた。朱色の癖毛が逆立っている。それだけ怒っているのだろう。

 そしてクロヴィスを正面から見据える。会話の中でボロが出ればいいが、彼は冷静な上、もの凄くイケメンだ。

 身長は俺の方が少し高いけど、その位のアドバンテージが無ければ対峙なんて出来ないだろう。くそ、なんだろう、この闇雲な敗北感は。


「その件だが、今一度こちらで調べさせてもらえませんか? あの時の状況から考えて、ペトルス卿の頭部打撲が致命傷になるとは考えにくいので」


「考えにくいとは、どういうことアルか? 医者の見立てに異論があるアルか?」


 下の方から声がした。リーが俺を見上げ、凄んでいる。細い目をカッと開いて、つぶらな眼だ。可愛らしい。思わず頭を撫でてしまった。


「む、お前、良い奴アル! もっと撫でてアル! でも異論は良く無いアルよ! お前もクロヴィスさまに仕えるアル! そうしたら仲間アルよ!」


 リーが俺の腕を引っ張る。強い力だ。それでも、かなりの加減をしているのだろう。


「異論なら、ボクにもあるね。その医者というのは、何処の誰だい? そもそもクロヴィス、キミが知りたい死霊魔術とやらを駆使すれば、今ならまだペトルスの証言だって得られるんだ」


 ディアナがくるりと振り返り、髑髏の頭を撫でながら言う。左右で色の違う瞳が、怪しく輝いていた。


「べつに死体が見たいというなら、それは構わない。けれど、そんなことをして何になる? そもそも今日、私がここに来たのは君たちの友人を助けてあげよう、という提案もあるからなのだが?」


 ディアナが眉を顰め、嫌悪感を露にする。


「どういうことかな、クロヴィス卿」


「それは貴女次第だ、ディアナ・カミル。私は以前から何度も言っている。結婚を前提として、私と交際して欲しい、と」


「それとアントニア・カルスの件に、何の関わりが?」


「あまり言いたくはないが、私の叔父は総大主教だ。祖父はロサ家の当主でもある。その力をもってすれば、アントニアの罪を軽減する程度のことは容易い。それに――軍にとっても彼は有用だろう。今ここで断罪されるには惜しい人材だ」


 ディアナが俺をチラチラと見ている。いい加減に言ってくれ、という合図なのだろう。仕方がないな。


 ◆◆


「生憎だがディアナ・カミルは貴方と交際しない。そもそもアントニアに関して、我々は貴方の助けを必要としていませんし……まあ、座って下さい」


 立ち話もなんだからと、クロヴィスに椅子を勧めて俺もまた座った。ディアナが不味いお茶を出してくる。「そもそも死霊魔術の話が聞きたいって来たクセに、なんなんだよ。ただのマッチポンプじゃないか」と俺に耳打ちをして。


「方便だ。好きな子の所に行くには、理由が必要なんだろ」


「純情かっ」


「にしちゃあ、人が死んでるけどね」


 日本語でボソボソと喋ったせいで、ガブリエラ以外はポカンとしている。クロヴィスは平静を装っていたが、多分、気になってはいるだろう。


「だけどクロヴィスってむかつく位イケメンだな……女として生きていくなら、嫁にいくのもアリじゃないか?」


「いや、イケメンならいいってものじゃないから。それにボク、男だから」


「イケメンっていうならさ、恭弥もだろ? おれ、こいつの顔すごい好きだぞ」


 そこにガブリエラが混ざり、今度はディアナがポカンとしている。


「なに告ってんの、ガブリエラ。ボク、恭弥のことそんな風にみたことないんだけど……」


「え? 告っ……? ち、ちがっ、世間一般の話で……!」


 揺れる黄金色のアホ毛を見て、クロヴィスが言った。


「なるほど、ガブリエラ・レオどのか。彼女が後ろ盾であれば、私でなくとも多少の無理は出来る……しかし」


 顎に指を当て、クロヴィスが目を細めている。


「しかしロサ家に関わる者の死にレオ家が関わるというのも、いらぬ諍いの元になるのでは?」


「なりませんよ。なるとしても、それは全て貴方の責任ということになる」


「ほう……それはまた、どうして?」


 俺は不味い茶を一口啜ると、人差し指を立てて言った。


「ひとつ、この件は賢者の学院で起きたこと」


 中指を立てる。


「ふたつ、ペトルス・イーラの死因が不明瞭であること」


 今度は薬指だ。


「みっつ――これが重要です。彼の死に関して、証言者がいること……ただし魔術的な存在ではあるが……」


「ほう……アレクシオス・セルジューク。随分と腹を割ってきたな。だが、ペトルスの死体がなければどうにも出来まい?」


「ペトルスの死体は、ユリアヌス皇子殿下直轄の軍病院にある。殿下には今朝、ガブリエラさまが舞踏会に出席なさる旨の書状をお届けしてあるので」


「くっ……はははっ! 全てお見通し、ということか、はははっ! だが、よくもまあ、ガブリエラどのがそれを承知したな……くははははっ!」


 クロヴィスが膝を打って笑っている。


「アレクの頼みだ、仕方が無いだろ」


 仮面を取って、ガブリエラが不貞腐れている。


「クロヴィス卿も潔いことで。ご自身の罪を認められるのですな?」


 俺の問いかけに、クロヴィスは冷笑で答えた。


「ペトルスごときを殺したことくらいで、私の地位は小揺るぎもしない。もっとも――これを元にして私と争うつもりなら、それもいいだろう。だが、それが損か得か、判断の出来ぬ男でもあるまい、アレクシオス・セルジュークは」


 俺は微笑を浮かべ、「仰る通り」と頷いた。


「ま、いいだろう。今回の件、殿下の舞踏会にガブリエラどのが出席なさるのであれば、まったくの無駄骨という訳でもない。アントニア・カルスは無傷で返そう。引き換えに、ペトルスの死因は闇に葬ってもらうぞ?」


「それは、承知しています。どうせ拒めば、アントニアを殺すつもりでしょう?」


「察しがよくて助かる。それに――これでも私は妥協しているのだぞ? なにせリーと私なら、ここにいるお前たち全員を殺せるのだから」


 ガブリエラが方眉を吊り上げている。「聞き捨てならないな、おれ達を皆殺しに出来るなんて。そんなこと出来るわけ……」


「出来るでしょうね、彼は竜人だもの」


 ミネルヴァが俺の側に来た。万が一に備えているようだ。リーは唇を尖らせ、「昇竜族アル。竜人じゃないアル……」と不満顔だ。

 クロヴィスはまたも「ないある?」と反応し、リーは白目になっていた。


「やろうと思えば、出来るね。確かにクロヴィスは万年二位だけど、膨大な魔力はボクの及ぶところじゃ無い。もっとも――魔力なんて代用できるから、いずれ立場も変わるだろうけど」


 ディアナもミネルヴァに同意している。どうやら彼女はクロヴィスが嫌いでも、実力は高く評価しているらしい。


「ま、何でもいいですよ。俺なんか、ここにいる全員に殺される自信があるので。とはいえ今、俺達を殺したら、貴方もどうなるか分からない訳じゃないでしょう? 万が一の時は貴方の父上とロサ公爵を殺すよう手配してありますし、ガブリエラさまを傷つけたとなれば、皇太子殿下との仲は決定的に壊れる。つまり貴方は、妥協せざるを得ないだけですからね」


 全員が俺に視線を向ける。


「まさか、な」


 クロヴィスの頬を、ゆっくりと汗が流れた。


「嘘だと思うなら、やってみますか? 死ぬのは嫌だけれど、あとで貴方が後悔すると思えば、多少は憂さも晴れる」


「アレクシオス・セルジューク。想像以上に化け物だな……」


 端整な顔に手をあて、クロヴィスが絶句していた。いや、俺は別に化け物じゃない。化け物なのはリナとルナだし。


「……クロヴィス卿とリーさんのこと、会う前に調べるなんて普通でしょう。怖い人と会うんだから、それなりの手は打っておきますよ、そりゃあ」


 ポリポリと頭を掻くしかない俺を見て、クロヴィスが言った。


「恐ろしい男だよ、卿は。もはや、その言葉の真意を確かめる気にもならん。ペトルスを殺したのは、懲罰の意味合いもある。卿も困っていただろう、あの男には……今後は仲良くしたいものだな、アレクシオス・セルジューク騎士爵どの。よしなに」

 

 クロヴィスは茶を飲み終わると席を立ち、扉に向かった。


「そうそう、本題を忘れていた。死霊魔術についてだが……やはり死後一週間であれば、生前の記憶が全てあるのかな?」


 ディアナは赤い唇の両端を吊り上げ、不気味に笑っている。


「そうだね、それ以降は思いの強さによって、記憶がねじ曲げられる。強い思いだけが残るんだ。だからきっとペトルスの魂は、クロヴィス……貴方を永遠に恨み続けるだろうね」

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